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5話 舞踏会2


 しんと静まりかえる広間。

 まだ幼いとも言える年若い王と、車椅子に乗る女が姿を見せた。

 女はヴェールで顔が見えず、容姿や年齢は分からない。

「私は理解に苦しむ」

 階段の踊り場で、侮蔑を込めて王はそう告げた。

「なぜこれほど集まったのか、私は理解に苦しむ」

 冷ややかな声は広い部屋に響き、気の弱い女はその声を聞いただけで身を竦ませる。

「この意味を理解できる者は、早々に立ち去れ。私は似た物を持つ親切な者を望んでいるのではない」

 娘が似たような物を身につけていたので、もしやと思い。

 そんな言い訳をする予定の者へと告げた。

 ぞっとするような、およそ人とは思えないほど冷たい目の意味を理解した半分以上が、すごすごと部屋を出て行く。

 王の怒りが理解できれば当然だ。残るのは娘の美しさに自信がある者か、よほどの愚か者か、確信を持つ者か──。

「まだ残る者がいるのか」

 王は一人で階段を下り、召使いが車椅子の女を運ぶ。

 王は女が隣に運ばれるのを待ち、頭を垂れる者達を見回した。

「お前は何を持ってここに来た」

 王は手近な者へと声をかけた。

「こちらでございます」

 差し出されたのは、片側だけのピアス。

「娘は陛下と踊っていただきました。その時に片側だけ落ちたのかと」

 顔を上げる娘はたいそうな美貌を持っていた。

 若い王にふさわしい年頃の、華やかな顔立ちの美少女。父親もなかなかの美丈夫だ

「私は落としていったとは言っていない。元々、片耳にしかしていなかった物を見ただけだ」

「……そうでしたか。大変な勘違いをしておりました。よく似ておりましたので。

 このピアスは私の母から受け継いだもの。対の物が戻るのならと思い」

「ではなぜそれを届け出ていなかった」

「小さな物。処分されているのではと思いまして」

「誰が見ても似ているが、似ているだけでしかない。

 見れば分かるだろう。なぜわざわざここに来た」

 父親は顔を上げ、冷たい目をした王へと媚びへつらう。

「もちろん、万が一の事を思いまして。親の私が言うのも何ですが、私の娘は器量が良く、絵が間違って書かれているかもしれないと」

「何が器量がいいものか。

 他人の手垢がついた女など願い下げだ。とくに、父親の手垢がついた女など、汚らわしい」

 その場がざわめいた。

 次は自分かと怯え始めた者達が、ひそひそと囁き合いを始める。

「おっしゃることがよくわかりません。私がなぜそのようなことを……」

「私に分からぬことはない。いくら見栄えが良かろうと、偽りを持って売女以下の代物を王たる私に差し出すなど、万死に値する。この賊を引っ捕らえよ」

 控えていた衛兵がその父娘を捕らえ、引きずっていく。

 喚いているが、王は見向きもしなかった。

 王は残る者達を見回した。

 彼らはひるみ、親子で顔を見合わす。

「お前」

 王はそのうちの一組の親子に声をかける。

「持ってきた物を見せてみよ」

「かしこまりました」

 差し出されたピアスを見て、王は笑みを浮かべた。

 先ほどの娘に比べ、白のドレスが似合う清楚な娘は、王へと微笑みを向けた。

「私はこの手配書を作らせたときに、間違えようのない特徴と、見落としやすい間違えを書かせた。なぜこれは、手配書と全く同じ物なのか、答えよ」

 親子から血の気が引いた。

「答えよ」

「……偶然にございます」

「それで私が納得すると思ったか。私は嘘つきが嫌いでな」

「嘘など、滅相もない。本当に偶然でっ」

 王が手を挙げる。

「王を騙そうなど、先の親子よりも罪深い」

 再び衛兵達が親子を引きずっていく。

 あまりにわめくものだから、殴り、蹴り、黙らせてからずるずると引きずっていく。

「で? 他に我はと思う者はいるか」

 集まる親子達は顔を見合わせて戸惑う。先ほどの親子のようになってはたまらない。

 娘は怯えて帰りたいと泣き、親はどうするものかと考える。

 そんな親子を横目に、一組の親子が前に出る。

 美しいとは言えないが、清楚な雰囲気の女とその両親。

「陛下、お探しのものはこちらではございませんか」

 王の前に跪き、手配書のものと特徴が同じ、しかし微妙に違うピアスを差し出した。

「まさしくこれだ」

「そちらは我が家に伝わる大切な品。しかしずいぶんと昔に、片方を使用人に盗まれてしまい、片側だけとなってしまいました。それでも我が家にとっては意味のある物。片方だけとなっても大切にしております」

