文化祭の終わり
そこからの十分は地獄のようだった。
突然始まった親子の諍いを目にしたクラスメイト達からの同情とも憐憫ともつかない視線がまとわりつく十分間。
何度残った事を後悔したか知れない。そもそも僕はどうして十分だけ待ってくれなんていったのだろうか。
仕事に対する責任感? 最後のささやかな抵抗? それとも十分間分だけでも青春の思い出を作りたくなったのだろうか。
……多分どれも正解じゃない。
思うに、僕は期待したのだ。自分の力ではどうにもならない事を知った今、何かが自分を助けてくれるんじゃないかと。何がなんてのはわからない。それはクラスメイトかもしれないし、突然目覚める類の未知の力かもしれない。
ともかく僕は期待した。自分以外の何かに。他力本願ってやつだ。
まあ、もちろんそんなのは無駄だったわけだけど。
「皆お疲れ様、11時半よ。エプロンは次の店番の人に渡してね。次の係の人はエプロンを受け取ったらすぐに持ち場に着いて! お客様はまだいるんだからね!!」
さっきまで店番だったクラスメイト達が空腹を訴えたりしながらカウンターを出て行く。もちろん僕もその集団に含まれる。
行き先の方は彼らとは全く違うが。
「うい、お疲れー。交代しに来てやったぜ」
「あぁ、お疲れ。これ、エプロン」
委員長の指示とおりに交代に来た義光にエプロンを渡して持ち場を離れる。後は帰るだけだ。未練たらしく義光を振り返ってみたが、もう冷蔵庫と客の手元との往復に従事している。
文化祭を巡りに行くクラスメイトの何人かが僕の背中を叩いて、おつかれ、とか、ドンマイ、とかの言葉をくれた。
最後に来たのは引継ぎの店番に細かい注意などをしていた委員長だ。
「お疲れ様、篠田君」
「うん、委員長もお疲れ様」
「元気が無いわね。そんなことじゃ来る幸せも来なくなるわよ」
「幸せが来なかったからこんなになってるんだよ」
今のは我ながらうっとうしい言い草かも知れない。
でも委員長だってあのやり取りを見た上でのその発言は少々デリカシーに欠けるんだ。お互い様ってことにしてもらおう。
「……違いないわね。もう帰るのよね?」
「そうだね、父との約束だから」
「そう、なら私には何を言うことも出来ないわね。本当にお疲れ様、出来れば元気だしてね」
それじゃ、と言って委員長は去っていく。
彼女との会話が終わったら僕の文化祭は終わってしまう。
そう思うと引き止めずにはいられなかった。
「あ、委員長!」
「……なに? 篠田君」
なに? と聞かれるとちょっと、会話なんて用意しているはずも無い。
どうしたらいいものだろうか。
「え、えっと、僕、少しは役に立ったかな」
なんだそりゃ
「役に? 文化祭の出し物の、ってこと?」
「うん、そう」
委員長は少し考えると悪戯っぽく口元を微笑ませた。
「そりゃあ、立ったわよ。終わったから言う事だけど、実は飲み物の係は一番しんどい役回りなの。だからいつもやかましい男子達に押し付けちゃった」
言い終えると委員長は笑みをひっこめていつもの澄ました表情に戻った。
同じ飲み物係の義光はともかく、僕もやかましいにカテゴライズされてるのか。確実にあいつのせいだな。
「そ、っか。ありがとう、なら僕も文化祭の参加者だって事にしといてくれると嬉しい」
「当たり前じゃない。それにそんな恥ずかしいこと言ってると月曜日から大変よ? 学校今日で終わるんじゃないんだからね」
それはそうだ。
学校は今日で終わりじゃない。文化祭は今日で終わってしまうけど、何もそれで全部が終わるってわけじゃ無いし。
そうだ、そういうことにしておこう。
「ありがとう委員長。おかげで少し元気が出たよ。それじゃあまた」
「えぇ、それじゃ」
言って正門に行こうと歩き出す。今日は文化祭なので全ての門が開放されているが、いずれにせよ僕の家には正門からが一番近い。
「あ、篠田君。今なら裏門から帰った方がいいわよ。この時間なら正門は来客の自転車でいっぱいになってて通りにくいと思うわ」
ウチの文化祭で来客の自転車がそんなに大量にあるのかと意外に思ったが、まあ委員長の言うことなのだから真実なのだろう。
「ありがとう、そうさせてもらうよ。それじゃ今度こそ、またね」
「えぇ、それじゃあまた」
裏門は体育館のちょうど裏手にあって、体育館裏門なんて読んでる奴もいるが、あだ名にしては長すぎるのであまり普及してはいない。
なんにせよ体育館裏まで行こうと思ったら文化祭の景色を学校の端から端までつっきらなければならないのだ。
……やっぱり正門から出ればよかったな。
「……ふぅ。元気になったって顔じゃなかったわよ? 篠田君」
いや、あぁ……。盛りあがんないですねぇ。
よくぞ、ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次あたりには、何かしら盛り上げて生きたいと思っていますので、良ければまた読んでください。
それでは。




