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血の宴1

1話の2の数ヶ月後ぐらいです


 世界は美しいとか誰かが言った。

 ボクはそうは思わない。

 美しいと簡単に分かる美しさなど、何がよいのかボクにはわからない。

 たまに美談を見ることもあるが、少しつつくとそれも崩れる。

 そんなまやかしを見ると、ボクはついついこう言ってしまう。

「雄大な森を見ていると、無性に放火したくならない?」

 燃えてしまう間はさぞ美しかろう。

 ボクはそういう一瞬の美はそれなりに好きだ。

 だから、世界はたまに本当に美しい物を作る、ということなら賛成できる。

「今の時期は湿気って火がつきにくくなっています。乾燥する冬まで待たれては?」

 ロバスが苦笑しながら進言した。

「ロバス、できないの?」

「さすがの私でも、ウル様の想像するようようには……」

 ボクは不満で唇をとがらせる。

 ここにある保護された美しさを、ボクは破壊したくてうずうずしているのに、この悪魔は引きつった笑みで誤魔化そうとする。

「ウル様、それは正気ですか?」

「ベル、言うようになったね」

 僕はふくれ面でベルを見た。

「湖に涼みに行くと言われたのはウル様です。放火などしたら涼みになりません。

 冬なら何も申しませんがが、この暑いのに火を付けるのなら私はお暇をいただきたく存じます」

 よそよそと、風が木陰を揺らす。

 木陰は涼しく、風は心地よい。

「……それもそうだね。冬の暖にした方がいいね」

 最近はベルもボクの側にいる生活に慣れてきて、何がいけないのか理解してきたから、言葉を発するのに躊躇がなくなった。

 だんだんばあやに似てくる。以前の純粋に恐怖に縛られた彼女を思い出すと、少し寂しくもある。

「ああ、ここは涼しいけど、何もなくて退屈だね。ロバス、なにか面白いことはない?」

「王侯貴族ばかりが集まる避暑地ですからね。せいぜい馬鹿な遊びか、狩りをするか」

 キジなど狩って何が楽しいのか理解できない。

 ボクのペット達の中には、そういうのを見つけるとつい飛びかかる野性的なのはいるから解き放っているけど、ボクは立派な文明人だ。

 食べることは否定しないが、獣を殺して何が楽しいのだろうか。

 空を見て、ため息をつく。

 木陰にいれば涼しいが、何もない。

 リファが差し出すジュースを飲んで、ため息をつきそうになった時──思わず笑みがこぼれた。

「た、たすけてくださいっ!」

 満身創痍の男が、森からやって来てロバスの前に倒れた。

 誰も止めなかった。

 それはつまり、ペット達からのささやかな贈り物であることを意味する。

「なぁに?」

「殺されるっ!」

 尋ねると、男はボクに縋ってきた。

「誰に?」

「わからない。か、匿ってくださいっ」

 必死の形相ながら、肝心なところは心得た男だ。

 大人のロバスやベルではなく、ちゃんと主であるボクにすがっている。誰にすがり、誰の同情を買えば生き残れるか理解している。

 こういう本能的に賢い男は嫌いではない。

「まあ、匿わないこともないけど。暇だし」

 ペット達が退屈をするボクにくれたせっかくの贈り物だから、成り行きを見てみよう。

 退屈しのぎになれば良し、退屈だったとしても退屈だったと判明するまでの退屈しのぎになる。

 暑苦しくなる放火よりは、ペット達も喜んで、いいだろう。

 心配そうに詳しい事情を尋ねることから始めてみるか、いつものように脅迫して聞き出すか、どちらが楽しいだろう。

 しかし、別の選択肢が向こうからやって来た。

 二人の男が縄やら棒やらを手に姿を見せた。

 実に小汚い男達で不愉快だ。

 汚れた人間が嫌いなわけではない。

 庭師や大工やその他の職人が薄汚れるのは当然で、彼らがいなければボクの快適な生活は成り立たない。

 ボクは腕の良い職人には尊敬の念を持っている。

