騎士団
「おっじゃましま~す!」
「お、ミケくん。」
「ジョナさん、おはようございま~す!」
「今日も元気じゃな。若くて羨ましいの。」
「マッケンリーさんもまだまだ若いよっ!」
「ほっほっもうそろそろ孫が君くらいの齢になるがねえ。」
「ミケくん、飴ちゃん食べるかい?」
「もう僕15だよ~。」
「初めて来た時はこんな小さかったのになぁ!」
な、何なんだこの微笑ましい雰囲気は…!
商店街でよく見かけるような会話に俺は面食らった。
騎士団というのは俺たちの世界でいう警察のようなものだ。
日本と違うのは一応冒険者のように世界各国各都市にギルドがあり、これまたテルーナに大ギルドを構えているところだろう。
ただし、騎士になるための基本的な試験は各国共通だが、それ以外に付加される条件は国によってそれぞれだ。
例えばロムルス王国ならロムルス王国の人間であることが条件に加わる。
出生証明書が必須なため俺やマルスには到底なれない。
そのように国によって条件が違うため、冒険者のようにどこの国でも働けるわけではない。
担当区域の治安維持という仕事柄、地域に密着する必要があるからだろうか。
しかし、どこの国であっても騎士といえば大ギルドが課した試験を突破したエリート揃いだ。
カントーラの騎士たちもモンスターにはビビリまくってたけど、盗賊には勇敢に戦ってたし、何よりギルドの中はそれなりにピシっとした空気が張り詰めていたのに…。
ケードラって、気温と同じくらいヌルい土地柄なのかな。
仮にも国境なのに大丈夫か…。
「それで何の御用ですかな?」
想定と現実の落差に固まる俺に今気付いたかのように爺さん騎士が話しかけてきた。
「ど、奴隷契約にっ…!」
「僕が委託されたんだ~。」
「ほ~。では、委託書を拝見しましょう。契約者と被契約者は前へ。」
ミケが譲るように下がったので、俺たちは騎士たちの前に並ぶ。
と言ってもエリーゼは遠慮してるのか俺の半歩後ろにいたが。
「契約者はタカイ・マサト殿、人間、冒険者で宜しいかな?セキュリティカードを拝見。」
見覚えのあるブラックライトに慌てて左腕を差し出した。
「確認。」
横に控えているまだ新人っぽい騎士が爺さんに向かって報告する。
爺さんは黙って頷き、書類に目を落とした。
「さて…では説明してもらおうかの。被契約者のお嬢さん、何者かね?」
やっぱりそうなりますよね、はい。
エリーゼに事前に打ち合わせた通りに目配せすると、シュンと青い光が広がった。
ギルドにいた騎士たちが小さくどよめいたのが分かった。
「…お嬢さん、お名前は?」
一瞬動揺したように見えた爺さんだったが、直ぐに冷静な表情に戻って詰問を続けた。
流石に経験豊富らしい。
「エリーゼと申します。」
「種族はエルフじゃね?」
「はい。」
「齢は?」
「17です。」
「青年期じゃな。」
一通り聴き終わると爺さんはミケに向き直った。
「さて、委託人殿、この書類の不備について弁解してもらおうか。」
爺さんは鋭い眼光をミケに向けた。
先ほどまで祖父と孫のような会話をしていた二人はもういない。
「確かに書類に不備があることについては謝まります。でもその書類が制作された時には彼女は少年に化けていて、商人も契約者もその時点でこの契約に合意しました。その後、彼女の正体が露見したけど、契約者は特に不満はなく、そのまま契約を結ぶことを望んでいます。」
お前、頑張ればちゃんと語尾伸ばさずに喋れるんじゃないか。
「…商人は何と申しておる?商人はエルフを譲渡したつもりではないのであろう。」
「でも商人は警護の褒美に『どれでも好きな者を選ぶように』って言ってたよ~。それは委託書にも明示されてる通りだよ。つまり、もし最初からエルフと分かっていても契約者が彼女を選んだらどっちにしろ商人は拒めないはずだし~。言霊による契約に反することになるからね。でしょ?」
うん、お前の敬語の限界はわかった。
1ターンなんだな。
1ターン敬語、新しいじゃないか…ってもうちょっと頑張れよ!
