佐村と仲谷
佐村『はあ・・・』
溜息は抑圧されている自分の欲を吐き出すものだ。
仲谷『・・・』
思うように指が動かない。最近怠けていた・・・いや、妻の看病に忙しかったからか。
佐村『ごめん、もう一回。』
仲谷『大丈夫?』
佐村は聞こえないフリをして、演奏を始めさせた。が、ギターソロに移行する箇所で、またもミスをしてしまった。弾き慣れている筈の曲が弾けない。
佐村『もういい。ぶっつけ本番で行くか、これ外すか。』
扉を開け出て行く佐村を仲谷が追いかける。
仲谷『何年サポートしてると思ってんの。明らかにおかしいよ。』
デビュー当時からサポートメンバーとして佐村を支え続けてきた仲谷は佐村の変化に敏感だ。
そして、佐村も仲谷に対しては悩みを打ち明けることが出来る。嫁に言えない悩みさえも。
仲谷『・・・酷くなってきてる。このままだと鬱になるよ。』
佐村『前、ホテルで話し合ったろ。写真に撮られたやつ。あの時とはレベルが違う。』
仲谷『前は生死が分からなかったけど、今は死が分かってるんだから、心構え・・・いや、対策は出来る。』
佐村『例えば?葬式の準備か。色葉を何だと思ってんだよ。』
仲谷『佐村の奥さんだと思ってるけど、問題?成るように成る。私が一番分かってるけど、希望を持とうよ。何とかしようよ。』
佐村『成るように成る・・・あんまり大声で言うなよ。』
成るように成るとは?
一九八九年、佐村と仲谷が出会ったのは冬。小さなライブハウスだった。
当時のバンドの稚拙な演奏に客はステージから目を背ける。メンバーもそれを感じられるほど小さなライブハウス。バンドは乾いた拍手から逃げるように袖へ。
人見『っち。』
佐村『誰への舌打ちだ。』
麻里『ごめん。』
鈴木『・・・。』
バンドは高校生レベル。売れる売れない以前に雰囲気が最悪だった。何もかも上手くいかない。佐村はバンドの再編成も考えていた。
そんな状況ではため息も出る。
仲谷『悩んでる?』
佐村『ん。』
仲谷『演奏聴いてたけど、良い曲だから勿体無い。』
皮ズボンで足組みしていた女に曲を褒められた。上京して初めての事だった。女は所謂メジャーレコード会社にコネを持つスタジオミュージシャンだと言う。
佐村が驚いたのは彼女が一歳上の同世代だったと言う事。だが才能、知識、全てが負けていた。そんな彼女に興味を持った。あちらもあちらで佐村の曲作りの才能は魅力的に映った。
そして、佐村はメンバーに内緒で彼女と密会することが多くなった。卑しいことは何もない。自らの夢のために彼女の力を借りたいと思っただけだ。
およそ二年間の交流の末に彼女がバンドの専属サポートメンバーを務めることと、インディーからメジャーへの移籍を獲得したのだ。
バンドは二年程してブレイクを果たす。それに関しては麻里の容姿と独特の歌声が功を奏した。そのブレイクからまた二年後・・・
佐村『人見は女漁り、麻里は雑誌の取材、鈴木さんは消息不明。バンドでいる意味がなくなってきたな。』
仲谷『本当。真面目にやってるのが馬鹿みたい。』
佐村『真面目・・・ただ音楽が好きだから、音楽しか出来ないからやってるだけなんだけどな。』
仲谷『お互いね。これ以外何も出来ないし、恋もおざなり。』
佐村『そういえば仲谷の浮いた話、聞かないな。』
仲谷『こうして二人きりになれる男が目の前に居れば十分。』
佐村『珍しいジョークだな。』
仲谷『もっと面白いジョークを聞きたい。』
佐村『麻里とすれ違いが多くなってきて、あいつと別れようとは思ってる。』
仲谷『なんでそんなことを口走ったの?』
佐村『つーか知ってたんだろ。そして引き出そうとしてたんだろ。』
仲谷『だからなんで口走ったの?』
佐村『仕事片付いたら飯行こうか。そこで。』
だが、関係が公になることはなかった。それは何故か。
その日の仕事終わり、二人は約束通りスタジオ近くの飲食店に向かった。
仲谷『あそこに座ってるの人見?』
よく見ると人見だった。似合わない読書か、一人の様だった。見つけてしまったものは仕方がない。二人は声をかけた。
佐村『なんでスタジオに来なかった。』
人見『あ。』
人見は本をしまいながら言い訳をした。
人見『朝から頭が冴えなくて、こんな状態でスタジオ入りしても意味ないと思ったんだ。』
佐村と仲谷が二人で飲食店に来たことについては何も問わなかったが、人見は予想外の事を言い出した。
白瀬の事について。




