イエス、ノー
サムが穂の車の助手席に座った。穂は煙草の箱を手に持ちサムに中身を差し出そうとする。
佐村『俺、禁煙中だから。話も手短に済ませてくれよ。苗がいるとはいえ、色葉を一人にさせたくない。』
穂『あれ、つい最近まで悪口ばっかり言ってたよね。煙草も色葉さんが元気になったら再開するくせに。』
佐村『そうなればいいな・・・。』
10秒ほどの沈黙。穂が口を開いた。
穂『しんみりしちゃってるけど、つい最近まで別居寸前だったって、苗ちゃんから聞いたよ。』
佐村『だったからなんだよ。大事なのは今だろ。常に二番目に幸せなのが現在で、常に目指さなければならないのは最高に幸せな未来なんだよ。』
サムは車から降りようとする。穂はそれを引き止める。
穂『相談は終わってないよ。作詞家さん。』
佐村『皮肉に耳を貸すほど暇な時期じゃない。』
穂『葉ってヒトミンに似てる気がする。』
佐村『人見に似ていたら悪いのか?』
穂『悪いっていうか・・・。』
佐村『葉を授かるとき、どんなに二人で悩んで、苦労したか知らないから、そんな疑問が生まれるんだろ。』
穂『・・・知る由ないし。ちょっと気になったから聞いてみただけじゃない。マジな顔しなくてもいいと思うけど。さっきも言ったけど、好き、嫌いの起伏が激しすぎない?』
佐村『話してやるよ。』
サムは真面目な顔して、当時のことを話し始めた。
佐村『あの頃は色葉の心の不安定さがピークで、ちょっとしたきっかけで爆発することが良くあった。』
穂『爆発って(笑)』
佐村『笑い事じゃない。真夜中に部屋を飛び出すこともあった。正直、俺が色葉の”介護”から抜け出せるのなら、もう戻って来なければいいと思うこともあった。』
穂『・・・。』
佐村『でも、必ず戻ってくる。出て行った場合は大抵人見の家にいるのは、わかっていたし。』
穂『だから言ってるじゃん。葉はヒトミンと色葉さんの・・・。』
佐村『もし、そうだったとして俺はどうすればいいんだよ。泣けばいいのか?』
穂『うーん・・・。』
佐村『あの一回が引き金を引いているのなら、しょうがない。頼んだのは俺だったから。』
穂のぽかんとした顔を尻目にサムは病室へと戻った。穂は暫く考え込んで、もやもやした頭が、さらにもやもやした。
私は突然の吐き気に襲われていた。大きな袋を持って噎せていたから、穂の相談を終えたサムが驚いていた。
苗『パパ、ママが呼んでる。』
佐村『やっぱり、迂闊に側を離れられないな・・・。』
ゴホッゴホッ・・・本当にあと数年の命なのかな・・・。
葵『なんだかエロエロしい街になってきたね。』
葉『俺から離れられないようにして、奴らと目を合わせんなよ。』
葵『なんで?』
葉『なんでって、危ないからだろ。』
葉は葵の腕を強く引いた。葵は掴まれた腕を払った。
葵『他の子は知らないけど、私はそう簡単じゃないからね。』
葉『勘違いすんなよ。マジで危ないから。』
既にネオンの光が街を彩る中に酔っ払いや客引きが目につく。
葵『探すアテは、もうここら辺しかないもんね。あそこのキャバクラで働いてたりして(笑)』
葉『だから指差すなって。』
二人は夜の街を隅から隅まで歩き回った。でも、歩き回るだけで特定の個人を見つけることは困難だ。
葵『目星はないの?このまま歩き回ってもしょうがない気がする。』
葉『バリアフリー専用トイレを見てみるか。』
いない。葵がまた同じ質問をする。
葉『そんなこと言ったらホテルくらいしか容易に入れないんじゃないか。』
葵『良いんじゃない。ちょうど歩き疲れてるし、補導されたら面倒くさいし。』
葉『おっ、おっ!?』
葵『ちなみに部屋の中で私の大事なところに勝手に触れたら、葉の大事なところフルパワーで蹴るから。』
葉『了解。』
狭い部屋に二人きりで漫画喫茶よりも、広々としたホテルの部屋で二人きりの方が安全ぽいと思ったからだ。
葉は以前、千香と宿泊したホテルへ向かった。千香が居なくなったのなら葵でもいいかも知れないと思いながら。
葵『知ってる?女子から評判が良いって。』
葉『俺?』
葵『うん。不思議な魅力があるんだって。』
葉『自分で言うのもなんだけど、顔も声も背丈も普通なのに?』
葵『不思議な魅力〜。』
それならばと葉は顔を葵の顔に限界まで近づけてみた。葵は目を泳がせているように見えた。葉は恐る恐る聞く。
葉『イエス?』
葵『ノー。』
即答




