内覧会
「すっげ~!!」
遂に俺らの家が完成した。
二階建て、地下室付きの木造の建物である。
パッと見、ログハウスのような造りは湿度の高いケードラに多いデザインだ。
今回は山の上という立地も考えて、寒さにも強い造りにしてくれたらしい。
中に入ると木の暖かい匂いがする。
これは癒される。
そして、広い!
人数が増える可能性も考慮し、壁を作れば二部屋になれる大きさで一部屋一部屋を作ってもらったわけだが、元東京都民の俺には不安になるほどの広さだ。
「ねえ~ベッドどこに運べば良いの~?」
「ああ、二階の奥の部屋に…って何だそりゃ!」
ケードラには引越し祝いに友人たちが家具をプレゼントする風習があるらしく、パーティーメンバー補充のため少しでもお金を貯めたい俺としては大助かりだった。
ちなみに、そのプレゼントは引っ越す人が欲しい家具をリストアップしてそのリストから選ぶ。
海外の結婚式でもご祝儀の代わりに新婚夫婦が作ったリストからプレゼントをするウェディング・ギフトという習慣がある、と姉貴が言っていたのを思い出す。
なるほど、そうすれば変な家具ももらわなくて済むと思っていたのだが…。
「…そのベッド、キングサイズよりも大きくないか?」
「キングサイズ~?」
「いや、何でもない。てかデカくないか?」
「何言ってんの~、エリーゼちゃんのリクエストだよ~」
家具のリストは相談しながらエリーゼに書いてもらった。
まさか、エリーゼがこんなベッドを…!
「…てのは半分くらい冗談だけどね、リストのベッド二床って書いてある上に二人用ベッドが二重線で消してあったんだよ~。だから空気読んじゃった。」
…グッジョブだ、ミケ。
二人用ベッドと書いてしまってから慌てて消すエリーゼの姿が目に浮かぶ。
今まで、ずっと一緒のベッドで寝てたから間違って書いてしまっただけかもしれないけど、顔がにやけてしまう。
「それにお兄さん、激しいしね~。これくらい大きくないと大変かなって。」
…今の一言は余計だ。
でもこれからは周りの目を気にせず楽しめる!
毎晩が楽しみだ。
こうして二階に俺とエリーゼの寝室が出来てしまった。
もともと俺の部屋の予定だったので、俺用のクローゼットを置いた。
エリーゼの部屋は一階である。
本当は二階に個人の部屋、一階は共通部分にしたかったのだが、エリーゼの部屋にはある物を置かなければならなかった。
「エリーゼ、機織り機、ここでいいか?」
「はい。わざわざありがとうございます。」
エルフは魔法を布に織り込むことが出来る。
しかしそのためには大地の加護を受けねばならず、なるべく一階の方が都合が良いそうだ。
機織り機が想像よりでかかったため、エリーゼの部屋は狭くなってしまったが、ベッドが入らなくなったため、丁度良くなった。
ミケは空気を読む天才だと思う。
大体の家具を運び終わり、だだっ広い空間がしっかり人の居住スペースに変身していた。
「おい、坊主。配管工事終わったぞ。」
「ありがとうございますっ!」
そして一つだけ、俺が無理を言って設計図に取り入れてもらったものがある。
これのせいで大分時間を食ったとカルペンさんは苦笑いしていたが、良いアイディアだから他の家でも使わせてもらうと言っていた。
「完璧です!」
綺麗に磨きあげられた石のバスタブだ。
本当は木が良かったが、カビなどの対処が面倒なので、石にしてもらったが、良い石質なのだろう、ツルツルだ。
そしてこのバスタブとトイレの下水菅を作ってもらい、下の方の川につないでもらったのだ。
もちろん、蛇口をひねったら水がでてくるということはないので、水は上流に汲みに行かねばならないが、沢はすぐ側にある。
山、万歳。
まあもともと雨の多い地域で、ケードラの町でも水に困ってる様子はなかったが。
何故風呂に入るという習慣がないのかが不思議だ。
「火にも強い材質にしておいたから、安心しな。」
「はい、何から何までありがとうございます!」
「良いってことよ。仲間だしな。」
男前だ…!
