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第2話 みんなライバル

 初執筆作の第2話です!

新キャラクターが登場して、書いていても段々と楽しくなってきました。

二部構成でお送りするスタイルで、結構さらっと読めちゃうと思います。


ではどうぞー!

 初レースから一夜明け、バリトラはファームに戻っていた。

 ファームとは、レース竜であるドラグレッドを扱う認証を得た牧場のことで、いわばレース竜が所属しているチームのようなものだ。全てのレース竜は必ずどこかしらのファームに籍を置いており、そこに現役として登録されていない限りはドラッグレース出ることはできない決まりになっている。


 ドラグレッドを扱うファームは飼育環境や安全面、竜のエサ代や定期の健康健診などで厳しい基準を満たす必要があるため、日常的に大きなコストが掛かる。そのせいかこの地域のファームの数は決して多くはなく、ドラッグレースの会場を囲むように東西南北に4つしかない。

 最大規模の「西のファーム」、それに続く大規模の「北のファーム」と、中規模の「南のファーム」「東のファーム」4つで、バリトラはレース会場から南に構える中規模の「南のファーム」に所属している。



「夢じゃないんだな」


 体に残る鈍痛、それが昨日起こったとの何よりの証拠だった。こうして勝利の余韻を直に感じると、本当に自分がレースで勝ったのだと改めて実感できる。

 あれから勝利後の儀礼や仲間たちの祝福を一通り受けたバリトラは、レースでの高ぶりからかほとんど寝付けないままに朝を迎えてしまっていた。夜中の途中から既に睡眠は諦めていたが、寝不足独特の呆けた感覚を蓄えた頭は重い。それを何とかリフレッシュしようと、まだ日の昇り切らないファームの草原へと翼を伸ばすことにした。

そうして、広い草原の中にぽつぽつと点在する竜たちのための休憩ポイント、留まり木ならぬ留まり丸太の上に佇みながら、目を閉じて思いをめぐらす。



 レース竜ドラグレッドは卵の状態で生まれる生き物だ。平均して1~2個しか産まれないドラグレッドの卵はとても貴重なため、それは産まれた瞬間から人間によって厳重に管理され、かえるまで大切に飼育される。

 しかし、せっかく手間暇かけてかえしたヒナ竜の半分ほどは、成長が落ち着いた段階でファームの資金稼ぎのためにレース竜専門のセリに出されてしまう。

 バリトラも実はセリに出品された竜だった。この地域以外の、自分でも名も知らぬどこかのファームで生まれた彼を南のファームが落札したのだ。

 そして自分の親の顔も名前も分からないままに、ファームの人間を親として、ファームの仲間を群れかぞくとして育ってきた。

 

 物心ついた頃、真っ先に教えられたのは空の飛び方だった。覚えているのは、軒先のむくの若鳥のようにおっかなびっくり風に煽られながらごく短くしか飛べなかった飛行距離が、訓練と日にちを重ねるうちに徐々に徐々に長くなっていったこと。かつてはとびが飛ぶよりも低い高度を怖がって尻込みしていたが、いつの間にか雲を見下ろす遥か上空からの景色を楽しめるようになっていたこと。カラスに追いかけられて仲間から揶揄からかわれていた飛行速度も、次第に誰からもバカにされないほど速くなっていったこと。

 そしてそれと並行して、飛ぶことに対する楽しさや喜びがどんどん大きくなっていったこと。

 

 もっと高く、もっと速く飛べるようになりたい。ただそう願いながら前へ前へと飛び続けてきた。



 朝日がバリトラの深い芝生色をした体を照らす。幼い頃は柔らかい若葉のようだった鱗も、今では岩石のように硬くゴツゴツと尖っている。ひまわりの様な黄色と黒の瞳を隠すまぶたを開いて真新しい太陽を覗くと、光彩がきゅっと縦にすぼまるのを感じる。

 眩しさに目を細めながら、両の翼をいっぱいに広げてだいだい色の朝日をいっぱいに浴びながら大きく深呼吸をすると、寝不足で霞がかかっていた頭がすっきりと晴れてきた気がした。



