キルク
「かなり荷物も増えたなぁ。」
勢いで一人で旅に出て、パーティメンバーまで増やしてしまったわけだが、問題はなかなか山積みである。
いつまでもケードラに滞在するわけにいかないが、この荷物を持って移動するのは、現実問題しんどいものがある。
ゲームみたいにアイテムボックスでもあれば別だが。
それからこの大金も心配だ。
俺の現在の所持金は737741ディナール。
この世界の物価を考えれば、かなりリッチである。
安全に保管できる方法を探し、安心したいところだ。
そして、
「エリーゼはダンジョンとか入ったことある?」
彼女の実力を計り、二人での戦い方を思索しなくてはならない。
「いいえ…申し訳ありません。」
「いや、冒険者じゃないんだから、普通そうだよね。ちなみに戦闘とかって…。」
「だっ…!大丈夫です…。」
「食い気味に言ったわりに最後ら辺自信無くなったね…。」
「っ…。」
エリーゼは全身でごめんなさいと現しているかのように、目をギュッとつぶり顔を赤くして俯いてしまった。
可愛らしい。
見るからに戦闘向けっぽくないし、どうしたもんかな。
「…戦闘向けの魔法とかってある?」
そう、美しい見た目に惑わされがちだが、エリーゼには魔法という大きなアドバンテージがある。
これを使わない手はない。
「攻撃する魔法はありませんが、防御魔法でしたら…。」
「そういえばお店でも言ってたけど、それってどんな?」
「何種類かあります。先ほどお店で見たものは、防御率を上げる魔法がかかっていて、攻撃を受けてもダメージを減らすことができます。他には回避率をあげるものや、相手の技自体を無効にするものもあります。」
「なるほどなー。」
どれほどのものかはわからないが、ダンジョン攻略において防御魔法は確実に使えそうだ。
群れに遭遇した場合、いくら俺でも5匹以上のモンスターを相手に無傷ではいられない。
ちなみに俺の能力はあくまで五感の飛躍的向上であって、腕力増強とか俊敏さが増すものではないようだ。
速くなったように感じるのは五感の向上により、動きのスタートが早まったからだろう。
まあ透視とか五感の向上という言葉で一括りにできない能力もあるが、いずれにしろ万能なものではない。
孫子曰く、守らば則ち余あり。
これは大いに活用させていただこう。
「今から冒険者ギルドに寄る。内容次第ではクエストも行うかもしれないけど、今回はエリーゼの防御魔法を試す意味合いが強いから、無理はしないように。」
「はい。」
宿で途中で購入したピタパンのような昼食を摂り、革の鎧と手袋を着ける。
二人分の水筒に水を入れ、宿を出た。
受付のおっさんに場所を聞いて冒険者ギルドに向かうと、隣接して武器屋と防具屋があった。
「エリーゼの防具も揃えなくちゃな。」
「あの、私の装備でしたら、けっこうです。」
「そういうわけにはいかないよ。いくら防御できるからって万が一にでも怪我されたら困るし。」
「いえ、そういうわけではなくて…。実はあまり意味がないのです。」
「へ?どういうこと?」
「私たちの魔法は自然の力を貸してもらうことで発動します。ですから、人の手で加工された革や金属の防具をつけてもあまり効力を発揮することができないのです。」
「じゃあ、鎧とか着けても全く防御にならないの?」
「ある程度の物理的な攻撃を防ぐことはできますが、魔力を増長するという効力は全く…」
「待った!魔力を増長する?そんな防具あるの?」
「はい。先ほど見たマントがそうです。魔力のない者が着ても効果はありますが、魔力のある者が着れば魔力を増長させることができ、効果は更に大きくなります。」
「そうなのか…そういえばエリーゼはあれが作れるって言ってなかった?」
「はい。エルフの伝統的な装備ですから。」
「それは難しい?」
「材料のキルクがあればさほど…あと織り機が必要です。」
「キルクって、ドロップアイテムか何か?」
「マユミールを退治すると手に入れることが出来る繊維です。マユミールはそこら辺にいる虫ですから、すぐに手に入ると思います。」
「なるほど。」
そこら辺にいる虫か…。
そういう虫は往々にして害虫扱いされることが多い。
ケードラ近辺は割と農業が盛んだったはず。
「防具の件はあとにしよう。」
「はい。」
ギルドに入り、ダンジョン攻略ではなく、その他というクエストの掲示板を見る。
「ビンゴだ!」
ランクJからのクエストにマユミール退治と書かれた紙が山ほどあった。
1匹退治につき1ディナールという格安依頼のせいか、誰も受けていない。
「キルクは何個あれば、作れる?」
「100ほどあれば…。」
「おっし!」
俺は最低30匹というクエストを三枚選び、受付へ持っていった。
もちろん90匹と言わず、100匹は狩るつもりだ。
「クエスト承りました。それからタカイ・マサト様は盗賊退治でランクアップですので腕をお出しください。」
「あれも加味されたの?」
「通常、盗賊退治のクエストはランクF以上となっていますから、それ以下の方が達成された場合は、自動的にランクアップとなります。ただし、ギルドを通したわけではありませんので、報奨金は出ませんが。」
「なるほどね。」
タカイ・マサト 男 人間 冒険者ランクH
「ご主人様おめでとうございます。」
「ああ。ありがとう。」
ランクもHだけど、君のおかげで中身も相当Hに…って俺今凄いオヤジ的思考がよぎってしまった…!