 父親は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「お久しゅうございます、陛下。陛下と踊っていただいたあの日、私はこれを身につけておりました」

 娘は恥じらい身をよじりながら媚びる目を王に向けた。

 王は再び笑う。

 先の女達と同じ笑み。いや、それ以上に満足げな、それていて酷薄な笑み。

「私はこれを持つ者を探していた」

 王は車いすの女の前に膝をつき、ドレスの袖に隠れていた手かせを外す。

「これを持つ物は二人」

 女を立たせ、ヴェールを取る。

 その下には、正しいピアスを持っていた男の娘とよく似た顔があった。

 さして美しいわけでもなく、花嫁候補の娘に比べても華がなく、痩せて、陰気だった。

「一人は私の妻。もう一人は妻の身内を殺し、幼い正当なる後継者を追い出した殺人者」

 王が女を立たせ、椅子に隠していた手斧を渡した。

「サリーア、私の結納品は気に入ったか?」

「何を考えているの」

 女は低く小さな声で問う。

「これを好きにしていい。君のために見つけ出した」

「好きに……」

 女は斧を握りしめる。

「ちょっ、お待ち下さい! 何のことだか私たちにはっ」

「そうです。殺しただなんてとんでもない!

 あれは賊の仕業ですわっ! ピアスを盗んだのも、賊を手引きしたメイドですのよっ」

「見苦しい言い訳をするな。従姉であった彼女の母を殺して彼女の父の後妻になり、夫を殺して家を乗っ取った。

 それ以外の事実はない。なんなら証人も用意できるが……時間の無駄だ。

 私の花嫁の憎しみが消えていない今こそが私にとって意味がある。

 サリーア。君が私の妻となるならこれらを与えよう。

 王妃となるなら、その両親を殺したこれらは今すぐに解体したとしても誰も何も言わない。

 普通に法で裁くのもいい。ここで始末するよりも時間はかかるが、証人は用意できる。

 それとも誰かに任せるか。幸い、すぐそこに人の絶望を好む方がいる。お前がするよりはよほど残酷な方法で殺してくださる」

 気味の悪い花嫁の背後に回り、悪魔のように囁く冷たく綺麗なこの国の王様。

「君の居場所にいる娘は売るのもいい。劣悪なところでは一年と持たないだろうが、地獄の一年となる。

 一番罪深いのはあの女の母親か。

 君には想像できないような苦しみを与えることも出来るし、あの女の母親が君の母親にしたように殺すことも出来る。

 それを知ってここにいるある男は、さらし首にでもるするか」

 世間が思い描く悪魔に近い王は、女を甘い言葉でそそのかす。

 ロバスなどよりも、よほど悪魔らしい。

「今すぐでもいい。考えてから結論を出してもいい。

 これらは手元にあるのだから、楽に自害しないように保管しておこう」

 王は女に小箱を差し出す。中には婚姻の誓いに使われる腕輪が入っていた。

「これを腕にして、愛を誓ってくれるなら」

 女が望む物を差し出し、愛を乞う。求婚としては間違っていない。

 罪亡き者を引きずり出して、冤罪でいたぶろうとしているのではない。本当の罪人を裁いているだけだ。

 女は迷いながらも、差し出された小箱を受け取った。


 求婚が受け入れられて、女は未来の王妃となり、氷の王は悪魔のごとく微笑んだ。






「今度はちゃんと届いたね。ぎりぎり間に合うかどうかって日にだったけど」

 ボクが手紙をぴらぴらとケトルに見せる。

 今日は結婚式当日。

 まあ、かまわない。

 ボクがアリサに作らせたドレスを花嫁が着ているのもちゃんと見られたしね。

「ケトル様、幸せそうですね!」

「どこがですか」

 リファの言葉にロバスが頬を掻く。

 悪魔にはケトルのような難しいタイプの人間は理解できないのだ。悪魔というのは能力は高いが、応用力がないのだ。だからこそ人間を好み、力を与えるのだ。

