第四話
まる一日眠り続けて、俺は目覚めた。そして宗次を看てくれた医者にものすごい勢いで怒られた。どうやら、宗次が倒れたのは俺が作成したメシ&タクワン生活が主な原因だったらしい。仕方ないな……ちゃんと野菜とたんぱく質も食わせることにするか。ってかそれ、俺が原因なの? それだけで過ごそうとしてた宗次が原因なんじゃないの? 俺のせいなの??? あいつにだって(もちろん他の隊士にも)給金ちゃんとやってんだから、たまに外で食ってりゃ無問題だったんじゃね? ……まぁ、あいつ生活にはてんで無頓着だったからなぁ……というわけで、隊内の粗食生活はこれにて閉幕とさせていただきます、チッ。
んで、その医者が宗次のほかにも怪我人や病人を看てくれてたのだが、藤堂を含めて他の怪我人はつば付けときゃ治る程度のものだったらしい、よかった。
……が、だ。一人重病人確定。山南さんだ。池田屋の前から風邪で寝込んでいたのだが、どうもそれをこじらせてしまったようなのだ。
池田屋の日は、すんげーゲッフォゴッホいいながら「私も……」とか言って刀持ち出してきたからね、あの人。無理矢理寝かせて布団三枚かぶせて屯所出たけど、どうもその後布団から出たままでぶっ倒れてたらしい。屯所にゃ誰もいないので、気付かれずにそのまま放置プレイ。そりゃこじらせるわ。
……もしかして、風邪がなかなか治らないのも俺のせいなのかそうなのか? しょしょく(噛んだ)もずっと食わせてたしな。……なので、お見舞いにメザシと饅頭とハチミツ買ってきた、これ食って元気出せよな。
そんな風邪状態の山南さんはほぼ放置で、ハマグリゴモーンの戦いが勃発。被害もそれほどなく、単に俺が二晩ほど徹夜して、帰ってからは事後処理でさらに徹夜して、またまる一日寝てた。
今回も俺は戦ってないのよね。うまく逃げおおせたとですよ、よくやったぞ俺。今回は主に斎藤の前後左右をウロチョロしてて、ヤバくなったら彼の背後に隠れっぱなしだった。斎藤はあきれたように俺を見ていたけれど、特に何も言われなかった。逆にちょっと怖かった。
そして気付いたら、さらに山南さんの風邪が悪化してた。もう自力では立ち上がれないくらい。体が弱ってくると心も弱ってくるからね。元々気の強い人ではなかったけどさらに輪をかけて気弱になってて、すごく心配だ。
あ、そうそう。幕府から池田屋の報奨金キタ――(゜∀゜)――!! って、それも俺がまるっと懐に放り込んだ。俺の懐じゃないからねー恨まないでね皆の衆。これでタンス貯金はトータル八百両を超えた、実にいい調子だ。
それと、近藤さんが新しい隊士をナンパしに江戸まで行った。あの人のコダワリその二(イチは武士)、男は東国の人間に限る!らしい。あの人のコダワリにはいろんな意味でついていけない。出身がどこだろうと、いい奴はいいし悪い奴は悪いと思うんだけどね。でも余計なこと言うとまた首を絞められるので黙ってた。
そんで、近藤さんが連れてきた伊東先生っていう人が、見た目ちょっと怖そう。コワモテって意味じゃなくて、イケメンなのに常に真顔だからコワイ。でも話してみたら意外といい人だった(ちょっと生真面目なところはあるけど) 近藤さんが剣の腕には一切触れずに「すっげ頭いい先生連れてきた!!」ってはしゃいでたから、俺でも勝てるかと思ってワクワクしてたのに、俺よりはるかに強かった。レベル一回り違った。
相変わらずのヘタレな俺様、どうやら新選組一弱いというレッテルを貼られてしまったごたるとです。レッテルじゃなくて純然たる事実。これでも一応副長なんだけどなぁ……。『気にしない方がいいですよ』と宗次がニヤニヤしている。
「強くなりたかったらいつでも僕がお相手しますから、声かけてくださいよ」
だが断る! 宗次のお相手やってたら俺の方が死んでしまうわっ!
