はじまり
以前連載していた「たった、ひとこと」をキャラクター視点で連載開始する事にしました。詳細は「たった、ひとこと(旧)・お知らせ」にて。
以前の小説を読んでおらず、こちらから読み始める方は(旧)小説はネタバレになりますのでご注意下さい。
夢は、毎日笑顔が生まれるような、暖かい家庭を持つこと。時には喧嘩してもいいから、望むのは普通である幸せ。
そんな事を考えていたのは、いつの日だったか。
諦めたの。
……幸せになる事を。
どんなに願っていても、私は……
――え……? ここ、は……
「ねぇ、おかあさ……」
「うるさい」
あ……小さい頃の私と、……お母さん?
お母さん……どうしてそんな目をするの?
暗くて、怖い闇を見つめるような
「私はねぇ、あんたより舞の方が好きなのよ!」
嘘。やめて、やめてやめてやめて!
「おかあさ……」
『帰りたい』……ここは、キケン
ここは、私の家だ。
なのに、私は
帰りたい、なんて。
どこ、に……? 誰か……私はここにいるの、ねぇお願い。誰か私を
「……ん」
ジリジリと、頭に響く目覚ましの音を止めようと手を伸ばして、軽く叩く。
……嫌な、夢見た。いつもの、夢。実家にいた頃のあの……
仕事、行かなきゃ。
ああ、疲れた……今日も駄目だ。熱っぽい。
帰りたい……
「行って来ます」
誰もいない家。返事は返ってこないけれど。
かえりたい……
朝から皮膚が痛む程照りつける日光の下を、黒い日傘をさしながらアルバイト先に向かって歩く。
残暑が厳しい、九月。じりじりと焼けるアスファルトに、黒い影が揺れる。
今時少し珍しいであろう、私の真っ黒な長い髪が、時折吹く風になびいて肌に張り付く。
私の名前は……蒼井涙、今年で十九歳。
ちらりと目を横に向けると、日傘を片手に斜めがけの鞄を肩にかけた、黒いロングスカートのワンピースの私が、可愛らしい白いレースのワンピースが飾られた店のショーウインドウに映っていた。
自分で見ても健康的には見えないショーウィンドウに映った私は、どこかふらふらとしていて……。
(朝ごはん、食べれなかった。薬飲まないといけないのに)
朝見た夢のせいで、胃のむかむかを抑えそんな事を考えながら傘を顔に日が当たらないように傾けて歩いていた私は、気づかなかった。
(一応薬は持ってきたけど……食べないで飲むと、吐いちゃうんだよな)
目の前の信号が、赤く、光っているのに。
一歩、また一歩踏み出す。
キキイーーー!
「っぁ!?」
周囲に耳を塞ぎたくなる、暑い中に寒気のする音が響いた。
そう、その音だけが、私の耳に届いた。