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血の宴3

3


 ウルは半眼閉じて指を立てて言う。

「ボクは基本的に、無差別に殺させたりはしない。ケダモノじゃないからね。

 理由もなく他人の家を乗っ取ったりもしないし、無礼がなければ何もしないよ」

 理由があったらするけどね、と付け加えた。

 ロバスは相変わらずの主の宣言を聞いて苦笑する。

 言い訳しているのではない。本当にそう思っているのだから、面白い。

 今日は男装をしている、彼とも彼女とも分からないこの主は、いつもいつも気まぐれに行動を起こす。

 しかし主は口では何も命令をしていない。

 皆は必死でその視線を追い、意図を想像する。

 いつものことで、既にそれを放棄したロバスはため息をついた。

「でも、なんか期待されているみたいだから、ねぇ」

 ウルは楽しげに嗤っている。

 予想通りの言葉だった。

 彼はペットの期待には応える自称優しい主だ。

 先ほど、珍しくベルが自分にやらせろと言ったので、ウルはいいよと即答した。

 どうやるとは決めていなかったらしいから、とりあえずウルが可愛がっているペット達のために、集まっていた連中を犠牲者という名の玩具に仕立て上げることから始めた。

 ロバスは悪魔だからこそこの程度では動じないが、ベルがやっていると思うと、少しばかり複雑な気持ちになった。

「本当はもう少し生かしておこうかと思ったんだけど、別にこれと言って用もないから、止める理由もないし」

 ここの主は下心もあって、ウルを素直にここまで連れてきた。

 普通はこんな子供を連れてきたりはしないのだろうが、ウルの噂はとにかくひどいため、同好の士だと思ったのだろう。

 だから彼らがいい気になって馬鹿なことをするでは、そのまま泳がせておくつもりだったのだ。

 仲間だと思わせておいて、手の平を返した時の絶望に染まる顔は滑稽だ。

 見飽きたと思っていたそれも、ウルが演出すると新鮮な物に感じて飽きが来ない。

 だからこそ、悪魔であるロバスが不平不満なくここにいる。

 男だか女だか分からない子供をちやほやするのももう慣れた。つまり自分が楽しければどんな環境でもよいのだ。

「ウル様、ベルに何も聞かないのですか?」

「ケトルは知っているかもしれないけど、ボクには関係ない。

 ボクのペットになった以上、過去のことは捨ててもらわなきゃいけないからねぇ」

 あの冷徹な少年王は、ウルが涼しい場所に行きたいと呟いたら、数日後にあの屋敷を紹介した。

 珍しく彼の方から発言した。あの無口な男が。

 善意だとは思っていなかったが、やはり厄介払いをついでにしてくれと言わんばかりの状態だ。

 生き飽きている悪魔としては、今日一日が楽しければそれでいい。

 その一点で、ウルとはとても気があっていた。

 人間とは思えないほどに、ウルは悪魔的な人間だ。残酷という意味ではなく、感性が。

「割り切るにはちょうどいい機会なんじゃないかな。人間には、そういうのが必要だよ」

 ウルはくすくすと笑いながら、愛おしげにベルを見つめる。飼い猫の冒険を見守る飼い主のように。

「しかしベルは柄の長い道具が似合う子だね。ほれぼれするよ」

 柄の長い道具、箒、モップ、そして今振りかざしている長柄斧のことだろう。

 彼女は薪を割るように、逃げようとした男の脳天をかち割った。

 顔色一つ変えることなく、慣れた様子で淡々と。

 返り血を浴びた彼女と、屋敷内をうろうろする魔物がいては、逃亡は不可能だ。

 少なくとも彼らにはできない。多少は腕が立つ者は既に殺されている上、彼らはこのように殺される側になるとは思ったこともない連中だ。

「ねぇねぇあそこにいるのって、ケトルに逆らっている連中だよ」

 ウルはその様子がよく見える少し高い位置で、オペラグラスを手に足をぶらぶらさせて呟いた。

