ターラン
ギルドからドラキュラ館とは反対の方向へ歩いて行く。
農業を営んでいる小さな集落を越えると美しい森林が広がっていた。
”ターランの森”だ。
その森の奥に、俺たちが目指すダンジョンがある。
木々の間を溢れる木漏れ日が眩しい。
日本の森とはまた違う、軽やかな緑が心地よく、安らぎを与えてくれる。
「この森は昔伝説のハイエルフの住処だったって言い伝えが残ってる。ハイエルフのほとんどは平和的で争いを好まない魔法使いだったが、珍しく武力で名を馳せた奴がいて、それが勇者ターランだ。」
「へぇ~ターランって人の名前だったのか。その人今も有名なの?」
常識だったら知っとかないとまずいよな。
「いや、そんなことはないが、一つだけそのターランが死の間際にエルフの秘宝を隠したっていう言い伝えが冒険者の間で広く知られてるんだ。そんでその隠し場所が、この洞窟じゃねーかって噂だ。」
森の中を進んできた俺たちの目の前にはその行く手を遮るように聳える崖があった。
そしてその崖にはぽっこりと穴が空いている。
「昔はその噂を信じて、多くの冒険者がこの洞窟に入ったがとうとう見つからなかった。同じエルフ族だからって大量のエルフやダークエルフを生贄として捧げた王様もいたらしいが、効果は無く、今じゃその話しを信じてる奴はほとんどいないな。このダンジョンは通路が複雑なだけでモンスターは弱いし、通路自体も今はほとんど解明されてるから、大体初心者の冒険者はここに来る。」
そ、そうか、それなら少し安心だな。
実はギルドを出てから初めてのクエストに俺の心臓は緊張で破裂しそうだったのだ。
この森のマイナスイオンで少し心を落ち着けることができたのは幸いだった。
「とは言っても油断するなよ。一歩ダンジョンに入ったら、殺るか殺られるかの世界だ。敵を認識したら迷わず剣を振り下ろせ。」
「お…おう…。」
「よし、ジョン準備は良いか?」
「はい、いつでも。」
「うっし行くぞ!」
やべえええ!
超不安だ!
剣道は子どもの頃から長くやってたけど、大学生になってからやめちゃってたし。
こんなんで戦えるのか、俺!
洞窟の中は暗くひんやりとしている。
ジョンがランタンで足元を照らしてくれる。
その時前方からジーンという音が聞こえた。
「…マルス!前になんかいる!」
俺の声と共にマルスの前に石の塊が飛んで来た。
それをマルスは一太刀で切り捨てる。
つ…強いな、マルス。
ポンっとモンスターが消えたあとに残った物をジョンが拾う。
あれってもしかしてゲームとかのドロップアイテムみたいなヤツかな?
「今のはマグロンだ。磁石で出来ててどんな僅かな磁力でも浮くことができる。暗いダンジョンだと、足音がしないから厄介だ。にしても大将、よく気付いたな。」
「よくわかんないけど、じゃあ磁力の反発の音を聞いたのかも。」
「良い耳だな。」
もしかしてこれはチートパート2聴覚の強化か!?
