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第4話 雨の中の闘い1


 その日、バリトラは多くのものを持ち帰ってきた。

 仲間たちとの挨拶もそこそこに一路、シルバーランスの元へ向かう彼の脳裏にはある大きな二つの疑問が浮かんでいる。


「先輩! エアゴーストさんの弱点って何ですか!?」


 開口一番、発したのがこれだ。ほかの仲間とともに談笑していたシルバーランスは思い切り面食らった。


「な、なんだいきなり?! 帰ってたのかバリトラ!?」


「教えてください! エアゴーストさんの弱点を知りたいんです!」


 自信を負かした相手の弱点、それがバリトラにとって目下最大の関心事項。そのことに比べればエアゴーストとシルバーランスとの関係など些細な疑問にさえ思える。それほどまでにバリトラは知りたがっていた。


「お前落ち着け。まぁ今忙しいからまたちょっと後でだなぁ」


「今すぐ知りたいんです! 負けたんです僕、でもあのひとは自分には弱点があるって言ったんです! 知らないうちに僕がそれを突いてたみたいなんです! だからどうしても知りたくて!」


「分かった分かった! ちょっとウルサイから! で、なんでエアゴーストの弱点を俺に聞くんだ?」


 いまさらちょっと白々しいかもしれない。と、心の中で思いつつ、定型のセリフを吐いてみるシルバーランス。

 バリトラが一直線に自分にところに来た時点で、彼とエアゴーストとの間に今日何があったのかおおかた察しがついた。にもかかわらずこの期に及んでまだお茶を濁そうと試みる。無駄な抵抗だ。


「エアゴーストさんが言ったんです。先輩と同期でここに居たって!」


「あ、ああ。聞いちまったのか」


「聞きました」


「べ、別に隠してたわけじゃないんだぜ。ただ、なんつーか…タイミングって言うかー…スマン」


 ファーム間での竜の移動などレースの世界では日常茶飯事。幼馴染や兄弟が引き離されて競い合わされる光景など、どのレースにおいても見られるごく普通の場面なのだ。離別に際していちいち感傷に浸っているようではメンタルが持たずにレースに集中できないということで、竜の調教ではそういったことに慣れさせるような訓練も行っている。


 シルバーランスがエアゴーストとの関係を話さなかったのもそうした点が理由にある。彼にとってはエアゴーストとの関係はすでに過去のことで、普通の竜より親しみは持ち続けていてもレースの上ではあまり重要な事柄ではないのだ。


「弱点な。あるんだよアイツには、決定的な弱点が」


「教えてください!」


「よし、じゃあ思い出してみろ。レースの前に俺が言ったことを」


 コースに入る前に絶対に先行し、可能な限りリードしておくこと。シルバーランスはレース会場へ向かう直前のバリトラにこうアドバイスしていた。


「それが弱点と関係あるんですか?」


「大ありさ。アイツは、エアゴーストはスタミナがまるでないんだよ。加速と最高速は多分、現役じゃ最高クラスだけど、そのかわりスタミナが空っぽ。持久飛行なら幼竜こどもにさえ負けちまうんだ」


 エアゴーストという竜を一言で表すなら稀代のスプリンターという言葉がふさわしい。

 彼の説明通り、最高速度とそこに至るまでの加速力はG1竜を含めた全ての現役レース竜の中でもトップタイム。ごく短距離ならば無類無敵の強さを誇っている竜なのだ。


 しかしその反面、彼女にはスタミナというものがまったくない。レース中に1回か2回加速したらそれでオシマイというほど極端に体力が劣っており、今回のような長距離レースでは後着どころかビリになっていてもおかしくないはずだった。

 

「そんな、だって僕コースの終盤で抜かれちゃいましたよ。それにスタミナがないならそのあと加速できないはずなのに、ゴール直前でさらに引き離されたんです。それはどうして・・・?」


「そこがグレード竜の怖いところなのさ。自分の欠点を知ってるだけじゃなくてレースをコントロールするテクニックも心得てるから、長丁場でもスタミナを残しておくことができるんだ」


