第九話
ゴネた。
唐突ではあるが、俺はゴネた。
坂本さんとの一件で、どうにかして江戸とコネを作らんといかんばいってなわけで、しかしながらどうしたらいいかもよくわからんので、とりあえず俺の名前で勝海舟にお手紙ば書いてみたとです。面会希望だとか、尊敬してますよとか、ウィーラブ幕府! とか。
そしたら予想外にも超高速で返事が来ました。しかも側近とかじゃなくてちゃんとご本人の名前入りで。
新選組での活躍知ってるよーとか、いつでもいいから江戸にくるときにはひと声かけてね一緒におしゃべりしよっ♪的なナニカ。
こんなとんとん拍子に話が進むとは思ってなかったっつーかそもそも返事が来るとも思ってなかったんで、その日俺は普通に銃士隊のメンバーをしごいてました。おらおらぁ、タマはあるんじゃガンガン撃って命中率上げんかーい! そしてその辺の山で鳥や獣を狩ってきて食費節約! んで今度はスペンサー銃をゲットするんじゃあああああ!
てなわけで。銃士隊を一旦おいといて、現在旅の準備をしつつ、近藤さん相手にゴネまくっているわけです、江戸に行きたいって。いいじゃんか! 今俺ここにいなくてもいいじゃんか!
「馬鹿ちげーよ」
何が。
「俺だって江戸城行きたい! 見たい! 入りたい!! オレも一緒に連れてけ!!」
そうでした、この人はこういう人でした。
でも、さすがに新選組のツートップが揃って京を空けるのはまずいだろ。空気読んでくれよいい大人なんだから。
ですが近藤さん、一向に聞き入れてくれません。あれ? ゴネる立場がいつの間にか逆転してるぞ?
埒があかないので宗次を呼んで、餡蜜食い放題で近藤さんを押さえつけとくようにオネガイしといた。ああ見えて宗次は名ストッパーですよ? 手段選ばないからねあの子。ああ恐ろしい恐ろしい……。
道中は省略。俺の足のマメと筋肉痛以外は特に何事もなく江戸に到着しました。せっかくだし日野の方にも足を運んでみたいけどそんな暇はないから直で江戸城へと向かう。
入れてもらえませんでした。
うん……身分考えたら当たり前なんだけど切ないよね……というわけで俺は今、会津藩邸にお邪魔しているとでした。別に遠慮せずにいていいって言われてるんだけど、お借りしてる部屋がめっちゃ無駄に広くてそわそわしっぱなしでごんす。いっそ納屋とかでもいいのに……その方が俺も落ち着けると思うし……ほんとは多摩に帰りたい。できれば薬屋継ぎたい。平和な余生を過ごしたい。
「よう、土方君!」
与えられた部屋の角っこでぐだぐだしていたら、見知らぬオッサンに声をかけられました。
「どーちら様ですかぁ?」
いくら俺でも松平家ご一族の顔は知ってるもんねー。それ以外だったら俺より格は下のはずだもんねー。と、鼻ホジホジしながら尋ねたら。
「君が訪ねてきた勝海舟ってぇモンだがね」
グブフォア! 指! 指が鼻に刺さった!! あああ血が血がダダ漏れるぅー。
あれこれ最悪の初対面じゃないですか。勝さんが冷ややかに俺を見下ろしています。死にたい。
「そんなナチュラルに登場せんでくださいよ幕府の重鎮が。俺そこらへんのオッサンかと思っちゃったじゃないですか」
「おっ、君は西洋の言葉も知っているのかい。いや噂には聞いていたがね」
なんだよ噂って。どうも京の土方歳三像は変な風に捻じ曲がって日本各地に伝えられている模様。
「前にも一度、君から手紙をもらったね。あの時はぁ忙しくて返事を出せず仕舞いだったが、今回はわざわざ足を運んでもらったからなぁ。是非一度会ってみらにゃあとは思っていたんだよ」
そう言いながら、勝さんは座布団も敷いてない畳の上にどっかと座り込んだ。いやいやいや、オッサンあんた今だって忙しいでしょうが! そろそろ第二次長州征伐のゴタゴタであっち行かなきゃいけないでしょうが!!
「ほう、噂どおり、先見の明があるようだな」
だから何の噂だよ。あんたどこから仕入れてるんですかその胡散臭い情報。
「おや、アイツに聞いてねぇのか? 俺ぁ君の事は龍馬から色々と聞いていたんだが」
ガッデーム! 坂本さん俺を騙したな!! なーにが『紹介して欲しいぜよ』だ! 普通に知り合いなんじゃねえか!!
