第十八話
予想外なことに、ウチで伊東先生と近藤さんとの会談をセッティングするにあたって、近藤さんが一切ゴネなかった。二、三発殴る気満々だったのに拍子抜け。
まぁ、坂本さんの件がどういう風に扱われてるかとっくり説いて聞かせたので、危機感を持ってくれたんだろうと思いたい。むしろ持ってくれてなかったら、あらためて殴る。
「それで、今夜ウチにくるんだな、伊東先生」
「ああ。アンタがビビるといけないから一人できてくれって頼んどいたよ」
「そりゃありがてえ話だ」
坂本さん暗殺の話は、口コミで隊内にも広がっていた。ということは勿論、町にも広がっているんだろうな。そんでもって俺らが犯人扱い……ううう、何でこんなことに……。
だがしかーし! とりあえず御陵衛士を味方に引き入れておけば、きっと伊東先生が何とかしてくれるはず! 俺が持ってる土・薩ルートは伊東先生関係だけだもんな。結局西郷さんとの会談はできないままだし、桂さんのこと聞いてからやっぱり長州が怖くなったし。坂本さんが薩摩の人たちにうまい具合に俺のこと話しててくれたりしないかなぁ。死んだ後も坂本さん頼りな俺(´Д⊂ モウダメポ
さて、日も暮れてきたことだし伊東先生をお迎えにあがりましょうかね。よく考えたら俺、伊東先生に近藤さんの別宅の場所教えてなかったし。あ、いやいやいや、すでに知ってるのかも。近藤さんが別宅持ったのはまだ伊東先生がいた頃だしな。まぁいいや、とりあえず迎えには行こうっと。
「おや、これは土方君直々のお出迎え、痛み入ります」
わーい、間に合わなかった。御陵衛士の屯所に向かう途中でばったりと伊東先生に会っちゃったー。よかた、すれ違わなくて。
「ありゃ? 護衛は?」
「ああ、面倒なので私一人できましたよ。衛士達にはこの旨話してありますけれど」
だー、もう、どいつもこいつも危機感持てっつーの! 俺? 俺はいいのよ歴史知ってるから。伊東先生がウチの誰かに襲われでもしたらモロに油小路事件になっちゃうじゃないの! ……一応駄目出しはしてあるけど、人間どんなに言い含められてても暴走する時は暴走するって、京都見廻組見ててよーっくわかったもんなぁ。
「ほんじゃ参りましょうか。近藤お待ちかねですよ」
なんかお孝さん(近藤さんの愛人・妹の方)に張り切って酒のつまみやらなんやら作ってもらってるみたいだしね。俺はあの人ちょっと苦手。美人なんだけどすんげー気が強くてさ、お姉さんの方が優しくて好きだったな。近藤さんは『だが、それがいい』とか言ってるけど。
そんなこんなで近藤さんの別宅に到着しました。今は沖田もここで療養してるんだけど、まぁそれは別のお話。ちっすお孝さん、お久しぶりです睨まないでください。俺なんか悪いことしたっけかなぁ。
「近藤は奥の間で待っております、どうぞ」
ちょっと、俺に対するつっけんどんな態度とその伊東先生に対するスマイルの違いは何なのよ。色男だからか、そうなのか!? そういやこっちに来た頃に比べて俺モテなくなった気がする。あれか内面が顔ににじみ出てきたのか? ……やべぇ。
「おう、待ってたぜ! 伊東先生もおひさしぶりっす!」
正直に言って内心ドキドキしてたんだけど、なごやかーに迎え入れられて自然に飲み会始まりました。そうだよな、元々は仲間同士だもんな! あー無駄に気ぃ使って損した。俺も呑もうっと。
「歳はダメ」
何で!?
