第1幕 妹様のおかげで生き返る
俺は死んでしまった。
この世にはどう頑張っても抗いようがないものがある。
――不治の病……。
それまでこれといったこともなく、平々凡々に暮らして来た俺だったが中学3年の夏に体調を崩し、そのまま入院。
そして医者から下された宣告。余命は後おおよそ半年なんて酷く現実味がなく、無情なものだった。
中学校はおそらく卒業出来ないだろう、だと。
もう手の施しようがない。完全に手遅れ。俺はそうしてただ死を待つだけのモノへとなった。
絵空事のような薄っぺらな日々。
そして俺はポックリ死んでしまった。
だがしかし俺は生き返った。
魔王として。
私立七見学園高校校歌
新しい朝が来た。希望の朝が……――。
まてこれどう聞いてもラジオ体操の歌だろ?
と、まあ、そんなことは棚の上に茶菓子と一緒に置いておくことにして、細かいことは気にしない。それが魔王ってもんだろう。
中学は卒業出来ないと言われていた俺だが愛しの妹様の活躍があり魔王として生き返った。なぜ生き返ったのか?とか、なんで魔王なんかになったのかったか?とか気になることは多々あると思う。それについて俺から言えることはわずか一言。気にすんな、以上。
追々語ることもあるだろうとだけは言っておく。
そんなことよりである。今は晴れて高校生になれたことを喜ぼうではないか。
本来なら死んでいて通うことが出来なかったはずの高校にこうして無事通えること。とても嬉しい訳である。魔王でも嬉しい。
あまりの嬉しさに校長先生のどうでもよさげな話を一字一句間違えずに記憶だって出来そうだ。
「えー、であるからして、えー、えー、えー……」
やたらとえーが多い校長だ。くっ、何故だ、急に眠気が……まさかあの校長のラリホー!?ふっ魔王に状態異常眠りとはあの校長並の魔女っ娘じゃないな。今後あの校長は要注意だ。
そして俺は入学式を寝て過ごすのであった。しゃーなしだ。
寝て起きたら入学式は終わっていた。担任の指示に従ってクラスへと向かう。俺のクラスは1年13組。大変演技の悪い番号だが、魔王には丁度いい。
しかし、おかしなことながら、この13組の隣の組はA組となっている。ちなみに反対側のクラスはC組。
ん?そこで気が付く。よくよく見ると13組ではなくB組だった。1と3が少し離れていてぱっと見13に見えていたのだ。
今さらだが、これは激しくどうでもいい話だな。
ぞろぞろと教室の中へと入っていく。そこで、予め指定されていた席へと着く。俺は窓際いちばんうしろの大魔王席だ。主人公ポジショングッジョブ!
俺はそこからぐるりと教室の中を見回した。どいつもこいつも知らない奴ばかり、隣の席はイカみたいなイカだったが気にするまでもないな。おそらく侵略でもしに来たのだろう。
そのなかで一人だけ見知った顔を見つけた。
黒髪のおさげ、気の弱そうな瞳に、どこかおどおどした雰囲気の少女。
平井坂之下蓬。
俺と同じ中学出の級友で俺の嫁(予定)。長い苗字を略してヒラサカの愛称で呼んでいた。そして俺の最後を看取ってくれた唯一の娘。よかったヒラサカとは同じクラスだったのか。
ヒラサカはうつむいて視線を机に向けている。おそらくは趣味の机の木目数えでもしているのだろう。
「はい注目」
パンパンと手が二度叩かれた。
にわかにざわめく教室に響くそれは担任教師によるものだった。
「俺がこのクラスの担任になった中根だ。一応ヨロシク」
どこか投げやりな態度な30代後半であろうオッサン。そんなオッサンが言う。
「突然だがお前らに転校生を紹介するぞ」
このタイミングで!?今日は入学式当日なんですが!?
「おい転校生入ってこい」
担任の呼び声とともにガラッと教室の扉が開いた。そしてガッシャガッシャと大層な音を立てて西洋甲冑を身につけた美少女が姿を表した。
髪は燃えているかのよう真っ赤で、後ろでまとめ噴水のようになっている。気が強そうなつり目もあって、刃物のように鋭い雰囲気を発していた。
「私はオリン・オリンピック・オリアナ!職業は勇者だ!」
いや高校に来てるんだから職業は学生だろ。
「私は魔王を倒しに来た!突然だがこの中に魔王がいる!」
なんだと?俺は驚愕せずにはいられなかった。まさかあのイタい女俺が魔王であることを知っているのか?
