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上田君と斉藤さん


 委員長と別れてから、僕は一度校舎中を練り歩いてみる事にした。

考えてみれば文化祭の日に校舎を散策するのは初めてだ。

一年生であった去年は、自分のクラスの出し物が写真展示であったために随分時間が余ったのだが、どうにも活気の足りない文化祭を巡る気にはなれなかったんだよな。


「今年こんな事になると分かっていたら、去年に回っておいたんだけどなぁ」


 こんな事というのは、両親の事と悠達の事、両方だ。

 そういえば父との約束の時間からもう2時間以上経過している。そろそろ僕を連れ戻すために学校に来ていてもおかしくない。もう教室に戻るのは止めておこうかな。

両親の事を考えて陰鬱となった気分を振り払おうと意識して耳を澄ませてみる。


「いらっしゃいませー! 小芝居やってまーす! あと10分で開始でーす!」

「写真展やってまーす。二階、一番奥でーす」

「どーぞどーぞ! 喫茶店です!! 現役女子高生が給仕してますよー!」

「吹奏楽部公演やりまーす! 音楽室で、もう始まる頃なので急いでいって上げてくださーい!」


 と、いう声が聞こえてくるようにウチの文化祭もそこまで寂れている訳では無い。まあそれでも他の学校に比べれば圧倒的に予算も出店の数も少ないわけだが、それでも皆が楽しもうと頑張っているのが見え隠れしているのは少し良いな、と思う。

 吹奏楽部公演するのか。部長である委員長はさっきまで僕と駄弁っていたのに間に合うのかな? リハーサルとか無いんだろうか。人集めがどうにかなったら見に行ってみよう。


「あー、篠田君。ウチの店よって行く気ない?」


 ボーっと立ち止まっていたからか、客引きに声をかけられた。

この娘は確か隣のクラスの女子だ。名前は出てこない。向こうは覚えていたっていうのに、失礼な話だが。


「どうですか? 現役女子高生ですよ?」


 何の店かと思ったらよりによってそこかよ。


「いや、僕だって現役男子高生だからね」

「市場的価値はケタ違いだよ?」

「それは確かに」


 二次元でも、三次元でも。


「いいから寄って行ってよー」

「えらく必死だなぁ。赤字なのか?」

「赤字も赤字。まっかっかですよ?」

「んー、じゃあ条件次第ではいいよ」

「えっ! お客さん、ウチでは性的なサービスは致しておりませんよ!」

「女子高生押し出しといてかよ。いや、そうじゃなくて、あー、ちょっと紙とペン貸して」

「うん」


 教室へ入るとすぐに所望のものをとってきてくれた。会計計算のために用意していたのだろうか。

 僕はそれを受け取ると壁を下敷き代わりにしてシンプルな広告を作った。


「これを教室の目立つところに張ってくれない?」


 僕が紙を渡すと彼女は不思議そうに内容に目を通す。


「体育館に来てください。おもしろいことがあります。時間、多分二時半頃。なにこれ、結局何するの?」

「それは……内緒だ」


 実は僕も良く知らない。


「二時半頃って言うのは? 時間アバウトすぎない?」

「それも……内緒」


 これは手痛いミスだ。何時までに準備したらいいのか聞いてくるのを普通に忘れていた。


「ふーん、オッケオッケー。じゃあご来店ねー!」

「はいはい」


 約束通り出店にお邪魔する僕。

内装は予想通りウチのクラスと大差なかった。しかし客の数はウチのほうが多い。なるほど赤字も頷けるというものだ。教室内にいる僕以外の客は二人だけ。それもよく見ると先ほど話に出た上田君と斉藤さんカップルだ。


「ウチのクラスの人間しかいねぇ」

「不景気だよねぇ」


 あいつらも強引に勧誘されたんだろうなぁ。


「ささ、はやく注文注文」


 隣のクラスの名無しちゃんが急かしてくるので適当にドーナッツを注文することにした。


「えー、飲み物はー?」

「自分の持ってるからいいよ」


 言って義光と共に自分のクラスで買ったペットボトルを見せる。

それにしても今日何本飲んでるんだ僕は。


「ちぇー、はいドーナツ! ありがとうございましたー!」


 ドーナッツを受け取って代金を払う。

せっかくなので上田君カップルに声を掛けていこう。


「奇遇だな、上田君。デートか?」

「や、やぁ! で、ででデートなんかじゃないよ! いや、そうだけど、いや、なんていうか!」


 付き合いたてホヤホヤのカップルに声を掛けるのは若干空気が読めないかとも思ったが、やはりそこは奥手の上田君、どうにも堅い空気に戸惑っていたようだ。僕の存在に助け舟を得た、とばかりに食いついてくる。


「いや、もう付き合ってるんだろ? まごうことなきデートだそれは。ねえ斉藤さん」

「その通りだよ篠田君。デートなう」


 そして僕はお邪魔虫なう。

どうやら斉藤さんのほうは堅い空気もなんのそのとのいった物腰で、あたふたしている上田君を見て楽しんでいるようだ。


「そんな調子でよく告白なんて出来たな。上田君」

「ま、まぁね。凄く緊張したけど、やっぱり好きだったから」

「っ」


 今度は斉藤さんがあたふたする番だった。

さすがに今のは恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤にそめてちょっとニヤけている。


「やるな上田君。義光が見直すだけのことはある」


 やつでもそんな歯の浮いたセリフは吐けないだろう。


「見直すと言えば、おもしろい方法で呼び出したもんだよな。ハーモニカを吹いて呼び出すなんて。しかもこの喧騒の中で、聞こえないだろう普通」

「そんなこと無いよ、きっと聞こえると思ったんだ。篠田君、ハーメルンの笛吹きって知ってる?」


 ハーメルンの笛吹き? 確か、ネズミがどうとかってやつだったと思うが……


「いや、ほとんど知らない」

「そうなの。ハーメルンの笛吹きはね。えーっと、なんて言ったらいいかな。音楽の力のお話なんだ。ある音楽家が演奏で皆を虜にして、リーダーとして街を作ってしまうお話。僕これ好きなんだ」