その後は、大工のみなさんを労う意味も込めて、家で新築祝いのパーティーを行った。
呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎは明け方まで続いた。
マルーヌ家の奴隷オークションが近付いている中、内覧会の招待状が来た。
もちろん俺にではなく、オズさんにだ。
当日のオークション会場は参加費を払えば誰でも入れるらしいが、内覧会はそれなりに認められた者だけが行くことができる。
つまり高値で買ってくれそうな人や、マルーヌ家にとって縁をつないでおいて損のない人間に先に商品を見せておくのだ。
これによって、客も他の客層から資金を見積もることも出来るし、マルーヌ家も目玉商品をアピールできる。
やっぱりオズさんてケードラの名士なのな。
会場にアラワールが焚かれている可能性を考え、ミケは来れない。
俺とエリーゼで向かうことになった。
「招待状はお持ちですか?」
「はい、オズの代理で参りました。」
「確認しました、どうぞ中へお入りください。」
中に入るとすぐ地下に通された。
ほの暗い空間から嗅いだことのあるアラワールの匂いがする。
やっぱりあまり気分の良い匂いじゃないな。
地下牢のような区切られた空間がずらっと並んでいた。
そこに耳と尻尾のある獣人たちが並んでおり、監視と説明を兼ねてか、奴隷二人置きくらいに係の者が配置されている。
もう俺たちより前に20人程の人が来ていて、セールストークが始まっていた。
「この者は狼人間で20歳!剣士をしておりましたので、即戦力になります!」
強そうだけど、ごっつい男はノーサンキューだ。
男に獣耳つけてどこに需要があんだよ…失礼。
それにしても獣人オークションなだけあって壮観だ。
犬耳、猫耳の女の子がたくさん…!
エリーゼと来て良かった。
少しの緊張感が俺のお花畑な頭に冷静さを取り戻させてくれる。
オークションに出されるだけあって、どの奴隷も美しくかつスタイルも抜群。
おまけに、戦闘能力や元商家の出など、ハイスペックばかりだ。
迷ってしまう…と、おっと、俺は別に奴隷を買いに来たわけじゃない。
もちろんその内買うが、今日は獣人コミュニティーの任務で来たのだ。
仕事仕事、と思っているとパッと俺の目にピンク色が飛び込んできた。
この世界では暗い色の髪と目の色が持て囃されるので、オークションにかけられる奴隷は暗い髪の色の子ばかりだ。
その中で、一人ピンクの髪をした奴隷がいた。
そのせいかあまり客はおらず、俺はついつい近づいてしまった。
「お客様、この娘に興味がお有りですか?容姿は今いちですが、長く貴族の家で護衛を務めておりました。剣術はピカイチですし、その前は冒険者をしておりましてランクはCです。素晴らしい戦闘能力を持っています。」
ランクCだと?
マルスと同じじゃないか。
相当強いな。
しかも見た目は実に可憐だ。
肌の色は健康的、スラっとした手足は鍛えられいい具合に引き締まっている。
胸もエリーゼほど豊満ではないが、大きい方ではある。
何より、きゅんと上がった大きめの猫目にオレンジに近い茶色の瞳がいたずらっぽく輝いている。
小さい鼻にこれまたキュッと口角の上がった小さい桃色の唇が魅惑的だ。
形の良い猫耳とフリフリ動いている細い尻尾は暗めの紫色だ。
これだけカラフルだとこの世界では好まれないかもしれないが、エリーゼとは全く異なるタイプの美人というか可愛い小悪魔系だ。
「なるほど、良い娘だな。」
「はい、戦闘能力は今回のオークションの商品の中でも断トツ…おい、ミナリー!」
「ふにゃっ?」
さっきから少し思っていたが、どうもこの娘は自由奔放なタイプらしい。
必死に自分のセールストークをしている係の人を尻目に四足をついて伸びをしている。
ぷりんと引き締まったお尻が実に良いではないか…。
「少し話しても良いか?」
「あ、どうぞ…」
係の人はそう言うととても不安そうに俺とミナリーを見ている。
「ミナリーというのか?」
「うん。」
「どうしてここへ?」
「う~ん、冒険者してたら間違ってロムルス王国に入っちゃって捕まった。そしたら貴族のところに売られてー…クビになった。」
「おい!」
クビという一言で係りの人が制止の声を上げたが、まあまあと俺は手で示す。
「どうしてクビに?」
「わかんにゃい。」
本当にわからにゃ…わからないのだろう。
瞳をくりんとさせて首を傾げている。
可愛い。
「あ、あの戦闘能力は問題ないのですが…」
あたふたと係の人がフォローをする。
「なにぶんこの性格でして、腕は確かなのですが、貴族の護衛団の中ではちょっと…。」
なるほど。
貴族の護衛はある意味軍隊のようなもので統制のとれた集団行動を求められる。
集団行動…無理だろうな。
しかし、パーティーの前衛としてはどうだろうか?
