獣人コミュニティー
「…はぁ…はぁ…。」
流石にぐったりだ。
水筒を掴んで水を飲む。
「エリーゼも。」
「…っ…ありがとうございます。」
肩で大きく息をしているエリーゼの優しい声は少し掠れてしまっている。
「ごめん、俺歯止め効かなくて…かなり無理させちゃったね。」
まだほんのり赤い頬を撫でる。
「…いえ、幸せです…。」
あーもう何でこんな可愛いんだ!
ギューッと抱きしめて、軽くキスをする。
それから、朝汲んできた水で布を絞り、また身体を拭く。
二人共、汗やら何やらで身体がベトベトだ。
背中をエリーゼに拭いてもらって、俺もエリーゼの身体を拭いてやる。
火照った身体に濡らした布が気持ちいい。
「今日は一緒に出かけよう。」
「…はい。」
二人で服を着て、エリーゼは変身し、俺も支度をする。
今日は昨日の残りの買い物をしてからエリーゼと正式に奴隷契約を交わさなくちゃ。
その後ギルドにも寄ってクエストをみよう。
そんなことを考えながらドアを開けた。
「おっはよ~お兄さんっ。」
バタン
俺は反射的にドアを閉めた。
「ちょっとお兄さ~ん!部屋に入れてよ~!僕とお兄さんの仲じゃない!」
「数時間一緒に仕事しただけだろ!てか何でまたお前ここにいるんだよ!」
「だって僕昨日この隣の部屋に泊まったんだもん。」
な ん だ と…?
俺は横目でエリーゼが隠れているのを確認すると、ドアの前でスタンバっているミケを押しのけて部屋から出た。
「もう、乱暴ぅ~。」
とミケはぷうとほっぺを膨らました。
「お前、何のつもりだ。」
子どもっぽく振舞ってはいるが、何を考えているのか全く読めない。
もしかしてエリーゼの正体に気付いたのか…?
「言ったじゃん~。お兄さんと話したいことがあるって。昨日から何回もタイミング見計らってたんだけどね~何かお取り込み中みたいだったから…今の今まで。」
お兄さん、やっぱりそっち系…?とミケは小声で囁いてニヤリと笑った。
こいつ…!
「ね、手間取らせないから、良いでしょ?」
「…ここで話す話じゃないな。部屋で話そう。」
「さすがお兄さん~話わかる~!」
俺は部屋に鍵を掛けた。
「お前のな。」
「お兄さんのケチー!」
「ケチも何も隣だろ。」
ミケはあっさり自分の部屋のドアを開けた。
言うほど俺の部屋へのこだわりは無いらしい。
「どうぞ~。」
というと自分はぴょんっとベッドに飛び乗った。
身軽だなー。
…てか、
「ダブル…?」
「そうだよ~、本当はシングルが良かったんだけどお兄さんの部屋の隣ダブルしかないんだもん~。」
そこまでして俺のことを観察してたってこと?
「…一体何のために。」
「お兄さんと寝るため~。」
「…!だから俺は違うって!」
「わかってるよ~僕は女の子に変身できないもんね~。」
やっぱり、知ってたのか。
口元に浮かべた笑みとは対称的にミケの瞳は怪しく光っている。
「…猫人間の女だったら大歓迎だったんだけどな。」
俺も切り札を発動した。
ミケの目がスゥーと細くなった。
「…なんだ。バレてるなら話は早いや。」
今までのリラックスした雰囲気がガラリと変わる。
俺は思わず、剣に手をかけた。
「そんなピリピリしないでよ。僕はお兄さんと敵対する気なんかこれっぽちもないんだ。もちろん、エルフにも興味はない、興味があるのはむしろお兄さんの方だから…。単刀直入に聞くけど、お兄さんも僕たちの仲間なの?」
「…残念ながら俺は正真正銘の人間だ。」
「ふーん。そうかな?例え訓練したとしても人間があんな暗闇で一寸違わず手裏剣で何人も殺せるわけないと思うよ。」
俺は自分の危機感の無さを改めて思い知らされた。
今までは俺が救世主だと知ってるマルスたちと一緒にいた。
でも他の奴らからしたらやっぱり俺の能力はこの世界でも異常なのだ。
目を付けられて当然だ。
というかそもそもこいつの狙いは何だ?
こいつが俺の事を亜人種だと勘違いしてるとして、俺もこいつが猫人間の血を引いていることを知っている。
そうである限りこいつが俺やエリーゼのことを通報するとは考えにくい。
「…話が見えん。仮に俺が人間外だからといってお前に何の関係がある。」
「獣人コミュニティーへのお・誘・い♡」
「…は?」
なんだそれ。
猫耳の女の子を愛でる会か?
それなら喜んで参加するぞ!
「この国にまだ細々と残ってる獣人の集まりだよ~。お兄さんにもぜひ参加して欲しいんだ~。」
てか俺が獣人なのは決定事項なわけ?
