盗賊
残虐シーンがあります。
苦手な方はお気を付けください。
異様な熱気に溢れかえっている。
そこへ馬に乗った兵士がやって来た。
あっ!
あいつさっきのヴォルフマン中将とかいうヤツだ。
「狼人間タナトゥス。お前は王府の再三の国外退去命令を無視したばかりか、人間と姦通し、許されざる子をもうけた。この罪状に相違ないか?」
「…妻と子どもはどうした?」
「女は両親の元へ、子どもは国外追放とする。」
「…。」
「タナトゥスよ。お前は許されざる行いをした。しかし慈悲深い国王陛下に免じてもう一度問う。国外に退去せよ。さすれば命を奪うことまではしない。」
「…俺はここで生まれここで育った、先祖代々な。ここは俺の故郷だ!俺の愛する妻の故郷だ!生まれた子どもの故郷だ!離れるつもりはねぇよ!」
「…そうか。」
ヴォルフマンが手を挙げる。
狼人間の両脇の兵士が一斉に槍を構えた。
「あなたっ!!」
甲高い女性の声が響いた。
狼人間はハッとそちらを見ると幸せそうに微笑んだ。
ザシュッ!
無情な音が響き、狼人間の頭がガクッと下がった。
「いやああああああ!!!!」
女の泣き叫ぶ声が響く。
人々はまるでつまらない舞台を見て興が覚めたようにわらわらと去って行った。
俺は何故かその時のヴォルフマンの顔から目が離せなかった。
この処刑を命じたはずのヴォルフマンの金色の瞳がほんの一瞬苦しそうに歪んだように見えたからだ。
しかし、すぐ平静な表情に戻るとてきぱきと死体の処理と女の身柄を拘束するように命じ、その場から離れた。
俺は慌てて透視をしようと思ったが、あっという間に護衛に囲まれてオレンジの頭は見えなくなってしまった。
諦めて、険しい顔をして足早に去ってしまったマルスを追った。
俺たちはアーモを出てマルスの家があるカントーラへ一路向かった。
途中森の中で昼休憩を取る。
拾ってきた薪に火をくべてアーモで買った食料を串に刺して焼く。
「ヴォルフマンって野郎は特に狼人間追放に積極的なヤツだ。その功績でわずか30歳で近衛隊副隊長まで上り詰めた、虫唾が走るぜ。」
「そうなんだ。」
じゃあれは見間違いだったのだろうか。
「にしてもあれだけ理不尽な弾圧を受けて人々は何とも思わないのかな。」
「思ってもどうしようもない。ロムルス王国の軍事力は圧倒的だ。何より救世主がいることを忘れちゃいけねぇ。軍隊は身近であの凄さを見ているんだ。彼へ楯突くことの恐れは並じゃない。国王も救世主の重要性をよく知っているから女でも何でも救世主の居心地の良いようにしてやってる。救世主が国王に歯向かってその地位を捨てることもありえないのさ。」
「くそリア充め。こっちでもリア充はリア充かよ。」
「は?」
「いや何でもない。…そういえば、カントーラまではどれくらいかかるんだっけ。」
「町を経由すると一週間ほどかかるが、この森を横断すると4日で着く。少し危険も伴うが、森を抜けた平原にダンジョンもあるしな。」
「アーモで取ってきたクエストもモンスター10匹以上だよな?」
「ああ。ただこっちのダンジョンの方が手強いぞ。リアンの塔はたまにトラップがあるから。」
「トラップ?」
「その時によって様々だが、岩が落ちてくる時もあれば、矢が飛び出してきたりな。その時は運が悪かったってとことだ。まあそんなに高い確率じゃねぇし、モンスターに殺される冒険者の方が多いから気にすることじゃないけどな。」
「お…おう…。」
さっきの死刑の時も思ったけど、何かやっぱとんでもない世界に召喚されちまったなぁ。
その後、俺たちは二日程かけ順調に森を抜け、リアンの塔の近くまで辿り着いた。
「明日は朝からリアンの塔に入るから、ゆっくり寝ろよ。えーと、今日はこの短い針がここまで進んだら、大将の見張りな。」
「うん、了解。」
夜の見張りは交代交代だ。
この世界に時計は無いらしい。
最初この星がここにくるまでとか、この世界特有の時間の数え方を習ったが、俺がさっぱりわからないので、二人に俺の腕時計の読み方を教えた。
時差がわからないので、時刻を知る助けにはならないが、時間を区切るには役に立った。
真夜中にマルスと見張り番を交代した。
日中の気温はそれほどでもないが、夜は一気に冷えて、よく眠れない日が続いた。
現代人の俺に野宿は二泊が限界だったようだ。
うつらうつらと気を付けていたのに、つい居眠りをしてしまった。
どれくらい経っただろう。
俺は急に背中に身体が仰け反る程の悪寒を感じた。
一言で言うと殺気だ。
本能的に身の危険を感じた俺は一瞬で目を覚まし、振り返り様に持っていた青銅の剣をぶん投げた。
「ギャッ!!」
断末魔が響く。
「どっどうした!?」
その叫び声にマルスとジョンが飛び起きた。
俺も自分自身の行動にびっくりしてしまい、頭が真っ白になってしまった。
マルスがランタンを掴むと俺の視線の方へ走る。
ジョンと俺も慌てて後に続いた。
そこには、俺の剣を喉に刺した男の死体があった。
