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6話 家庭の事情2


 やって来た来客は二人。一人は背の高い白髪の痩せた男性。その息子はウル様に似た質の赤毛と、若かりし頃の父親を思わせる美青年。

 ため息が出るほど素敵な親子だ。

「彼女が新しいメイドか。なかなか美人でうらやましいな」

 若君が私に笑みを向ける。いかにも女好きで、見た目はともかく中身はあまり好みではなさそう。

「うん。美人の元殺し屋。ボクの屋敷にピッタリでしょう」

「本当に」

 見た目がどれだけいいとしても、彼らはウル様の身内だった。

 殺し屋と聞いて、極上の笑みを浮かべる青年が、どんな人物なのか計り知れない。ウル様のペットなのか、共犯者なのか。

「その子も可愛いね。ウルの服がよく似合っている。うちの使用人とは大違いだ」

 部屋の隅に控えている使用人は、びくりと震えた。鼻が高すぎる従者と、華美でなく清楚な雰囲気のメイド。

 ウル様と同じように磨かれ、綺麗に飾られたリファと比べるのが間違っている。

「美人姉妹。いいでしょう」

「本当にうらやましい。並の女では、なかなか長持ちしないからね」

「使い捨てにするからだよ。人材は育てないと」

 私は育てられる側の人材で、よかったのか悪かったのか。

 妹は日に日にウル様に似て、最近は表情がそっくりだ。そのせいで顔つきまで似てきた気がする。喜ばしくはないが、ベルにはどうしようもない。

 死ぬか生きるかしかないのだ。

 もし妹が死にたくなれば、ウル様に言えば殺してくれるはずだ。死しかない未来よりは、選べる今の方がいい。

 不自由ではあるがベッドから出ることも出来なかったのだから、ウル様についてなら、どこにでも行ける今がいいだろう。

「で、用件は何かな? 伯父様の口から直接聞かせてもらえると嬉しいな」

 ウル様は普通の子供のように微笑む。普通の家族の会話のようだ。

 控えている来客の使用人達は、固くなり目を伏せている。

「いやな、直接来た方が色々と手っ取り早いと思ったからね」

 病の流行について尋ねに来たのだろうか。手紙のやりとりでは、万が一外に漏れる可能性も考えてしまう。

「そう。ボクのせいで迷惑をかけちゃったのかな」

「いいや。お前は可愛い、大切な存在だ。私たちの宝。私たちの苦労など苦労ではないよ」

 驚いたことに、力に従うではなく、慈しむ目だった。

 本性がどんなに残酷でも、人は愛する存在を持つことが出来る。

 ウル様の言う特別とは、本当に家族としての特別だったらしい。

「リファ、ボクは伯父様には本当にお世話になりっぱなしなんだよ。生まれたときからボクを守ってくださっている。じいややばあやと同じぐらい、ね」

 常に側にいて身の回りの世話をする、親のような存在と同じほど。

 ウル様にとって、それがどれだけの存在か、私には分からない。

 それでも大切な存在であることは間違いなかった。嘘や冗談で、ウル様は大好きなじいやさんとばあやさんに並べない。

 どうでもいいのなら、死んでいる両親に並べるだろう。

「ウル様でも、家族をそんな風に思うんですねぇ」

「当たり前だよ。伯父様はボクの力に気付いて、隠してくださったんだ。

 伯父様は妹を取られて結果的に殺されてしまったから、神殿がどれだけひどいところかご存じだからね。

 小さな頃はエル兄さんによく遊んでもらったし。お前達は覚えているよね」

 ウル様が影に話しかけると、返事とばかりに騒がしい音が漏れる。

「神殿? 神殿って、神様を崇めるところですよね。恐ろしい所なんですか?」

「リファは神殿の意味を知らないんだね。

 ボクの持つような力はありふれていてね、それをすべて神殿が管理するってことになってるんだよ」

「ありふれているんですか?」

「各地から集めていると、表現できる程度にはね」

 ウル様は唇を弧の形にして、意味ありげに笑う。

「ボクは魔物を使うでしょう。これは強き存在を従えるため、神に与えられた力。

 だからボクは本来、神殿に引き取られていなければいけなかったんだ」

「連れて行かれないように、神殿から隠したんですか?」

「そう。双子のように見せかけてね。男女の双子っていうのは、神子になった例がないんだよ。

 同性の双子でも、ほとんどは力が弱い。一人分の力が半分になるからだって言われている。前例のない男女の双子が神子であっても、力は弱いし貴族相手だから、ボクが神子だと知られたとしても、無茶はしないだろうって」

