13.
「…だから、私は今バイトを止めるのは色々まずいのよ。
お願いだから今回は見逃して頂戴!!」
「さっきから言っているでしょう!
アルバイトをしたいのなら、まず学校の許可を取ってからにしなさいって…」
共通の敵(俺)が出来たことで一時的に協力関係にあった松浦と委員長だが、暫くして話が本題が戻ったことであっさりと対立関係に戻っていた。
ルールを曲げてバイトを見逃すように頼み込む松浦と、あくまでルールを守ろうとする委員長の意見がぶつかり合う。
お互いの意見は平行線のまま、時間だけが空しく過ぎていく。
「はぁ…、何でそんなにアルバイトを止めたくないのかしら?
あなた、もしかしてお金に困っているの?」
「そうに決まっているでしょう! お金があればバイトなんてしなわよ!!」
「一体、何のためにお金が必要なんだか…。
まあ、携帯代とか遊ぶ金が欲しいだけなんでしょうけど…」
「ふんっ、馬鹿にしないで、私は生活のために働いているのよ!!」
「おい、松浦、それは…」
確かに松浦が働く理由の大半は、生活費と借金返済のためである。
両親が借金返済のために出稼ぎに出ており、頼れるものは何も無い松浦は食費一つでも自分で用意立てなければならない。
しかし、今回の話に出ているアルバイトは、委員長の言う通り遊ぶ金を稼ぐためのものだった筈だが…。
「…生活のため?」
「そうよっ、家庭の事情で私は自分の生活費を自分で稼がないといけないのよ!
あんたは私にアルバイトを止めて、飢え死にしろっていうの!!」
「そんな大げさな…」
「大げさじゃないわよ、これを見なさい!!」
松浦は手に持っていたカバンの中に手を入れて、何かを取り出して委員長に突きつけた。
自信満々に松浦が取り出した物は、何処にでも売っているようなA4サイズのノートだった。
どうして松浦はこんな物を委員長に見せたのだろうか…。
「これって…、ただのノートじゃ無い。 これが一体なんだって言うのよ」
「我が家の家計簿よ!
四月から付けているからまだ二ヶ月分しか無いけど、家の収支が漏れなく書かれているわ!!」
委員長に突きつけていたノートを開き、松浦はノート中に書かれている内容を公開する。
俺もノートの中が気になり横から覗きこんで見たら、そこには女の子らしい丸っこい字で1日毎の支出が事細かに記述されていた。
前に母が付けている家計簿を見たことがあるが、これと同じような感じで書かれていた覚えがある。
確かにこれは家計簿と言う奴なのだろう、しかし松浦の奴がこんな物を書いているなんて、意外だな…。
「ほら、この収入は私のアルバイトで賄われているのよ
あのアルバイトを止めたら、一気に赤字になってまともなご飯も食べられなくなるのわ!!」
「ほ、本当に生活費を稼いでいるの? あなたの親御さんは一体なにを…」
「家庭の事情って言ったでしょう! 家の両親はろくに生活費を入れてくれないのよ!!」
「な、なら、その理由を学校に伝えてアルバイトの許可を取れば…」
「私の両親はケチな上に見栄っ張りなのよ! 学校に家は貧乏だから働きたいです、なんて説明できる訳ないって言うのよ。
確かアルバイトの許可には両親の承認が必要なんでしょう、だからしたくても申請はできなかったの!!」
「なっ…」
松浦の思わぬ反撃を受けて、委員長が劣勢に陥っている。
どうやら松浦はアルバイトをしている原因を両親に押し付けることで、この場を逃れようという作戦に出たようだ。
流石の委員長も人の家庭の問題にまで首を突っ込めないということだろう、思わぬ展開に委員長の表情に焦りが出ている。
まあ、実際に松浦が複数のアルバイトを掛け持ちするような状況を作ったのは、彼女の親御さんなんだから原因と言うのは嘘ではないが…。
「私のアルバイトを止めたら私だけでなく、私の妹までひもじい思いをさせることになるわ!
