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2.


「女の子の家に行くなんて小学生以来だなー、何か緊張してきた…」


 部長から財布配送の任を請け負った俺は、携帯の地図アプリを頼りに松浦の家に向っていた。

 松浦の住居の位置は丁度学校を挟んで俺の家と正反対の位置にあるらしく、過去に殆ど足を運んだことの無い地域だった。

 そのため俺は迷わないように絶えず地図アプリで現在位置を確認しながら、愛車である通学用の自転車を走らせていた。

 6月になった今の時期は日が長く、暫くは周りが暗くなることも無いだろう。

 俺は空が明るいうちにお使いを済ませるために、べダルに込める力を一層強くしていた。


「松浦の家か…、あいつはどんな所に住んでいるんだろうな、全然想像つかないよ。

 そういえば俺、同じクラスで同じ部活なのに松浦のことを全然知らないからな」


 同じクラスとは言っても松浦は女子グループで何時も楽しそうに話している、今時のイケてる女子高生という奴だろう。

 一方の俺は女っ気の無い男友達とつるんでいるだけの寂しい男子高校生で有り、松浦とクラスでの接点が有る筈も無い。

 クラスでのお互いの席も離れており、クラスで松浦と話すことはまず無いのである。


「同じ部活だと言っても、あいつは碌に部活に顔を出さないもんな。

 きっと部活をサボって何時も、女友達と遊んでいるんだろうなー」


 部活に関しても松浦は前述の通り、部活に殆ど顔を出さない幽霊部員と化している状態である。

 うちの学校の生徒は必ず一つの部活に所属することが義務付けられている。

 しかし、学生が全て部活動に対して情熱を燃やす訳は無く、一部の生徒は名前だけ部に所属してそのまま幽霊部員となるパターンも多いらしいので、きっと松浦もその口なのだろう。

 かく言う自分も高校で真面目に部活をやる気が無く、一応化学に興味があると言う建前を持ってこの廃部寸前の化学部に入った口なので大きな口は叩けないのだが…。


「しかし、学生の財布にあんな大金が入っているとは、一体こんな金をどうやって手に入れたのか。

 ま、まさか噂の援助交…、いや、クラスメイトを勝手な想像に貶めてはいけないぞ、俺!!」


 財布の中の大金の出所について不埒な予想を浮かべてしまった俺は、邪念を消すようにペダルを漕ぐ事に集中した。







 