「ん。あれ、ネズミは? 出なかったっけ」


 僕がそう言うと上田君は少し苦々しい表情になった。


「それは怖い方のハーメルンの笛吹きだね。そっちのお話では、笛吹きの男はネズミ退治をしてあげたのにお礼も言わずに自分を騙した村人に復讐するために、さっきのお話と同じように音楽で村の子供を虜にして連れ去ってしまうんだ」


 そいつは怖い。

ありがちな童話って感じだな。


「なるほど、じゃあ上田君は悪いほうの笛吹きだな」

「ど、どうしてさ」

「だって笛の音で斉藤さんを連れてっちまったんだろ」


 そこで斉藤さんがクスっと笑ってくれた。

ふぅ、よかった。キザな言い方をして滑ったら大怪我するところだったからな。


「そんなぁ、僕はただ呼び出しただけだよ……。楽器の音なら文化祭の中でも目立つし、斉藤さんも気付いてくれると思って」

「気付いた気付いた、すぐ気付いたー。上田君の演奏はいつも聞いてたし」


 ちょっと良い感じになりだす二人。

義光あたりならここで全力で妨害に入るのだろうが、生憎僕はアイツほど捻ちゃいないし、今はちょっと忙しい。ここらでお暇するとしよう。

 食べ終わったドーナッツの包み紙をクズ入れに投げ入れて席を立つ。


「文化祭回りに行くの?」

「ん。まぁちょっとな。思いついたことがあって」

「ふーん。そっか、じゃあまた片付けの時にね」

「あぁ、また後でな。二人とも。片付けより早く会えることを祈ってる」


 緊張のほぐれた二人と別れて教室から出る。

そのまま早歩きで渡り廊下を渡り、階段を上る。上田君から得たヒントを検討するために音楽室へ向かうのだ。




   §




「今日はよく会うわね。……ストーカー?」

「ち、ちがぁう」


 お下げのおとなしそうな美少女であるところの委員長にこんな事を言われると戸惑う。本当に自分がやましい事をしているかのような気になってくるのだ。

 まぁ委員長は外見がおとなしそうってだけで中身は怖いんだけど。


「失礼ポイント5加算ね」

「溜まるとどうなっちゃうの?」


 冷や汗を垂らしながら尋ねるが、委員長は答えてくれなかった。

ちょいちょい考えている事を読むところが怖いといっているのだ。


「それで、どうしたの? 演奏を見に来てくれたってわけじゃないわよね。もう終わったわよ?」

「いや、それなんだけど、とんでもないお願いしてもいい?」

「さっきのもう一つのお願いのこと? まぁいいけど、内容によるわね。今から楽器の片付けがあるから」

「いや、えーとさ。あ、そうだ、委員長。吹奏楽部って地区の祭で演奏したことあるよな?」

「あるわよ。来年も誘われてるし、出ると思うけど。それが?」

「いや、言い難いんだけど、さっき体育館に人を集めたいって話しただろう? あれについてなんだけど──」


 そして僕は委員長に自分の思いつきを話した。

説明に長くは掛からなかった。ハーメルンの笛吹きの名を出したところで既に委員長が全容の半分以上を理解したからだ。


「ふふ、面白い事を思いついたものね。全く迷惑な話だわ」


 笑いながらそういうことを言われると傷付く。

確かに吹奏楽部の人に迷惑は掛けるけどさ。


「駄目かな。もちろん無理にとは言わないんだけど」

「いいわよ、別に。皆もこういうの好きだと思うし」


 駄目元で来たのだが、委員長は以外にもあっさりと承諾してくれた。


「ただし」、と委員長が続ける。


「何時に体育館に到着したら良いのかはしっかり決めて頂戴。あと楽器を運ぶための台車が三つ。それに準備のために男子を何人か読んでくれたらね」

「りょ、了解。ありがとう、すぐに用意する」

「そう、じゃあ私達も準備を進めておくわ」


 そう言って部員達の下へと行く委員長に背を向けて僕は走り出した。

携帯をポケットから引っ張りだして電話を掛ける。相手は義光だ。

 数回のコールの後、義光が電話に出た。


『あーい、こちらオレ』

「お、義光か。悪いが上田君を連れて音楽室に行ってくれないか。委員長が呼んでるんだ。あ、上田君は五組の喫茶店にいるから」

『マジで!? 委員長が? やべぇ! すぐ行くわ!!』


 何か怒られる心当たりでもあるのだろうか。

義光はとても慌てた声でそう言って通話を切った。


「よし、僕は悠に時間を聞きに行かないと」


 やっと仕事に取り掛かれると思うと脚にも力が乗るというものだ。



 話の進行に悩んでるウチにズルズルとこんなに時間が経ってしまい、もう言葉も無いです。本当に申し訳ないです……。


 ここまで読んでいただいて真にありがとうございます。

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