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19.


 俺と松浦の父親は、駅前にあるカジュアルショップの商品棚の影に並んで立っていた。

 この場所は入り口から見えない場所に有り、此処に居ればこれから入ってくる客が俺たちに気付くことは無い。

 俺は喚きだしそうになった松浦父親の口を手で塞ぎながら、商品棚の影で息を潜めていた。

 そして、待つ事十数分後、ようやくこの店にこのクソ親父の娘が姿を見せたのだ。


「あ、これも可愛いんじゃない」

「でもちょっと高いなー」


 友人の島崎智香ともに現れた松浦は、楽しそうに店内を見回りながら展示された服を見て回っていた。

 残り少ない高校生活の思い出作りとして、松浦は仲のいい友達とのショッピングに勤しんでいるらしい。

 友達と無邪気に夏物の洋服を見て回る松浦は、俺が何時も学校で見ている彼女の姿そのままだった。

 しかし、松浦父はあいつのそういう姿は見たことのない物だったのか、俺の横で口を開けて固まっている。


「あ、あれが…、陽子?」

「あれが普段の松浦です。 あんたはあの松浦の姿を見たことが無いんでしょう」

「あ、ああ…。 陽子があんなに楽しそうにしている姿を初めてみるよ」


 俺たちは松浦たちに縁の無い男性商品のコーナーで窺っていたため、見付かることなく彼女たちの様子を窺うことができた。

 松浦たちは一階にあった女性物の製品を一通り見て回った後、そのまま二階に向かって行く。

 その時、松浦と一緒に居た島崎が一瞬こちらの方に視線を向けて、何か意味ありげな表情でさりげなく携帯を取り出して見せた。

 俺は先ほどのメールの主、島崎の情報提供に心の中で感謝するのだった。











 松浦たちが完全に二階に移動した後、俺と松浦父は彼女たちに見付からないように店を後にする。

 店から少し離れた所で、俺は再び松浦父と向かい合わせになった。

 目の前の男はさきほどの光景が余ほどショックだったのか、まだ表情が硬いままだ。

 この人は過去の松浦の姿しか知って無く、今の高校生活を満喫している松浦の姿を知らないのだ。

 今の松浦の姿を松浦父に見せるという、咄嗟に思いついた作戦は上手くいったようである。


「あれがあんたが今まで犠牲にしてきた松浦の姿です。

 あんたが松浦のことを大事に思うのなら、大人しく強制労働に戻って…」

「で、でも、事業が上手くいけば…」

「きっとなんて付く曖昧な手段で、あいつの幸せを犠牲にするんですか!!」

「じゃあ君は僕にあんな辛い仕事に戻れって言うのか!!」


 ようやく松浦の父親は本音を見せた、結局この人の本音は強制労働に戻りたくないだけなのだろう。

 詳しくは知らないから強制労働なんて言葉からして、某ギャンブル漫画の地下施設のような場所でキツイ労働をさせられると思われる。

 そんな過酷な状況に目の前の男は耐えることが出来ず、事業などと理由を付けて抜け出してきたのが今回の顛末なのだろう。

 実際、松浦も父親がそんな環境で持つわけが無いと推測していたしな…。


「あなたが松浦の幸せを本当に考えているなら、戻るのが最善の選択です。

 あなたは娘を犠牲にして自分だけ助かりたいんですか?」

「き、君に何が解るって言うんだ! 例え君が陽子の彼氏と言っても、赤の他人だろう!!」

「赤の他人だろうと、今のあんたよりは松浦のことを知っていますよ!

