噂好きな少女
「あら篠田君、帰ったんじゃなかったの?」
そう言って委員長が声を掛けてきたのは、義光と別れた後、生徒の体育館に対する好奇心を煽るために移動しようとした矢先だった。
「あ、委員長。そんなことよりおもしろい話が……いや、委員長は噂とか好きそうじゃないな」
早速悠達に関する噂を流布しようとした僕だが、どうにも委員長が友達とハシャギながら噂話をしている姿が想像できない。外見だけならおとなしそうな可愛らしい女の子なんだが、どうもキャラがお堅すぎるんだよな。
「篠田君、何か失礼な事を考えているでしょう」
「いやいや、後半は褒めたつもりだけど」
「褒めるなら全部褒めなさいよ。前半部分の内容によっては怒るからね」
「いや、なんていうか。委員長と噂話ってどうにもミスマッチだなぁと思って」
「あら」
すると。そんなこと、とでも言いたげに薄く微笑みながら委員長はポケットから携帯電話を取り出した。
委員長のお堅いイメージに合わないと言ってはガラパゴス携帯に失礼だが最新式のスマートフォンだ。
「私だって噂話の一つや二つ嗜むわよ?」
言いながら携帯の画面を見せ付けてくる委員長。普通噂話を嗜むとは表現しないと思う……。
画面を覗き込んだ僕の目に飛び込んできたのは色彩豊かな夏の大花だった。真っ黒なキャンパスは炎の芸術に塗りつぶされ、空に煌く星々をも圧倒している。画面中央から少しズレた位置に浮かぶ満月が人工的な芸術との対比を殊更に強調していた。携帯電話のカメラに収めて置くには惜しい一枚だ。
「……花火? 凄く良く撮れてるね」
「でしょうでしょう。私もとても気に入ってるの。良かったら篠田君にも送ってあげましょうか?」
「おぉ、それは嬉しいな。お世辞抜きで結構こういうのは好きなんだ」
「ふふ、素直なのはいいことよ。あ、メールアドレス教えてくれる? メールに添付して送るから」
「分かった」
アドレスを紙に書くのも面倒なので携帯同士をぶつける事でデータを送受信できる機能を使う事にした。と言っても僕は携帯なんて最低限しか使えないので委員長にやってもらったのだが……。
委員長に貰った花火の画像を早速待ち受け画面に設定する。早いものでもう夏も終わりだなぁなんて考えていると、そもそもの話題を思い出した。
「それで、この画像と噂好きがどう関係するんだ?」
僕の質問に対して委員長はまた薄く微笑んだ。
そんな目で見られると見透かされているような気持ちになるから止めて欲しいんだけど。
「この写真、一月前に撮ったものなの」
「一月前っていうと9月の頭だから、大華火祭で? 結構遠くまで行ったんだな」
「何言ってるのよ。大華火祭は一昨年から無くなっちゃったでしょ」
そう言えばそうだった。毎年東京湾で行われていた大華火祭という花火大会は、経済面と安全面を理由に一昨年から廃止されている。その件については地元の住民を始めとして地方からの観光客まで猛烈なブーイングを飛ばしているとちょっとした騒ぎになったが、そこは悲しいかな日本人の国民性、花火大会復活のために具体的に動き出すものはいなかったという話だ。
「他に9月頭にやってるデカイ花火大会なんてあったっけ?」
「あったじゃない。今年は」
今年? 今年の9月に花火……。
「あ、もしかして無人花火大会か!?」
「ご明察。9月5日に突然東京湾で打ちあがった無数の大玉花火。例年の花火大会を超える規模にも関わらず国にも都にも申請は出ていなかった。おまけに首謀者はおろか実行犯の一人も見つかっていないなんて噂好きとしては放っておけないトピックでしょう?」
「委員長現場にいたのか……?」
「丁度3連休を利用して母の実家に顔を出していたから、偶然ね」
そいつは凄い。
無人花火大会と言えば大きく世間を騒がせた今年の大事件だ。なんの予告もなく突如打ち上げられた花火の見物客は例年の数割増しとも言われていた。だから無人ってのは客の方じゃなく主催側の事だ。それに関しては幽霊がやったんだ、とか東京湾に沈んでいた不発弾が暴発した、とか色んな眉唾ものの説が出てたけど。
「あれって、最初はどこかの企業によるサプライズPRじゃないかとか言われてたんだよな」
