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6話 家庭の事情1


 私がこの城に来てから、さして長くなかった髪が腰まで伸びるほどの日々が過ぎた。

 朝は早く起きてウル様を起こし、ペットに餌をやる。

 それを終えるとウル様の寝室を掃除して一息つく。

 ウル様に直接係わることは私かばあやさんが行う。

 それ以外の掃除や洗濯は下の使用人が行う。

 使用人が少ない屋敷だが、それでもメイドが他に二人と、料理人が二人、庭師が一人いる。

 それらを仕切っているのが執事がじいやさんで、家令がばあやさんだ。

 ばあやさんは貴族の屋敷の家令とはいえ、なぜこんなところで『ばあや』などと呼ばれているのか理解に苦しむほどの才女だ。

 大学を卒業したと、さらりと言われた。女性が大学に行くなど、当時は今以上に珍しいことだったはずだ。

 家事の腕は完璧で、頭も良い。指示は適切で、誰よりも頼りになる女性だ。

 ウル様はこの私に彼女のようになれと命じられた。

 さすがに頭の中身は無理だから、家事と気配りだけでいいけど、と付け加えたが。

「いいですか、ベル。しばらくは雨が続きます。お嬢様は雨期になるとあまり動きたがらないから、食事もさっぱりしたものがいいわ。

 それを料理人に告げるのも貴女の仕事になるわ」

 なんて我が儘なご主人様なのだろう。相手がただの子供ならとっくに切れて殴っていた。

「天候で体調まで左右されるなんて、ウル様らしいと言うか……」

「お嬢様をよく見ていれば、いつ何を好むのかも分かるようになるのよ。とくに雨期のお嬢様は、様子を見てお出しする物を考えなくてはならないの。動かないのに肉ばかり食べさせて太ってしまっても大変だわ。お嬢様の体型維持も大切な仕事よ」

 実に面倒なお嬢様である。体型について考えるのは、貴族の令嬢なら普通だが。

 食えれば何でもよいという環境で育った私には難しい。

 だがリファには気を遣っていたので、病人を診るように見ていればいいのだと、強引に納得する。

「分からなければお嬢様にお伺いすればいいわ。お嬢様の時はわたしにも難しいから、ベルにはまだまだ無理ね。

 お坊ちゃまの時は男の子が好みそうな物を食べられるから、それほど難しくないのだけど、だからといって肉ばかり食べさせてはだめよ」

 男装と女装の差は、その日の気分だと言っていた。気分によって食べたい物が変わるのは当たり前。

 私はため息をついてウルお嬢様のために用意したお茶とお菓子を台車に乗せる。

 多少は慣れたが、それでも緊張する仕事だ。

 厨房を出てウル様がいるはずのリビングへと向かう。

 使用人として仕える訓練は受けているので、ばあやさんの指示に従って動くことは完璧に出来ている。それだけでも、今は十分なはずだ。まだウル様に捕まってから、使い物になるほど成長するほどの時間は……

 先ほど出てきたばかりの厨房から、皿の割れる音が聞こえて足を止める。

 ばあやさんだって皿を割ることぐらいあるだろう。しかしいつもよりも少し顔色が悪かったような気がする。

 天気が悪いのでそう見えるのだろうと思っていたのだけど、急に心配になって、台車をそのまま残して厨房へと戻った。






 ウル様は、ばあやさんが大好きだ。

 ウル様にとって母親のような、特別な存在なのだ。

 私が殺されたとしても、不快にはなるだろうが悲しみなど持たないだろう。しかしばあやさんが殺されたらウル様は悲しまれる。

 ばあやさんが体調を崩したと知り、ウル様はすぐに医者の手配をさせた。

「流行病ですね。命に別状はありません。お年寄りや身体の弱った方は近寄らない方がいいでしょう。薬を出しておきますが、様子がおかしいようでしたらすぐに呼んでください」