そんな感じで文久四年……途中で元号が変わったから元治元年か? が、終了した。この時代って、天皇が崩御しなくても元号がコロコロ変わるのな。
ところで局内では、俺に対する不満がじわじわと高まっていた。何でや! 脱走した隊士を切腹させてるからか!? それとも池田屋の褒章を取り上げちゃったからか?? チクショウ、胃が痛いぜ……。
元治二年明けて割りとすぐ。俺様年表には非常に重要なことが書かれていた。でも、今の彼の状況じゃ、まさかあんなことになるなんて、夢にも思わなかったんだ。
だから、放置してた。
「歳さん! 山南さんが……!!」
俺の部屋に駆け込んできた宗次を見た時には、何が起こったのかわからなかった。ただ事じゃないとは思ったけど……まさか、年表の出来事が本当に起こるなんて!
「山南さんが……脱走、しました」
放置してた俺のミスだったんだろうか。だって、山南さんは、普通に起き上がるのすらしんどいほどに弱っていた。厠に行くのだって肩貸してたんだぞ。そんな状態の人間が脱走を企てるだなんて誰が思うよ。
けれど、宗次が持ってきた山南さんの置手紙には、綺麗な字ではっきりと、隊を脱するという旨が書き記されていた。
「宗次、このことは他の人には?」
「まだ誰にも言ってません、近藤さんにも」
よし、じゃあお前さんがこのまま秘密裏に探し出して、連れ戻してきてくれ。あの様子だったらそう遠くまでは行けないだろうから、まだその辺にいると思う。くれぐれも他の人にばれないように、こそーっと、な。
宗次はしっかりと頷き、黙って屯所を出て行った。
何でこんなことになったんだ……仮病だったのか? いや、あの顔の青白さは仮病なんかじゃないだろう。病気を苦に? だったら俺らに相談すればいい。まともに動けないほど悪化してたんだし、このさい法度も無効だろ。病気療養ってことで江戸に帰ってもらい、ゆっくり休むことだってできたはずだ。
なのに、なんでこんな最悪の方法選んでるんだよ、山南さん!!
それから半刻も経たないうちに、宗次が山南さんを連れて帰ってきた。彼の表情は何故か晴れ晴れとしていて、とても脱走を企てた人物のものとは思えなかった。相変わらず、顔色は悪かったけどな。
「宗次……悪いけど、山南さんと二人きりにしてくれるか?」
宗次が出て行った後、山南さんは俺の目を正面から見据えて、笑った。
「いやあ、あっさり捕まっちゃいましたねぇ」
「笑い事じゃねぇよ! アンタ、何やってくれてんだよ!!」
ひとしきり声を出して笑った後、彼は何度も咳き込んだ。落ち着くのを待って、言葉の続きを促す。
「もう、私が新選組の役に立つためには、この方法くらいしか思いつかなかったんですよ……」
なにを言ってるんだこの人は。脱走に何の意味があるってんだ。
「このことは、俺と宗次しか知らない。うまくすれば黙ってシラをきることも……」
山南さんは、首を横に振る。
「駄目ですよ。脱走は切腹。君達が決めたことでしょう? 対象が私だからといって、特別扱いをしてはいけません」
いや、だからそもそも、何でこんなことしたんだよ! 俺にはあんたの考えがこれっぽっちも理解できねぇよ!
「……土方君。私は、肺病を患っています。わずかですが、血も吐きました。どんなに安静にしていたところで、このまま長くはもたないでしょう」
は……今、なんつった。 肺病……肺結核? 山南さんが?