てか言霊の契約って口約束のこと?
てことはけっこう安易に約束しちゃうと口約束でも法的効力を発揮するってことか、気を付けよう。
「しかし、書類の不備は正さなければならない。商人に直してもらってからもう一度出直しなさい。」
それはまずい気がする。
例え口約束が効力発揮しても、流石に稀少なエルフをタダで手放すつもりはないだろう。
あの手この手で言い掛かりをつけられそうだ。
「それは僕がやるよ~。だって僕この契約に関することを委託されてるから。」
ミケ、お前こそ救世主だよ!
ストーカーって呼んでごめんなさい!
でも1ターン敬語については謝らないぞ。
そこはがんばれ。
「…書類の不備は契約以前のことだ。」
この頑固爺ー!!
確かに騎士としては公正公明な判断だ。
このままいけば、商人は知らないところで大損することになるもんな。
しかし、俺も今回ばかりは引くわけにはいかないぞ。
「お、俺たちが騎士団のギルドに入って、委託書提出した時点で、もう契約が始まってるということではないですか?書類の不備についての議論はその中で出たから、契約中の話しではないかと…。」
爺さん騎士はちろっと俺を見たが、すぐミケに視線を戻した。
はい、俺の悪あがきは無意味でした。
「マッケンリーさん、彼女は委託書に記載されている通り、殺処分を待つ身だったんだよ~。お兄さんが治療を施したからこうして生き存えてエルフだってわかったんだ。殺処分するつもりだった商人に一々お伺い立てる義理はないと思うんだけど~。」
爺さん騎士の正義感を違う方面からくすぐる作戦か。
この爺さんだってエルフが何の目的で買われるか熟知しているはずだし、商人が自分の利益より奴隷の幸せを考えて売却することはまず無い。
自分で言うのも難だが、商人に返されるより俺と契約した方がエリーゼが幸せに暮らせる可能性は高いはず、いやそうしてみせる…!
爺さん騎士は眉間に皺を寄せて考え込む仕草を見せてから、俺とエリーゼの顔を交互に見比べた。
エリーゼはさっきから流れる不穏な空気に不安を隠せないのか、無意識に俺の服の裾を掴んでいる。
この娘の一挙一足がいちいち俺の欲を煽るんですけど…今は我慢、我慢。
長い時間のように思えた。
爺さんはひとしきり俺たちを眺めた後、はぁ~と一つ大きなため息をついて、委託書をミケに渡した。
「…今すぐ書き直しなさい。それから正式に契約しよう。」
「あ、ありがとうございますっ!」
それから契約は直ぐだった。
例のハイエルフの機械で腕に彫り込む。
エリーゼ 女 エルフ 奴隷(タカイマサト所有)
これでやっと正式に俺のものになったんだなぁ。
いつかは奴隷を買うつもりでいたけど、まさかこんなことになるとは正直思わなかった。
女奴隷は必然的に性奴隷を兼ねるから最初は少し抵抗があったのは確かだ。
しかし憧れは大いにあったし、全てを経験してしまった今となっては、女奴隷至上主義の境地に達しているがな!
それにしても病気の子どもがエルフだったなんて…善因善果ってことだとしても我ながらチート的な運の良さだ。
「それからこれを。」
素晴らしく美しいエリーゼを見つめながら自分の幸運を噛み締めていると、ジャランッという音と共に若い騎士が何かを持ってきた。
「…へ!?そ、それって…。」
…首輪に手枷に足枷に鎖ですと!?
「奴隷にはこのいずれかを必ず付けて下さい。所有者の義務です。」
そういえばジョンの手首にもこんなやつが付いてたな。
てっきりトレーニング用の重しかと思ってたんだけど、そういうことだったのか!
「いや、でも、これは人道的にどうよ…。」
「我が国では奴隷以外の亜人種の立ち入りを禁じておる。奴隷であることをはっきりと示すことが、ひいては奴隷自身の安全につながる…ご理解いただけるかの?」
「はあ…まあそういうことなら。」
どれを付けるべきか、目の前にある道具たちを頭の中で次々とエリーゼの姿に合わせてみる。
…ダメだ、卑猥な想像しかできない。
俺は人道的とか言う資格のないクズです、ごめん、エリーゼ。
「こ、これで…。」
首輪をエリーゼの首に付ける。
手枷、足枷はどう考えても不便だし、選択肢は一つだ。
「鎖はどうしますか?」
「いりません!」
「フルで装備させる人も多けど、枷は良いの~?」
「い…らない!」
ぶっちゃけ魅力的だけど、そんなことしたら俺の何かが壊れる気がする…!
