第十四話
お茶、出されました。出した人はさっさと退出してしまいました。待ってこの人と二人っきりにしないでぇ!
「いい加減、往生際が悪ぃぜ」
だって! 今この人が「やれ」って言うだけで俺の人生終了なんですよ? たったひらがな二文字で俺ば殺せるとですよ? 嫌だイヤだうわあああん!
「殺さねーよ。お前は高杉の客人だろう? んなことしたらオレがあいつに殺されちまわぁ」
……味方もさくっと殺しそうですもんね、あの人。心中お察しします。
「もうな、扱いに困って仕方がなかったよ。勝手に無茶苦茶な計画立ててしかも実行しようとしやがるし。京都大火の件、お前ならよく知ってんだろ? 実はあの時オレも池田屋にいたんだよ。お前の率いる本隊が来る前に吉田君達が逃がしてくれたけどな」
……それはあれですか恨みとか持ってても不思議じゃないですよね。俺の死亡フラグはそんな所ですでに立っていたとですか嫌じゃ死にたくないぃ!
「だから人の話を聞けって。オレはあの人らを止めるために池田屋にいたんだよ。話切り出す前に新選組が殴り込んできたんだけどな。京都大火を止めてくれたことに関してはむしろ感謝してる」
あるぇ~? 話が変な方向に転がってきたじょ。
「うちの人間を失ったのは痛かったが、あんなもん実行された日にゃー、オレ達ゃ完全に悪役だ。日本中を敵に回してなんぞ勝てる気がしねーよ」
この人意外に良識派かもわからんね。そういえば、俺が今までに会った幕末の著名人の中じゃ一番まじめで優しそうな顔してる。近藤さんの方がよっぽど悪役面してらあね。坂本は馬鹿面。
「ひとまず今日はさ、あのヤロウに騙されてわざわざ早駆けさせられたんだ。お前も似たようなもんなんだろ? 被害者同士仲良くしようぜ」
そういや危篤だとかなんとか。案外ハッタリじゃないかもしれないんだけどなぁ、時期的に。確かにそろそろ亡くなる頃ではあるし。
「いや、高杉さんはガチでもうすぐ死にますよ多分」
言ってからしまったと思った。やべぇ、同じこと宗次について言われたら俺キレる自信ある! つうことはだ、この人も……怒らないでくださいぃ><
「怒んねーよ。皆承知のことだしな、あいつの先が長くねーのは。それよりもオレは、お前がここに来たことの方がよっぽど気になるよ。何でまたわざわざ好き好んで高杉の見舞いに来たんだ? その割にゃーえらくビビってるしよ」
俺はとりあえずさっき高杉さん達に話したようなことに加えて、坂本さんから頼まれた旨を話した。
「いやー。お前、度胸あるんだかないんだか分かんないヤツだな。オレがお前の立場だったら無視するがね」
だって無視したら高杉さん祟りそうなんだもん……。
「確かに、あいつは本当に祟りそうで怖いわな」
そこで真面目にウンウンと頷かれるのもどうかと思うんですが……よっぽどヤンチャだったんだなぁ高杉さん。
「なに、ああいうヤツが一人や二人、いた方が楽しいわな。その分面倒事も山積みになるがね」
ひっじょーによく分かります。うちの問題児(近藤さん)もかなりのヤンチャだが、不思議と嫌いにゃなれねえんだよな。けどお宅はいいよ、同等か目下の人間じゃん? うちなんか上司だぜ上司。
「はっは、そうか、新選組の局長はそんなにタチが悪りーか!」
「悪いなんてもんじゃないっすよマジで。そもそも俺ぁ実家継ぐっつってんのに拉致られて無理やり新選組やらされてんですから」
「だが裏切らなかったし見捨てなかった。お前が信を置くに足る人物なんだろうさ、そいつはな」
……まぁね。本気で嫌な奴だったらとっくにバックレてるだろうし。なんだかんだで組の奴らも可愛いしな。
俺のそんな言葉を聞いて、桂さんは急に深刻な表情になる。
「これだけ堂々とここまで来たんだ。オレらが今後どうするかくれーはお見通しなんだろ? 坂本さんと繋がってるってのもあるしな」
「……武力討幕……ですか」
違うと言ってほしい。京都大火に反対したこの人なら、今更幕府と朝廷が争う無意味さもわかってくれるだろう、きっと。
「悪りーがな、もう状況がそれを許さねーんだ。徳川家茂と孝明天皇が生きてりゃ話は違っただろうけどな。大政奉還のために坂本さんが駆けずり回ってんのは知ってるだろ? 朝廷は大政奉還が成ったらここぞとばかりに幕府を潰す気だ。さすがにそれはオレなんかにゃ止められねーよ」
……そうっすね。でも正直、孝明天皇を長州が暗殺したんじゃないかって、俺は睨んでんだよ。洋式を次々取り入れてる長州にとって、攘夷思想の孝明天皇は邪魔でしかないからな。
「おっ、段々肝が据わってきたな。だが残念ながらそいつはハズレだ。表向きは病死……だが、黒幕はうちでも調べがついてんだよ。別に、信じてもらえなくても問題はねーがな」
長州じゃないとしたら薩摩……あるいは肥前、土佐。その辺だろうか。聞いても教えちゃくれねぇだろうなぁ。一応聞いてみるか。
「黒幕は薩摩の大久保だよ。もちろん下手人は別だがな」
聞く前に言っちゃったよこの人! ちょっと誰かこの人黙らせなくていいんですか? 俺なんかに言っちゃマズいでしょそんな事!