 あんたも父親ならまず第一に娘のことを考えてやってください!! 俺はもう、松浦のあんな姿を見たくないですよ…」


 いよいよお互いの建前を殴り捨てて、俺と松浦父は本音で語り合うことが出来た。

 俺の頭の中に松浦が内心を隠して最後の学園生活を楽しもうとする悲痛な姿が浮かび、感情のまま松浦の父親に彼女を助けて欲しいと訴えかける。


「父親って物は…、まず第一に子供のことを考えてくれるものなんでしょう!」

「うるさい、うるさい! 僕は父親である前に一人の人間だ!! あんな労働基準法を無視した環境に後2年以上も居られるわけ…」

「あんたは自分だけよければそれでいいのか! それでも父親か!!」

「うるさぁぁぁぁい!!」

「あ、まだ話が…」


 松浦の父親は俺の声が耳障りな物であるかのように耳を塞ぎ、子供のようにただをこねながら俺に背を向けて走り出した。

 俺の制止の声を無視して松浦父は、俺の前から逃げるように立ち去っていった。

 あれが本当に父親なのか…、俺は娘より自分を優先する松浦父の姿に少なくないショックを受けるのだった。











 松浦父から別れた後で俺は松浦の家に追撃をかけようとも思ったが、あの様子ではれ以上何を言っても無駄だと考えを改めた。

 結局、赤の他人である俺にはあの男を翻意させることが出来なかったようである。

 家に帰ってから俺はもっと上手く説得できなかったのかと自問自答を繰り返し、自己嫌悪に飲まれかけながら一夜を過ごすこととなった。

 翌日、またもや松浦がヤクザに手駒にされる悪夢を見てしまい、最悪の目覚めを迎えた俺は暗い気分のまま学校へと向かった。


「おい、昨日はどうしたんだ? 突然のエスケープなんてらしくないぞ」

「ああ、ちょっとな…。 まあ昨日は色々とあって…」


 教室に着いた俺に、先に来ていた友人の野球部が昨日の午後の授業をサボったことについて聞いてきた。

 俺は馬鹿正直に松浦の父親を探しに言ったとは話せず、言葉を濁すしか無い。

 一応、先生には腹痛で早退すると言っておいたが、先生は俺の嘘に誤魔化されてくれただろうか。


「はっはーん、もしかして学校早退して彼女と遊んでいたのか?」

「俺はともかく松浦は真面目に授業を受けていただろう…」

「ああ、そういえばそうだったな…。 お、噂をしていればお前の彼女のご登場だぜ」

「えっ、松浦!!」


 俺は慌てて首を振り、教室の入り口を凝視する。

 野球部の言うとおり教室の入り口から、松浦が教室に入ってくる姿が見えた。


「あら、おはよう、山下君」

「あ、ああ…、おはよう」


 俺と視線があった松浦はにこやかに微笑みながら、俺に朝の挨拶をしてきた。

 その笑みには昨日には無い輝きのような物が感じられ、まるで全ての苦難から開放されたような様子である。

 昨日と違い心から嬉しそうにしている松浦の変化訝しながら、とりあえず俺は松浦に挨拶を返した。

 松浦はそのまま自分の机に荷物を置き、何時ものように教室に居た島崎と話をするために彼女の席に向かうのだった。

 一体あいつに何があったのだろうか、俺は今日の松浦の変化について昼休みに事情を問いただそうと心に決めた。






「えっ、親父さんが強制労働に戻った!?」

「そうなの…、昨日家に帰ったら突然、今まで悪かったなんて言って頭を下げてきてね。

 その日の内に施設の方に帰って言ったのよ…」


 昼休み、松浦と一緒に例の校舎裏に移動した俺は、事態の展開を告げる衝撃の事実を聞かされた。

 まさか松浦の父親が昨日俺から逃げ出した後に、自分から強制労働に戻ることを決意するなんて…。

 最終的に己より娘の幸せを取ってくれるなんて、あの男も一人の父親だったんだな。

 俺は心の中で、松浦父をクソ親父呼ばわりしたことをコッソリと詫びるのだった。


「一体何があったのかしらねー。 気持ち悪言ったらありゃしないわよ…」

「い、いいじゃないか、これでお前はすぐに愛人になるとかって話もなくなったんだろう?」

「一応ね…。 まったく、あの馬鹿親父が変なことを考えなければこんな苦労は…」


 どうやら松浦父は昨日の俺との事は松浦に喋ってないらしく、松浦から見れば理由も無く心変わりしたように見えるのだろう。

 父親に対してぶつぶつ不満を呟く松浦だが、その表情は喜びを隠せていなかった。

 余ほど高校生活を止めなくてすんだことが嬉しいのだろう。


「…で、今日の飯はまたパンの耳なのかよ」

「仕方ないでしょう! 昨日の昼食代が馬鹿にならないんだから!?

 暫くはパンの耳で凌いで、昨日の出費を補填しないと…」


 しかし、今後の学生生活が保障されたことで、松浦に課せられた返済ノルマは復活してしまった。

 昨日に豪遊をしてしまった松浦はその補填をするために、再び節約生活に戻ってしまったようだ。

 味気ないパンの耳を美味しそうに食べる松浦の姿を見ながら食べた食事は、何処か何時もより美味しく感じられた。


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