第三十話
狸爺のバーロー!
甲府城についた俺達は、ほとんどなすすべもなく一方的にやられまくった。
そもそも人数が足りない、武器も足りない、錬度も悪けりゃ土地勘もないという四重苦で勝とうと思える方がどうかしている。
ちなみに甲府城新政府軍はおよそ三千、ウチはそもそもが三百くらいでしかも逃亡者続出。ほーらどう考えてもチートしない限り勝ち目ないでしょ?
そこで俺は、大阪の時みたいに徹底的に防戦することを提案し、それを実行に移した。彦五郎さん達の隊と、そして何より後詰めを出してくれると約束したあの爺を信じて。
うん、信じた俺がバカだったorz
俺たちと一緒に来てた農兵隊以外の人たちを連れて、彦五郎さん達は一日半で来てくれた。でも焼け石に水だった。その後は軍隊が来る気配もなけりゃ、連絡役すら来やしねぇ。
業を煮やした俺様は、一人半ギレ状態で江戸に殴りこみました。早駕籠使って全力で江戸に向かったね。
そしたら居留守使われました。いや確かにこの時期あの人も忙しいだろうけどさ、今回に限っては間違いなく居留守だねコンチクショー。いるのはわかってんだ出てきやがれ!! 逃げるな狸! 約束はどうした!!
仕方なく甲府へ戻ろうとした俺様は、道中で甲陽鎮撫隊の敗北を知りました。南無阿弥陀仏ちーん。
兵隊達は散り散りになって逃げたそうです。その後無事に逃げられたかどうかは知らん。
一応、負けて逃げる時は松本良順先生んトコに逃げ込めって通達はしておいたけどどこまで伝わってるか……。でも俺はいまさらどうしようもないので、追っ手にビクビクしながら松本先生んトコに逃げ込んだとでした。
「それで……土方さんだけが、いらしたんですね……。僕はまた、てっきり、組を脱走、してきたのかと……」
やめてよねー。そんなことしたら切腹じゃない。お前が決めたんだろうがお前が。
そんなことより宗次、お前また悪くなってないか? 一息でしゃべれないってどんだけ肺を侵食されてるんだよ。
「あはは……これでも、随分気分がいいんですよ。久しぶりに、土方さんとおしゃべり、してるから……ですかね」
あーほらほら、無理してしゃべるな、咳き込んじゃうんだから。とりあえず何かしら新選組の動きがわかるまではここにいるんだから、いつでもしゃべれるんだから。だから無理すんな。な?
「松本、先生も……びっくりしていました、よ。起き上がって話が出来るなんて、僕の、特効薬は、新選組なのかも、しれない……って……」
宗次の背中をさすってやる。……かなり痩せたよな。笑ってるつもりなんだろうけど、頬の筋肉が少し引きつっているだけに見える。笑う体力すらないのかよ……。
「早く、隊に戻りたい……なぁ」
「ああ、みんなが集まる頃にゃお前さんの容態もちったぁ良くなってるだろ。そん時に出て来れないようじゃ困るから、今はゆっくり休んどけ、な?」
「ええ……そうします……」
無理やり寝かせて、俺は宗次の部屋を後にした。
二人ともわかってて言わない本当のこと。……もう、宗次は長くない。
隣室でしょんぼりしていると、松本先生がやってきた。ああもういいです。宗次の事はわかってますから、これ以上何も言わんでください……。
激しく意気消沈している俺の様子を見て悟ってくれたのか、先生は宗次の事に関しては、何も言わないでいてくれた。
少しずつではあるけれど、新選組の隊士がこの屋敷に集まって来ているという事。けれどその中に、未だ幹部隊士は一人もいないこと。
松本先生はいつまでも居ていいって言ってくれたけど、そういうわけにはいかないだろう。
隊士が増えればそれだけ先生の負担になるし、何より、敗走してきた俺達を幕府……ひいては新政府軍が放っておくとは思えないからだ。これまで散々世話になった松本先生や、死期の近い宗次をこのゴタゴタに巻き込むわけにはいかない。
ある程度人数がまとまったら、俺は皆を引き連れてここを出て行こうと思っていた。