 ウルは彼らが敵対者だと知っているようだ。

 なのに今まで生かしておいたなら、ケトルには自分の敵ぐらい自分で始末をすることを望んでいるのだろう。

 ケトルが無能な主を欲しないのと同じで、ウルも無能なペットは欲しない。

「ケトルはあれを餌にしてもいいって言いたいのかな?」

「突き詰めればそう言うことでは」

 自分の手で始末するのが面倒だから、居場所を掴んで、主の退屈しのぎに提供した。

 能があるからこそ、ウルの力と性格を信じているからこその采配だ。ウルはこれに満足している。

 どんな形であれ、ケトルは主を信頼しているのだから、飼い主としてはその期待に応えなければならないというのがウルの持論だ。

 ベルに見張られ一カ所に固まり動けなくなっている情けないお貴族様達に冷笑を向ける。

 ベルが誰に恨みがあるのか知らないが、彼女が生き生きしているので、これはウルの言ういい機会そのものなのだろう。

 これがどこまで仕組まれたことか、ウルのような情報収集能力がないロバスには分からないが、それを想像するのも一興だ。

 ウルは足を組み替え身を乗り出す。

「じゃあ、ベル、落としていいよ」

 ベルは許可を得ると、笑顔でうちの一人を『下』へと突き落とした。

 落ちても死なないが、登るのは不可能な高さの穴。

 闘技場のようなそこには、粗末な武器が用意されていて、猛獣が腹を空かせて待ち構えている。

 ウルのペットではない。もともとここで飼われていたウルとは何の関係もない猛獣だ。

 つまりここは、よくある『そういう』場所なのだ。

「女と子供から落とした。ベルもやるねぇ」

 妻を落とされた夫が自分でなかったことに安堵して、しかし共にいた息子も落とされて悲鳴を上げる。

 同様に、別の夫婦も片方だけを残してつれ合いを突き落とす。

 女も子供も関係なく、近くにいたこの悪趣味を楽しんでいた者の身内はここに集めさせている。

 ベルはウルのやり方を見て、彼が好みそうなことをしている。

 武器など持ったこともない女が、ただ悲鳴を上げ、走るには不向きな靴のため転んで獣に嬲られる。

 何も知らない子供はただ泣き、その反応を見た獣は、まだ生きたままの母親を放置して、泣きわめく子供の元へと行く。

 玩具はよく動く方が面白いから。

「彼女もだんだんウル様っぽくなってたきましたねぇ」

「ボクはあんなことしないよ。やるならこんな場所にいる連中だけじゃなくて、もっと小さな子供とか孫とかを呼び寄せるよ。そっちの方が悲壮感があっていいと思うけどね。

 でも、母子を一緒に落とすのはいいね。人間性が見える。ボクの場合ここで反応が気に入れば中断してあげるけど、ベルはしないだろうね」

 ウルの前に立つというのは、必ずしも死ではない。彼は気まぐれだから、服従する者には慈悲を与えることもある。

 しかしベルにはそれがない。その理由がない。幼い子供達もどうせ将来はああなるのだから、加減をする必要はない。

 内何人かはまっとうに育つかもしれないが、その何人かのために生かしておくほど甘くもない。

 生かしておいたら恨みが生ずる。恨みをすべてかわせるほど彼女は強くない。だから皆殺しにする。

 正しい判断だ。恨みを抱く者を生かしてもいいのは、殺される覚悟のあるウルのような強者だけ。

 ベルの行いは理解できる。

 が、なぜかわざわざ夫に見せつけている。ふだんの彼女なら、突き落として静観するだけだろう。命令でもされない限り、ここまではしない。

 別に彼らはウルに逆らおうとしたわけではない。ケトルの敵が混じっているだけであって、決してウルの敵ではないのだ。

 どちらかというと今回は哀れな被害者だ。ただ優雅に残酷ショーを楽しもうとして、獲物を逃がしてしまっただけである。ウルという存在を引き寄せた、不運で、自業自得な被害者達だ。