「そろそろ松浦の家の近くだよな、さっさと財布を渡して帰らないとなー」


 学校から自転車を30分ほど走られた俺は、ようやく松浦が住んでいる地域まで辿り着くことが出来た。

 此処までの道程は松浦の家がある地域を目指して大雑把に進んでいれば問題なかったが、此処からは話が違ってくる。

 俺は松浦の家の正確な場所を確認するために、一度自転車を停めて地図アプリと松浦の家の住所を照らし合わせる作業に入った。


「しかし、この辺って全然足を運んだこと無い地域だよなー。

 ああ、そういえば確か母さんからこの辺りをうろつくなって言われいたっけ…」


 地図アプリから松浦の家を探しながら、俺は今更ながら過去に交わした母との会話の内容を思い出していた。

 確か俺が小学生くらいの頃に、母からこの辺りに近づいてはいけないと注意されたていたのだ。

 俺がこの地域に来た覚えが無いのも、ある意味で当然である。

 過去の俺は母親の言いつけを健気に守り、律儀にこの付近に近づくことは無かったらしい。


「確か何か理由があって近づくなって言われたんだよな。 一体どんな理由だったかな…」


 しかしどういう訳かこの地域に近づいてはいけない理由につては、どうしても思い出せない。

 小学生の頃に聞かされた話なので、記憶が掠れてしまうのは仕方ないことかもしれない。

 肝心なことが思い出せない事実に、俺は咽喉に小骨が突き刺さったような不快な気分を感じていた。

 結局、小学生の頃の記憶を完全に思い出すことが出来なかった俺は、過去の記憶をサルベージする作業を諦めて当初の目的である財布の配達作業に戻ることになる。

 このときに母との記憶を正確に思い出し居れば、少なくとも俺はこの後でクラスメイトに命を狙われるような自体は避けられただろに…。











「えーっと、このアパートで間違えないよな…。 ボロイアパートだな…」


 住所の情報を地図アプリを頼りに、俺はやっとの思いで松浦の住居を思わしきアパートまで辿り着くことに成功した。

 そして俺は目の前に建つそのアパートのボロさを見て、思わず茫然自失となってしまったのだ。

 そのアパートは下手すれば戦前に建てられたと言っても通用しそうな木造の二階建てアパートだった。

 壁には恐らく何十年物の蔦が貼られ、罅割れの壁はいかにも頼りなく、そのアパートは今にも倒壊しそうな風情であった。


「松浦の家って貧乏だったんだな…、以外だな…」


 余り松浦のことを知っていると言い難いのだが、学校で彼女の様子を見る限り特にお金に困っている様子は見られなかった。

 教室でスマホを弄りながら女友達と楽しそうにファッションの話をする彼女の姿からは、とてもこんな貧乏アパートに住んでいる姿は想像できない。


「もしかして松浦が隠していた秘密を知ってしまった感じなのか……。

 うしっ、余計なことを気にしないで、さっさと財布を届けて帰ろう」


 ボロアパートの前で松浦の家庭の事情について色々と想像してしまった俺は、自分の下衆な勘繰りを諌めるために気合を入れる。

 松浦の事情に深く関わる前に此処を立ち去った方がいいと考え、今に崩れ落ちそうな階段を上って彼女の住所が示す二階に向かった。

 そして俺は階段を上がった先で、松浦の秘密を知ってしまうことになったのだ。






「だから財布を落としちゃったから、今は今月分の返済はできないって言っているでしょう。

 多分、学校に落としたと思うから、すぐに取りに…」

「そんなこと言って、今月分の返済を踏み倒す気じゃねぇだろうなぁぁぁぁっ!

 解っているだろうな、返済が一日でも伸びたらお前は組長に…」


 腐りかけの木製の階段を踏み抜かないように慎重に二階まで上がっていた所で、聞き覚えのある叫び声が俺の耳に飛び込んできた。

 俺が恐る恐る階段の先を覗いて見ると、アパート2階の狭い通路上で二人の人間が言い争っていたのだ。

 一人は俺の学校の女子用の制服を着た見覚えのある少女、俺のクラスメイトの松浦陽子だ。

 もう一方は白いスーツにパンチパーマの強面の三十台後半と思われる男性、こちらの方は見覚えが無い。

 二人はすぐに俺の存在に気付いたらしく、言い争いを止めて同時にこちらの方に視線を向け、それぞれ異なる反応を見せる。


「あぁぁん、なんだ、このガキは!!」

「なっ、あんたが此処に…」


 俺はこの瞬間に、先ほどまでどうしても思い出せなかった母との会話の内容を思い出していた。

 小学生の俺に対して母は、この辺りにやヤクザの事務社があるから近づいてはいけないと言っていたのだ。

 俺はその衣装から明らかに堅気に見えない男を前にして、蛇に睨まれた蛙のように身を竦めることしか出来なかった。











「…とりあえずそこに座って、飲み物でも用意するから」

「あ、お構いなく…」


 あの後、俺から受け取った財布から今月分の返済分とやらを受け取ったヤクザ風の男は、すぐにアパートから立ち去っていた。

 俺も当初は財布を渡すことができたので、ヤクザ風の男のようにさっさと帰ろうと思ったのだ。

 しかし、何故か俺は松浦に引き止められてしまい、現在彼女の部屋の茶の間に通さたのである。

 普段、松浦の家族が食事を取っているであろうコタツ机の前に座り込んだ俺は、松浦が飲み物を用意するために席を離れるの姿を呆然と見守っていた。

 外から見たアパートの外見とこの茶の間の広さから、松浦の家は所謂2Kという間取りと思われた。

 俺から見て正面の襖の先には玄関と小さなキッチンが、左の襖が恐らく松浦が寝室として使っている部屋なのだろう。

 家族で住むには些か狭いようなが気がるが、もしかして松浦は此処で一人暮らしでもしているのだろうか。

 わざわざこんな木造土壁のオンボロアパートに、女子高生が一人暮らしをするをするとは考えにくい気もするが…。

 そういえば、さっきのヤクザ風の男も一体…。


「…待たせたわね」

「お、悪…いぃぃぃ!?」


 考え事をしている間に、何時の間にか松浦が襖を開けて茶の間に戻ってきた。

 俺は松浦がお茶か何かを持っている姿を想像して彼女に礼を言おうとし視線を向けた瞬間、彼女の姿を見て衝撃を受けることになる。

 何故なら彼女はお茶では無く、どういう訳か包丁を手に持って茶の間に戻ってきていたのだ。


「ま、松浦!? ど、どうしたんだよ、おい。 お、落ち着け、話せば解る…」

「…」


 何やらただならぬ様子の松浦の姿に、俺は彼女に言葉による説得を試みる。

 だが彼女は俺の呼びかけを無視して、包丁をこちらに向けながら無言でこちらに寄ってきた。

 クラスメイトの女子が包丁を片手に近寄ってくる姿は、それだけ俺の中に多大な恐怖を湧き上がらせた。


「くっ…」

「逃がさない!!」

「…ぐぇ!?」


 思わぬ非常事態に俺は松浦の説得を諦め、この場からの脱出を試みようと腰を浮かせる。

 しかし、松浦はまるで獲物に襲い掛かる雌豹のような俊敏さで俺との距離を詰め、立ち上がりかけた俺をその場に押し倒した。

 俺は畳の上に強制的に倒された、背中を強かに打った衝撃でうめき声をあげる羽目となってしまう。

 松浦は俺の隙を逃さず、仰向けで倒れた俺の上に跨って動きを封じる。

 そして、彼女はそのまま手に持った包丁を突きつけてきたのだった。


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