番外編1
ブログに掲載していた番外編です。
本編よりもゆるいです。
「リファ、ちょっと」
廊下を歩いていたら、姉と仲の良い執事に呼び止められた。確かロバスとかいう悪魔だ。
ウル様が悪魔なんてエロいことしか考えてないから、二人きりになっちゃいけませんって言っていたのを思い出して、人のいる場所へと逃げる。
「こらこら、なぜ声をかけただけで血行変えて逃げるんですか。私は変質者とは違いますよ」
「ウル様が」
「リファ、ウル様の冗談をすべて真に受けちゃいけませんよ。君はそこまで小さな子供じゃないんですから。
この屋敷内に関しては、君を襲う不届き者はいないから安心しなさい」
「でも、ウル様は……」
「ウル様に死ねといわれるようなことはしませんよ。死ねといわれれば死ななければならなくなりますからね。
自分でもどうやったら死ぬのか分かりませんが、絶対服従の身ですから」
彼はとても綺麗な顔を、心がとろけそうな甘い笑みを浮かべる。
こういう男が胡散臭いのだと、姉が言っていた。
言うからには、きっと好みの顔なのだろう。
「あの、どんなご用ですか? 用があるから呼び止めたんですよね?」
この屋敷の住人達は、人の姿をしていても人でない場合もあり、変わり者が多く他人にはあまり話しかけない。
自分は自分、他人は他人。関心があるのはウル様のことだけという徹底ぶりだった。
私もウル様大好きだからその一人なのだろう。だから私は他のヒトのことはあまりよく知らないが、彼のことだけは少し知っている。
彼は悪魔のくせに普通に執事らしいこともしている。
文句を言いながら他人の世話をして、胡散臭いがとても面倒見も良い、気になり始めたら徹底的に関わるタイプだと、姉が言っていた。
つまり本性は好色な悪魔でも、普段はそれを忘れているぐらい、ものすごく人間の生活にとけ込んでいる……のかな?
ウル様やばあやさんは人間だし。
「ちょっとお願いがあるんですよ。なに、難しいことではありません」
彼はニコニコと笑いながら言う。笑顔を見ていると、警戒心が少し薄れて何だろうと思った。たらしって、やっぱりすごいんだ。
「今日は天気が良いでしょう。ぜひウル様を誘って散歩にでも出かけて下さい」
「はぁ……」
散歩ならよくする。屋敷からはあまり出ないけど。ウル様は命を狙われてるんだって。ウル様が殺されるはずないけど。
「で、汗をかいてきてください」
「はぁ……?」
ウル様、そういうのあんまり好きじゃなさそうな気がするのだけど……。
悩んでいると、廊下の角からお姉ちゃんが姿を現してこっちに近づいてくるのが見えた。
なぜかウル様のステッキをぶんぶん振り回している。
「で、お風呂の準備をしておきますから、リファがウルル様とごいっしょっっ!?」
ロバスは側頭部を殴られて壁にもたれかかる。
その横をウルのステッキの先を持ち、柄の少しとがったところを命中させたばかりの姉がすり抜けた。
「な……なぜそのステッキを」
ロバスは当たり所が悪くて血が滲んでいる側頭部を抑えて言う。悪魔の血も赤いのだ。青いんだと思っていたからびっくりした。
「ウル様にロバスさんの頭にこれをフルスイングしてきなさいとのご命令を受けたんです」
「ウル様……いつの間にか予知能力でも身につけられたのでしょうか?」
「私に聞かないでください」
だけどそういう生物がいてもおかしくはない。いつも飄々と危ない道は避けているから。
竜などという力の強い魔物も持っているけど、身内を探ったりする特殊能力型の魔物もたくさん持っている。だからそれに予知できる魔物が加わってもおかしくない。
さすがはウル様。力だけに頼らないのがとってもウル様らしい。
「ロバスさん。何を考えてるのか知りませんが、どうしてうちの子とウル様が一緒にお風呂に入らなきゃならなんですか」
「お二人はまだ日が浅いから気にならないんでしょうが、私達はもう何年も気になり続けてるんですよ」
「何をです」
「ウル様の性別ですよ。神子としての力で成長なさらないので、男らしくも女らしくもならないし、身の回りの世話はばあや産がすべてなさっているから、確かめる機会がなく」
確かに、ウル様は一緒にいても男の子のようにも女の子のようにも感じる。はじめの内は悩んだが、今ではどうでもいいと思うようになった。
「それでウル様が男性だったら、どう責任取ってくれるつもりだったんですか?」
「一緒に風呂に入っただけで獣になるのなら、もう私達はあの方の性別を把握してますよ。
私が本気で口説いてもなびかない以上、本当にまだ性に興味がないのですよ。悪魔にはそういう欲望を増幅させる力がありますから、性別の違いとかに関係なく、どれだけガードが堅くても多少は目覚めるものなんです。
というわけで、今さらリファと風呂に入ろうが、目覚めるような方ではありません」
魅力がないって言われているみたいでちょっと腹が立つけど、なんとなく納得できる。
ウル様にそういうのはまだ似合わない。だって、まだまだ小さな子供みたいに無邪気だから。
「そんなに性別が知りたいだけなら、ばあやさんやじいやさんに聞けばいいんじゃないですか?」
ばあやさんとじいやさんはウル様が生まれた時からこの屋敷にいて、親らしいことをしてくれたのは彼女達だって、ウル様はおっしゃっていた。ウル様にとって、家族のような人なのだ。
「あの人間達は結託して、ウル様の姿に合わせてお嬢様お坊ちゃまを使い分ける人達です。あの甘さがウル様を作った要因の一つなんですよ。ウル様の側に居続けられる人間を甘く見てはいけません。質問しても、答えはその日によって変わります。あれは恐ろしい妖怪のような何かです」
悪魔にここまで言わせるなど、あのばあやさん達がそこまですごい人だとは思ってもいなかった。見習わなければならないのだろう。
「…………私は、女の子だと願っています」
「そりゃあ、私だって女の子の方が良いですよ。女の子の方が好きですから。
でも、それを信じていざこの目で確かめて違ったら、ショックじゃないですか」
悪魔というのは、よく分からないことにこだわる。長生きしているのだからもっと大ざっぱで良いだろうに、人間よりも細かいなんておかしなの。
「ロバスさん、そんなどうでもいいことのために、妹を巻き込まないでください」
「どうでもよくありませんよ」
「リファ、ウル様と一緒に涼しいところで休んでなさい」
私はお姉ちゃんの言葉に従って、危険なロバスから離れて、ウル様の元へと向かった。
後ろから口論が聞こえたが、仲が悪い喧嘩には見えなかったので、心配することはないんだと思う。
あとでウル様に言って、どうすればいいのか指示を出してもらおう。