「レースの・・・コントロール」


 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。どこの世界にも通用することだろうが、これはドラッグレースの世界にもピタリと当てはまる。

 シルバーランスの説明では、エアゴーストは序盤でわざと後退して余力を匂わせることで、有力な先頭集団の不安と無為なリードを誘い体力を消耗させていたらしい。


 そして何より、バリトラ自身こそ気付かないうちにエアゴーストに最も上手く利用されているという。


 まず訓練でバリトラに目を付けたエアゴーストは、新世代で実力を測れない彼を他の竜が警戒して、前半のペースが遅くなる展開を経験から予測していた。

 そのためフリー区間ではバリトラと同じ場所に陣取って消耗を最小限に抑え、次にくるコースでは、バリトラを事前に「教育」して飛行パターンを限定させおくことで、まったく同じ気流に乗って容易に追撃できるよう仕向けていたとシルバーランスは語る。


「言われてみれば・・・! 最初の方で急に下がってきて一緒に飛んでました。コース前でかなりリードしておけって先輩が言ったのは、エアゴーストさんに気流をつかませないようにするためだったんですか」


「その通りさ。お前、最初のコーナーで失敗したらしいけど、そのせいでリードがなくなって追いつかれたんだ。あとは気流に乗られて、最後に温存していた体力で加速を喰らってオシマイってやつだ」


「じゃ、じゃあもしコーナーで失敗しなければ・・・!?」


「うん、勝てた可能性はあったかもしれないな。相当な接戦になっただろうけどゼロじゃないはずさ」


「あぁ・・・! 悔しいなぁ!」


 体力で劣るなら戦略で制す。位置取りと存在感、心理までをも上手く使って、気づかれないうちに全竜ぜんいんを自分のペースに巻き込んでしまうのが彼女のレース。大気の亡霊の名は伊達ではない。


 敗戦の苦さに気落ちしているバリトラだが、しかし一方で各方面からは確かな評価を得ていた。

 デビューしてまだ2戦目の新竜が、GⅡ竜を相手に一歩も引けを取らないレースを見せたのだ。しかも順位は2着で、エアゴースト以外のオープン竜をすべて退ける結果を残している。到底まぐれでできる芸当ではない。バリトラには本物の実力がある証拠だ。


 このレースにより、まだ若輩のバリトラの翼には、ファームの期待とドラッグレースファンの熱い視線がにわかに注がれようとしていた。


◇ ◇ ◇


 ほぼ同じころ、西のファームではエアゴーストが前夜と同じ琥珀色の大きな雄竜に勝利報告を告げている。

 しかし勝ったはずの彼女はなにやら神妙な面持ちだ。


「負けることはないと思っていたが、予想以上に浮かない顔だな。強かったのか?」


「ええ。ボウヤだと思って甘く見ていたけれど本物よあのコ。シルバーの指示通り事を運ばれたら正直、危なかったと思うわ」


 レース結果は2頭身差の勝利。だが体力のないエアゴーストにとってこの差はギリギリなのだ。

 実際、ゴールまでの距離がもう少し長ければ追いつかれていただろうと、彼女自身も確信している。


「スピードもパワーも並み以上。ちょっと真面目すぎるきらいがあるけど、あのままレースに慣れていくと相当に厄介な相手になるはずよ。ただ・・・」


「ただ?」


「シルバーに毒されすぎね彼。あれはよくない」


「ははは、そうか」


 琥珀色の雄竜は大きな体をゆっくりと持ち上げ、格子のついた窓から月を見上げる。


「ぜひ、戦ってみたいものだな。そいつと」


「遠からずグレードに来るんじゃないかしら。新竜のGⅢもあるし」


「おぉ、そうだった。懐かしいなぁ新竜王戦。見ものだなそいつ」

 

 月光とともに吹きこむ夜風の中、エアゴーストからバリトラという若い敵の話を聞く琥珀色の竜は、どこかワクワクする心持を隠し切れない様子だった。


 つづく

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