第二十四話
俺が簀巻きにされている間に、江戸では薩摩藩邸の焼き討ち事件が起こっていた。
あちこちで騒乱を起こしていた薩摩の強硬派にキレた幕府の人達が薩摩藩邸に押しかけたのだ(武力的な意味で)
……思うんだけどさ、もしかして徳川慶喜って周りに流されやすいタイプ?
この事件をきっかけに幕府は討薩の動きを見せて俺達も伏見に呼ばれてたわけなんですが。
そして今日、正月早々ですが、俺達新選組にも指令が下りました。会津藩兵と合流して伏見市街地を鎮圧するようにだそうです。
出発前、俺は隊士にこう伝えた。近藤さんの居ない新選組の総司令官として。
「戦術的勝利は必要だが、戦略的勝利は無意味だ。しばらく大変な戦いが続くと思うが、俺はここであえて言おう、この戦争はカスであると!!」
……見るからにちょっと士気が下がった。それでもこの戦いで俺はこいつらを失うわけにはいかないんだ。
「今回限り法度に逆らう形となるが、敵前逃亡・逃走おおいに結構!! 情勢をひっくり返す場面はまだ先にある。命が危ないと思ったら速やかに退避する事。ただし脱隊は変わらず切腹である。戦から逃げることは許すが新選組から逃げることは許さん!」
シーンと静まり返っています。ううう、話しにくいなぁ。ていうかそもそもこういうガラじゃないんだよなぁ、俺。返す返すも近藤さんさえ居てくれれば……。
「現場では俺が指揮を取る。命令が行き届かない場合は各人の考えで行動してくれ。けれど繰り返すが、この戦では保身を第一に行動せよ。 お前達の命に代わりなど無い!!」
……あり? なんかウオオオオ! とか言って士気が一気に上がったんですが。俺変なこと言った?
「土方さん、オレあんたについていくっす!」
「生きて帰って嫁に”ついんてーるのめいど服”になってもらうんだ!!」
「なにを! おれなんか婚約者に土方さんお手製の”ちゃいなどれす”を着てもらうんだぜ!! 絶対死ねるかよ!」
……萌えの効果はどうやらすごいごたるです。俺やりすぎたかなぁ……まぁ、『いのちだいじに』はしっかりみんなに伝わったようです。
よーしそれじゃ野郎ども、出兵だ!!
「おう!!」
奉行所から出た途端に囲まれました。あれコレやばくね?
「陣形を崩すなよ!」
ウチの陣形はシンプル。前衛に剣、中衛に槍、後衛に鉄砲隊。サイドは幹部クラスの剣士で固めました。後ろは奉行所ね。奉行所の中の人に裏切られたらさすがに死ねるけど、史実ではそんなことは無かったはずだと思いたい。回り込むだけの広さも無いしね。
「土方さん、勝ちましょうね!」
ウン、勝てればいいね、吉村君。ところでキミ前々から思ってたんだけど撃剣師範の割りに戦闘に参加して無いよねいままで。今回おもいっきりはっちゃけていいよ、サイドで。
「ありがとうございます、最近交渉役ばかりで嫌気が差していたところですから、力一杯暴れてやりますよ」
うん、でも『いのちだいじに』だからね? そこんとこ忘れないでね?