「そうよ、でも結局どこの企業も名乗り出なかった。その後一ヶ月経った今になってもなんの手掛かりも得られていないんだから都市伝説扱いまでされても頷ける話よね。まあだからこそ噂を集めたくなるんだけど」
「おぉ、委員長結構本格的に噂好きじゃないか。それで、例えばどんな噂を拾ってきたんだ?」
「どれも尾ひれが付き過ぎててごちゃごちゃしてるわよ? どこぞのお金持ちが女を落とすためにハシャいだんだ。だの、隣国が花火に混ぜて細菌兵器を降らせたんだ、だの」
あ、単純に綺麗だからだなんて意地を張っている人もいたわね。と締め括り、委員長は話題を移した。
「それで篠田君はどうして噂好きかどうかなんて気にしていたの?」
おぉ、忘れてた。彼女の巧みなトークにいつの間にか引き込まれていたようだ。
噂好きってのは喋るのが上手になるのかな。
「それなんだけど、今ウチの体育館に凄い人が来てるらしいんだ。委員長も興味ないかなって」
委員長は首を傾げて尋ね返してきた。
「凄い人って、どんな?」
「えっ、それは、ほらあれだよ。その、…………火星人」
「…………大きく出たわね」
どうやら彼女は火星人否定派らしい。全く、困ったものだ。こういう人間が異星間交流の妨げになったりするんだよな。
「篠田君は火星人まで受け入れ可なの? ペリーもびっくりの開国主義ね」
「考えを読まないでくれよ」
「開き直ってる感じが顔に出てたのよ」
「あー、とにかく凄い人がいるから体育館に行ってみる気は無い?」
「無いわね」
「というか」と、呆れたように僕を見る委員長は続ける。
「どうやら体育館に人を集めたいみたいだけどそんな方法じゃ無理よ? そんな中身のない噂回りっこないし、大人数を集めたいならひどく時間もかかるわよ?」
凄い洞察力をしている。僕が体育館に人を集めようとしていることを見抜いたばかりでなく、僕の馬鹿さ加減まで看破するとは。
義光と長時間話したせいで鈍っていた僕の判断力はここのあたりで帰って来た。
「そ、そうだよな。なあ委員長、変な内容なんだけど、質問いいかな」
「どうぞ、変なのは今に始まったことじゃないし」
「手厳しいな……。で、全校生徒を体育館に集めるにはどうしたらいいかな」
顎に手をあてて少し考える委員長。
「どうしてそんなことをしたいのかは知らないけど。放送を掛けたりするのが効率いいんじゃないかしら。火災だから体育館に逃げ込めー、とか言ったら一発で全員集まると思うけど」
「いや、僕にそんな権限あるわけないだろ? っていうか内容が悪どいし」
「許可なんて気にしなければいいじゃない。放送室ジャック、楽しそうよね」
あれ? 委員長ってこんなぶッとんだキャラだったっけかしら。
そしていくら楽しそうでもそんな事をするわけにはいかない。
「それ後で恐ろしい程怒られるだろう」
「だから、そこは篠田君がどのくらいその目的を達成したいかよね。何をしてでもやり遂げたいなら今の方法がオススメよ」
今度は薄くどころじゃなく、口角を吊り上げて笑う委員長。
楽しそうだなあんた。つまるところ、僕の目的を達成するにはそのくらいしないと無理だから諦めろ、と言っているのだろう。
「はぁ、分かった。もう少し考えてみるよ」
言いながら僕は立ち上がる。
特に何かを思いついた訳ではないが、ここにいても何も思い浮かばないだろう。
「あ、ちょっと待って篠田君」
「ん、何?」
「相談料♪」
彼女が片手に持っている紅茶家伝は、定価より100円も高いボクらのクラスの商品だ。
まあいいけどね、財布から100円硬貨を2枚取り出して店員であるクラスメイトの女の子に渡す。
「ありがとう。仕方ないからもう一つくらい頼みを聞いてあげても良いわよ」
「……また今度お願いするよ」
「あ、ズルいわよ。今日限りだからね」
「了解」
なんというか、自分のクラスの商品を買わされるのって結構空しいな。
い、一時間ルール、一時間ルール。
三秒ルールの親戚ですよ。今回も月曜には間に合いませんでした。すいません。
さて、今回もここまで読んでいただいた方にお礼を、ありがとうございます。
なんだかぐだぐだぐだぐだと続いておりますが、どうぞ暖かい眼差しで生温く見守ってくださると幸いです。
委員長のアドレスの聞き方ですが、自分で書いておいてちょっと使えるな、と思いました。オシャレな画像をダウンロードしにいってきます。