「よおー、こんなところにいたのかー」


 すぐ上空から声がした。先輩竜のシルバーランスだった。


「ちょっと空けてくれー、降りるからー」


 シルバーランスはこのファームで生まれ育った竜で、バリトラにとっては良き先輩、良き友達であると同時に兄の様な存在だ。

 この南のファームに来たばかりの、まだ右も左もわからない環境に戸惑って怯えていた幼竜バリトラの友達兼教育係としてあてがわれたのが、この少し年上のシルバーランス。互いにすぐに打ち解けあうことができ、訓練では共に切磋琢磨して実力を伸ばす良い関係を築いてきた。

 

「あー眠い・・・探したぜ。こんな朝早くに何だってこんなところに」


「寝れなかったんですよ。すっきりしようと思って」


 バリトラの横に降りるやいなや、頭を上げて大あくびをするシルバーランス。体を動かすたびに、そのエナメルの様な光沢のある黒い鱗が朝日を反射して輝く。

 

「先輩こそどうしたんですか、こんな朝早くに」


「そりゃ、お前にひとこと言いにきたんだよ」


「えっ」


「勝ったんだろ、昨日? 言いそびれたからな、おめでとうって」


 シルバーランスは前日の最終戦の出場だったうえ、今はバリトラとは厩舎ねどこが分かれてしまっているために、前夜のうちに顔を合わせる機会がなかったのだ。


「あ、ありがとうございます。 わざわざそれを言いに?」


「まーな」 


 こうして竜がこっそり抜け出すことは実はそう珍しい事ではない。しかしドラグレッドの持つ強い帰巣本能を利用して、勝手にファームの外には出ないように教え込んであるため、ファームの計らいで大抵の竜は訓練以外の時間はある程度自由に行動できる。竜にもストレス解消が必要という訳だ。

 面倒見の良い先輩や他の仲間たちにも恵まれて、本当の両親はいなくとも決して寂しい思いをすることなく成長できたこの南のファームの環境に、バリトラは満足している。



「先輩も勝ったそうですね、おめでとうございます」


「ああ、やっとだったけどなー。 あーあ、これでお前もオープンクラスかー。一発とは大したもんだな」  

 

 シルバーランスの口から「オープンクラス」という単語が出た。バリトラもたまに耳にしていた単語だったが意味は良く分からない。

 いい機会だと思い聞いてみることにした。


「あの、先輩。前々から聞きたかったんですけど、そのオープンクラスっていうのは何なんですか? まだ良く分からなくて」


「うん? そうか、今までレースに出なかったお前は分からなくてもしょうがないよな。んー、そんなに難しい事じゃないから教えてやるよ。 いいか、オープンクラスってのはだな・・・」


 レース竜には実力によっていくつかの段階的なクラスがあり、それぞれで出ることができるレースが決まっている。これはドラッグレースがギャンブルである以上、そのレースに出る竜の力をほぼ横並びに揃えなければ賭けにならないという単純な理由からで、クラスは「勝利数」または「獲得賞金額」を基準にして分けられている。


 一番下はレース経験のない新竜を集めた新竜クラスというものだが、まだレースに出ていない竜=存在しない竜として扱われるため、これは例外的なクラスとして考えていい。


 新竜クラスの上は未勝利クラス。その名の通り、レース経験はあるがまだ勝ったことがないという竜がこのクラスで、事実上ほとんどの竜がここから出発する。

 このクラスを対象としたレースには、未勝利竜のほかに実は新竜も出ることができる。これは新竜のみを対象としたレースが少ないということに対しての救済措置なのだが、しかし一度でもレースを経験したことのある竜を相手に新竜が勝ち星を得るのは容易なことではなく、出場しても大抵の場合はそのままこのクラスに落ち着くことになる。


 未勝利の上はオープンクラスといい、レースで一勝、または未勝利クラスで一定以上の賞金を獲得した竜がこのクラスに上がる。デビュー戦で一勝したバリトラは、未勝利クラスを飛ばしていきなりこの地位だ。

 ドラッグレースでは5着までに賞金が発生する。そのため未勝利クラスでコツコツと賞金を貯めていけば、例えまだ勝ったことがなくてもこのクラスに上がることができるが、既定の賞金額に達するためには2着、3着といった勝利に絡む実績を何度も積み重ねていく必要があるため、実力のない竜はここまで上がるのに何戦もかかってしまう。

 出場できるレースの数と勝利時の賞金が未勝利クラスの倍以上に増えることから、オープンクラスになったドラグレッドはようやく一人前のレース竜として認められ、仲間からも一目置かれることになる。

 

