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墜ちたる神子 1

青色吐息から300年前の、若かりし頃のウルの話です。

サイトからの転載です。

年齢制限をつけたくなくて控えていた描写を少し増やしています。

 鞭打つ音が薄暗い地下部屋に響いた。

 足を組み替え、あくびを噛み殺して鞭打たれる男を見る。

 街中を歩いていたら、印象にも残らないごく普通に見える、働き盛りの男だ。

 着ていた服はボロボロで、血に染まっている。

 すり切れた服の隙間からは、皮膚がはがれた肉が見える。

 まだ骨は見えていないから、大したことはない。

 すぐに死ぬほどではないから。

 まだ四肢は無事で、両目もあり、両耳もある。

「ボクはね、自分に懐くイヌは好きだよ」

 組んだ足を伸ばし、男の反応を見ながら続きを口にする。

「でも、ボクに懐かない他人の飼い犬はキライなんだ」

 誰だってそうだろう。

 野良犬ならかわいげもあるが、自分に牙むく他人の飼い犬など、普通の人は嫌悪するだろう。

 ボクは博愛主義者ではないのだ。

 彼はボクの部下に取り入って、屋敷の中に入りみ、ボクの周りを嗅ぎ回り、ボクの大切な使用人に傷をつけた。

 躾のなっていない他人の飼い犬に、自分の飼い犬を噛まれて怒らない飼い主はいないだろう。

 だからボクは彼がこうして鞭打たれていても、心は痛まない。

「だけど、簡単に寝返る忠犬もキライだなぁ」

 彼が野良犬であったら、可愛がってやっただろうが、他人の飼い犬などボクにとってはどちらに転んでも不愉快だ。

 主を主と認めていた上で裏切るイヌなど、寝返ってもまた新しい主を裏切る。

 だから鞭で打たれた程度で寝返るようでは、話をする価値もない。

 だから今のところは駄犬ではなく、他人の忠犬。

 だから話を進めることにした。

「ボクのペットはとっても便利でね、離れたところの景色を見せてくれる子がいるんだ」

 目を伏せると、屋内の光景が見える。

「ベッドがある。寝室だね。女の子が見えるよ。可愛い、小さな子だ」

 ボクは男に向けて、見えている物を説明してあげた。

 すると男はびくりと震えた。

「なかなか帰ってこない父親を思って寂しがっている、とってもいい子だね」

 安直だが、こういう脅しは人によってはとても効果的だ。

 中途半端で、実に人間らしい。

「ボクの可愛いペットが好みそうな、美味しそうな子供だ」

 小さな子供の肉は軟らかい。それが好きな子は多い。彼らを満足させてやりたいが、それはこの男次第だろう。

「君もきっと気になるだろうから、見せてあげるよ」

 くすくす笑い、ボクが見ているモノを男に見せてやる。

 男は振り払うように首を横に振り、そんなはずがないと自分に言い聞かせている。

 幻惑でも見せられているのだと思っているのだろうか。

 遠距離の光景を頭の中で見せるなど、出来るはずがない、と。

「一つ教えてあげるね」

 ボクは親切心から、男に声をかけた。

「ボクの飼いイヌの中には母親の前で子を殺すことに生き甲斐を感じている、どうしようもない変態がいるんだ」

 包み隠さず、分かりやすく教えてあげると、男が小さく息を飲んだ。

「幸いにもボクの言いつけは守るいい子だから、処分せずにうちに置いてあげているんだ。

 外に放つと、処分せざるを得なくなるから、管理できるボクが飼っておくしかなかったからね」

 だから、ボクにそういう趣味があるわけではない。

 本当ならこの男の拷問を見るのも、愉快なことではない。

「だけどあまりおあずけをすると奇行に走るんだ。

 仕方がないから、たまぁに、ご褒美としてボクには必要ない餌を与えているんだよ。

 ボクは優しい飼い主だから」

 ボクは椅子の上で足をぶらぶらさせた。

 ボクの中で、可愛いペット達が騒ぎ、ブーツの中にある左足が疼いた。

「そろそろ餌を与えないと、ボクの領内に住む無関係な親子が犠牲になってしまいかねなくて、犠牲者を探していたんだ。

 犠牲者がいないと、ボクの可愛い民達が、子供のボクの口からはとても言えないようなひどい目に遭うからねぇ。それは阻止しないと。

 だから何をしても構わない餌が手に入れば、とても助かるかな?」

 口元に自然と笑みが浮かんだ。

 ボクは別に惨劇が好きなわけではない。

 だけどこの男の反応はいちいち滑稽だ。実に人間らしい、半端な反応をする。

 彼は彼女達との関係を認めるようなことは言わない。

 だけど、気にしないでいられるほど人の心を捨てていない。

 世間を欺くための家族ではなく、本物の家族だから。

「もう一時間あげるよ。

 一時間して何も話さなければ許可を与える。

 その時は君にもその光景を見せてあげるよ。

 娘が見るに堪えないほどさんざん嬲られて、その肉を腹に込められる妻の姿を見たいのなら、話さなくてもいいよ。

 その時は次の手を考えるから。父親が遠くで見られていると知ったら、きっとあの子も喜ぶし。

 あの駄犬は、見られて興奮するどうしようもないクズの変態なんだ」

 つくづく理解に苦しむ性癖だ。

 だが、無駄な性癖も、時には役に立つ。

「次の獲物を探す楽しみもある。ボクの役に立ちたい可愛いペットがたくさんいるんだ。

 一族郎党となると、皆喜ぶだろうね。

 ボクは健気で可愛い可愛いペット達を喜ばせるのが生きがいなんだ」

 獲物が増えれば、それだけボクに褒められる機会が増える。

 彼らのために仕事を作るのも、飼い主の楽しみだ。

「ボクのペットにはね、身内を捜すのが得意な子がいるんだよ。

 とってもとっても得意だけど、身内しか探せないから、君の飼い主は分からないんだ」

 どうしてここまでして庇うのかは知らない。

「だけど、分かるまでキミの身内を近い順から辿っていくことはできるんだ。非効率的だけど、みんなの楽しみが増えて得をしたような気分になるね」

 ボクが笑いながら立ち上がると、男が獣のように唸った。

 呪いの言葉でもぶつけたいようだが、耐えている。

 ボクをこれ以上怒らせないように。

「じゃあ、しっかり拷問するんだよ。聞き出せたら、ボクが後でご褒美をあげるから」

「かしこまりました」

 拷問吏に声をかけると、彼は鬼気とした様子で鞭を振るい、今まで子供達がどう殺され、母親達がどんな風に気を狂わせて殺されたかを語り出す。

 鞭で打たれた全身は、悲惨なその姿の割に血は出ない。

 死んでもいいけど、できるだけ死なないように痛めつける術を、彼は知っているのだろう。

 死んでしまいそうに見えても、それでもなかなか死ねないのが人間の身体だ。

 大切な人というのはあっけなく死んでしまうものだけど、どうでもいい人間は、意外としぶといものだ。

 だけど時間の問題だろう。

 彼が死ぬことを許される時、彼と彼の身内が救われ、ボクが欲しい情報を得る。

 あの男が己の苦痛からの解放を取るか、主を取るか。

 どちらに転んでも、とても楽しいことになるだろう。



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