まぁ人脈つくるためにも参加してみるのは良いかもしれない。
「場所はね、ケードラの南の山の麓の~、ロムルス農場ってとこ。日が暮れたら集合ね!」
そう言うとミケはぴょんっと跳ねて部屋のドアを開けた。
「話は以上っ!ね、手間とらせなかったでしょ?」
何か随分あっさりと話しやがるな。
そういうのってかなり機密事項だと思うんだが…。
「…俺が行くとは限らないし、もし俺がその獣人コミュニティーとやらを通報したらとか考えないのか?」
「その時は逃げるよ!僕たちお陰様で逃げるのは得意だからね~。けど、多分お兄さんはしないから大丈夫!」
「その根拠はどこから…。」
「猫の勘!」
それにそれを見極めるために僕がずっと見張ってたんだからね~と、ミケは言う。
何か納得できるよな、できないような、煙に巻かれた気分だ。
待ってるよ~というミケの言葉を背に受けながら、俺は部屋を出た。
どうするべきか。
その時ぐーと情けない音を立てて腹が鳴った。
…まずは腹ごしらえだ。
部屋に戻り、ドアを閉めると、その音を確認したかのようにエリーゼがベッドの裏からヒョコっと顔を出した。
ちょ、おま、可愛いな。
「大丈夫だよ、問題ない。」
「…そうですか、良かったです。」
心配そうな顔から一転、安心した笑顔を見せたエリーゼを見て、朝飯を食べたら、直ぐに騎士団で奴隷契約をすることにした。
気を取り直して受付でもう一泊分の料金を払うと宿屋を後にする。
ぶっちゃけ宿屋を替えたい気もしていたのだが、あいつのことだからどこに替えても嗅ぎつけそうなので、止めた。
昨日の食堂に行ってみたが、閉まっていたので、市場をぶらぶらする。
この町の市場は本当に活気がある。
店先に並んでいるものは果物が多く、売っている人も少し肌が黒めで南国風の雰囲気が漂っている。
ロムルス王国の南の国境だからだろう。
しっかしまた手に取るのが不安になるような色だな~。
ここの世界は人の髪の色や目の色といい、とにかくカラフルだ。
地味な色がモテる理由がわかってきたよ…チカチカする目を落ち着かせたい。
その中に昨晩見かけた鶏肉の中に詰められていた紫色の果物も見つけた。
しかし横には必ず鶏肉もぶら下げられていているか、もう既に鶏肉の中に詰められた物も多数見受けられた。
売り子のおばさんに聞くと果物だと思っていた物は、クランカ鳥の一部らしい。
クランカ鳥の卵と呼ばれているが、オスもメスも持っているため、実際はどの部位か分かっていないそうだ。
てっきりブルーベリーの類かと思ってたぜ…。
少し食料品市場らしきところをフラフラしてみたが、俺は何が何だかさっぱり分からないので、エリーゼに選んでもらう。
エリーゼが選んだのはケバケバしい緑の果物。
キウイを連想させるが、もっと攻撃的な色だ。
反射的に口に唾が溜まる。
意を決して一口…!この味…バナナだ。
俺の口の緊張感は裏切られたように引いて、切ない安心感の中このマイルドな果物を食した。
その隣で俺の葛藤など露知らず、エリーゼはもふもふとこの果物を咀嚼していた。
幸せそうに食べるなー。
一つ6ディナール。
激安!
腹を満たしたところで、俺たちは今日の大本命、騎士団へと向かう。
緊張で手汗が凄い。
俺はベルトに挟んだ委託書の内容を思い返す。
書かれているのは日本語では無いが、俺はここで生まれ育ったかのようにこの文字を理解できた。
そういえば、言葉も今まで問題なく喋れてきてるしな。
う~む、チート!
そこに記されていたのは、当たり前だが、変身していたエリーゼの情報だ。
人間、少年期、男性、と。
エリーゼによると契約を結ぶ際の情報は偽りでも大丈夫だそうだが、その代わり嘘がバレると契約は破棄され奴隷は奴隷商に返還されてしまうらしい。
魔法で外に出る時は少年でいてもらうのも手だが、エリーゼのMPが心配だ。
そして何より俺の楽しみが減る。
あれこれ考えている間に騎士団の前まで来てしまった。
どうすべきか…。
「あれれ!お兄さん偶然~!」
「このストーカー!!」
明らかに待ち伏せしてただろっ!
「やだな~そんな大きな声で犯罪者扱いしないでよ~。ここ騎士団の前だよ?」
捕まっちゃうじゃ~んと笑うこいつの肝っ玉の太さには恐れ入る。
この国では十分捕まる要素を持っているというのに。
「まさか日が暮れたらじゃなくて日が昇ったらの間違いだったわけじゃないよな?」
「いや~言い忘れちゃったんだけど、契約に僕が立ち会わないといけないんだ。僕に委託されたから。」
「あ~なるほど。」
どうりで委託書の委託人にこいつのサインがあるわけだ。
俺はてっきり俺にこの書類を渡すための委託という言葉かと思っていたが、契約時の商人の役割を委託されたってことね。
「そういうことだから、えーとエリーゼちゃん?もヨロシク~。」
何でこいつがエリーゼの名前を知ることになったのか、その経緯は容易に想像できる。
死にたい…。
「と…とにかく、書類のこの子の情報なんだが…。」
「大丈夫!僕に任して~。じゃさっさと契約しよっ。」
「え?は?」
俺はあれよあれよという間にミケに連れて行かれ、そんな俺にエリーゼが慌てて付いてくる…という形で俺たちは騎士団に入った。
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