ふと、坂本さんの言葉を思い出す。
『人と人との仲立ちが何よりも重要になってくるぜよ』
チクショウ、また一つ借りが出来ちまったじゃねーか。絶対に近江屋で死なせねえぞあんにゃろう。
「で、正直なところ俺にゃあどこまでが本当なんだかわかんねぇんだが、お前さん、未来から来たってぇのは本当かい?」
さかもとおおおおおおおお! 何余計なことまでしゃべっとんのじゃあんちくしょオオオおおお!
「えっと……」
駄目だ。この人の目がマジだ。ごまかせそうにない。嘘ついたら即座に斬り殺されそうな気がする。俺の命もここまでか……。
「そ、です。信じていただかなくて結構です……むしろ信じないでください……」
「ほっほう、やっぱりそうなのか! それじゃあ、幕府がこの先どうなるか……勿論、知ってるんだよなぁ?」
短い命でした。ボク、まだ死にたくないとです……。
「縁起でもないって怒らないでくれま……せんよねえ」
「縁起でもないこと言いやがるか、面白い、聞かせてみろ」
怒らないって約束してくれないと怖くて話せないですううううう><
「来月あたり……将軍家茂公が逝去されます。それによって第二次長州征伐は中止になり、勝さんが長州との和平交渉を命ぜられます」
「ほお、次代の将軍は?」
「一橋の慶喜公です。でも……言いにくいんですが、あなたは慶喜公に裏切られます。んで激怒して軍艦奉行辞めちゃう……らしい、です」
言いにくいよう怖いよう。だってこの人、目が本気なんだもん……。
「それで? 俺は死ぬのか?」
「いえ、単に囮として使われるだけなんで、別に怪我とかそういうのもないと思います。ですが、勝さんの自尊心はそんなこと絶対に許さないでしょう?」
「はっはは、確かにな。続きを聞こうか」
……まだ聞くとですか……。笑い飛ばして無かったことにしてもらえませんかね? つうか俺なんでこんなところで勝さんに尋問されてるんでしょう……来なきゃよかった。
「幕府がゴタゴタしてる間に長州と薩摩は手を結び、錦の御旗を掲げて幕府を追い落としにきます。幕府が朝敵になるとです……その頃になって、再び勝さんが幕府に呼び戻されます……」
「なるほど俺ぁ尻拭いをさせられるってぇ訳か。で?」
「幕府は大まかに、薩長と戦おうとする主戦派と、できる限り戦なく穏便に済まそうという恭順派に分かれます……っていうか、勝さんコレ全部信じちゃうんですか?」
「ん、そりゃ未来から来たってんなら信じるしかなかろうよ」
そこを信じちゃうのがまず前提条件として間違ってると思うんですが。
「土方君と新選組の立場を考えるなら……お前さん方はその、主戦派とやらに属するだろう。そして俺の……まぁ状況にもよるが、そんだけ悪条件が整っちゃあ、俺は、恭順派に回るだろうな」
「その通りです」
「ほれ、それが答えよ」
は?
「どう考えたって、俺とお前さん方は相容れる関係じゃねぇってこった。そのお前さんがわざわざ江戸までやってきて、俺にこんな話をする……これが例えば嘘だとして、お前さんに利は何もない。それこそが、俺がお前さんを信じる理由よ」
そんなに簡単に人を信じちゃらめぇぇぇ! 俺そんなにいい人じゃないよ? うまく立ち回れば自分が生き残れるかもとか思ってチョロチョロやってる小心者よ?
「いいじゃねぇか。誰しも己の命が一番大事に決まってらぁな。人間の命に比べたら、幕府の存続なんぞ屁みてぇなもんだ……ってまずいな、こいつは内密に頼むぜ」
そう言いながら、勝さんは俺に向かってぎこちないウインクをする。あれ、この人いい人なのかな? この人も……味方だと思って、イイノカナ?
「まぁそう警戒しなさんな。俺の可愛い弟子の後押しもあるこったしな、お前さん方の悪いようにゃあせんつもりだ」
弟子?
「龍馬だよ」
えー! 坂本さんって勝さんの弟子だったんだ! ますますもって坂本さんを憎むべき理由が……いや、うん、感謝すべきなんだよね、わかってる。
その日は用事があるとかで、この程度の話で切り上げて勝さんは帰っていった。俺がこっちに居る間にもう一度訪ねてきてくれるらしい。
うーん、歴史、転がったかな? その日の夜、俺は坂本さんが高笑いをしている夢を見た、あんにゃろ。
気が向いたら感想でも書いてやってください。
厳しいご意見おk。言われそうなことは大体理解できてるのでorz