流石に任務を放棄して単独で進まれたら困るが、そこは俺が御してやれば良い。
軍隊の隊長のように面倒をみなければならない何十人の内の一人に単独行動をされるのは困るだろうが、二人のメンバーの内の一人なら何とかなりそうだ。
マルスを間近で見ている俺にとってランクCの戦闘能力はそれだけリスクを犯しても欲しい。
それに正直かなり可愛いしな。
「ということは奴隷として売られるのは二回目か…」
「し、しかし処女です!13歳頃に捕まり、この容姿ですから前の主人に手をつけられることはなく。」
うん、この係の人、俺が聞きたいことを察してくれた。
そうか、自由奔放そうだから不安に思ってたけど、処女なのか。
年齢はいくつなのだろう。
ミナリー 15歳 女 猫人間
15歳か…ちょっと犯罪の匂いがするけど、きっと猫は早熟なのだ、そうなのだ。
「留保価格はいくらだ?」
「50万ディナールからです。」
う、やっぱり高い。
いくら容姿がカラフルであっても流石にランクCだ。
ミケに聞いたこの世界でのオークションの仕組みはザッと聞いてイギリス型系だ。
留保価格から値段をどんどん上げていく。
最低でも60万、いや下手したら70万ディナールか…。
やばいな、家より高いぞ。
でも欲しい。
「エリーゼ、どう思う?」
横で黙ってやり取りを聞いていたエリーゼに意見を聞く。
そう、彼女とソリが合うのが第一条件だ。
エリーゼが嫌だというのなら、諦めてもやっても良い。
「ランクCというのは素晴らしいと思います。ダンジョンでも活躍してくれることでしょう。ご主人様がお気に召されたのであれば、私は賛成です。」
くっ…ダメだ。
退路を絶たれた。
背水の陣だ。
「ダンジョン?」
それまで興味のなさそうだったミナリーが突然食いついてきた。
「ダンジョン?ダンジョンに行けるの?」
そうか、元冒険者だったんだもんな。
その目の輝き、そして尻尾フリフリが俺を追い詰める。
「ああ。」
そういうと俺はミナリーのピンと立った三角の耳に顔を近づけた。
「だから、他の人が見に来ても、やる気のない態度を取ってくれ。」
「ちょっと、内緒話は禁止ですよ!」
こそっと耳打ちすると係の人が怒って引っペがしにきた。
「なに、本当に処女か聞いたんだ。嘘はつけなそうな娘だしな。」
「うん、処女…じゃないにゃ!」
「は?何を言ってるんだ、ミナリー!」
早速大きな声でネガティブキャンペーンをしてくれた。
そんなに頭が悪いわけではないらしい。
こうして俺たちは内覧会をあとにし、獣人コミュニティーに向かった。
やはりアラワールが使われていた件と、一応革袋に空気を詰めて持って帰ってきた。
ガボさんが匂いを嗅ぐと、少し筋肉が隆々としてお尻と耳がもぞもぞしてきたらしい。
持って帰る間に薄まっているはずだから、やはりそれなりに濃いらしい。
なんとか実物を手に入れたいというのが獣人コミュニティーの総意だった。
どうするべきか俺も考えておかねば。
しかし、目下俺の一番の目標はすっからかんになってしまったお金を再び70万ディナール程貯めることだ。
70万ディナール、家と山より高額か…どうしたもんか。