 経験があるからこその対応だ。

「可愛いペットを手に入れて、ボクが自分で自分を守れるようになると、こんなことする必要はなくなったけど、習慣だから続いてるんだ。ボクには似合うしね」

 おかしな洗脳ではなく、理解して楽しんでいるのがウル様らしさだ。

「じゃあ、今でも神殿は知らないんですか?」

「知っているよ。

 神子がいる地域って、神殿には分かるんだって。どれだけ探しても見つからないから、最初に疑われてたボクに目が戻ってくる。だから今でも狙われているはずだよ」

 ウル様にとっては迷惑な話だ。ウル様はウル様なりにこの地を気に入っている。気に入っているから守護し、それに応じる領民達に好意を持つ。

「今もウル様を狙ってどうするんですか?」

「ボクを従わせようとするだろうね。ボクは過去に類を見ない天才だし、まだ若いから洗脳でもするつもりみたいだよ」

「ウル様を? どうやって?」

「厄介なのは神子は群れているんだ。そういった集団に紛れるだけで意外とあっさりと洗脳されてしまうんだよ。

 ボクはされないけど、洗脳する能力のある魔物がいるだろうから、出来ると思ってるんじゃないかな」

 ウル様はすでに自分の群れを作っている。他の群れに紛れる必要はない。

 自分の群れを壊されて引き込まれても、その群れを壊して自分でまた作り直してしまうだろう。

 それが出来てしまう方だ。

「神子は親元を離されて神殿に強制的に飼われるんだ。

 ボクみたいに生まれたときからお金持ちなんて、割合は少ないからね。ほとんどは貧困層だよ。

 だから売られてしまい、買われてしまう。売られてしまった子供は、神殿しかないから盲目的になる。

 神子がやっていることのほとんどは魔物狩りだから、人々から感謝されてさらに洗脳される。

 だから神殿に所属せず、お金持ちで、家族に守られていた何不自由のないボクみたいな存在が憎いんだよ。

 憎いから手段を選ばない。

 かばってくれた身内に近づいて人質に取ったり、ね」

 ウル様はいつものようにくすくすと笑う。この笑い方をする時は、何か企んでいる時だ。リファをからかうぐらいならいいが、人がたくさん死ぬ時も同じ笑い方をする。

「ウル様は何でもご存じですね」

「だって、ボクの親はそれがきっかけで死んだんだよ」

「そうなんですか? ずっとウル様が殺されたんだと思ってました」

「殺したのはボクだよ。結果としてはね」

 私もそう思っていたから、ウル様の事を勘違いしていたようだ。

 理由もなく、両親を殺すようなことはなさらない。

 理由があったからこそ。

 理由があれば、殺す。

「ベル、エル兄さんにお茶のおかわり。リファにはお菓子も。あと、そろそろ掃除の準備を」

 黙って控えていた私は唐突な要求に驚いた。

 彼が掃除を要求するのは珍しくないが、今ここでというのには、さすがに動揺した。

 事前の説明が欲しいところだが、それも察することがウル様に仕えるということだ。

「……かしこまりました。カーペットは手に余るようでしたら業者に任せてもよろしいですか?」

 血は落ちにくい。

 汚れは目立ちにくいが、素材がいいので自分で丸洗いするよりも、人に任せた方がいい。血は落ちにくい。

「好きにしていいよ。さすがに掃除のことはボクには分からないから。料理は出来るんだけどね」

「ウル様、お料理などされたことがあるんですか?」

「あるよ。料理とお裁縫は淑女としてのたしなみでしょ。ばあやは厳しいからね。刺繍とかベルにも教えてあげるよ」

 貴族は無駄に覚えなければならないことがある。ウル様は自発的にはやらないが、一通りは身につけていらっしゃる。それは男としてのものだけだと思っていたら、女としても隙がないようにしているのだ。