「いや、だからって……どこをどうしたら脱走なんてとんでもない結論に達するんだよ。病気だっつーんなら、療養の名目で里に帰るなり好きなところに行ってもらうなりできるだろ」
「それでは意味がないのです」
じゃあ脱走することに意味はあるのかよ! マジ訳わかんねぇ。
テンパっている俺を尻目に、咳き込みながらなんだけど、山南さんはずっと優しい笑顔のままだった。
「土方君も気付いていますね。最近、隊士達の間で法度に対する不満が高まっていることに」
そりゃ知ってるよ。主に俺がターゲットになって、影でコソコソ言われてるもんな。あいつら、表立って言わなけりゃ俺にばれないとでも思ってるんだろうか……まあ、別にそんなことで処罰しようとかは微塵も思わないけどさ。
「詳細は様々ですが、大体は、逆らえない下の人間に対してのみその効力が発揮されている……つまり、君や私のような上の人間は、法度の上にあぐらをかいて、楽をしていると見られているようです」
はっ、楽ときたか。楽だったらどんなにラクかってんだ。人に死ねって言うのがそんなに楽なことだったら俺の胃はこんなにも痛まねぇよいっぺんやってみろや畜生!! ……って、今そのことは関係ないだろ、話をすり替えんなよ。
「一人……たった一人でいいんです。誰か幹部が法度のための見せしめとなって死ねば、皆も納得して不満もおさまり、隊内にまとまりも出るでしょう」
ここまで言われてようやく、山南さんの考えていることがちょっとだけわかった。わかったからって納得はしねーぞコラ! 何で山南さんがその犠牲になる必要があるんだよ! 文句言ってる奴らにはじっくりこってり言って聞かせりゃいいだろうがよ!!
「先ほども言いましたが、私の命はそう長くありません。体の自由もろくに聞かない今、私が新選組のために出来ることは……もう、このくらいしか残されていなかったんですよ」
馬鹿! もう一度言うぞ、バカ!! バカバカバカ!! 大事なことなので五回も言ってやったけどまだ言い足りないぞ!! そんな余計なこと考えずに、病人は病人らしくおとなしくしてろっつの。新選組をまとめるのは俺や近藤さんの仕事、アンタは寝てりゃいいんだよ!!
「ははは、そう言われるだろうとは思っていました。けれど、これでも名ばかりとはいえ総長の身。君達とともに新選組の未来について考えたいと思っています。幸い、伊東先生が来てくださったおかげで、知識や知恵において、この組における私の役目は終わりました。あとは最後の……これは、私から君達に残せる最後の仕事です」
何が最後だふざけんなッ! そりゃアンタは腹切れば八方丸くすむと思ってるんだろうが、残される俺らの心情考えてみろや! 病気で今にも死にそうな、しかも大切な人をわざわざ殺さなきゃいけないなんて……
「甘ったれるな!!」
いつもニコニコ穏やかな山南さん。日野で会ってからこれまで、怒ったことは一度もなかった。
そんな山南さんが怒鳴るのを……俺はこの時、初めて見たんだ。
「君達は組の上に立つ以上、組のことを何よりも第一に考えねばならない。その為には、私のような足手まといは不必要だと切り捨てねばならないこともある。このようなことは、これから先もたびたび起こるだろう。……その、予行演習だと思いなさい」
そして、彼はにやりと笑った。
「私もこう見えて武士の端くれですからね。畳の上で咳き込みながら逝くよりも、最期くらいは華々しく潔く散りたいですしね」
駄目だ……この人は完全に死を覚悟している。死を負うと決した者に、どんな説得が可能だっていうんだ……!
「さあ、命じなさい。それと、これはお願いなんですが……介錯は土方君、君に頼みたい」
カンベンしてくれよ……これ以上、俺を苦しませないでくれよ、山南さん。
「人を斬ることも経験の一つです。もちろん実戦とは違いますが、君の場合はそれ以前……刀で人を斬ること自体にためらいを覚えている、そうでしょう?」
はは、完全に見抜かれてら。
「それが悪いこととは言いません。むしろ素晴らしいことだと私個人は思います。ですが、新選組を背負って戦っていく以上、このままではそう遠くない未来に、君が死んでしまう……そうならないためにも」
わかったよ、山南さん。俺は覚悟を決める。アンタほどの覚悟じゃないけどな。……それで、いいかい? 少しはアンタを見習って、俺も新選組について……俺自身について、考えてみることにするよ。
山南さんは最後まで笑顔だった。
翌朝。彼の切腹が実行された。介錯は俺、土方歳三。その旨はすぐに新選組の全員に知れ渡ることになる。
俺は初めて、人を斬るために刀を抜いた。山南さんを少しでも苦しませないために。
山南さんの最期の言葉は『すまない、ありがとう』
最後まで彼らしいと思った。
スローペースでぼちぼち改定しています。。。