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僕が終わらせる

それが、今の僕にできる


せめてもの償い


「君たちが頼りなんだ」



 その言葉だけは、文字やグラフで埋め尽くされたディスプレイではなく、彼らに焦点を合わせてぶつけるのを、僕の理性は止められなかった。



「・・・」



 もちろん返事はない。

 『彼ら』とはいっても、僕の目に映るのは人でなければ生き物ですらない。



 上部に文字が刻まれた黒い筒。

 それも、そんじょそこらの筒とは桁違いの大きさである。

 高さはだいたい僕2人分。

 太さに至っては僕10人がすっぽり入って有り余る程だ。



 僕はその、不必要なまでに隅々までに黒く塗りつぶされたような筒に喋りかけていたのだ。






 先に断っておくが僕は、断じて変な人ではない。

 午前中に2、3回嘔吐した以外は、至って普通の善良な・・・



 あー善良かは判断しかねるが、比較的温厚でちょっぴり平和主義の科学者だ。






 溜まっていた息を一度全て吐き出し、許容量ギリギリまで勢いよく肺に取り入れ、そして少し吐き出した。






「・・・ゲホッゴホッ」



 咽せた。





 ☆  ☆





「やはり、無理というものは大人になってもするものではないな」



 苦労は今まで数えきれない程して来たが、『無理』というのはこの37年間、人の平均寿命の3分の1を生きてしたことがない。

 寧ろ、しいてあげるなら1番の無理は、母の子宮からこの外界に飛び出したことではないか、と思う程だ。



 だが。逆に考えて欲しい。

 今の僕は、その人生初の無理(人生というのは、産まれてから始まるものであるから、産まれる瞬間は人生に入らない。子宮にいた時は母とは運命共同体、つまり母の人生とカウントする。故にさっきは、『しいてあげるなら』という枕詞をつけて、挙げたのである)をする瞬間なのだ。

 じゃなきゃ咽せたりなどするか。



「こんなものだろう」



 咽せていたとき以外は常によどみなくキーボードを叩いていた手を止め、ディスプレイと黒い筒の下部に設置されたディスプレイを照合する。

 それも、照合する筒の数はひとつではなく4台もあるのだから、子供できる計算、単純に4倍の作業量だ。



 「うん、大丈夫だ。安定している」



 まさかここまで時間が掛かるとは。

 普段は百人程でやるから30分あれば完了するのだが、僕1人だと4時間も掛かってしまった。

 だが、まだ安心できない。

 これで終わりでは決してない。




 ☆  ☆




——約1時間後。






「・・・よし大丈夫かな。うん、大丈夫みたいだ」



 なにをしていたかというと、もちろん確認作業だ。

 それも、2回。



 持論なのだが、失敗をするやつは2種類いる。

 確認を怠る奴と本物の馬鹿だ。

 当然後者の馬鹿は救いようがないが、前者の方は別だ。

 上司の僕が指示することによって、研究員全員が僕に限りなく近い完遂力を実現できる。

 


 もちろん例外も、ある。

 疲労などから来る、精神の不安定確認ミスだ。



 だがそれも、僕の計算内。

 それを阻止する為に僕は、必要な研究員の丁度3倍の研究員を、この研究室には動員している。

 この画期的なシステムにより、僕がこの研究室の主任に就任してからはミスを冒していない。



 



 だが僕は今、自分の手で研究室のミスを冒そうとしている。

 もちろん故意に、だ。



 そして、そのミスの完遂は、このEnterキーを押すことで成就する。





 ☆  ☆





「・・・押した」






 次の瞬間、それは一瞬の出来事だった。

 


 さっきまでのコポコポという、気泡が生まれ自然の摂理に従い上へ上へと上って行く心地よい音。

 せわしなく稼働し続ける聞き慣れた、というよりは聞き飽きた、夥しい機械から発せられる稼働音。

 そして僕がよどみなく叩いていたキーボードの音。

 


 それらが織りなすトリオ演奏会(かなり大げさな表現という気もするが)がけたたましいサイレンの音とという名の闖入者と、点滅しながら研究室を走り回る赤い光に蹂躙され、僕の視界と空間はあっという間に邪魔者に支配された。






「失敗を冒したらこうなるんだ。ははは」



 もちろん予想はしていた。

 まさか、ここまで騒がしくなるとは思っていなかったが、状況に関してはまだ僕の予想の範疇だ。

 


 そして、警備兵が来るまで、約3分半ある。






 空気が勢いよく抜ける音。

 湯気のようなものに満たされる僕の視界。



 よく見えないが、右から順番に開いていくはずだ。





 ガシャン——・・・



 その音を皮切りに、ゆっくりとだが筒がせり上がっていく音が聴こえる。



「1台につきほぼ30秒、2秒毎に次の開放が始まるから4台でジャスト40秒・・・いける」





 20秒も経たない内に、予定にない音が入り込んだ。





 ☆  ☆




「なんだ!?」



 ディスプレイを見る。

 いや、その前に突然、音も景色も、何もかもが消え去った。

 まるで、奈落に落ちたかのようだった。



「くそっ、電力供給を・・・思ったより奴らの動きが早い!」






 だが、まだ予想の範疇だ。






「9号!!」



 半分以上が上がっている筒に怒声を飛ばす。

 


 大丈夫だ。

 メンテナンスの時点で行動プログラミングは施してある。



「そんな障害、蹴散らせ!!」





 ☆  ☆





「うがぁぁぁぁぁああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」



 甲高い、悲鳴にも似た叫び声、金色に染まる視界。

 迸り駆け巡る雷撃。



 だが雷光を確認したのは一瞬。

 目を開けていられる程、生易しい光の襲来ではなかった。






ピコン・・・キュィィィイイイイン





 起動音と視界回復はほぼ同時だった。

 まさかここまで対応が早いとは、奴ら僕の裏切りを予見してようだ。



 いつからだ、いつから僕の裏切りに気が付いていた。

 そんな素振り一度も見せていない。

 美羽音との通信も、研究室はおろか自宅ですらしていない。

 全て協力者である友人宅で行った。

 じゃあなんだ。






 ・・・もしかして、司令のデスクの下から2番目の引き出しでセオイダイカゾクバッタを飼っていたせいか?

 確かにセオイダイカゾクバッタの習性であるところの、通称『大黒柱』つまり家族7代まで背中に背負って、そして8代目が生まれて背中に乗せた瞬間押し潰されて死ぬという得意な習性を生かし、増え続ける部下と大きくなっていく責任や重圧に押し潰されてシネという意味に置き換えたのは事実だが、それが原因か?

 いや、それはない。

 何故なら、なんだかんだで司令は背負いダイカゾクバッタ可愛がっていたんだもの!






『よし再稼働』



 そんな、取るにも足らぬくだらぬ事を考えている間に手早く再起動と開放プログラムを再開させた。





 ☆  ☆

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