血の宴4
ボクはロバスから離れて、物のない部屋の真ん中まで歩いた。
贅をこらした内装からして、元はもう少し飾りがあったのだろう。
だけど今この部屋にあるのは、本棚と大きな机と椅子だけ。
机には、書き仕事をするケトルがいた。
彼は手を止め、冷めた目でボクを見ていた。
ケトルは今、冷徹王となど呼ばれているらしい。
しかし仕事ぶりを見ると誰よりも真面目だ。王の顔を知らずに彼の姿を見たら、まだ若いのに熱心に働いていると感心することだろう。
「相変わらず君は他人を信用しないよね」
信用しないから、多少は信用できる程度の者でさえ少なすぎるから、自分自身で調べ、自分で手を打つ。真面目なのだ。
「そういうわけでもありません」
彼は立ち上がりながら、ボクの隣に立つさっき拾った使用人にちらりと視線を向けた。
「よくそれが私の手の者だと分かりましたね。お楽しみ頂けるように黙っていたのですが、無用のようでした」
彼は形ばかりの笑みを浮かべる。
彼は心から笑うことなど一生ないのではないだろうかと思うほど、彼の目は氷のように冷めていた。
「ベルは楽しんでたみたいだよ。君はベルのことを調べた上でこれを企んだの?」
ボクが問うと、ケトルはわずかに悩むような仕草をした。
「ベルとは、リファの姉のことですか。もしそうでしたら、私は知りません」
悩んだのは、ベルが誰か分からなかったからのようだ。
最近いつもボクが連れ歩いている、妹のリファの方が印象に残っているのだろう。
「私が王になれたのは、他の者の失敗が一番の原因でしょう。愚者の二の舞などごめんです」
なるほど。確かにそのような気配はなかった。
だったら偶然なのだろう。
国内で悪さをしている連中が集まっていたようだから、いてもおかしくはなかった。
ケトルがボクに気づかれないようにそんなことができるなら、逆に褒めてあげたいぐらいだ。
「リファはあそこに残っているのですか」
「あの子に気があるの?」
ボクは少し驚いて問い返した。
「恐れ多い。ただ、そうだとしたら幼いのに豪気な子だと」
目の前で父親が殺されようと平然とし、大人が作った小難しいだけの書類を理解しているような少年は、自分のことは子供ではないと思っているようだ。
もちろんそれでいい。子供だからと見下す連中は、すべて追い落とせばいいのだから。
「まあいいや。じゃ、ボクは帰るよ。でもボクを利用すると後悔する事もあるって、覚えていた方がいいよ」
「あの連中ならどうされても構いませんから。あの別荘も。あの土地も。何もかも。
これで誘拐も減るでしょう。無辜の民の減少と恐怖の蔓延は国の損失です」
「ならいいんだけどね」
覚悟があるなら好きにすればいい。
ボクが嫌いなのは、覚悟もないのに行うお馬鹿さん。
ボクが好きなのは、覚悟のあるお馬鹿さん。
ボクの民はボクが守っているからいいけど、他に住む者達は違うのだ。
ケトルがケトルであるなら、少しぐらいは国も守ってあげよう。
ああ、ボクはなんて慈悲深い飼い主なんだろう。
ベルも喜んでいたし、これはこれでいいだろう。
可愛いペット達が自分のために足掻く姿を見るのも、復讐に身を委ねるのも、見ているととても温かい気持ちになれるから。