『負けない戦い』を目指していた俺達の戦果はそれなりだった。徹底的に防戦と時間稼ぎに重きを置いたおかげで、およそ丸一日の戦闘において死亡が二名、逃走者が数名。上からの退却命令が下るまで陣形を保つことが出来た。
そして退却命令とともに、『錦の御旗』のことが隊士達にも伝わる。何も知らないよそ様は見事に総崩れになっていったがウチは予め言っておいたからね、士気の低下は最小限で済んだ。
そして続けざまに、総大将である将軍徳川慶喜がこっそり逃げ出したこともバレた。もちろん予め伝えてあるウチ以外は以下略。っていうかマトモに動けるのは新選組だけっていう悲惨な状態になってしまった。それでもやっぱりどうしようもなくなって俺らも退却するんだけど。
退路を確保して俺たちが壁になる。っていうか銃士隊にとにかく弾幕はらせた。街道が狭くてよかったぁ。広かったらさすがに弾が尽きてしまう。その隙に味方を逃がしつつ俺らも後退を始める。目指すのは淀城だ。でも確か、入城拒否されるんじゃなかったかなぁ……。
俺の記憶は正しかった。淀藩主にきっぱりお断りされた幕府軍は、もちろん俺達も含めて千両松に布陣する。ちなみに幕軍の士気は最悪だ、ウチ以外。戦いは敗色濃厚になっていき、ずるずると後退していく。またしても殿は俺らだチクショウ。
「銃士隊、隊列を崩すな! 後退はゆっくりでいい。他の奴らは死なない程度に銃士隊を守れよ!!」
新選組の命綱ですから、銃士隊。修練きっちりさせておいたおかげで、効果はバツグン……とはいえ所詮戦場のごく一部。戦況をひっくり返すには到底及ばないんだけどね。いいんだ、ここは無事に退却できたらそれで……。
ドゴーン!! 耳を劈く爆音と至近距離での爆風。ちょっなに、え、アームストロング砲!? 聞いてないよ!!
「無事かお前ら!! 大砲が出てくるなら俺らが弾幕はる必要もねぇ、急いで退却だ!!」
逃げ足には自信があります。いの一番に全力疾走で逃げました。余裕でみんなも逃げました。お前ら、だんだん俺に似てきたな……。
退却後に安否確認をする。……十三人、足りない。重傷者も数名出た。まさかここで大砲が出てくるとは思ってなかったからな。
その十三人の中には幹部の井上さんも含まれていた。多摩にいた時からの仲で、面倒見のいい組のお兄さん的存在だった(近藤さんは「あんちゃん」)
……ここに居ない以上、無事ではないだろう。死ぬことを知っていたから後方に詰めさせていたんだが、それが仇になったか……ちくしょう。
けれど嘆く暇はない。俺たちはひたすらに後退を続けていき、改めて男山の西側に布陣する。東西を山と川に挟まれて、ひたすら前方だけを見ていればいい。今までの中では一番楽に戦える布陣だ。……普通なら。
俺は知っている。だから警戒もしていた。っていうか淀川で逃げる準備してた。淀川対岸に布陣している津藩が裏切るんだ。でも対岸だから遠距離攻撃するか川を渡るしか方法は無い。大砲にだけ気をつけさせて、とにかく淀川を下る準備を進めていた。
「現在の所、津藩側に不審な動きは見られません!!」
おk。重傷者は先に逃がしとけ。軽症者は船の準備、元気な奴らは戦ってるフリしとけよー。くれぐれも逃げようとしてることがばれないようにな!!
ドンっと聞き覚えのある音がこだまする。ああ、はじまったかな……。
「大山崎より砲撃!! 友軍は総崩れです!」
よーし、こんな場所からはさっさとおさらばするぞ!! おまいら全力で逃げなさい。海軍に話はつけてあるからとっとと乗り込めー。
先に出発させていた富士山艦には重傷者とそれを守るための幹部連中を詰め込んでいる。そして俺らが乗るのは順動丸だ。ばっくれる前に榎本さんに許可もらっといてよかったぁ。
そしてのんびり船旅で江戸に向かうとです。とりあえずこの順動丸に乗り込んだ隊士達はみな無事なようだ。おkおk、後は先に出た富士山艦に乗っている重傷者がどうなるかだな……。まぁこればっかりは着いてみないとわからない。ほっとこう。
「土方さん、俺、生き残りましたよ!!」
「俺も俺も! 江戸に女房が居るんで、”めいど服”の作り方教えてやってください!!」
あーはいはい、お前さんらもよくやったね。
しっかし、幹部よりむしろ平隊士にウケのいいボスってどうなんだろね。そんだけ俺が庶民派ってことかぁ? っていうか庶民になりたい……マジでなりたい……。