「いいんだよ。オレは、西郷は尊敬しているが大久保はどうも好きになれねー。薩摩とも対立する予定の新選組が大久保を潰してくれりゃー恩の字だ」
胸が痛んだ。やっぱり、薩摩や長州との対立は不可避なんだろうか……。
「お前らに幕府を守る気がねーんなら戦わなくてすむだろうさ。だが会津公お抱えの新選組がそういうわけにゃいかんだろ? つまりそういうこった。本気で戦いたくねーんなら、今の内に夜逃げの準備でもしとくこったな」
そうだろうか……俺はまだ話し合いの余地があると信じる。坂本さんと話した、新たなる公武合体の草案、あれなら朝廷にも受け入れてもらえる可能性がある。
「……心情的にはオレはお前らの味方だからな。いざ刀や鉄砲を抱えて目の前に出て来ない限りは見ぬ振りもできる。西郷はオレが説き伏せてやれるかもしんねーが、大久保は無理だ。あの二人が落ちない以上、オレにゃ薩摩を止める理由も道理もねーんだ」
そこで坂本さんが頑張るわけですねわかります。……長州以上に俺薩摩には行きたくないです……。
「そこで坂本さんが死んだらどうなる? 情勢は一気に倒幕に傾くだろ」
もしかしたらこの人……。
「坂本さんを暗殺する気ですか!」
「いいねいいねー。羊の皮被ってるお前より今のお前の方がオレ好みだぜ。……暗殺を企ててる奴が居る、ってー話だよ。これ以上は、ここまで口が裂けてるオレでも、口が裂けても言えねーな。今までの話と合わせてよく考えてみろよ」
桂さんはそう言うと、笑って立ち上がった。
「さて、オレもこう見えて案外忙しい身でね。いつまでも高杉の戯れ言に付き合ってやる暇はねーんだ。だが、お前とはいい話ができたと思ってるぜ。せいぜい頑張って坂本さんを救って、悪ガキな上司を説得してくれよ?」
それだけ言うと、桂さんは野村のオバサンに何事か話してから、屋敷を出て行った。
一晩泊めてもらった翌日、俺は桂さんがオバサンに何を言っていたのかを知った。俺が京都に帰るまでの駕籠代を出してやれ、って事だったらしい。どんだけいい男だよ。遊郭で顔見知りになった幾松さんナンパしようかと思ってたけどやめときます。適う気がしねぇよ。
んで、出してもらった駕籠代にいくらか足して早駕籠で帰った俺は、何故か近藤さんに抱きつかれた。突き飛ばした。起き上がった近藤さんはそれでも笑顔だった。
「何だよ俺にその趣味はねぇぞ?」
ははぁ、さては俺がいない間に幕臣に取り立てられたな?
「違ぇよ!」
だがそれもある、と言われた。ホレミロ。
「違うって。オレぁお前が帰ってきてくれたことが本当に嬉しいんだよ!」
あー……長州に行くとは言ったもんなぁ。まさか高杉・桂に会ってきたなんて夢にも思わないだろうけどな。
「無事にってえのもあるけどな、お前を長州にとられちまうんじゃないかとおちおち昼寝もできなかったよ」
えっあっもしかして俺が裏切ると思われてた? ひでぇなあ、自覚があるんなら俺に雑務押し付けるのやめてくれよ。
でも。こっちが驚くほどの近藤さんのはしゃぎっぷりを見ていると、何だか嬉しくなってくる。ああ、俺って大事にされてるんだなぁ、みたいな。
その夜は幕臣取り立ての宴会を、三人でやった。俺と近藤さんと、宗次。宗次はまだ屯所にいたので近藤さんの部屋でこっそりと。近藤さんは将軍にもお目見えできる『旗本格』になって、感極まって泣いていた。俺は正直どうでもいいんだけど、近藤さんが嬉しいなら俺も嬉しい。宗次も俺と同じような感じで嬉しそうだ。
久々に程よくいい酒を呑んだ俺は、ほろ酔いで部屋に戻って……絶叫した。
「なっ、永倉あああああ!」
そこには、見事なまでに未処理の書類の山がうずたかく積まれていた。ちくしょう逃げたなあのヤロオォォ!