まあ、別に隠してるわけでもないし知られていても問題ないわけだけど。
「目を潰れ!そして下を向け!よし上出来だ。では自分が魔王だというものは手をあげるんだ」
このクラスでいじめがあります的なノリ。俺は俯いたまま手を上げた。嘘はつかない主義。
「……よし、わかった。みんな顔をあげてくれ」
言われて顔をあげるとオリンピックはビシッと擬音が出るぐらいの強烈な勢いで俺を指差した。
「おまえが魔王かーー!」
……え?ここでそれ?わざわざ顔を伏せさせたのは他のやつらに知らせないための配慮とかじゃなかったの?
クラスメイトに俺が魔王だっと一瞬でバレた。
「そう俺が魔王だ!」
高らかに宣言。ざわっざわっとどよめく教室。これは予想以上に恥ずかしい展開。変態電波野郎とか思われてるのかな……。
「ここであったが初めましてだ!では魔王!私の経験値になるがいい!」
だっとオリンピックがオリンピックに出場する幅跳び選手ばりの跳躍。速い!俺に向かって跳び、拳を振りかぶった。
いやまて、まさかここでおっ始める気か!? ここには俺の嫁のヒラサカがいるんだぞ!?
咄嗟の回避行動。オリンピックの攻撃を横に跳んで避ける。
ガシャーン!盛大な音と共に俺の机が枯れ木のように、窓ガラスを突き破り外に吹き飛んでいった。
「避けるとは卑怯だぞ魔王!」
卑怯?いやだって魔王だし。
ぷんすかと頬を膨らませて怒るオリンピックはちょっと可愛いかった。
だがしかし俺は魔王!いくら可愛かろうが、いきなり攻撃を仕掛けてくるやからに容赦はしない!やられて黙っているほど大人しくもない!
右手に魔力を集中。サッカーボール程の黒い球体を造り出しそれをオリンピックに放つ。
「……ちっ」
かわせないことを悟ったオリンピックは両腕のガントレットを交差させて防御の姿勢。そこに俺の放った黒玉が衝突。
瞬間。黒玉に込めた魔力が破裂した。
その衝撃にたまらずオリンピックの身体が先の机のように、窓の外へと弾き飛ばされた。
よし上手くいった。
後を追うように俺も窓の外へと飛び出す。さすがに教室内でドンパチするのは気が引けると思っての配慮だ。
見ると吹き飛ばしたオリンピックがくるくると2、3回転して華麗に校庭に着地した。思わず10点!とか点数をつけたくなる。俺もそれに続いて地面に降りる。
「流石は魔王なかなかやるな」
校庭に降り立ったオリンピックは平然としていた。さっきのアレは大したダメージにはなっていないようだ。
「手加減したつもりはなかったんだが、こうも平然としてるとは」
「はっ、魔王風情が調子に乗るなよ。ここからは本気でいかせて貰う!」
オリンピックは両手を前に翳す。バチバチと静電気のような電流が発生した。
「契約執行!!」
バリバリと稲妻のような音を発っし、なにもない空間からなにか棒状のモノが姿を表す。
"契約執行"手元に自身の武器を呼び寄せる下位魔法だ。
オリンピックの手にした武器は2メートルをゆうに越すであろう長い棒状の武器。尖端には刃物のようなものがついている。あれは槍か?
「魔槍グングニール!!」
くるくるとその槍を器用に回し、ビシッと構えて決めポーズ。矛先が俺に向けられる。
ん?俺はその矛先に違和感を覚えた。まじまじとその矛先を見る。
あれ?矛先が矢尻じゃなくて鋏になってる?