 実にウル様らしい。

「ところでベル、知っている? 神子の肉はとっても美味しいんだって」

「じゃあ、ウル様の所には、魔物がホイホイと寄ってきますね。ロバスさんもその口ですか?」

「さあ。ボクはペットが何を考えてボクに跪いたなんて知らない。

 今、服従していることだけが確かなことだよ」

 ウル様は微笑みながら、部屋の隅で殺気を放つ伯父の使用人をちらと見る。

 ここに二人。

 もう一人は窓の外。

 この部屋は、どういう意味で、特別なのかはまだ知らされていない。

「ねぇ、みんな。神子、また食べたい? 初めての子もいるよね。食べてみたい? 今日は三人もいるんだよ。みんな人か自利ぐらいは行き渡るね。嬉しいね。ボクは君達が嬉しいと、とっても嬉しいんだ」

 外で小さな悲鳴が聞こえ、気配が消えた。

 中にいる二人が目を見開いて、後退する。その顔に浮かぶ表情は、得体の知れぬ存在に対する恐怖だった。

「あーあ。馬鹿だな。馬鹿正直に罠の上に立つなんてさ。

 神子はそういうところがダメだね。追い詰める娯楽すらペット達に与えてくれないなんて。

 ロバスは食べたことあるだろうから、伯父様達を守っていてね」

 ウル様がニヤニヤ笑いながら言い、ごく普通の人間である私はリファを連れて部屋を出る。

 私は先ほど言われた通り、掃除の準備をした。

 この綱渡りをしているような不安感と恐怖、そしてまだ綱の上にいることで得られる安堵感には、まだ慣れることは出来ない。

 足が重く、歩く足に濃厚な闇のような何かがまとわりつくような気がした。

 しかし足下を見ても、何もない。ただの錯覚だ。

 東の応接室に戻ってきた時には、ウル様のペットが壁やカーペットをぺろぺろと嘗めていた。

 毛繕いし合うように、身体についた血を舐め、動物がじゃれ合うような姿だけは微笑ましい。

 だけど獲物を誇るように、生首をテーブルの上に飾るのは如何なものか。

 その恐怖に見開いた目は、恨みがましく私を見ていた。

 人々に尊敬される立場にいる、哀れな少しだけ普通ではない、それでも普通の域にいる、愚かな人間達。

 だけど頭だけとなった今では、ただの物だ。

 彼らは死に、私は生きている。人としての何か大切な物を犠牲にして。

「おや、ちょうどいいところに。ここはよろしく頼むね」

 若君は爽やかに微笑み、父親と一緒に部屋を出て行く。

 ウル様は残酷な方だが、残酷な行いを鑑賞する趣味はあまりないらしい。少なくとも、肉片が飛び散るようなやり方はあまり好まないし、そういう光景がくり広げられれば、あとは任せてどこかに行ってしまう。食事に肉が出ると、微妙な顔をするぐらいには、普通の感性も持ち合わせている。

 しかしわざわざ最後まで見物するあの二人は、ウル様よりも趣味が悪い。

 見た目だけがいい、とても残念な男。

 私の周りはそんな男しかいない。

「まったく……そんな物をそんなところに置かれると困るわ。早く食べてしまってちょうだい」

 ベルは何でもないように生首を呼び刺してが言う。満足げだった彼らは顔を見合わせ、その頭に飛びついた。

 猿に似た魔物が邪魔な頭髪を頭皮ごとはぎ取り、頭蓋骨をいとも簡単にかみ砕く。そしてその下にあった柔らかそうな脳髄をつまみ出して、ぐちゃぐちゃと弄ぶように爪先で引っ掻いて、脳髄が引っかかった指を、恍惚と口に含んだ。

 投げ捨てられた頭髪はべちゃりと床に落ちて、人に近いがくしゃくしゃの顔をした醜い魔物がそれを掻っ攫っていった。

 別の妖精のような、見た目だけなら幻想的で可愛らしい魔物は、眼窩に指を入れて目玉をくりぬき、宝物のように光にかざして喜んだ。そして飴玉を舐めるようにぺろぺろと舐め、小さな歯を立てた。