 ベルは次の被害者を落とし、逃げようとする者をウルのペットを使って落とし、ただ落として獣をけしかける。

「ベルぅ、楽しい?」

 ウルが声をかけると、他人を足場に逃げようとしていた男に熱湯を振りかけていたベルは、顔を上げていつものように微笑む。

 あの熱湯はウル様の配下が差し出した物だ。最近はいつも彼女が餌をあげているから懐かれている。

「そうですね。たまに自分でやってみるのも悪くないですね。こんな連中相手なら心も痛みません」

 人の恨みは恐ろしい。どこまでもどこまでも忘れない。鎮火したと思った火は、些細なことで劫火を生む。

 彼らは業火に飲まれ、火遊びではすまない事をしていたのだと、気付くことなく死んでいく。

 後悔などしていない。なぜ自分がとただそれだけを考える。

 まともな考えが頭によぎるのは、最後まで残され、時間がある者達だろう。

 本当の意味では理解しなくても、自分達が手を出してはいけない者に手を出したことだけは理解する。

 まさか、こんな子供がそれだとは思っていなかっただろう。

「だめですか?」

 ベルはウルの呼びかけに、小首をかしげて可愛らしく尋ねてくる。

 彼女のウルに対する態度は上手い。他の人間を手本とし、卑屈にならない程度に服従している。殺されないための綱渡りは、ロバスの目から見ても危なげない。

「まあ、いつも嫌々だけどペットに餌をやってくれてるから、煮えたぎった油をプレゼントするよ」

「まあ、ありがとうございます」

 ベルは別の男を突き落としながら感謝する。

 長く生きているロバスでも、彼女が何をされたのか少しぐらいは気になる。

 しかしウルは調べない。

 殺す相手ならともかく、大切なペットの過去にはこだわらない主義だ。だから何をされたのかも知らない。なぜ裏の仕事をしていたのかも知らない。

 ウルが調べないことを、好奇心からわざわざ調べ始めた者がどうなるかを知っているからだ。

 だからウルはロバスのこともほとんど知らない。

 ロバスがどんな悪魔で、何をしてきたのか、どんな配下を持っているのか、どこに住んでいたのか、どんな宝を持っているのか、まったく調べない。

 ウル曰く、ボクは放任主義だから。

 ロバスはそんな主を気に入っている。ベルもこの点に関しては同じ思いだろう。

「でも、拷問の仕方は教えてあげた方がいいんじゃないかな?」

 ウルがロバスを見上げて言った。

 なぜ人間がする拷問のことで悪魔であるロバスに振るのか理解できない。

 悪魔と人間は違うのだ。悪魔が指を振るだけで出来ることを、人間は努力して工夫して行う。

 その工夫は悪魔から見れば目新しく、観察対象になりやすいため、拷問の仕方も知識としてはあるが、実行したことはない。専門家が他にいるのだから、彼に頼むのが一番だろう。

「なぜ私に?」

「教えてあげなよ。狙ってるんでしょう?」

 確かに彼女は魅力的な素材だ。上手く育てればいい魔女になる。内に炎を宿す女は、とてもいい魔女になる。しかし良い魔女を得ることに今の私は興味がない。ウルが望むならその方向に持っていくし、望まないのなら何もしない。