「…賊だな。」
マルスは男が手に握っていた抜き身の剣を見る。
「助かったよ、大将。でも一本しかない剣をぶん投げるのは良くないな。外れた時どうするつもりだ。」
「悪い…何か俺もパニックになっちゃって。」
殺しちまった人を。
殺らなきゃ殺られてたとはいえ、俺はかなり落ち込んだ。
マルスは賊の鎧など使える物を剥ぎ取り、首を切り取った。
「荷物が無いから、この近くに拠点があるみたいだな。予定変更だ。今から出発して歩けば、夜にはカントーラに到着するだろう。仲間がいたら厄介だ。急ごう。」
俺たちはリアンの塔を通り過ぎ、その日の夜、カントーラに到着した。
カントーラについてすぐ俺たちは騎士団に駆け込んだ。
「こいつは最近リアンの塔や森を中心に活動している盗賊の一味ですね。実は昨日この町の手前でも襲われた人が出たんです。20人弱の組織を形成しているらしいという情報が入っています。こいつはたまたま一人で見回りをしていたのでしょう。運が良かったですね。」
「そうか。アジトは分かってないのか?」
「今のところさっぱりです。なんせこの町からあの森までまっさらな平原ですから、おそらく森じゃないかと。」
「それはやっかいだな。」
「明日討伐隊を森に派遣します。マルスさんも明日はリアンの塔に向かうのですよね?次いでに送って行きましょう。」
「助かるぜ。」
「我々の仕事ですから。では賞金10000ディナールです。」
「え、そんなに?」
俺は思わず口を挟んでしまった。
物価はアーモで買い物をしてる時に教えてもらった。
一泊は大体高くても500ディナール、ご飯にいたってはお酒まで飲めて100ディナールだ。
ディナールを円に置き換えてみるとかなり安い。
まあ奴隷は飛び抜けて高いが。
「こいつは盗賊の下っ端ですから、10000ディナールですが、頭などであれば10万ディナールにはなるでしょう。」
「こっちも命懸けだからな。」
「そうかー。」
盗賊退治をすればかなり早い段階で奴隷を買える…いかんいかん、思考が歪んできている。
「では、お休みなさい。」
この優しい青年、アランくんが明日リアンの塔まで付き添ってくれるらしい。
「明日よろしくな~。」
手を振って、騎士団を出る。
「よし、帰るぞ!」
マルスもジョンも浮き足立ってるのがわかる。
そうだよな、俺が現れたせいで急遽こんなに長く家を明けることになったんだもんな。
マルスの奥さん…確かターニャさんだっけ。
きちんとお礼しなきゃな。
「あそこだ!」
マルスの家は思ったより大きかった。
「ただいま!!」
マルスが元気良くドアを開ける。
「「パパ!!!!」」
え。
大量の子どもがマルスに飛びついてきた。
1、2、3、4、5、6…7人!?
「ジョンもおかえりなさい~!」
「ただいま~カエラ元気だった?」
ジョンも嬉しそうだ。
ここがジョンの幸せの場所なんだな。
「みんなどうし…あなたっ!」
「ターニャ!」
ショッキングピンクの髪をした女性がマルスに駆け寄った。
あの人がターニャさんか。
マルスがずっと暇さえあればノロケてた自慢の奥さん。
確かに美人でかなりナイスバディ、しかもマルスより大分若くね?
「「ん…ん~…ちゅっ…はぁっ…ちゅっ…」」
…って、濃厚過ぎない!?
お帰りのキスするのは構わないけど、ディープキスすることないだろ!?
しかも子どもたちの前で!!
「ね~あんただれ~?」
しかし子どもたちは当たり前なのか気にする素振りを見せず、俺に絡んでくる。
ジョンも全く気にしてない。
これが日常なのか…カルチャーショックだ。
「…はっ…こいつが俺の女房のターニャだ。」
息荒げながら紹介しないで!
俺が恥ずかしい!
「は…はじめまして…タカイ・マサトです。色々ありがとうございました。」
何とかお礼は言えたけど、完全に出鼻くじかれた…。
「あっ!救世主様…!本当にこうしてお目にかかれて夢のようですわ!夫の願いでしたから…。」
そして見つめ合う二人…。
唇がまた少しづつ近づいていく…ってNO~!!!
その後、子どもたちは寝てしまい、俺たちは庭で水浴びをさせてもらって、ご飯を食べた。
アメリカのバースデーケーキのような真っ青な料理にビビッたりもしたが、俺の味覚は大概のこの世界の料理受け付けるようなので良かった。
ただ、材料を聞いた時に蛇という単語が聞こえた気がしたが、それは無視することにする。
これはウナギだ、これはウナギだ、ウナギだ。
「ごめんね~。家は狭いから、ジョンとカエラとナターシャと寝てもらっていいかしら?」
家が狭いんじゃなくて子どもが多…いいや黙っとこう。
ターニャさんにも敬語は止めてもらった。
ついでにジョンもと思ったが、
「僕は年下ですから。」
と逃げられた。
「ではゆっくり休んでね~。」
「はい、ありがとうございます。」
布団に潜る。
久しぶりのベッドに俺はあっという間に眠りに落ち、朝までぐっすり…の予定だった。