「・・・と、まあこんな感じだ」


「へぇー・・・」


「へえ、ってお前、いきなりオープンクラスになれるのは凄い事なんだぜ。運より実力が無きゃ無理だ。俺だって初戦は負けたんだから大したもんだよ実際、お前は」


「んー、なんだか、まだ良く分かりません・・・。 一勝しかしてないのにオープンクラスだなんて」


「一勝だって勝ちは勝ち。誇ってもいいことだぜ、これはよ」


 まだ一勝しかしていなくても、オープンクラスになった以上は否が応にも経験豊富で実績のある竜達を相手にレースをすることになる。昨日までは存在すら知られていなかった自分が、今日からいきなり一人前として認められるという話にばかり気を取られているバリトラは、哀しいかなこの厳しい現実にまではまだ頭が回っていない。

 今、目の前にいる親友のシルバーランスが、次のレースでは強力なライバルとして立ちはだかることになるかもしれない、そしてその可能性は決して低いものではないという事実を悟れないでいる。


「ところで、先輩も昨日のレースに勝ったんですよね? どうでしたか?」


「お、ようやく聞いてくれたか。ちょっと待ったぜ、フフフ。実はな、昨日のレースの勝つまでは俺もお前と同じオープンクラスだったんだけどー・・・」


「だった?」


 バリトラの顔が曇る。ここまでクラスの説明を聞いてまだよくつかめていないところに、さらなる疑問を吹っかけられたのだから無理はない。

 

「そうよ。今の俺はな、グレードクラスになったんだ!」


「えっ? なん、って言いました? もう一度お願いします」


「もー、しょーがないなー! グレードクラスだよ! グレードクラス!」


 オープンクラスで一勝以上、またはそれと同等の賞金を獲得した竜はグレードレースという特別なレースに出ることができる。そしてそこで勝利を納めた竜はグレード竜という名誉ある称号で呼ばれ、普通のレース竜とは一線を画す存在となる。


 グレードレースはGⅢグレードスリーGⅡグレードツーGⅠグレードワンの三種類で、GⅢとGⅡはオープンで一勝、もしくはそれぞれ一定の獲得賞金額を満たせば出ることができるが、GⅠはこのGⅢ、GⅡのレースのいずれかに勝利していないと出ることができない。

 前日に見事シルバーランスが勝利したレースは、三つあるグレードレースうちの下位にあたるGⅢのレースで、彼はグレード竜の称号とGⅠレースへの出場資格を同時に得たことになる。


「す、凄いじゃないですか!」


「フフン、どーよ! いいだろー!? な!・・・あ、でも隠してたわけじゃないんだぜ。 昨日あれから会う機会がなかったからな。伝えられなかっただけだ。気を悪くするなよ」


「全然!」


 仲間の成功を素直に喜ぶことができる純粋さバリトラのいいところだ。

 竜だって人間と同じように、他の竜たにんの出世を妬んだり嫉妬したりもするが、そういうことを一切しないこの真っ直ぐな性格が、バリトラ自身も気づかないところで大いに役に立ってきた。同じ年頃の仲間が先にデビューしていっても、変にそれを気にかけてクヨクヨ悩むようなことをせず、ただひたすら自らを高めることに専念できたのはひとえにこの気質のおかげといえる。


 初レースでの勝利は確かに半分は騎手のおかげだったかもしれない。しかしそうであったとしても、それはバリトラが実直に努力して作り上げた土台があったればこその勝利であることに変わりはない。


「先輩! 昨日のレースについてもっと聞かせてください!」


「ああ、いいぜ! お前の方も聞かせろよ!」 


 二頭の竜を照らす朝日は、いつのまにかだいだい色からさわやかな初夏の日差しへと変わっていた。草原に降りた朝露の放つ控え目で心地よい輝きの中で、二頭は自らの将来について心ゆくまで語り合った。



 ◇ ◇ ◇



 それから5日が過ぎた。


 一度レースに出た竜は、最低一週間の強制休養期間が義務付けられてる。その間は出場資格を満たすレースがあっても出ることはできない。

 初レース後の休養期間が明ける今週末、バリトラはさっそく二度目のレースに出場することになった。

 

 レースが近づいた竜は、レース会場のすぐ近くにある特設の練習場に行って事前訓練を行うことになっている。これは慣れないコースでの事故防止のために、本番とほぼ同じコースを竜に体験させるという目的があり、各ファームからそのレースに出場する竜たちが一同に会して訓練する。