「本当に、珍しく楽しそうだね。こんなに楽しそうなケトルを見られるなんて思いもしていなかったよ。花嫁もずいぶん磨かれて見られるようになったし」

 前に見たときよりもずいぶんと綺麗になっている。下町の女が、短期間で貴族の女に化けた。

「彼女もいい目をしているね」

 花嫁のくせに、凍り付いたかのような仄暗い水面を思わせる目をしているのだ。

「ケトルにぴったりのお嫁さんだ」

「ええ、だからこそ選びました」

 似たもの同士だ。この世の中に、こういった相手を見つけられる人間がどれだけ少ないかを思えば、ケトルはずいぶんと幸運な男である。

「で、結局あの人達はどうしたんですか?」

「リファ、世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

「はい、ウル様」

 リファは素直でいい子だな。だけど根底はあの花嫁と似ている。

「悪さはね、しなければいいんだよ。する方が悪いんだ。ボクだって領内で起こる悪さには、たとえ愛しい領民であろうと容赦しないよ」

「いつもは容赦してるんですか?」

「領内での揉め事や犯罪者だったら、ちゃんと法に則って裁くよ。ボクは決まりを守るいい領主なんだ」

 ボクはね。

 ケトルもそれに気付いているのだろう。

 彼は自分に許されない行いはしなかった。これからも自分自身はその範囲で生きていくのだろう。

 弱き者は叩かれても埃が出ないように生きればいいのだ。

 叩かれて出た物を誰かに知られて痛みを受ける者は、弱者でしかない。

「ケトル、ご祝儀は何がいいかな?」

「彼女のドレスだけで十分です。あなたに頂いても、もらうばかりで返す日が来そうにもありませんし」

「ボクが結婚できないと思ってる?」

「相応しい相手が存在すれば可能だとは思いますが、私が生きている間にそういったお方が誕生するかは疑問です」

「なるほど。確かにボクの伴侶となるなら、最低でもボクの半分ぐらいの器は欲しいね」

 それすら難しいのだ。確かにケトルが生きている間には、その器を持つ者が生まれることすら難しい。

「じゃあ、子供が出来たらたまに遊んであげるね」

「ありがたきお言葉、感謝いたします」

 心にも思っていないくせに。

「キミでも実の子は可愛いのかな。たくさん出来たら、一人ぐらい欲しいね。今から楽しみでならないな」

「ウル様のお言葉のままに」

 本当に、この子は良くできている。ボクを忠実に信じている。

 ペット達の盲信ではない。悪いようにはしないということを、理解しているという意味だ。

「まあいいや。うちの地方の特産品を持って来たよ。お酒、好き?」

「たしなむ程度です」

「そう。ボクもあんまり飲まないね。

 だけどロバスに飲ませてるだけってのはもったいないから、味の分かる人に飲ませてやって」

「かしこまりました」

 ケトルは一礼する。

 そして喧騒の外へと目を向けた。

 家族を虐殺された哀れな少年王が、家族を殺され不当な扱いを受けていた少女と婚姻を結ぶ。

 話し方によっては立派な美談。

 人は他人の悲恋や悲劇が好きだが、同じぐらいに恋愛と美談が好きだ。だから騒ぐ。

「これからパレードです」

「大変だね。笑えるの?」

「作り笑いぐらいなら出来ます」

「そう。せいぜい、微笑んでくればいいよ。幸せいっぱいに見えるようにね」

 この氷の表情の方が幸せに見えるけど、人々はそう思わない。

 はっきり分かるように笑っていなければ幸せではないと思い込む。

「ボクの分まで、子孫を繁栄させるといいよ」

 ボクには縁のなさそうなことだから、誰かに任せればいいのだ。



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