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4話 選択の先2


 翌日、ウルの連れの女の子の採寸をした。

 ウルは前と同じでいいと拒否して、布を当てて合わせている。

「こんな感じにギャザーを入れて、スカートはフレアをたくさんつけましょうか」

「うん、いいね。リファも可愛いよ。ベルも来れば良かったのにね」

「メイド服なんて汚れるから安くていいって。お姉ちゃんは昔からあんまり服とかに興味なかったから」

「せっかく美人なのにねぇ。斧を振り回すのに邪魔だからかな?」

 メイドが薪割りをするのだろうか。男の使用人を雇えないとは考えられないから理解できない。

 アリサは紙に書いたラフを見せ、ウルに変更点を尋ねる。

 彼女はデザインが好きで暇があればしているが、そのほとんどはこのウルが身にまとうことになるものだった。

「アリサ、誰か来るよ」

「誰か……失礼します」

 アリサは店頭に戻り、その間にルドは次の布を広げる。

 なんとか四着を作れるだけしかない、上等の生地だ。

 成長してすぐに着られなくなる成長期の子供にはもったいないのだが、ウルは成長する兆しがないし、無駄になることはないだろう。

 彼は生地が気に入ったようで、布を撫でる。

「いい色だね。アーベルのところで仕入れた布だ」

「よく触れただけで分かりますね」

「染料が特殊でね、どんな色をしていてもなんとなく分かるんだよ」

 そこまでルドには分からない。確かにこれはアーベル夫婦から仕入れた布だ。夫婦で出来ただけを卸し、なかなか手に入らないことで有名だ。

 その上、アーベルは生活には困っていないので、気に入った相手にしか卸さない。

 この店にはよく卸してもらっているが、それでも多くはない。

 本当に上得意の客へ、店主の判断でのみ見せている。

 ウルはこの店にとってどの程度の客であるか、この扱いだけでも分かる。そして見る目があるからこそ、より特別になるのだ。

 同じ金額を貰うなら、物の価値を理解してくれている人に着て欲しいと思うのは、職人としての本能だろう。

「そういえばウル様は、どちらのお住まいなんですか?」

 ルドは雑用をしながら、ふと気になって尋ねてみた。

「ユグノだよ」

「そんな遠いところから」

「そんなことないよ。うちの馬車ならその日のうちにつくし」

 馬車でも丸一日はかかりそうな距離のはずだか、特別な人間は乗る馬車まで特別なのだろうか。

「うるさいばあやがいないから、けっこう自由を満喫できるからいい気晴らしになるよ」

 この年頃なら、遠出も遊びの一つ。体力もあるから旅行と思えば通うのも楽しみになる。

 良家でこの年頃では厳しい教育も受けているだろう。男装も抑圧から来るものかもしれない。

「君はここに来てどれぐらいだっけ。前に来たときからいたような気がするけど」

「はい。前回ウル様がいらっしゃった少し前です」

「ふぅん。アリサが見込みがあるって言っていたから、大きくなったらボクのドレスを仕立てられるぐらいになってね」

 ウルは笑みを浮かべて言った。そんな彼に、連れの少女が声をかける。

「ウル様、アリサさんはどれぐらいウル様のことご存じなんですか?」

「君の知ってることぐらいは知ってるよ。

 君の中にあるのとは違うけど、この家の者達には似たようなのが代々あるからね。

 ボクの家系は昔から似たようなものらしいんだ」

「アリサさんとは親戚なんですか?」

「馬鹿らしいぐらい遠いけど、母方の親戚だよ」

「へぇ」

 それで親しくしているのだろうか。

 どちらにしても、美人の家系だということは確信した。

 美人の服は作りがいがある。どうやっても似合うのだ。だったら、より美しくなるように仕上げたい。それを着て貰えれば嬉しい。

 それを良いと思ってもらえることが嬉しい。

 この目の肥えたお坊ちゃまが大人になったとき、本当に自分の仕立てた服を着てもらえたらどれほど嬉しいか、どれほど満足できるか、想像もつかない。

「アリサ、まだ戻ってこないね」

 ウルは部屋を出て店頭へと向かう。

 ルゼは布を置いて慌てて追うと、あの貴族の放蕩息子がアリサを熱心に口説いていた。しかも図々しく手を握っている。

「大丈夫。君は僕が守るよ。もう母にも兄にも手出しをさせない。君はただ、はいと言ってくれればいいんだ」

「もう、いやですわ。ご冗談が過ぎましてよ」

「君に辛い思いはさせないよ。本当だとも。これを受け取って欲しいんだ」

 手を離し、指輪を見せる。ウルがそれをのぞき見て、鼻で笑う。

「大きいし立派に見えるけど、安石だね。本物に似せた偽物だよ」

「まあ、さすがはウル様。見ただけでおわかりになるなんて。

 アルベート様、お戯れはそれが好きな方にどうぞ。騙されたふりをして喜んでくださいますわ」

 ふりであって、内心では笑われている。

 そんな棘を含んだ言葉に、アルベートの頬に朱が刺す。

 いつもはぐらかしていたが、ここまで言うのは初めてだ。

「私、今とても大切なお客様をお迎えしておりますの」

 止めた方がいいのだろうか。彼は客としては最悪なので、来なくなるだけなら問題ない。来なくなるだけなら。

「怖い顔」

 いつの間にかウルの背後に立っていたリファが言う。

「これはしつこくして嫌われて逆ギレしそうな男の顔だよ」

「いい男はしつこく口説いたりしないって、ロバスさんが言ってました」

「そうだね。しつこいのは嫌われるからね。熱心なのはいいけど、空気は読めないと無駄だね」

 子供達の正論に、さらに顔をゆがめる。

「ふざけるなっ! なんだい、この失礼な子供は」

「うちの大切なお客様です」

「ここは子供服まで作るのか! 仕事は選んだらどうだいっ!?」

「次男のアルベート様と違い、この方はすでに当主であられます。その上、古くから一族での付き合いもございますから、アルベート様の百倍はお得意様ですの。

 現在お二人が着られている服もそれぞれ、アルベート様が注文されるものの三倍はしますのよ」

 子供二人が着ている普段着が、アルベートの夜会服の三倍というのも、悲しい現実だ。

「ウル様、そろそろお菓子の用意ができていると思いますので、奥でお茶をどうぞ。ルド君、ウル様のご案内を」

「でも……」

「平気よ」

 ウルが先に行ってしまう。アリサのことだから問題ないだろうが、不安だ。

 誰かに声をかけて様子を見に行ってもらおうか。

「アリサはね、大丈夫だよ」

 ウルが振り返って言った。

 一瞬、その足下の影がうごめいた気がした。

 もちろん錯覚だろうが、アリサに対する心配よりも、もっと別の危機感が生まれたような気がした。

 正体の掴めない、ざわめきが胸にある。

 その理由すらも分からないまま、ふわふわする足を動かして、彼について行く。

 なぜだか、恐ろしく思うと同時に、安堵を覚えているのが、とても不思議だった。



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