(ここに来たって事は、もうすぐ僕はまたレースに出るんだ。 でも・・・)


 特設練習場にバリトラの姿があった。

 初勝利の余韻は体からとうに消え、オープンクラスになったことをおごるでもなく、バリトラはまた訓練に明け暮れる日々を過ごしていた。


 今回、バリトラが出場するのはオープンクラスのレースの中でもかなりハイレベルなもので、その日の最終メインレースだ。

 新竜戦のものより全体の距離が長く、コースも直角に折れる部分が複数あるなど、明らかに深い経験と本物の実力を要求される内容。その上、このレースの賞金は他のオープンレースのものよりも高額ということもあって、エントリーしている竜たちもかなりの実力者揃いで数も多い。

 

 まだ一戦しか経験のないバリトラがこのレースに出るのはいささか早すぎる。そう感じているのは、なにもはたからだけではなく、本竜ほんにんを含めたここにいる全竜ぜんいんがそのようで、控え場所でバリトラはなかなか周囲となじめずにいた。


「うわっ! くそっ! 曲がれない!?」

 

 訓練が始まり、思い切ってコースを飛んでみたはいいが、案の定今までのものとは勝手が違う。風を切ってスピードに乗るどころではなく、直角コーナーのたびにほとんど静止状態になって墜落しかけてしまうバリトラは、完全にコースの邪魔者と化してしまっている。

 初めてのオープンクラスのコースに悪戦苦闘するバリトラの横を、冷ややかな視線を向けながらスイと通り抜けていく他の竜たち。お前にはまだ早い、とでも言わんばかりに過ぎ去る際に気流を浴びせかけてくる者もいる。

 

「ああゴメンナサイ! スイマセン! ゴメンナサーイ! ああ! うわーー! タスケテ~~~!!」


 前や横の竜と激突寸前になり、たまらずコースの外に避難するバリトラ。こんなことをもう半日近くも繰り返していた。新参者に自分の訓練を邪魔されている他の竜たちもだいぶ不機嫌になっているようで、こうして外に出たバリトラをなかなかコース内に入れようとはしなくなってきた。


「うう~、ちょっと落ち着こう・・・」


 上で振りまわされる騎手もそうしたくなったのか、休憩スペースに逃げ帰るバリトラを止めようとしない。情けない気持ちで空を降りて、地べたでぽつんと孤立しながらコース内を華麗に飛び回るライバルたちをぼけっと眺めていた。


「・・・はぁ。 才能無いのかな、僕」


 誰よりも飛びたいという気持ちはあるはずなのに、体がそれについていかない。焦れば焦るほど空回りして迷惑をかけてしまう。


 今の彼には速さよりも技術が必要になってくるが、それを身に着けるためには長い経験と確かな努力がいる。到底、一朝一夕でどうこうなるものではないが、しかしレースは待ってくれない。言い訳も通用しない。一度エントリーされた以上はどんなにヘタクソでも飛ぶしかないのがドラッグレースだ。


 オープンクラスの洗礼を受けてがっくりとうなだれるバリトラ。それを見る他の竜たちは、ライバルが減ったと内心でほくそ笑んでいるようだった。 


「なにやってんだい、そんなところで」


 上空から不意に声をかけられた。


「なにしょぼくれちゃってんの。おとこならシャキッとしないと」


 牝竜ひんりゅうだった。

 白く長く、柔らかそうな毛に覆われた美しい牝竜がバリトラの目の前に降りてくる。そして良く通る澄んだ声で話しかけてきた。


「見かけない顔ね。新入り?」


「あ・・・はい。この前勝ってオープンクラスになりました」


「ふーん」

 

 騎手を降ろしながら、純白の牝竜はバリトラのことを爪先から頭のてっぺんまで首を大きく動かして舐めるように観察したあと、じいっと赤いルビーのような瞳で瞬きもせずバリトラの目を見つめてきた。


(き、綺麗だ・・・)


 思わずドキリとするバリトラ。何を言われるのかと変な風に考えて緊張する。しかし、


「勝ったにしてはヘタね」

 

 直球の一言がきた。事実をストレートに指摘されたのだからぐうの音も出ない。

 白い牝竜は続ける。


「名前は?」


「・・・バリトラって言います」


「!」


 名乗った瞬間、白い牝竜の表情が変わった。驚きというか、ひらめきに近い表情になる。


「バリトラ、あぁ、あなたが・・・」


「え?」


 直球の次は意外な一言がかえってきた。この白い牝竜は自分のことを知っている?そう思わせるような発言に少し当惑するバリトラ。


「そう、あなたがバリトラ・・・なるほどねぇ、分かったわ」


「な、何で知ってるんですか僕のこと!?」

 

