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交渉

フロリアをベレーヌ家まで送り届け、馬で山まで駆けて行く。


フロリアが今日の護衛をお気に召したのであれば、依頼完遂の報告がギルドに届き、明日報酬がもらえる筈だ。


このようなシステムなので、相手を指名した依頼はお互いへの信頼が大事になってくる。


今のところ俺とベレーヌ家にはそれなりの関係が築けているといえよう。


今日の申し出は下手をするとこの関係を無に帰してしまうかもしれない。


しかし、進歩を望むのであればリスクは避けられないものだ。


そんなことを考えていると馬小屋が見えてきた。


俺たちの仮の馬小屋は山の麓にあり、エリーゼと朝晩世話をしに山を降りている。


馬ごと移動できるので、山の上でも良いのだが、今の馬はオズさんから借りているものなので、いざという時にオズさんの家の人が使えるようにしておかなければならない。


この辺りも広大なオズさんのロムルス農場の敷地内なので狼などの心配はない。


…狼人間ならいるが。


仮の馬小屋の横でエリーゼが自分がいつも乗っている馬に話しかけながら俺を待っていた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


「ただいま」


馬を小屋に戻し、餌を与え手入れをし、今日の働きを労う。


一連のことが終わるとようやく本当の帰宅だ。


トーテムの前に立つと隣のエリーゼがギュッと手を握ってくる。


指が絡み合う所謂、カップルつなぎだ。


俺がついつい反射的にエリーゼの顔を伺うとエリーゼもこちらに顔を向けて花が開いたように可憐に微笑んだ。


何それ、反則。


「んっ…はっ…ん…」


移動した直後、俺はその場でエリーゼの腰にしっかり手を回し、唇を奪った。


エリーゼも俺の首におずおずと腕を回し、舌と柔らかい唇で答えてくれる。


深い口づけを終えると、お互いの唇から名残惜しそうに銀糸が延びた。


そして少しの間見つめ合う。


幸せだ。


また手を繋いでゆっくり家に向かって歩いて行く。


「ご主人様、今日の夕食の献立は…」


「あとで良い」


「え?」


「まずエリーゼから」


そう言って俺がエリーゼの細いウエストに手を回すと、エリーゼは一瞬止まったあと、顔を真っ赤にしてもじもじしながらも、


「…はい」


と俺を見つめ頷いた。


さてはそちも期待していたな。


家に入ると、二人でそのまま二階の寝室に向かった。


夕御飯の前にしっかりといただきました。


大変美味しゅうございました。


「ベレーヌ家のお嬢様が?」


食卓を囲みながら、今日の仕事の内容をエリーゼに話す。


相変わらず、エリーゼの料理は美味だ。


「うん、かなり高額の取引が期待できるし、ベレーヌ家からの信用を確固たるものに出来るかもしれない。そうしたらもっと多くの依頼を優先的にもらえるし、情報も手に入るようになる。エリーゼは大変だろうし、悪いけど…」


「いえ、ご主人様のお役に立てることが一番の喜びです。少しでもご恩をお返ししないと…今日もこんなに可愛がっていただけて…」


ちょおま、なんて可愛らしいことを…!


