第二十九話
絶望した!
俺は絶望したぞ!!
うん。予想通りなんだけど、雇った人材の8割に逃げられました。ただ逃げられるだけならともかく、あいつら武器弾薬持ち逃げしやがった! ……まぁ、置いていかれたところで兵隊数以上の武器があっても無駄無駄ぁ! なんだけどね。かといって大金投じた最新兵器を持ち逃げたぁどういう了見だ! ちっくしょう、あんな奴らに酒飲ませるんじゃなかったぜ!
「土方さんも大変ですね」
この子は、頑張って俺についてきてくれてる数少なくなった途中雇い組の高倉くん。年齢不詳だけどたぶんまだ未成年。うーん、この時代だったらもう元服とか大人扱いしてもいいのかな? でも下手したらこの子中学生くらいだぞ多分。
「まさかここまで大量に逃げられるとは思ってなかったけどなー。お前さんは逃げないの?」
「だって、逃げたら土方さん泣くでしょう?」
……こんな小さい子にまで心配されるなんて、おにーさんは自分の将来が切実に不安です。
でもね、正直俺についてきても先に見えるのは惨敗っていう二文字だけなんだけどね。あっ、これは近藤さんにはナイショだよ。
「でも、土方さんに雇ってもらえたおかげでうちの母さんを医者に見せることが出来たんですから、ぼくは最後まで土方さんについていきますよ」
そう。この子ってばいまどき珍しく、病気のお母ちゃんを医者に見せるためにお金が欲しくて甲陽鎮撫隊に志願してきたとです。武術の経験もほとんどなく、若すぎるので近藤さんが渋ってたところを、事情を聞いた俺様が無理くり雇ってあげました。最初はお金だけそっと渡してあげるつもりだったんだけど、それじゃ義理が通らないとか何とか言ってついてきたとです。ああっ、なんていい子なんだ! 俺この子だけは絶対守ってあげるんだ……!
「それにしても予想以上の悪路ですね。死者が出てないのが不思議なくらいです」
うん……正確には死者、出てるんだけどね。武器抱えて逃げようとした奴らの末路なんぞ俺は知りません。一生懸命ついてきてくれてる人たちに死者が出てないのは本当ありがたい。ここからも気をつけて行こうね。
それにしてもなんだこのリアルSASUKE状態。斜めになった幅30センチくらいの道を通らなきゃいけなかったり、そこから落ちたら池なんかじゃなくて断崖絶壁だったり、何故か途中で背中に武器抱えてみんなでロッククライミングだったり、川が氾濫しててとても渡れそうもなかったのでその場で木を切り倒して橋作ってみたり、俺だって逃げたいほどのサバイバル。そりゃあ信念ない奴は逃げ出すよな。
「ぼくも生きてるのが不思議なくらいだと思います」
いや、意外にキミは俊敏というか器用というか、戦闘よりもこういったことの方が向いてるっぽいと見てて思うよ。実は忍者の末裔とかそんなんじゃないよね?
「ウチは先祖代々農家です!」
うん、そうだろうね……。でも、正直なところ、いい拾い物したと思ってるんですよ。だから期待に応えて頑張ってね。でも死なないでね。
「精一杯頑張ります!」
うーん、いい子だ。俺がこの世界に来てからというもののどーも年下だとか部下だとかは変なのが多かったから、こういう素直な少年は本当に珍しいというか、俺うれしい! ……上司も変なのが多いけどな。同僚も変なのが多いけどな。変なのばっかじゃねーか!
「おうトシ、生きてるか?」
「死んでるよ……」
突然近藤さんが殴りこんできました。はいはい変なのナンバーワン、絡んでこないでくださいよ高倉くんがあんたの毒気に染まったらどうしてくれる。
「えーと、きみは永倉君だったかな?」
「高倉です!」
「永倉はオレだっつーの! アンタわざと言ってんじゃねーだろな」
前の方から永倉君の声が聞こえた。地獄耳だなアイツ。
彼は先陣切って道を切り開いてくれている。なんだかんだでしっかり仕事こなしてくれてるんだよね。その昔、俺を過労死させそうだった恨みは忘れてないけどな!
「あー、高倉君高倉君。よし覚えたよ。随分とトシに懐いてるみたいだねえ」
「土方さんはぼくの恩人ですから! ……あ、もちろん近藤先生もです!」
「あー気ぃ使わなくていいぜ。オレぁ君を雇う気なんてさらっさらなかったからねぇ。でも、こうなったからには君も甲陽鎮撫隊の一員だ、しっかり頑張ってくれよ?」
「はい!」
言いたいことだけ言って、近藤さんはさっさと去ってしまった。……何だ一体、高倉くんと話したかっただけか? ま、まさか近藤さん、ソッチの気があったのか……?