 知っている!このひとは確実に自分のことを知っている!そう確信したバリトラは戸惑いを隠せない。


「あぁいいのよ、こっちの話だから。気にしないでちょうだい」


「いや、ちょっとっ!」


 勝手に納得している姿を前にさらに困惑するバリトラ。どういう事か説明してほしいと詰め寄ろうとした瞬間、また白い牝竜のルビー色の瞳がじっと見つめてきた。

 再びドキリとして言葉に詰まる。まだうぶなバリトラは牝竜いせいに耐性がないのだ。それを知ってか知らずか、さらに話しかけてくる白い牝竜。


「それよりあなた。 あのコースを速く飛びたくはない?」


「え? 速く、ですか?」

 

 速く飛ぶという事に関してはどんな些細なことでも糧にしたくなる。そしてその可能性を前にしては、どんなに大きな疑問でもいっぺんに吹き飛んでしまう。これはレース竜の宿命ともいえる、ある種の持病だ。真面目な竜ほどこの持病に陥りやすい、バリトラはまさにそれだった。


「そう。あの中の誰よりも速く、一番になってみたくはない?」


「で、出来るんですかそんなこと!?」


 食いつくバリトラ。白い牝竜は続ける。


「出来るわよ、あなたなら。 なんなら私が今からその方法を教えてあげましょうか?」


「ぜひ! ぜひお願いします!!」

 

 そのバリトラの必死な形相を見て、やさしく微笑む白い牝竜。そして、ついてらっしゃいの一言を残して、騎手も乗せないまま空へと舞いあがっていく。


「ま、待ってください!」


 後を追うバリトラ。二頭はそのままコースの中へと入っていった。



 ◇ ◇ ◇



「いい? 私の見たところあなたは直角コーナーが全然できてないわ。あんな無理矢理じゃ危なくてしょうがない、曲がれるものも曲がれない。 これから一緒に飛ぶから、あなたは私の言うとおり飛んでごらんなさい」


 並んで飛行しながら、コーチのようにアドバイスをする白い牝竜。まだ半信半疑ながら、バリトラはその指示に従ってみることにした。


 苦手な直角コーナーが近づいてきたとき、さっそく指示が飛んでくる。 


「ここで減速。 直角コーナーの前ではかなり早めに減速を始めないとダメ、あなたはそれが遅すぎる」


「はい!」

 

 白い牝竜に合わせて減速するバリトラ、程よいスピードでコーナーに迫る。

 

「コーナーの直前になったらインになる方の翼を少し下げること。曲がり始めてからじゃダメよ!」


「はい!」


 右に折れる場合は右の翼を、左に折れる場合は左の翼をあらかじめ下げておくこの技術をバリトラは知らなかった。そのせいで旋回が遅れて遠心力に負け、毎回コーナーの途中で外枠に激突しそうになっていたのだ。

 

 翼を下げて流れるように直角コーナーに侵入する二頭。コーナーを旋回中にもアドバイスが来る。


「縦になりなさい!! ビビッてちゃ曲がれないわよ!」


「はいい!!」


 見事としか言いようがなかった。すべてが理にかなっていて無駄がない。今まで一度もスムーズに曲がれなかった直角コーナーを縦になって制していくバリトラ。凄い速さだ。その突風に当てられた他の竜たちが思わず道を開ける。


「で、できた!!曲がれた!!」


「一回や二回できたくらいで喜ぶんじゃない! タイミングと角度は体で覚えなさい! いいわね、何度も行くわよ!」


「はい!!」


 二頭は何度も何度もコースを飛んだ。そして飛ぶたびにバリトラは速くなっていった。

 日が傾いて、訓練時間も終わりに近づいたころ、コース内で最も速く飛んでいるは明らかにバリトラと白い牝竜の二頭になり、他の竜たちはその後を面白くなさそうに付いていくるという状況になっていた。