 そうやって好きな皆で分け合い、楽しげに。骨まで残さず喰い尽くす。捨てるところなどないとばかりに、染みこんだ血を舐め続ける。

 彼らの食事を見たことが無いわけではない。

 頭をかち割れば、中身が見えることもある。

 眼球をほじくり出すところも、生きたままされているのを見たことがある。

 死んでいるから、ただの食事。残虐な行為ではない。死んでしまえば死体は物。

「ほら、ここに肉片が残っているわ。誰、指だけ食べ残したのは。好き嫌いはダメよ」

 ベルが食べ残しを教えてやると、小さな何かがそれをかすめ取っていった。

 いつか、自分がこうなるのではないか。

 そんな不安が私の胸の内から消えることは決してない。

 そしてそれはおそらく、真実なのだ。

 私が私としていられなくなった時、私はこうなるのだろう。

 その時はせいぜい一瞬で死なせてもらいたいと、願うことしか私に出来ることはない。






 ご馳走を食べて満足げなウル様のペット達に、自分達が汚したカーペットを外の水場に出しておくように頼んで部屋を出た。

 何かに触れたわけではないが、皮膚が赤くなるほど手を洗ってからお茶と菓子を用意して、別の部屋で談笑している主の元へと向かう。

 二つ目の部屋を用意したのは私だから、迷うことはなかった。

 ノックして部屋に入り、惨劇を見た直後のはずの皆にイチジクのタルトを出す。

 このようなことがあると先に言ってくれれば、別の菓子を焼いたのだけど、それを察することが出来なかった私が悪いと言われるのだろう。

「伯父様、余計なモノが入り込んで鬱陶しかったでしょう。ごめんね」

「かまわないさ。ウルのペットが守っていてくれるからね。それにお前の顔を見に来るいいきっかけになった。隙をうかがう以外は、普通に仕事をしてくれていたから問題ないよ。食べられてしまえば、給金を払う必要もない。払った給金も戻ってくる」

 なんて前向きな考えだろう。

 ウル様はけらけらと笑い出した。彼のツボはよく分からない。

「ベル、今日のケーキは美味しそうだね」

「市場のおばさんが美味しそうなイチジクが手に入ったので、ウル様に召し上がっていただきたいと、わざわざ届けてくださいました」

「そう。今度、お礼をしておいてね。

 でもベルはお菓子作りは、そのうちばあやにも追いつけるかもしれないね」

「お褒めいただき光栄です」

 それ以外では追いつけないと言いたいのだろう。生まれたときから彼を見ている彼女に、私が追いつけるはずがない。

「謙遜する必要はないよ。ばあやは特別だからね。

 でも、ベルはばあやにも勝る点がいくつもあるよ。君は箒と斧がよく似合う」

 失礼な話だ。斧などウル様のペットにでも振り回させておけばいい。

 人に向けて斧を振り回すなど、アレが初めてだったのに、本当に失礼。

「ベル、ばあやが死んだら、ばあやって呼んでいい?」

「ご遠慮下さい。ばあやさんが、私が老女になるまで生きているならともかく」

「じゃあ、おばあちゃんになったらばあやって呼んであげるね。それまでにばあやみたいになってね。君がロバスを拒むなら、ボクが君を育ててあげるから」

 悪魔ロバスの魔女になれば、ウル様にとって私の価値はなくなるのだろう。ただの『リファの姉』であり『ペットのペット』である。

 力も知識もないのに魔女になる魔女など、魔女としての価値はない。

 迷う者は嫌いだよ。

 ウル様のこの口癖から考えれば、それがよく分かる。

 老いて死ぬ人間であるからこそ、ウル様にとって『ばあや』なのだと思う。

 だから老いて死ぬ人間である私という存在が、ウル様にとっては価値があるのだ。ただ生きていればいい存在だったら、リファの中にいるモノは、ばあやさんの中に入れれば良かったのだから。

 それをしないのは、それをしたらウル様にとっての「ばあやさん」が死んでしまうからだ。

 今のばあやさんが大好きなウル様らしい考え。

 ばあやさんになるということは、ウル様の気まぐれでは殺されないという保証。

 生きているだけでも幸運な状況下だ。それが叶えば、ある意味では王であるケトル様よりも上の立場を与えられたようなもの。

「光栄です」

 私は迷わない。

 捨てられぬように、別の誰かを連れてこられぬように、死にものぐるいで働かなければならないが、私は意外とこの生活を気に入っているのだ。

 恐ろしくとも、彼は私にとってただ一人現れた救い主なのだから。


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