「お、そうだ、ジョン!大将に説明するからちょっとさっきの貸してくれ。」
「はい。」
「モンスターを倒すと必ずアイテムを残していくんだ。アイテムはモンスターによって異なるが、モンスター退治ではこれが主な収入源だから忘れずに拾えよ。次いでにマグロンは小さな磁石を落とす。最近は磁石をあらゆる日用品に使うのが流行ってるから、割の良いアイテムだ。」
「わかった。」
やっぱりドロップアイテムか。
モンスターはマグロンのような無機質っぽいヤツもいれば、動物っぽいヤツもいるらしい。
少し奥へ進むとノマウスというネズミのようなモンスターが出現した。
と言っても大きさは犬くらいだ。
「大将の出番だぜ。」
そう言うと、マルスはノマウスを俺と二人で挟み撃ちにするような体勢にしてくれた。
ゴクリと唾を飲む。
その一瞬の隙を感づかれたのか、ノマウスはその前歯を俺に向けて飛びかかってきた。
「面どりゃ~~~!!!」
反射的に構えた青銅の剣で俺はノマウスの頭をかち割った。
ポンっという音がして木の実のような物が残った。
「お見事です。」
ジョンが駆け寄ってきた。
「いい太刀筋だったぜ、大将!今の掛け声は大将の剣の流派のもんか?」
「…ああ、そうだ。」
間違ってはないよな。
その後はランクCなだけあって強いマルスのおかげで、サクサクと進んだ。
そして俺の中でもスイッチが入ってしまった。
「キエエエエ~~!!!小手えい~!!面どううう~~!!!」
やばい、気分は完全に剣道の試合だ。
あんなにビビってたのに、かく汗がもはや清々しい。
今日はマグロンが大発生だったらしく、マグロン5対3になってしまったこともあったが、道場のおじいちゃん師範がたまに稽古の息抜きに乱戦をやらせてくれたのが役に立った。
乱戦というのは、1対大人数の所謂バトルロワイヤル形式で一本取られた者から脱落していゆき、最後まで生き残った者が勝ちというわりと実戦的な稽古だ。
俺は試合よりも何故か、こっちの方が得意だった。
「よし、もういいだろ。引き上げるか。」
23個目の磁石を拾いながら、マルスが言った。
今日の収穫はマグロン23個、ノマウス4匹、計27頭だ。
クエストはモンスター10匹以上だから、十分過ぎる数だった。
「にしても、すごいな!大将!とても冒険者初心者とは思えないぜ!」
「流石です!」
「いや…それ程でも。」
やめろ!褒められなれてないから照れるだろ!
洞窟を出ると、もう火が暮れかけていた。
本当にあっという間だ。
早足でギルドに戻って換金してもらう。
「アイテムマグロン23×800ディナール、アイテムノマウス4×100ディナール、クエスト完遂の報奨金が1000ディナール、それから受けた当日の完遂は70%増でプラス700ディナール、計20500ディナールです。」
「いや~かなり儲かったな!」
「磁石の値段がまた高騰してましたね。供給が下がったわけではないですから、よっぽど需要が伸びているのですね。」
「わりい、お金の単位が今いちわからないんだけど、教えてくれないか?」
「おお、そうだな。でも今はまずい。ここは冒険者狙いのゴロツキもうようよしてるからな。明日、ロムルス帝国に戻る。俺の家に泊まってくれ。その時にもっとゆっくり話しをしよう、これからのことをな…それより今日は呑むぞ!!」
「えっ!ちょっと!」
マルスは上機嫌に俺の肩を引っ掴むとギルドを出て、ガンガン繁華街の方へ歩いていった。
大通りを宿の方に向かって歩き、ドラキュラ館に戻る時よりも三つ程手前の角を曲がる。
そして一軒のお店に入った。
新しいわけではないが、綺麗に手入れされてることがわかるそのお店は田舎の民家を彷彿とさせる木目の優しいお店だった。
「はい、いらっしゃい!あら、マルスじゃないか!」
「よお!メーテル!元気だったか?」
エプロンをつけた少しふくよかな中年女性が、にこやかにマルスに話しかけている。
髪の色は緑で目の色はヘーゼル色で何とも優しそうだ。
そしてもちろん美人だ。
「こいつが、期待の新人、マサトだ!これからお世話になるかもしれないからよろしくな!大将、この人はメーテルだ。メーテルの飯は最高だぞ、俺の嫁さんくらいだ!」
「は、はじめまして!タカイ・マサトです!」
きゅ、急に紹介されてびっくりした!
「まあ、マルスったらありがとう。マサトさんよろしくね~。あらハンサムねぇ~。」
「え?」
「だろ!?前はもっと…いや前からずっと良い男なんだよ。」
「本当に綺麗な目と髪の色ね~羨ましいわ。」
「え?え?え?」
今まで生まれてこの方言われたことのない言葉に俺は大混乱だ。
「今日はサービスしちゃうわね!」
「おうよろしく頼むぜ!さあ大将!乾杯だ!」
「え?え?え?え?」
テーブルに着き、無理矢理グラスを渡される。
多分赤ワインだ。
「カンパーイ!!!」
マルスが一気に飲む。
いや、ワインは一気に飲むもんじゃ…ってジョンよ、お前もか!
くそ~こうなったら…。
俺も負けじと一気に飲んでしまった。
空きっ腹に、初めてのクエストで疲れていて、その上俺は酒の強い方ではない。
何を食べたか、飲んだかも分からない内に俺の意識は奈落の底へ落ちていってしまった。