俺は先程のエリーゼの媚態を思い出し、湧き上がる衝動を拳を握り締めて何とかやり過ごした。


最近のエリーゼの魅力は凄まじい。


もちろん最初から魅力的だったのは間違いない。


しかし最近は可愛らしさに、噛みつきたくなるような艶やかさが加わってきている。


雪よりも白い滑らかな肌が徐々に桃色に染まり、揺らされる度に弾ける水滴が艶めく身体はこの世のものとは思えない美しさだ。


それでいて初々しい恥じらいも忘れないのだから、たまらない。


美人は三日で飽きるなんて嘘だな。


「そ、それで、衣装はどれくらいで出来そう?」


「布を織ってしまえば、あとは他の衣装を作る時とあまり変わりませんので、どのような物をご所望かによりますが…」


「うーん、まずは小さな物からいこう」


最初から大物だと大金に目がくらんでエルフの魔法の布にどれだけの価値があるのか分からなくなってしまいそうだ。


それにいくら冒険者とはいえ、すんなりエルフの物を融通するのもまずい。


小出しにしよう。


「小さな物ですと、グローブでしょうか?」


「グローブか、悪くないな」


「あれであれば二週間以内にできます」


「じゃあそれをまず頼めるか?」


「はい」


小物だと70万ディナールにも達しない可能性もあるが、本物であると認めてもらえばきっと次の予約が入るだろう。


その時は前払いにしてもらえば良い。


しかし取らぬ狸の皮算用ばかりも怖いので、自分でもめいっぱい稼がねばならないな。


その後、いつものマッサージをしてくれたエリーゼに我慢できず、結局押し倒してしまった俺であった。


だって、揺れるんだもん。


あのマシュマロのように白く柔らかい爆乳が 目の前で揺れるんだもん。


あっという間に二週間弱が経ち、結局俺が稼げたのは5万ディナール程だった。


盗賊退治も出来ないランクHの冒険者なんてこんなもんだ。


これでもベレーヌ家のおかげで他のランクHの冒険者よりは効率良く稼げた方だろう。


70万ディナールなんて夢のまた夢だな…。


俺は最後の望みであるエルフのグローブを持って、ベレーヌ家の一室でフロリアを待っていた。


本物であることは疑う余地もないのだが、フロリアがどのように鑑定するのかが一番気になるところだ。


俺のように透視が使える人間が他にもいるとしたら、これからの生活が色々と面倒なことになる。


エリーゼのことを見抜けなかったのだから、ベレーヌ家にいることは無いだろうが、余所から呼んでくる可能性も捨て切れないしな。


「お待たせしましたわ」


意外にもフロリアは一人で部屋に入って来た。


「早速ですが、例の物を拝見しても宜しいですか?」


「はい」


俺は懐からそっと布にくるんだエルフのグローブをテーブルの上に置いた。


明かり取りから差し込む光に照らされて、グローブに小さな輝きが所々現れては消える。


魔法の力だろうか、不思議な反射に俺も思わずマジマジと見つめてしまった。


エリーゼから受け取ってまだまともに見ていなかったからだ。


「美しい…」


フロリアもぼーっと見つめていたが、我に帰ると不意に腕を振り上げ、グローブに何かを突き刺した。


ええええ!?


心の中で絶叫した俺だったが、何とか堪えた。


き、きっと何かを確かめているに違いない、そうに違いない…じゃなかったら泣く。


「なるほど…本当に無事ですね…」


フロリアの手には短剣が握られていた。


切れ味の良さそうな剣ではないが、あの勢いで刺されたら傷ぐらいは付きそうなものなのに、確かにグローブは無事なようである。


よ、良かった…!


「もちろん本物ですから」


何とか冷静さを取り繕う。


フロリアはまだ何か思案しているようだったが、心を決めたのか鋭い視線を俺に向けてきた。


「…買いましょう。はっきりとエルフの物であると証明するには、アーモ神殿で鑑定してもらわなければなりませんが、いずれにしても良い品ですわ。エルフの物である可能性が高いと私は判断しました。…50万ディナールでいかがでしょう?」


50万ディナールか、予想よりも低いが、一般的な物価から考えるとまずまずか…。


いや、ちょっと待てよ、アーモ神殿で鑑定が必要って言ったよな。


それってもしかして、神殿でお墨付きをもらえばもっと高く売れるってことじゃないのかな?


少しカマかけてみるか。


「フロリアにはいつもお世話になっているので入手してからすぐにお持ちした次第ですが、私の方は今すぐ大金が必要というわけではありません。何でしたらアーモ神殿の方に出向いてからもう一度お寄りしましょうか?」


そう言うとフロリアは一瞬焦ったような顔をしたあと、深くため息を吐いた。


「いえ…そのようなお手を煩わせることは結構ですわ。何分初見で少し自信が持てなかったのです。失礼しました。マサトさんを信じます。確かにエルフの品でしょう。神殿の証書付きと同じ扱いで取引しますから、ぜひ私に売って下さいませ。改めまして、110万ディナールでいかがでしょう?」


倍以上に跳ね上がるってどういうことだよ。


危ない、危ない。


流石商人の娘、可愛い顔して食えないな。


「そうですね…」


「それでは、ひゃく…」


「いえ、今回は特別にいつもお世話になっているお礼も兼ねてその値段でお譲りしましょう」


「え、宜しいのですか?」


「はい、フロリアのお願いですからね。これからも末永く宜しくお願いします、ということで」


もっと釣り上げることは可能そうだが、正直相場も知らないし、下手に交渉合戦に発展してこちらの底が見えたら困る。


110万ディナールなら、目下の目的は果たせてるし、恩を売ったことにして撤収だ。


「あ、ありがとうございますわ!こちらこそ、マサトさんとは良いお付き合いが出来そうですわ!」


フロリアにとっても良い取引が出来たのだろう。


素直に喜んでいるのがわかる。


やっぱり相場より安いのだろう。


まあ良い。


正直、ベレーヌ家からはエリーゼを騙し取ったようなものだしな。


それに比べたら安い、安い。


すみませんでした、と心の中で謝っておく。


フロリアが使用人に言いつけ、執事のような人が金庫を持ってきた。


中から金貨を取り出していく。


10枚、20枚、30枚…110枚、120枚…あれ?220枚?


「グローブ一つ110万ディナール、両方合わせて220万ディナール、ご確認くださいまし」


なんと片方の値段だったとは!


袋がザクザクいってる、重たい…大金だ。


エリーゼが一生懸命作ってくれたんだ、これぐらいの価値があって当然だ。


そう思う一方俺の脳内ではこんな声も響く。


…これ元は一つ1ディナールくらいのキルクが原料なんだよな…。


何だかよくわからない罪悪感と金貨の重みに潰される前に俺は一目散に家に帰ったのであった。








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