さらによく見る。オリンピックの手元。槍の持ち手の部分。そこがトリガーのようになっていた。
これはまさか……。
「それ高枝切り鋏じゃねーか!!」
高いところの枝にも楽々届く、噂のあれである。
「な、なにをぅ!?おおお、おおま、おまえっ……!わ、私のグングニールを馬鹿にするのか!?凄く高かったんだからな!!」
「通販か!?通販なんだろ!?それ通販で買ったんだろ!?」
「フリーダイアルだから電話代はかかっていない!」
「そんなこと聞いてねーよ!」
「このグングニールはな凄いんだぞ!アタッチメントを付け替えればゲイボルグにもカラドボルグにもランスロットにもなるんだからな!」
「まてコラッ!最後のランスロットは槍の名前じゃなくて人名なんですけど!?」
「…………あ、アタッチメント『ノコギリ』!モードランスロット!」
「あ、てめぇ!今誤魔化したろ!」
「う、うるさい!黙れ!バカ!バカー!ごちゃごちゃうるさいんだよ!魔王の癖に!魔王の癖にー!おまえは大人しく私の経験値になっていればいいんだ!」
「なんだそれ魔王差別か!魔王差別なんだろ!それがイジメの一歩だかんな!」
「そんなの知るか!いくぞ魔王!オリン・オリンピック・オリアナ!参る!」
オリンピックは踏み込み俺との間合いを一気に詰めてくる。
一閃。横薙ぎに高枝切り鋏振るわれた。ぐ、速い……。それを紙一重でかわす。高枝切り鋏の癖にいい太刀筋だ。
「まだまだぁ!」
連撃。上下左右斜めありとあらゆる方向からの鋏の嵐。まるでミキサーのようだ。触れれば即座にバラバラにされる。
こちらは素手で武器はない。これでは不利だ。一度距離をおくか。
右手を翳しそこから広範囲の黒い焔を放射する。威力はない、これはあくまで目眩ましだ。
オリンピックは警戒して大きく後ろに跳ぶ。俺もそれにあわせて後ろに跳んだ。よし、十分距離は開いた。
見るからに近、中距離戦闘タイプのオリンピック。で、俺はというとオールラウンダーのオールレンジなんでもござれの万能アタッカーでありディフェンダーである。魔王だし当然だ。
だがしかし、殴り合いとかチャンバラとか無粋で野蛮だ。故に遠距離攻撃最高。自身の手を汚さず敵を倒すとか最高だろ。
さて一気に行くか。
両手にありったけの魔力を込める。それを空に翳しそこにはひとつの黒い球体が現れる。
辺りの空気がその黒い球体に集まるように渦を巻く。"ブラックホール"それを形容するならばその表現がピタリと当てはまる。
「ひゃーはっはっはっ!圧縮!圧縮ぅ!空気を圧縮ぅ!」
「ベクトルを操っているのか!?」
「さあ、愚民共!俺にちょっとずつ元気を分けるんだ!」
「おまえそれで地球を割るつもりだろ!?この恩知らずが!」
徐々に大きさを増していく黒い球体。
「くっ、なんて魔力だ……あんなものを喰らったらひとたまりもない。流石は魔王。だがこの私がそんな隙だらけものを打たせると思うか!」
オリンピックが俺に向けて突進してくる。これまでで一番速い。
だが遅い!こっちの魔法が完成するのが先だ!
「くらえ!アクセラレーターリベンジデスボール!」
「名前が長い!って、キャーーー!」
放った黒い球体がオリンピックを飲み込んでいく。
ふっ、終わったな。勇者といえどこの程度か。口ほどにもな……――。
「うぐ……!?」
ブスリと嫌な音がした。何故だろう、右脇腹が焼けるような痛みを発している。
ああ、これは大変見たくない。出来れば無視したいが、右脇腹の痛みは到底無視出来るようなものではなかった。
恐る恐る見る。右脇腹には高枝切り鋏のノコギリのアタッチメントが深々と刺さっていた。
あの野郎やってくれる。
「……これは油断した……――ぜッ!」
そのノコギリを力任せに引き抜いた。ノコギリの刃が俺の中身を抉った。飛びかけた意識を無理矢理引き戻す。結構深く刺さってやがった。
ドロリと傷口からどす黒い血が溢れた。これは勢い任せに引き抜いたのはまずった。出血多量で死ねる。
ばたりと俺は自分が作った血黙りの中へと沈んだ。