 ◇ ◇ ◇



「ありがとうございました!! その、なんてお礼を言っていいか・・・!」


「はあ、はあ、いいのよ別に。 こっちもいい練習になったし。気にしないでちょうだい」


 置き去りにされて呆れ顔の騎手たちを横に、マンツーマンのレッスンを終えた二頭は満足げだった。


「あなた、思ったよりやるわね、スジがいいわ。それに体力もあるし、速度もいい。これからきっといい線いけるようになるんじゃない?」


「そうですか!? ありがとうございます!」


 僅かな時間だったが、それでもここでバリトラが得たものは大きい。騎手を乗せていないという条件ながらも、今日集まった竜たちの中で最も早く飛行できたことはまぎれもなく自信につながる。

 教わった技術を本番のレースで生かせるかどうかはバリトラ次第だが、努力家の彼ならばきっと白い竜の言った通り、いい線にいくことができるだろう。


 騎手に連れられて帰ろうとしている白い牝竜。それを見たバリトラは慌てて駆け寄る。

 まだ大事なこと聞いていなかった。


「待ってください! あの、まだ、貴女あなたのお名前を聞いてませんでした。 よかったら・・・」


「え? ああ、そうだったかしら、ゴメンナサイね」


 振り向いて見つめてきたルビー色の瞳が夕日でいっそう美しく輝いて見える。その宝石のような瞳に見つめられると、バリトラは何だか胸のあたりが苦しくなるのを感じてしまうようになっていた。

 そして白い牝竜は軽く微笑みながら、やさしい声で、


「エアゴースト。それが私の名よ」


 と、名乗った。



 ◇ ◇ ◇



 ファームに戻ったその夜、訪ねてきたシルバーランスに今日あったことを嬉しそうに報告するバリトラ。無邪気に、楽しそうに話すバリトラを前に、シルバーランスも思わず愉快な気持ちになる。しかし・・・


「そうなんですよ! 初めは曲がれなかった直角コーナーを一番早く曲がれるようになったんです!」

「ほお!」


「体力もスピードもあるって褒められちゃいました!」


「そりゃよかったなー!」


「オマケにあのひと、僕のことを知ってたみたいなんですー! ああーどうしよう!」

 

 シルバーランスは先ほどからこの親切でキレイな白い牝竜について何度も同じ話を聞かされている。


「あーもーそれで! その白い牝竜おんなはなんていう名前なんだ? ええ? いい加減聞かせろよ! ほら!」


 目の前で変な形に身をくねらせてもじもじしているバリトラは未だに口を割ろうとしない。これはシルバーランスの日頃の行いのせいだ。


「ええー、だって先輩、絶対周りに言いふらすからなー!」


「言わないって! いいから教えろよー! ほらほらー!」


 先輩として、後輩の邪魔をするつもりはないが、それでもここまで引っ張られると気になってしまうのは当然のことだ。教えてもらうまで自分の厩舎ねどこに帰らない!と宣言して、なんとか件の竜の名前を聞き出そうとするシルバーランス。その根気についに折れたバリトラは、翼で顔を隠しながら小さな声で話し出す。


「・・・絶対言いませんか?」


「言わない、言わない!」


「本当ですね?」


「本当だってー! ほらー!」


 言いふらす気は満々だった。名前を聞くまでは・・・。


「・・・エアゴーストさん って言います。 あ~! 言っちゃった~!」


「・・・なに」


「うわ~。 先輩、絶対言わないで下さいよ~!」


「・・・・・・」


「先輩、 聞いてるんですか? お願いしますよ」


「エアゴーストって言ったんだな?」


 そう言いながらバリトラを見るシルバーランスの顔は真顔だった。


「は、はい。 エアゴーストさんです。 確かに名乗りました」


「そいつが次のレースでお前と一緒に出るってことだな?」


「んー、少なくともあの場にいたってことは、そうだと思います」


 はあー、と深くため息をつくシルバーランス。先ほどから打って変わって静かになった先輩に、バリトラは少し怖くなる。


「ど、どうしたんです先輩? なにか問題でも?」


「・・・バリトラ」


 再び真顔を向けるシルバーランス。その表情を変えないまま、バリトラに向かってはっきりとこう言った。


「お前負けるぞ」



第2話 終わり。

 いかがでしたか? お気軽にご意見、ご感想を下さいね!


こうして小説を書くのは初めてですが、段々と肩の力を抜いて書けるようになってきたと思います。

 

竜の描写はやっぱり難しいですねー。要研究です。

世界観や主人公たちの性格も伝わってくれているとうれしいです。


次回はレース回! 新キャラとの勝敗の行方はいかに!?


頑張りますから応援してくださいねー!

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