大体、敗走した時点で新選組に嫌気がさした連中は紛れて逃げ出すだろうしな。ここに戻ってくるような奴らは、本気で新政府軍に楯突こうと思ってる馬鹿か、行き場のない奴らばっかりだろう。人数はだいぶ減るだろうけど、そいつらの面倒、きっちり見てやんなきゃな……。
俺は皆を待つ間、次に居るための屯所を探すのに東奔西走していた。一時期とは違って、どんどん落ちぶれていく俺らの面倒見ようなんて奇特な人はそうそう居るわけがない。
それでもとにかく、早いとこここを出て、何とか形だけでも整えて……んで、会津に行くか。それか、未来を知ってる俺様の採るべき道としては、今のうちに函館に高飛びして五稜郭の軍備を整える、とかもアリかな? あー、でも金無いしなぁ。人手も……どんだけ集まるか怪しいもんだしなぁ。
そして翌日。俺を含めて今のところ全部で7人。幹部隊士は未だ一人も現れない。……たぶん幹部は逃げ出したりはしないだろうから、迷ってるか……考えたくないけど、死んだか。
まぁ、甲府からここまで一直線で来ても三日はかかる。それを逃げ隠れしながらだから、そう皆が皆すぐに集まれるわけでもないだろう。
そしてさらに翌々日。
「ああ、やっとお会いできました……!」
幹部じゃないけど、高倉くんがやってきました。ちなみに新選組隊士でない訪問者は彼が初です。
「何で来たの! これ幸いとばかりに実家に逃げ帰っても良かったんだよ!? っていうかむしろ今からそうしなさい、ほらほらさぁ早く」
「だって逃げ帰ったりしたら、土方さんに対する義理が果たせないじゃないですか!! ぼくは土方さんに恩返しをするって決めてるんです! どこまでもしつこくついて行きますからねっ!!」
いい子なんだけど、いい子なんだけど……ッ! 俺についてきたって末路は惨めだよ? 将来有望な若者を連れて行っちゃいかんと思うんですよオニーサンは。ほらほらさっさと実家に帰んなさい。
「……土方さんは、僕のことが邪魔ですか……?」
邪魔じゃないよ! 邪魔じゃないんだけど……うーん……。
えっとね。俺ら甲府で負けたでしょ? これからは俺達オタズネ者な訳ですよ。いつ何時襲い掛かられるかわかんないし、ひょっとしたら一網打尽になって全員処刑されちゃうかもしんないの。だからね、恩返しとかもういいから、せめて隊士じゃなくて多分名前も顔も割れてないであろうお前さんには生き延びて欲しいわけですよ。
「むざむざ生き長らえる事よりも重要なことがあると信じています」
うわっ、いい子なのに頑固だ! ニコニコ笑ってるのに言ってることは老害の爺並みに保守的だよ! あーのーねぇ、だから恩返ししたいんなら俺の言うこと聞いて逃げてくれって……
「……土方さんは僕が邪魔なんですか……?」
ああもう、堂々巡りだよ。お前さんは壊れたテープレコーダーかあるいはボケたじじいかよ! もうシラネ! 俺はちゃんと釘刺したからね。後になって泣いちゃってもおにーさん知らないからね?
「後悔はしません!」
駄目だこいつ。早く何とかしないと……。
それからさらに一日が経過。高倉くんはあっという間に、俺の優秀な秘書へと成長してくれた。……うーん複雑。俺としては雑務半減なのでありがたいんだけど、やっぱこの子にはついてきて欲しくないんだよねぇ。でもこの子がいると楽だわぁ。
そうそう、近藤さんが生きてたんだよワッショイ。無事にここへたどり着いてくれました。いやーめでたい。これで面倒なことは全部近藤さんに丸投げ……
「頼むぜ、トシ」
しようとしたら丸投げされたでござる。でも、新しい屯所探しだけは引き受けてくれたんで良かったです。俺が出張るよりトップが出ていってくれた方が話もまとまりやすいからね。おかげで五兵衛新田に新しい屯所を構えることができそうですよかったよかった。松本先生に伝言頼んどかないとね。こっちに来てくれーって。
あっ、でもすぐには無理だって事なので、数日だけですからと拝み倒して浅草のとあるお寺にお世話になることになりました。ここでも坊さんのジト目が痛いです。す、すぐ出て行きますから!
