第三十一話
これまで俺は、知っている歴史に忠実に生きていこうとしていたのだろうか。
坂本さんが暗殺された時、悔しかったけれど心のどこかでほっとしたのもまた事実だ。
俺が関わって、歴史を改変してしまうなんて恐ろしいことだと、無意識のうちに考えてしまっていたのかもしれない。
けれど、今度は近藤さんの番だ。
俺がこの時代に来てしまってから今まで、ずっと一緒にいた人。
世話にもなったし、世話もした。
正直、近藤さんや宗次がいなかったら俺はこの時代でまともに生きていけたかどうかも怪しい。
彼に対する愛着は坂本さんの比ではない。
歴史を変えてやる歴史を変えてやる歴史を変えてやる。
……よし、おk。
自分に何度も言い聞かせて、俺は深呼吸をした。
覚悟決めた。
俺が死なないためじゃない。新選組を残すために歴史を変えてやる。
近藤さんは絶対に、絶対に殺させやしない!
「近藤さん、いるかい?」
「んぁー?」
ふすまにノックをしても意味はないので、声をかけてから俺は近藤さんのいる部屋に入った。近藤さんは、なんだか難しそうな顔をして何かの書き物をしていたようだった。
「何だ?」
「ちょっと内密に話したいことがある」
外に誰もいないことを確認して、ふすまを閉める。
「あらたまってどうした?」
「俺の話すことを信じてくれ」
俺は、近藤さんに全てを話すことにした。
俺が未来の人間だということ。本当は土方歳三じゃないんだってこと。
今後の新選組の末路……そして、近藤さんの末路。
このままだと、もうすぐ近藤さんは新政府軍に捕まって、問答無用に処刑される。切腹すら、させてもらえない。
近藤さんは、時々眉をしかめながら、一応は黙って最後まで俺の話を聞いてくれた。
「以上だ。信じられないかもしれないが、全部本当の話だ」
「……で? お前はどうしたいんだ?」
近藤さんを生かしたまま、一旦会津まで退く。江戸はもうすぐ新政府軍のものになるだろう。少しでも現有戦力を保有したまま、先の戦を有利に運びたい。
「……このことを知ってるのは、お前だけか」
ああ。……っと、今話したから、近藤さんを含めて二人か。後は強いて言うなら勝の狸爺にちょっと話したくらいで、でもあの人は信じちゃいないから……やっぱこの二人だけだな、今知ってるヤツで、生きてるのは。
「で、だ。お前はオレがこの話、信じると思ったのかい?」
信じなくても信じさせる。そうしないとアンタ死んじまうんだ。文句は言わせねぇぞ、今度こそ。
「お前がトシじゃないっつーのは……ま、そりゃ置いとけ」
いや、それはここではっきりさせておく。俺は土方歳三じゃないんだ。
「や、どっちにしろ今は偽名使わなきゃいけないしな。それに、……オレの知っているトシは、お前だけだ。一緒に新選組を率いてきたのはな」
……まぁ、そりゃそうだけど……。
「そんなこたぁどうでもいいんだよ。お前はこれからどうしたいんだ。オレを新政府軍に売り払って地位を固めるか? 兵を集めて徹底抗戦するか? それとも誰もいない未知の世界へ旅立って綺麗なおねいさんと仲良く平和に暮らすか?」
最後のそれ、いいな……
「まぁ、最後のはどう足掻いても無理だがな」
……わかってるってばよ、いちいち突っ込むなよ、夢がないなぁ。
「俺は、あんたを救いたいと思ってる。少なくとも、あんたは今こんなところで死んでいい人じゃねえ。救うためには……ここにいたら絶対に危険だ。新選組まとめて関東を離れた方がいい。できれば会津の容保公を頼るか、あるいは更に先を見据えて北方へ逃げるか……」
「で、そのために今まだ抗戦を続けている上野や江戸城を見捨てて逃げるってか」
結局は、二択だ。近藤さんをとるか、あるいは佐幕の仲間をとるか。だがここで抗戦を叫んでみても、近藤さんを救うことは出来ない。俺の知っている歴史だと俺は函館で偉そうなクチきかなきゃなんねーけど、そんなのどう考えたって性にあわねーんだよ! 俺はあんたの下でヘラヘラ笑いながら悩んでる方が似合ってる!
「隊を離れた永倉くんや原田くん……彼らを見捨ててまでも、お前の意見に従えってか? オレにゃ出来ねぇ。新選組じゃなくなったってあいつらは同士で志を共にする仲間だ」
なんだ、近藤さんだってわかってるんじゃねぇか。今ここを離れることが、奴らを見殺しにすることになるんだってこと……つまり戦況はそれほど悪い。関東を守れるのもおそらくあと数ヶ月……どっちにしろ北へ逃れるしか手はなくなる。だったら今のうちに行っといて戦力を整えようってのがそんなに不満か? なぁ!