契約金10000ディナールを支払い、正式に契約を完了して俺たちは騎士団を出た。
「結局全部渡されるのな…。」
俺の布袋は足枷と手枷、鎖でジャラジャラ鳴っている。
「申し訳ございません。私に全て付けて下されば、ご主人様の負担も軽減されるのに…。」
「あ、いや。俺個人のこだわりだから、気にしないで。」
念のためまた人間に変身してもらっているエリーゼの茶色い髪を撫でた。
「お兄さん奴隷に優しすぎ~。甘やかすのは良くないよ~。」
「そうか?てかミケも本当にありがとな。お前がいなかったら正直うまくいかなかったと思うわ。」
「同胞は助け合うものだし、当たり前だよ~。じゃ僕お邪魔みたいだから退散するよ。またあとでね~。」
ミケはペラペラ~と手を振ると、あっという間に雑踏の中へ消えていった。
しつこいんだか、さっぱりしてるんだか分からないヤツだ。
にしてもあいつのお陰で助かったのは事実だし、今晩はやはり参加するしかないな。
それまでにやるべきことをさっさと済まそう。
「よし、じゃあエリーゼの靴でもみようか?」
「いえ、ご主人様の服を先にしてください。」
「そういえば…そうだな。」
エリーゼが主人より高い服を着て負い目を感じるのは可哀想だ。
昨日エリーゼの服を買った高級服飾店の近くをうろついてみることにした。
「いらっしゃいませ。」
適当に男物の服を扱ってそうなところに入ってみた。
正直自分の服にはあまり興味がないので、エリーゼに選んでもらう。
「これも素敵ですけど…ご主人様は冒険者ですから、耐久性を考えると…。」
俺の前に服をかざしてみては戻して、かざしてみては戻してを繰り返している。
結構楽しそうだ。
「お客様は冒険者でいらっしゃいますか?」
口ひげを蓄えた店員さんが話しかけてきた。
美形は何でも様になるな。
「ああ、そうだ。」
「当店のマント売り場は店内の奥にございますので、ご案内いたします。」
「あ…ああ!よろしく!」
マント!
それは男の永遠の憧れ。
流石に空飛ぶマントはないだろうけど、雨風しのぐのに役に立つはずだ。
売り場に行くと様々なマントが棚に畳んであったり、マネキンにマントがかけられていた。
マネキン…というよりカカシより近いものではあるが。
その中に一つだけガラスケースの中に飾られているマントがあった。
ケースには幾重にも鎖と南京錠がかかっている。
相当なお値打ちものらしい。
「あれは?」
「あれは商品ではないのでお売りすることは出来ませんが、防御魔法が編みこまれたマントで、店主のコレクションの中でも珠玉の一品でございます。」
「へー…防御魔法か…知ってる?」
店員に聞かれないように小声でエリーゼに聞く。
「…はい。糸に編み込む方法なら…。」
「マジで!?」
あの厳重に保管されているようなシロモノが作れる可能性があるわけか。
これは実験する価値ありだな。
結局マントは買わず、生成りのブラウスと濃い青紫のズボンを買った。
シルクのような滑らかな着心地にズボンのフィット感が良い。
耐久性も文句なしだ。
その場で着替え、マルスのお古とはおさらばした。
「ありがとうございました。」
二つで5300ディナール。
やはりお高かった。
しかし、エリーゼの服の方が4倍近く高かったとは、今俺の買い物を終えて満足している彼女には言えそうもないな。
やはり昨日の俺は平常心を失っていたらしい。
約束通り靴を見る。
といってもこちらの人は奴隷はもちろん下級層の人々もほとんど靴を履かないようなので、売っている靴の種類はほんのわずかだ。
それでも何も履かないよりマシだろう。
地面には何が落ちているのかわからないのだから。
エリーゼの靴と水筒を買い、日が真上に差し掛かる頃、俺たちは一旦宿へ戻った。