「退屈なのでしたら、そうおっしゃってください」

「別に退屈ではないよ。ベルの意志は尊重してあげたいんだ。ボクは優しいご主人様だからね。彼女はとても残酷なことをしてみたいようだからさ」

 足をぶらぶらさせて、凄惨な光景を眺める。

 被害者達が用意していた動物達は既に腹が一杯なのか、穴の隅にかたまっていた。

 それ代わってウルのペット達が楽しげに獲物が落ちてくるのを待っている。魔物に怯えて動物達は隅で震えている、とも言える。

 下に降りる許可を得たペット達は、与えられた玩具をいたぶるのが楽しいのか、とても無邪気にはしゃいでいた。

 無邪気と言ってもただ遊ぶのではなく、一人爪で切り裂いては生きたまま放置し、別の人間で遊んだと思えば、気が向いたら半死半生の被害者を転がして遊ぶ。

 つまり苦痛と恐怖が長引くように生殺しにしているのだ。

 いつもウルがしていることに比べると生ぬるいが、ベルにしてみればやり過ぎで、そうするだけの恨みがひしひしと伝わってくる。

 そしてその恨みが一番強く向けられている相手は、ベルの手が届く場所にはいない。

 すべてを見やすい特等席に置かれているため、自分で考えつくかぎりの事をして見せつけているのだ。

 ウルの横に立つ、青ざめて顔を強張らせた屋敷の主は、対岸にいる妻と子と孫と思われる人間達を、ただガタガタと震えて見つめている。

 ベルからしたら、この男がここにいることが、最も残酷な復讐になっているのだろう。

「もしウル様ならこれからいかがなさいます?」

「そうだね、下からぎりぎり届きそうな位置に全員吊すとか、最後の一人になれた子だけ助けてあげるとかもいいね。これをすると人間性がはっきりするよ。

 他人を──自分の子供を盾にするか、自分が盾になるかでその人の人間性がよく分かる」

 どちらの行動をとっても、ウルの印象は同じだ。その程度の美談で、生かされるなどということはない。始めてしまった以上は、彼らは全員ウルの敵なのだから。

 よほどウルの目を引かない限り、彼らが助かることはない。

「そうだおじさん」

 ウルは顔面蒼白の屋敷の主へと声をかけ、下を指さした。

「おじさんが自分から下に降りたら、家族だけは助けてあげる」

 ウルにしては親切な提案だ。いつもは泣いても叫んでも目的を果たすまでは許さない。

 許すとは、それ以上苦しませないよう、殺して終えることの意味を差す場合が多い。

 この場合は嘘偽りなく『生かしておいてあげる』という意味だ。

 その生が幸せとは限らないが、どん底でも死ぬよりはいいという人間も多い。

「どうする?」

 男は死に行く物達を見下ろし、つばを飲む。

「ベル」

 ウルは小さな声で呼びかける。彼女の肩にはウル様のペットがちょこんと乗っている。それが声を伝える。

「このおじさんに二者択一なの。三人を縛って吊してみると面白いかもよ」

 ウルはアザがある白いスネを露わにし、力のある配下を取り出す。目の前に魔物が現れ、男は腰を抜かしてへたり込む。

 ウルはこういう人間が嫌いだ。

 気丈に振る舞い、何事もないような顔をする人間を好む。それは悪魔でも同じこと。

「ベル、一人ぐらいさっさと落としてみたほうがいいと思う? こんな人でも家族は大切なのかな? ボクよくわかんない」

 ベルはウルの言葉が切れた瞬間、息子と思われる男を落とす。

 この男はやめてくれとは言わない。自分の命が一番可愛いようだ。

「ねえ、おじさん。どうしてこんな事していたの?」

 新しい玩具を与えられ、無邪気に遊ぶ可愛いペットを眺めながらウルが問う。

 男は言葉に詰まって答えない。何か言おうと唇を震わせているが、下から聞こえる悲鳴がうるさくて何も聞こえない。

「ボクは逆らう者が大嫌いだよ」

 ウルが言った瞬間、答えなかった男の右小指が消えた。ひいっと呻き、指が指がと騒いでいる。出てきた言葉がこれでは、生き残る可能性が微塵もない。

「小物過ぎて楽しくもない。ケトルなら平然としているのに」

 さすがに指を失って平然とはしていないだろう。痛み以外は気にしないという意味でなら正しいだろうが。

 彼なら腕の一本や二本差し出してでもウルのご機嫌は取る。

「リファ、このおじさんどうしたい?」

「お姉ちゃんに任せます。それかウル様にお願いしたいです。私がするとお姉ちゃんは嫌がると思うから」

「そう。じゃあ、しっかりとこのおじさんを見張っててね」

 この二人の会話は、この男に何を与えただろうか。

 自分が何かしてしまったことだけは理解しただろうが、心当たりは多すぎて特定できまい。

「ボクは人を殺させている人間が、自分が死ぬのは嫌だって思っていることにいつも驚くよ」

「はい。悪の華は散りぎわが大切なんですよねぇ」

「そうそう。手札もないのに見苦しいのって最悪だよ。何かあるんならいいけど、本当に何もないし」

 普段からこの二人は、他人がいない場所でどんな会話をしているのだろうかと少し気になった。

「本当に、さっさと飛び降りてれば楽に死ねたのに、馬鹿だねぇ」

「馬鹿ですねぇ、本当に」

 リファは笑うが、瞳はケトルのように暗い。

 ウルは立ち上がり、再びズボンの裾をめくって数匹の配下を取り出す。

 ベルが求める魔物達だ。

「ボクはちょっと用があるから行くよ。ベル、あとは好きにしていい。何も知らない使用人も好きにするといいよ。あと──」

 ウル様は側に控えていた、事の発端である助けを求めた使用人を手招きした。

「君はおいで。お家に帰してあげるよ」

 引きつった表情の男は、それでも素直に従った。ウル様が好む反応だ。

「じゃあおじさん、逃れられぬ惨劇を存分に楽しむといい。きっと飛び降りておかなかった自分を呪うことになるはずだから」

 ロバスがウルの手を取り、他を残して目的の場所に移動する。

 悪魔を配下にした理由は、主にこの移動方法のためだと、以前ウルは言い切った。

 だからロバスは素直にウルの行きたい先を察して移動する。



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