いかんいかん!
「う…うおっほん!じゃあ早速、このロムルス農場に…ってロムルス農場!?」
獣人コミュニティーの集合場所じゃねーか。
内容にばかり注目して農場の名前までよく見てなかった。
「ロムルス農場というのは、ミケさんの…?」
「そうそう。はあ~…ま、どっちにしろ行くつもりだったし、少し早いけどいっか。…万が一だけど、危険な目に合いそうだったら、俺は置いて真っ先に騎士団に駆け込むように。いいね。」
「…わかりました。ご主人様はミケさんを信用なさっていないのですか?」
「念には念を入れてるだけだ。エリーゼの正体を知ってるわけだし。」
「わかりました。もしそのような事態になったら、援軍を頼みますね。でも…私はミケさんは信用できるように思います。」
「何で?」
「…女の感です。」
そういうとエリーゼはニコッと微笑んだ。
まずい、このまま宿に戻って一回いたしてから、出直したいくらいの破壊力だ。
しかし、エリーゼを疲れさせるのは良くない、そう良くない、良くない、良くない…。
俺は美しいエリーゼに悶々としながら、ロムルス農場に向かった。
「おめえら、ロムルス農場にさ行ぐのが?」
街から少し出て南の山を目指して歩いてると、後ろから荷馬車に乗った男が話しかけてきた。
「はい。そうですけど。」
「こごから歩いたら一照りはかがるべ~!乗っかっていぎな。おらも今がら行ぐとこさ。」
「ありがとうございます。」
一照りというのはこっちでいう一時間くらいのことだと思うが、定かではない。
時計はつくづく便利だ。
「おめえら、冒険者だが?なして農場に~?」
「マユミール退治のクエストを受けまして。」
「マユミール?…それはてーしたもんだなあ!ハッハッハッ!」
何がどうてーしたもん何だ?
そんな噛み合わない会話をしながら、荷馬車に揺られること20分ほどでロムルス農場に着いた。
辺は見事に畑や果樹園と思われる農地が広々と続いており、そして壮大な山脈がそれを見下ろしている。
「ちっと待ってろ。おーじさん~!おーじさん~!」
おじさん?
この男もけっこうなおじさんに見えるんだが。
「おうおう。」
かなり大きい木造の家から、人の良さそうなおじさんが出てきた。
「おーじさん~、今日も一つよろしぐお願いしますわ。」
「おうおう。よろしぐ。」
おじさんがおじさんにおじさんって言ってる…俺の目が悪いのか。
「あど、こん子たち、マユミール退治だど。」
「おお!受けてくれたが!ありがど~!」
「じゃあ、おらはこれで。」
「あ、ありがとうございました!」
結局二人の関係性はわからないまま、おじさんAは去っていった。
「受けてくれで、ありがどなぁ~。おらはオズだ。お名前は?」
「ん?あっ!マサトです!こっちはエリーゼです。宜しくお願いします!」
おじさんじゃなくてオズさんかよっ!!
「んだんだ。元気がいいなぁ。マユミール退治なんて大した金さなんねぇのに、てーした子だちだなぁ。」
「いえいえ。」
マユミールは害虫から宝の山と化す可能性を秘めているのだ。
バンバン狩ってやるぜ!
「んじゃ、これが網と、ナイフだ。今から畑さ行ってお手本見せるがら、よーぐ見とげよ。」
虫取り網か…これは予想通り飛ぶ系だな。
畑に向かうとそこはパッと見、果樹園のように樹木が綺麗に植えてあった。
そこに時たまヒュンヒュンと白い物体が見える。
…ん?まさか?
「ほいっど。」
おじさん基オズさんが虫取り網を振ると中に白いお蚕さんが引っかかっていた。
それをナイフで一突き。
ポンっと音がして糸の束が出てきた。
「こうやって退治してぐれ。このキルクが30個集まったら、クエスト完遂だ。あど、くれぐれも木を傷付けないように。それからわがってると思うけどー、粉に触っちゃダメだかんな。」
「は…い。」
俺はその時、ものすごく嫌な予感がしていた。
「…大当たりだ…っ!」
2時間余り経った頃、俺の嫌な予感は見事に的中していた。
マユミールは無茶苦茶に手強く、この2時間でエリーゼ3匹、俺6匹、計9匹という凄惨たる結果だった。
樹木を傷付けないようにするのも一苦労、逃げる時に撒き散らす鱗粉を避けるのも一苦労、そして何より…。
「速すぎんだろ…っ!」
どうしたことか、俺の視力の能力は平常運転だった。
恐らく、生命の危機を感じないと発動しないのかもしれない。
「申し訳ありませんっ…。私がお役に立てないばかりにっ…。」
「いやいや、エリーゼはよくやってくれてる。」
それは本当だった。
事実、エリーゼの防御魔法で俺は何度か鱗粉に触らずに済んでいるのだ。
実に不甲斐ない。
そればかりか、俺はエリーゼの汗の飛び散る白い上気した柔肌に何度も目を奪われてしまうのだ。
特に捕まえようとして伸び上がった時の豊かな胸の膨らみが大きく揺れる瞬間…たまらん!
…実に情けない。
エリーゼもかなり疲れてきているようだし、ああ、もう日が暮れている。
今日はこれくらいにしようか…。
「なあ、もうそろそ…」
「あ、ご主人様っ!!」
パアっと目の前に金色の粉が舞ったかと思うと、俺の意識は深く沈んでいった。