「お前の酒癖悪さは天下一品だからな。伊東先生の前で醜態晒したくなきゃ素直に水飲んどけ」
これだけいい酒揃えておいて、うまそうなツマミ並べておいて水はねーだろよ!! ちっくしょう、俺いじけた。
俺がスミでイジイジしてるのをガン無視して、伊東先生はいきなり本題に突入した。スルーですかそうですか。
「ところで坂本さんの件……近藤さんはどこまで聞いておいでですか?」
「ん? 歳の知ってる事は大体聞いたと思うけど。俺らが疑われてんだろ? 土佐の方はオレが何とかできるにしても、薩摩の誤解はオレだけじゃあ解けそうにねぇ。伊東先生に何とか協力して貰いてえんだが、どうにかなるか?」
俺は口を挟まずに、しぶしぶ水飲んでるとです。……お孝さんがお茶をいれてくれましたが、乱暴に置かれたために茶碗がガチャンと派手な音を立てました。やっぱり嫌われてるごたるとです。
「どうでしょうね……出来る限りのことはするつもりですが。前もって長州から『新選組が狙っている』という情報が流れたのが痛いですね。元新選組の我々の言葉を信じてもらえるかどうか……」
……元凶は桂さんな訳ですね。いいひとだと思ってたのにー! 腹黒はこれだから嫌いよ><
「けれど何とかしましょう。しなければ、今後また幕府と天子様の間で諍いがおきかねない。それは私としても避けたい状況です」
うんうん。やっぱり伊東先生信じて正解だったね。つーか、多分今まで出会った人の中で考え方が俺に一番近いのって伊東先生だと思う。坂本さんもまたちょっと方向性違ったしな、その点この人は元新選組だし、ものすごく身近に感じるとです。
「ありがとう、伊東先生、恩に着るよ。……それと、歳。この場で聞いておきたいことがある」
それまでスルーされていた俺にいきなり話が振られたので、驚いて茶碗ひっくり返してもうた。はいはい、何ざんしょ?
「お前さん……何で伊東先生と一緒に新選組を出て行かなかった?」
うお? 予想外の方向から攻撃が! 何でって近藤さん、もしかして俺に出て行ってほしかったとか? ひどいなぁ。
「ああ、勘違いすんな。オレは昔からのお前さんの思想を鑑みるに、絶対に新選組を出て行くと思っていた。だがそうしなかった、何故だ?」
「私もできるなら伺いたいと思っておりました。土方君ならば私の考えに同調し共感してくれると思っていたのですが……」
えっちょっと待ってお二人さん。俺副長よ? 俺が抜けたらやばいってどう考えても。
「やばいのは新選組であって、お前さん自身じゃねえ。抜けようと思えばあれが最大の好機だったはずだ」
いやまぁそうなんだけど、あれー、俺これっぽっちも全然考えなかったよ、そんなこと。御陵衛士が新選組より先に滅びるって知ってたから? ……違うな。んじゃ何でだ。
「……」
近藤さんも伊東先生も、俺の言葉を待っている。真剣に考え、その間ずっと沈黙していた俺は、やがて一つの結論にたどり着いた。
「……山南さんが、俺に『組を頼む』って言ったから……それは、何があっても裏切れないと思った……」
はっきりとそう言った訳じゃない。でも、多分あの時山南さんは、新選組の未来を俺に託したんだと思う。そして俺は覚悟を決めた。
『新選組』として、俺は生き残ってやると。
「……成程、山南さんが相手では私などが勝てるわけがありませんな」
「ふうん、そんなことがあったのかい。オレが事の顛末を聞かされた時にゃもう切腹の刻だったからなあ」
納得、してもらえたんだろうか。なぜか俺の水杯に酒が足される。
「悪かった。別に疑ってたわけじゃねえんだ。ただ、多分お前さんはオレと見てるものが違うんじゃないかって思っちまってさ」
「ふふ、いい部下をお持ちですね、近藤さんは」
「おだてたって歳はやんねーぞ? こいつぁオレの大事な部下でダチで、新選組の要石だからな!」
伊東先生と近藤さんが笑っている。俺も、ちょっと薄くなった酒を飲んだ。美味しい。あれ、なんか久しぶりにうまい酒を飲んでいる気がする。薄いはずなのに。
「あ、飲んでいいのはそんだけだかんな? それ以上は禁止」
なん……だと……!! いいじゃねーかよちょっとくらい!
やがて夜も更け、伊東先生はここを出て行った。屯所が近いとはいえ、俺もそろそろお暇するかなっと。酒飲めないし。
「山崎!」
近藤さんが突然叫ぶ。するとどこからともなく山崎が現れた。……忍んでたのか?
「撤収だ。全員にそう伝えろ」
「了解しました」
何のことだ? 不審な目を向ける俺に、近藤さんは頭をぽりぽりとかきながら頭を下げた。
「さっき言ったけどさぁ……オレは、お前が伊東先生側に居ると思っていた。つまり、御陵衛士と……一緒になってオレの命を取りにくるんじゃないかって、なあ」
は!? 全ッ然気付かんかった。近藤さんそこまで俺を疑ってたんだ……。
「けど誤解はとけた! 悪かったな、変な風に勘ぐっちまって。お前さんの心意気、しかと受け止めたよ。これからも……よろしく、頼むな?」
近藤さんが手を差し出す。俺はその手をがっちりと握り締めた。