文化祭再開
「はい、とうちゃーっく」
そう言って僕が肩から下ろされた場所は礼修高校の体育館、それも舞台裏だ。
部外者がこんな堂々と──男子生徒一人を拉致した状態で──よく入ってこれたな。と、感心したのもつかの間、舞台裏にいる予想以上の人の数に圧倒される。
嘘だろ? ウチの文化祭は言ってはなんだが寂れている。実際どこだかの部活がステージ出演を辞退したせいでスケジュールに大きな穴が出来てしまったと義光も言っていた。それがこんなワイワイガヤガヤしてんのはおかしいだろ。それも全員が制服じゃない。そりゃ今日は文化祭だから制服の着用は義務付けられちゃいないが、それでも大体のやつは制服で来る。だから多分もれなく部外者だ。
狭く暗い舞台裏で20から30の人が動きまわっている姿は特撮物なんかの秘密基地を思わせた。訳のわからん機械をいじくりながら指示を飛ばし合っている。
舞台裏にいる人間は皆若く。最も大人びているものでも二十歳に届くか届かないか程度に見える。
それにしても部外者がこんなところで何を忙しそうにしてるんだ? こいつらも仲間なのだろうか?
僕は怒号が飛び交う中、拉致犯の青年達に声を張り上げて質問する。
「なぁ、これはどういう……」
しかし僕が言い終える前に、舞台裏にいた一人の少年(同い年くらいだ)がこちらに話しかけてきた。
「あ、悠さんやっと来たんすか! 照明の設置とかいろいろヤバイんすけど!!」
「あーん? だからその辺は鈴奈に聞けって言ったろー。ちっ、しょうがねーな。見せてみろ、どこだ?」
「あ、ちょっと待てよ! どこ行くんだ!!」
どこかへ行こうとするだらしない方の青年をあわてて呼び止めると、青年は忘れていたかのように僕を振り返った。
「あー、そうだったそうだった。どーしよっかなー」
「ほんとに忘れてたのか」
「まあまあ、そんな怒んなって。あ、そういやお前、名前は?」
「誘拐犯に名乗らなくちゃならないのか?」
「苗字がわかんないと親を脅せないだろうが」
電話番号も聞いとこうかな、と笑いながら話す青年。
そんなぶっつけで誘拐なんて成功するものか。呆れてこちらも笑いがこぼれてしまう。
「はは、なんだそれ。僕は篠田輔。たすくはこう書く」
言いながら携帯の画面に名前の漢字を表示させる。
随分丁寧に感じるかもしれないが、僕の名前はこのくらいしないと確実に平仮名で記憶される。まあされたからってどうってわけでもないんだけどな。
「オーケー輔ね。俺は相羽那悠。俺も下の名前で呼ぶし、悠でいいぜ」
「気が向いたらそうさせてもらうよ」
悠も同じく携帯に漢字表記を表示させた。
相羽那悠、暴走族の当て字みたいな名前だ。僕の輔と言う名前も相当珍しいけど、相羽那の希少っぷりには勝てないだろう。
比較的さらっとした自己紹介を済ますと、今まで黙って成り行きを見守っていたポロシャツの青年が呆れ気味に続いた。
「おいおい、オレのことは無視かい? オレは嶋田隼斗。よろしくね」
「はぁ。よろしくお願いします」
「おいおい、隼斗には随分対応が柔らかいじゃねーか。まあいいけどさー。で、お前を今後どうするかなんだけど」
話がいよいよ確信に入ってきた。
まさか本当に誘拐ってことはないだろうけど、無理やり連れて来た理由くらいは聞かせて貰いたいところだ。
僕はふと不安にかられて腕時計を確認する。時間は正午ジャスト。父との約束の時間から30分が経過したことになる。
「輔にはこっちの諸々の準備を手伝って貰おうと思ってたんだけど、なんかちょっとややこしいことになってるみたいだから、とりあえず俺達の昼飯を買ってきてくれ」
昼飯? そりゃまあ確かにそろそろ良い感じに空腹だが、まさか拉致られて最初に昼飯のパシリを命じられるとは思わなかった。
僕は辺りを見回して、尋ねる。
「2、30人いるみたいだけど、全員分か?」
「おー、もっちろん」
そりゃあさすがに持ちきれないだろう。
せめてもう一人は欲しい。それでも結構きついけどな。
「その数は一人じゃ無理だ。それに、一人じゃあ買い物の途中で逃げるかもしれないぞ?」
「したいならそうすりゃーいいさ」
「随分身勝手な誘拐犯だな」
「仕方ねーな。じゃあもう一人つけよう。おーい! 莉奈いるか!?」