あなたは私の小学生の妹の生活も台無しにするつもり!!」
「け、けど規則が…」
「規則なんかより家の経済状況の方が大事よ!!」
「!?」
松浦の自分の家庭事情や妹を利用した無茶な弁解を受けて、返す言葉が無くなったらしい委員長は悔しそうに俯いた。
確か委員長の家は極々普通の一般家庭であり、当然のことながら両親の庇護の元で高校生活を送っている。
両親の助けなく自力で生活を送っている松浦は、委員長に取って思慮外の存在であるのだろう。
「わ、解ったわ…。 私にあなたの生活を壊すことは出来ない、アルバイトのことは私の胸に収めておく」
「委員長…」
規則を曲げることが余ほど悔しいのか、委員長の声は若干震えていた。
あくまで常識的な委員長でしか無い委員長に、松浦の生活を壊してまで学校の規則を守らせることは出来なかったようだ。
どうやらこの勝負は、松浦の反則勝ちというアレな結果になったらしい。
少なくとも今話題に出ている松浦のアルバイトは、委員長の言うとおり遊ぶ金を得ることが目的である。
今の委員長の姿を見ていると、松浦の嘘を黙っている自分的には申し訳ない気持ちになる。
「ただし、一つ条件が有るわ。 この条件を受け入れないなら、私は問答無用で先生にこのことを報告します」
「えっ、条件?」
しかし、委員長はただでは転ぶような柔な女性では無かったのだ。
「簡単な条件よ、アルバイトにばかり力を入れて学生としての本分を疎かにしないようにしてくれればいいわ」
「学生の本分って…、一体何をすればいいのよ?」
「そうね、授業中に居眠りをしない、試験で赤点を取らない、後は部活にもちゃんと顔を出すと言った所かしらね。
これくらいは高校生として最低限守らなければいけないことだと思うわ」
「えぇぇぇぇぇっ!!」
こうして松浦は委員長を上手いこと丸め込め、アルバイトを続けられることになった。
しかし、委員長は最後の最後で松浦に一矢を報いることになる。
アルバイトを見逃す代わりに松浦は、学生の本分を疎かにしないことを委員長に約束させられるのだった。
委員長は生徒会の仕事が有るらしく、俺たちと教室で別れて生徒会室に向かって行った。
今日は化学部の活動日では無いため、俺と松浦は学校に残る理由は無い。
俺たちは学校を出るために、下駄箱の方へと歩いていた。
「ま、まあ良かったじゃ無いか、以外に簡単な条件で…」
「楽なもんですかー、授業中は貴重な体力回復の時間だったのに…」
「キツイのはそれくらいだろう
部活の方はとりあえず週一くらいで顔を出せば何とかなるしな、試験も普通にやれば赤点なんて取らないだろう。
この前の中間テストもそんなに難しくなかったし…」
「…」
「おい…、その沈黙はもしかして…」
「テスト期間中はバイトを集中して入れたから、ろくにテスト勉強していなくて赤点ギリギリでした…」
「…次の期末はちゃんと勉強しろよな」
「…うん」
簡単に思えた委員長の条件だったが、松浦的には結構な難易度の障害であったようだ。
委員長が言っていたように、アルバイトを優先している松浦の学園生活は酷いものである。
松浦の昼はバイトの体力を温存するため殆ど居眠りしている状態で、ろくに授業なんて聞いていないんだろう。
「あー、もう、嫌なことは忘れよう! 今日もこれからバイトなんだし、切り替えないと!!」
松浦的に今後の学園生活が面倒になる結果となったが、アルバイトを止めなくて済むと言う結果も得られた。
よく言えば前向きに、悪く言えば現実逃避といった感じで松浦が自分に気合を入れる。
下駄箱を出た俺たちは、グラウンドから聞こえてくる野球部の野太い声を聞きながら校門へと歩みを進めていた。
恐らくあの声の中に、友人で腐れ縁の阿部も含まれているのだろう。
「よしっ、憂さ晴らしに今度の休み、前に約束した映画を奢りなさいよ! 今、話題になっている奴を見たいのよ」
「ああ、そういえばそんな約束もしたっけな、俺は別にかまわいぞ」
「じゃあ、私の妹の分の払いはお願いね」
「えっ、妹さんも一緒!?」
「そうよー、あの子も映画を見たいって…、なっ!?」
俺と松浦が取り留めの無い会話しながら校門を潜り、学校の敷地から外へ出る。
その時、俺の少し前を歩いていた松浦が突然、驚きの声を漏らしながら足を止めたのだ。
急に止まった松浦を訝しんで様子を窺ってみると、松浦はまさに驚愕といった表情で校門の前に立っていた一人の中年男性の姿を見ていた。
「…お父さん!?」
「やぁ、久しぶり」
俺たちの前に現れた一人の男、それは本来なら強制労働を強いられている筈の松浦の父親だった。
所々ほつれが見えるシャツによれよれのズボン、そしてボロボロの靴を履いた松浦の父親はまさに収容所から脱出したての虜囚のようである。
松浦の父親は余り娘と似てなかった、前に聞いたとおり松浦は母親似と言うことなのだろう。
よく言えば優しそうな、悪く言えば頼り無さそうな印象の松浦の父は笑みを浮かべながら、娘との久方ぶりの対面を果たす。
この男の登場によって、松浦のささやかな夢が最大の危機を迎えることとなるのだった。