踵を返した近藤さんに鞘で殴られた。痛い。ところで鞘と蛸って似てるよね。蛸食いねぇ寿司くいねぇ。最後に寿司食ったのいつだっけかな。江戸の頃だよな。酢でしめた押し寿司。見慣れた寿司じゃなかったけどめっちゃうまかった。
「あの子見てるとさぁ、昔の宗次を思い出すんだよな」
……ああ。なるほど。確かに昔は宗次も素直でかわいかった。……宗次、元気かな。うっかり病気が全快してたりしないかな。とっととこんな苦行からはおさらばして、あいつの見舞いに行ってやりたいなぁ。
「なぁなぁトシ」
「なんだよ?」
急に近藤さんは声を潜めて俺に話しかけてきた。あっ高倉くん……。
「わかりました、ぼくは永倉さんについて先に行っています」
ホント、物分りの良い子だねぇ。ほら見習えよ近藤さん。で、ナンデスカ?
「お前、正直なところ、この甲陽鎮撫隊の勝算はどのくらいだと踏んでるよ」
……最初に言ったじゃねーかよ。
「一割。あればいい方かな」
「やっぱそんなもんか」
そんなモンだよ。っていうか十中八九負けると思うよ。今のうちに逃げたほうがいいかも知んないよ。っていうか逃げたいよ。
「あのさ、オレは立場上、士気が下がるよーなこと言えないけどよ……お前さんからそれとなーく、全軍に退却方法を伝えておいてくんねーかなぁ。そりゃ、勝てればそれに越したことはねーけどよ。無理そうだったら……」
あり? 近藤さんが何か消極的だ。……やばい。こんなの近藤さんじゃない。無茶な行軍で脳にきたのか?
「バカ言ってんじゃねーよ。オレだって好き好んでこんな無茶な進軍してるわけじゃねーさ。他に方法がなかったというか……どうしようもないことは、この世の中にゃいっくらでもあるんだよな」
……結構長年付き合ってきたけど、近藤さんのマジな弱音を聞くのは初めてかもしれない。本気で精神的に弱ってるのかな、この人……不安だ、非常に不安だ。
「アンタは適当に胸張ってえっへんえっへんしてりゃあいいんだよ。余計なゴタゴタは俺が考えるさ。そもそも負けるって決まったわけじゃねぇしな。狸爺が後詰め出してくれるって約束してくれたし、意地でも甲府城、落としてやろうぜ」
あるぇー? 何で俺が近藤さんを励ましてるんだろう。弱気になってるところを説得して引き上げさせるって手もあるのにな。
……俺もうすうす感付いていたから。ここで引き返したところで、もう俺らの居場所はないんだってことを。
「頼りにしてるぜ、トシ」
「そりゃあこっちのセリフだよバーカ」
近藤さんの笑顔が頼りない。やばい、この人ガチで弱ってる。まずい、まずいぞ。こんなんじゃ勝てる戦だって勝てねっつの!
「そ、そういや彦五郎さんはどうしたんだ?」
「まだ兵隊集められそうだってんで、遅れて合流することになってる。でも実際のところ、農兵の寄せ集めだから戦力になるかどうかは微妙だな。彦五郎さんにゃ悪いが当てにはしてない」
やっぱりね……。無理してでも止めときゃよかったかなぁ。
「止めたところで聞く人じゃねぇよ。そいつぁ兄弟子のオレがよーく知ってる。のぶさんにゃ悪いけどな、あの人も根は武士なんだよ……身分的な意味じゃなく」
「わかってるよ。でも……あんま無理はして欲しくないよな」
「そうだな……」
いつのまに、こんな道に進んじまったんだろう。一生懸命あくせく頑張ってみたけれど、結局俺の知ってる歴史どおりに進んじまってる。俺なんかじゃ歴史は変えられないんだろうか。……不利になるってわかってても、無理して歴史変えればもっと違う未来がひらけんるんだろうか。
前は俺が助かればいいと思ってた。でも今は違う。守りたいものがあるし、守りたい人がいる。
守るために、俺に何が出来るだろうか……そんなことをずっと、意味もなくぐるぐると考えていた。答えは、まだ出ない。
感想なりコメントなりいただけると執筆速度倍増するんですよいやまじで。