近藤さんは、笑った。
そういや昔……まだ新選組になる前。よそ様でいじめられて道場に逃げ帰って来た俺の頭を小突いている、あの時の近藤さんと同じ表情だった。
あの頃、近藤さんはどんな気持ちで俺のことを見ていたんだろう。弱い? 使えない? ……それでも、愛しい。そんな目。
「お前にゃあホント、迷惑かけたなぁ。や、今も現在進行形でかけ通しか。トシぃ、オレの生死は抜きにして、お前さんが関東に残って、幕府を守る手立てはあるのか?」
……そんなこと、聞かれたってはいそうですと答えられるかよ。俺は今、近藤さんを死なせたくないという一心で動いている。坂本さんの時のような事態は御免だ。
「ない、少なくとも俺には思いつかない。強いてあげれば、海軍を率いている榎本さんに働きかけて、勝海舟の交渉の駒として使うよりも、開城前に少しでも多く戦艦を北に避難させる事が出来ないかってくらいだ」
大きくため息をついて、近藤さんは俺の目を一直線に見た。俺も視線をそらさない。多分ゆっくり一分くらいは見つめ合っていたと思う。できれば綺麗なお姉さんと見つめ合いたいが今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「お前は、オレの見ているよりもはるか先の未来を見据えて行動してるんだろうな、今、それが骨身に染みて分かったよ。今のところ何の使い道もない海軍を利用するなんて、オレにゃ考えも付かなかったしな」
だが……、そう、近藤さんは言葉を続ける。
「お前の言葉にゃあ賛同できねぇ。オレはあくまで佐幕で幕府を一番に考えて行動したい。そのオレが今、最も重要な戦場になるであろう関東を抜けるなんてのぁ、やっぱりありえねぇんだよ」
この人を説得するなんて、俺にゃできそうにないのかもしれない。
元々俺は、歴史の年表で今の状況を知っているだけの人間だ。その当時の人たちの考えや思想なんて、到底理解できたもんじゃねぇ。
それでも、それでも俺は、近藤さんを救いたい、死なせたくない……。それだけのことが、どうしてこんなにも難しいんだろう。
「じゃあ、俺の意見はまるっと無視して、やっぱりここに残って戦うってのか? 戦えないんだって事前に知っててもか? あんたは剣をふるうことすらできずに新政府軍にとっつかまって、裁きさえろくに受けられないままに首切られるんだよ! 切腹すらさせてもらえないんだよ! それでも、……それでも、このままでいるってのか?」
今の俺は、駄々をこねている餓鬼と大して変わりゃしないだろう。それでもそんな俺を、愛情(not恋愛感情)を持ったマナザシで見つめているこの人はアレか? 神様か?
「ありがとうな、トシ。オレなんかのことをそこまで親身になって考えてくれる奴ってのぁ嫁さんを除いたらお前くらいしかいないだろうよ。それでも、オレはここで最後まで戦う。これはオレ自身の我が侭だ。お前が最後まで付き合う必要はない。……必要なら、人数分けて連れて行ってくれても構わない」
そんなこと言われて、はいそうですかと兵隊分けて持っていくような俺に見えるのかよ……畜生。わかってるんだ。俺は俺自身が死ぬとかそんなことよりも、この新選組を守りたいと思ってるんだ悪いかよ!
「……一緒に戦おうぜ、近藤さん。俺達の戦いはまだこれからだ。ここからいくらでも逆転して見せるさ。……ただ、生き残ったらちったぁ俺の言うことももうちょっと聞いてくれよな」
俺も笑った。ある意味、俺もここで覚悟を決めたんだろう。
新選組と一緒に戦う。そして、出来るならば近藤さんも生き残らせて、そんでもって佐幕派が勝つような未来を何とか構築してみせる……可能性は低いけどさ、やらなきゃなんねーってんならやるしかねーだろ。俺の人生、そんなギリギリのギャンブルなんてそうあったわけじゃねーけど、今はどう考えたってチップの賭け時だろ。
「……一緒に、戦うか」
「だからそう言ってんだろーが、このボケ大将。生き残れたらうな重食い放題な。あと酒も付けろ」
「そんくらい、安いもんよ。お前が味方についてくれるってんなら、これほど頼もしいもんはねーからな」
俺の知識は限られてる。正直小さな(と昔は思っていた)戦争の結果なんて知らん! けど知識とか関係なく、俺はこの人と一緒に戦う! そう決めた。
不思議だよな。最初は死ぬのが嫌だーって足掻いていた俺が、こんな心持ちになるなんて。
でも、なっちまったもんは仕方がねぇ。こうなったらとことんまで足掻いて見せるさ。
そして、俺が歴史を変えてやる!!