ところで近藤さん、微妙に常識がないというか、恥ずかしい人なんですよ、知ってましたか?
そう、あれはヤギさんとこを出て行くときのことでした。僅かばかりですが今までお世話になった感謝の気持ちを込めて、とか言って、ヤギさんに礼金を包んだとです。
一両。
現代の通貨価値に換算すると……やめた、マジで恥ずかしい。数十人が長い間お世話になったのに一両、たった一両ぽっちって! もう好意ありがとねってことで何も言わない方がよっぽどマシだったよ。ヤギさんもあきれ返って『ホントに少ないですねぇ』って苦笑してたじゃんかよ!
まさか近藤さん、松本先生にも一両包む気じゃねーだろうな。これ以上恥をかくのは俺様ゴメンですよ? 絶対同席しないでおこう。一応近藤さんが帰ってくる前にお金は包んどいたけどな。一両じゃないよ?
そんな愉快な近藤さんに新屯所のことはまるっきりオマカセして、俺は戻ってきた隊士の編成に全力を注ぐとでした。ええい、勘定方の生き残りは居らんのか! 近藤さんに金銭の何たるかを骨の髄まで叩き込んでくれる奴は!
それと、幹部。……一人だけ、行方のわかった奴がいた。それはあの無口侍の斎藤くん。あの子は会津公に対して並々ならぬ恩義を感じているらしく、少しずつ北部に移っていく戦線に脅威を感じて直接会津に高飛びしたのだと、元部下の口から判明した。うむ、俺なんぞよりよほど先見の明があるようだ。これは早めに会津に寄ってあの子を回収しておくべきかもしれんな。
出来れば隊士回収後、すぐに会津に向かいたいけれど、まだまだ江戸が不穏なふいんき(何故かry)なので離れるわけにはいかないと近藤さんに説得された。まぁね、一理あるしそれには特に反対しなかったけど。
はい、さらにその翌日。たった一日で事態は急変するもんです。
幹部の永倉くんと原田くんが無事に戻ってきました、めでたい! ……と思っていたらその矢先。
「土方さん、おりゃあもうアンタを信用できねぇ」
……ハイ?
「アンタがビビリだってのは重々承知してたが、今回はちょっと目に余るんじゃねぇか? 戦の直前に逃げ出すなんてのぁよ、武士の風上にも置けねぇぜ」
……ちょっと待って。何で俺が逃げたことになってんの? 俺は援軍呼ぶために江戸に下ったんだって……
「アンタはいつもそうだ。自分の身が危なくなったら手段を選ばない。平助ん時だって……御陵衛士の時だってそうだった。人間として、信用できねぇんだよ」
ずきん。
「オレはそこまで疑ってるわけじゃないけどさ……なんだかんだで新八との付き合いのほうが長いしよ。正直今の新選組でやっていく魅力が感じられねーんだ。悪いけど、一緒に出て行かせてもらう」
ずきんずきん。アレ? 胸がイタイヨ。
「いまさら文句は言わせねぇぜ? 何が新選組だ……。今じゃただの負け犬の寄せ集めじゃねぇか」
ずきん、ずきん。どうしてこう、真実ってぇのは無残に胸に突き刺さるんだろうねぇ。考えないようにしてたツケが、今頃まわってきたのかな。
「……ああ。いまさら脱退がどうのとか局中法度がどうのとかは言わねえよ。わざわざここまで挨拶しに来てくれただけでもありがたく思ってる。……今まで、ありがとうよ」
そうだ。無断で出て行っても誰も文句を言わない状況で、それでもこの二人はスジを通しに来てくれたんだ。引き止めるなんてずうずうしい真似……できねえよなあ。
話もそこそこに、二人は十数人の隊士を引き連れて出て行った。……できるだけ、彼らについていくようにと隊士達も説得して。俺についてくるよりは、多分あいつらと行った方が生存率、高いんじゃないかと思うから。
高倉くんにはダンコ拒否された。あのさ……いや、もう何も言うまい。
そうして残された新選組の成れの果ては、皆で五兵衛新田の屯所に移った。その数は、五十名弱。……まだこんなに残っていることの方が、俺にとっては意外だった。