やれやれ、といった感じのジェスチャーをとった後、悠が舞台の方へ向かって声を張り上げる。大勢が作業する舞台裏は結構な騒音に包まれているが、それでも目的の人物には声が届いたらしい。
「はーいはいはい!! 悠さん何か御用ですか!?」
ぴょこっと人影から姿を現したその少女は、なんというか随分小さかった。
小動物を人間にしたかのような愛らしさは万人を惹き付けるものだろう。服装がジャージって言うのは若干マイナスかもしれないが、将来は芸能人なんかになると相当人気になれるんじゃないだろうか? まあ僕はほとんどテレビ見ないから芸能人に詳しいわけじゃないけど。
だからって訳ではないが、この少女が礼修高校にいる姿にはひどく違和感がある。
「中学生?」
「開口一番で!? 悠さん! この人なんという失礼な人なんだよ!!」
「あ、いや、すいません。思わず」
正直、小学生と言われても頷ける。丁度発育の良い小学生くらいのサイズ感だ。
ちなみに、実際は小学生の頃に大きかった女子ってのは大体そこで成長が止まるらしい。
「フォローの仕方が腹立たしいよ!」
しまった。良く分からんが何かの逆鱗に触れたらしい。
中学生の少女は餌を奪われたリスのように息巻いて怒っている。非常に愛らしくてよろしいと思います。
「まーまー落ち着け。ところで莉奈、ちょっとこいつと昼飯の買出し行ってきてくれないか。あー、こいつは輔。"客"だ」
「!! はーい、分かりました!」
手を大きく上げて元気の良い返事。
莉奈と呼ばれた中学生の少女は、少し戸惑いこそしたものの買出しの手伝いを快諾してくれた。
悠の言った客、とはどういう意味だろうか? そういえば拉致る直前にもそんなようなことを言っていた気がする。
「んで、輔。こっちは莉奈。こんななりだが一応16歳だぞ」
「16!? 1個下なだけだと!?」
驚愕だ。
もう一度少女をまじまじと見回す。150あるかないかの身長に、口に出すのは憚られる慎ましい胸囲。さすがに幼児のように頭がでかいってことは無いが、大きな瞳が象徴する顔は満場一致で童顔と評されるだろう。
「もうっ、そんなに見ないでよ! 皆お腹空いてるんだから早く行くよ、たすく君!」
「輔、君?」
「? 年上だよね。だからたすく君。あ、リナの事はリナでいいよ!」
「あ、はい。分かりました」
僕達のやりとりを見て隼斗さんがクツクツと笑っている。僕もなんか戸惑って悠のほうを見てしまった。別に助けを求めたってつもりじゃないんだが。
「はっはは! ほら、早く行ってこいよ。あ、そうだ。莉奈は高校通ってないからついでに文化祭の案内でもしてやってくれ。昼飯は少々遅くなってもかまわねーからさ」
「あ、あぁ。分かった」
見れば確かに、莉奈の様子はお祭りを楽しみにしている子供のようにも見える。
そんな莉奈を微笑ましげな気持ちで見ていると、ふと両親の顔が頭に浮かんだ。僕にもこんな時期があって、両親はそんな僕をこんな気持ちで見ていたのだろうか?
まあ、考えても分からない事かと思考を断つ。
今は、この少女を楽しませれるような出し物がウチの文化祭にあっただろうかという不安を解消しなくちゃならない。
「行くよ! 行くよ!!」
「分かったってば」
グイグイと僕の手を引く少女の手は、やはり小さかった。
あ、そういえば僕のクラスの前は通らないように注意しないと。こんな娘と一緒の所を義光にでも見られたら大変だ。
「ああ、ちょっと待てって。どこに何が売ってるのか知ってんのか?」
「そんなのパンフレットを貰ったら良いよ!」
ウチの文化祭にそんなものは無いよ、と思いながら莉奈の後を追う。
なんだか慌しくなってきたなあ。
∮
「莉奈ちゃんを行かせて良かったのかい?」
「今更何言ってんだ。どうせこの文化祭は俺達がめちゃくちゃにしちまうんだ。今のうちに楽しませてやらないとだろ?」
「ははは、そうだね」
「さー、さっさと準備するかー」
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
自分としてはちょっとずつ盛り上がって来たんじゃないかな……と思いたい気持ちでいっぱいです。
では、ありがとうございました。