 医者の言葉にウル様は無言で頷いた。それを確認してから、医者はベルに向かって言う。

「はい」

 顔色が悪いのに気付いていたのに、それ以外はいつもと変わらないように見えてしまった私のミスだ。

「ご本人には、体調が戻ってもしばらくは休んでいただけるようにお伝えください。まだまだお若いですが、それでもそろそろ無理が身体を弱めてしまうお年です」

「うん、分かった。忙しいのに悪かったね。またお願い」

 ウル様が普通の子供のような笑みを浮かべた。

 それを見ている医者とその助手は、ウル様の何をどれほど知っているのだろうか。

 ウル様の反応を見た慎重さから、何も知らないとは思えない。問題はどこまで知っているのか。

「いえいえ、今年は平和なものですよ。命に関わる悪質な病気は流行っていませんからね」

 医者の言葉は、ばあやさんは命に別状はないという念押しだ。

「いいや。そのうち忙しくなるよ。たぶん何か伝染病が流行る」

 ウル様がぞっとするような事を口にした。思いがけないウル様の言葉に、医者達は固まった。

「備えておいた方がいい。海を隔てたお隣さんの国で流行っているらしいよ。噂になるほど広まらない可能性もあるけど、隠蔽された結果爆発的に広まる可能性があるよ。

 近い内に鳥か人が病を運んでくる可能性がある。そういう病気なんだって」

 先ほどまで硬くなっていたのが嘘のように、ウル様はいつもの調子だ。

 変な病でないことが分かったとたん、いつものように笑い、ろくでもない予言をする。

 ウル様は沈んでいるより、尊大な態度を取る方がお似合いだ。

「ボクの方も備えているけど、どれだけ薬があっても、医者が倒れたら意味がないからね。こればかりはボクじゃどうしようもない。

 ボクのペット達は馬鹿だから、情報は伝えられても、病の種類までは分からない。

 国王陛下には進言してあげたから、情報が来たら使いをやるよ。陛下とはオトモダチだから、一番に来るから、その時は相談に乗ってね」

「かしこまりました。ウル様の情報は速くて助かります」

「領民を保護するのは領主の役目だからね。食料とかは国外から買い込んだし、遠慮しなくていいよ」

 最近、馬鹿な子供のふりをして色々と買い物をしていたのだが、このためだったようだ。

 国内からではなく、国外から仕入れているのが、実にウル様らしい。自分の関係ない国がどうなろうが、ウル様の知るところではない。

 彼の中での優先順位は、自分の領土、自分が好きな相手のいる場所、自分の領土があるこの国、周辺国、その他の国となっている。

 バラバラに仕入れているから、気付かれるのはまだ先だ。ウル様の情報網あってこそだから、他が気付いた頃には準備は整っているはずだ。

 領民にとって実によい支配者だ。搾取されないだけでも、十分よい土地である。

 そして有事を見越して事前に手を打てるのだから、最良の施政者だ。

 例え、それでどこかの誰かを蹴落とそうとも。

「さすがはウル様。頼もしい」

「褒めても何も変わらないよ。まだ可能性の話だからね。杞憂に終わればそれに越したことはない。

 でも覚悟はしておいて。患者にもそれとなく今年はやっかいな病が流行るらしいから、健康に気を遣うように広めて。

 皆が混乱しない程度に、しっかりと脅して欲しいな」

「かしこまりました」

 医者はウル様に一礼して部屋を出て行く。

 彼らが普通の人なのか、変な人なのか、イヌの一人なのか、見た目では判断できない。

「さて、ベルにも仕事があるよ。明日はボクの親戚が来るから準備して」

「え、明日、ですか」

「ある程度はもう準備しているはずだから、じいやに相談して。部屋は……そうだね。東の応接室を使うよ」

「東、ですか」

 いつもは南側の応接室を使う。日当たりもよく、美しい庭に面している部屋だ。東の応接室は使ったことがない。

「お二人は特別だからね。だから特別な部屋」

「畏まりました」

「他はキミもそろそろ慣れてきたから任せるよ。料理は料理人に任せればいいから、お菓子とお茶と客室をばあやのやり方通りに準備だけはしておいて。一泊の予定だから」

「一泊……五体満足でお帰りいただく方々ですか?」

「もちろんだよ。鼠と客は違うからね」

 このウル様の屋敷へと普通に遊びに来る親戚がいることが、私にとって大きな衝撃だった。

 しかし、東の部屋に何の意味があるんだろう。

 邪推と好奇心は命取りと分かっていても、簡単に抑えきれるものなら、人は過ちなど繰り返さない。

 ようは行動に移さなければいいのだ。


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