 しかし彼らは違うだろう。

「あー、いたいた。あ、すみませんねぇ、うちのもんが」

 逃げてきた男が顔色を変えてひぃと後ずさる。

 ボクの所に来た限りは、これはボクの物だ。この男達にボクの所有物を左右する権利はない。

「お目汚しいたしやした。とっとと持って帰るんで、続けてお楽しみくださいや」

 男は縄を持ってボクの所有物へと許可もなく足を向ける。

 その上、目を向けたのはロバスへだった。ボクのことは無視だ。

「無礼者」

 ロバスが縄を持った男の眼前に細身の剣を突き出した。

「ここがどこかも知らぬのか下郎。貴人の前を横切ろうなど、おまえの主はどんな躾けをしている」

 ここは王家で所有する別荘だ。

 知らぬはずがない。

 王家の血筋の者がケトルを残してほとんど消えてしまったために、利用者がいないとでも思われていたのか……。

「ねぇ、この男は殺されると脅えているよ。

 おまえの主はこの美しい場所で何をしようとしているの?」

「殺されるなんて、大袈裟ですさ。粗相をしたから仕置きをしようとしていただけでございます」

 ボクはこちらの男へと視線を移す。彼は必死の形相で首を横に振る。

「嘘です! もう何人も消えてるんです!

 血がついたモップが隠されてて、契約がおかしくて! 俺はただの使用人として雇われただけなのに!」

 言葉はまとまっていないが、言いたいことは理解できる。的確に要所だけは押さえられた発言に、ボクは二人の男を見た。

 ああ、死の香り。

 血の香り、恐怖の香り。

「ぐだぐだとくだらないことを言うな!」

 男がボクの横を通る。前を通ろうとしているわけではないからいいとでも思ったのだろうか。男の持つ棒が、僕の座る椅子の足に当たった。

 そう認識した瞬間には、既にボクのイヌ達は動いていた。

 男がそこからさらに踏み出そうとした時既にその足はなくなって、みっともなくボクから離れるように倒れた。

 ボクの方に倒れたら、やったお馬鹿なペットが皆の餌になるから、そうなるように足を食らった。主のためなら、ケダモノたちでも少しは考える。

 ちゃんと考えて動くペット達がとても愛おしい。

「おい、どうし……ひっ」

 もう一人の男は尻もちをつき、すがってきた男も度肝を抜かれている。

 この手のやりとりは見飽きている。

 これが正常な反応なのだろうね。

 息を飲むだけですますベルみたいな子が特別なのだ。

「あれ、君、片足がなくなってしまったの?

 なんて可哀相なんだろう。膝もないし、そんなんじゃあ生きていけないよ」

 貧乏人は身体が資本。膝があれば手作りの義足でも多少は歩きやすいのだが、太股までないと難しい。

 それに彼には義足など手の届かない高級品だ。

「どうせ足を食べられてしまったなら、全部食べて見世物になるようなぐらいまでした方がいいよね。

 ああ、もちろん死なないようにちゃんと傷口を焼いてあげないといけないよ」

 ボクは親切なのだ。

 目の前で男の手足が消え、渋々といった様子でロバスが炎を生むと、もう一人の男は足をもつれさせながら逃げようとした。

 もちろん逃げられるはずがない。行く手を三ツ目の狼が塞ぎ、男は腰を抜かす。

「ウル様、この人どうするんですか?」

 リファが怯えながら手足食われた男を見下ろした。

「リファ、どうして欲しい?」

「怖いから嫌いです。こんなの見せ物になるんですか?」

「悪趣味な大人はいっぱいいるんだよ。悪魔に手足を食われた男ってことなら、それなりのお金を払って見ようとする」

「変なの。ロバスさんグルメだよ。食べないよ」

「変だよ。ボクが言うのも何だけどね、人間ってのは変なのがたくさんいるんだよ」

 ベルが逃げようとした男の頭髪を掴んで引きずってくる。

 最近、容赦のない行動に磨きがかかってきた気がする。

 本当に、ボクが言うのも何だけど。

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