第一話
ジャンルに歴史と銘打ってはいますが、まじめな歴史モノではありませんので、
ご注意の上閲覧くださいませ。
以前別所にて連載していた同名小説の改訂版です。
俺は、ガッコウのセンセイである。高校生に歴史を教えている。主に日本史。
けれど非常勤であり、ボーナスもなければ権利もあんまり無い、バイト先生だ。
いつかは正式採用を目指す、でもまぁ今のままでもいいかなと思わなくも無い、色々と適当な三十路である。
結婚はしていない。彼女もいない。残念な容姿と残念な性格をしているので彼女いない歴=年齢の三十路童貞である。底辺乙。魔法使いにはなれなかった。
今日は土曜日。私立高校なので土曜日もしっかりお仕事をして、のんびりと家に帰宅。
たまにはと珍しく夕飯を自分で作り、ビールの缶を一本二本と空けていく。酒は好きだが翌日に残りやすい体質なので、土曜以外にはめったに呑むことはない。その分土曜はアホみたいに呑むのだが。
換気扇が壊れ気味なせいか、肉じゃがのニオイが充満するワンルーム。日付が変わった直後にベッドへと入る。
最近ちょっと疲れ気味なので、日曜は一日中寝ていよう、そうしよう。朝メシは肉じゃがの残りでいいや。あと食パンとキャベツがあるから買い物に行かなくても何とかなるかな。そんなことを考えながらベッドの中でうつらうつらとし、そして翌朝、目覚めた。
目覚めると目を開くより先に、頭部を激しい痛みが襲う。まるで殴られたかのようなその頭痛に耐えかねて、俺はむくりと起き上がった。
「歳さん!」
……あれ、俺の部屋に誰かいる。横を見ると、中学生か高校生くらいの着物を着た見知らぬ少年が俺の顔を覗き込んでいた。
「気分はどうですか? 吐き気がするとか、ありませんか?」
ベッドに寝ていたはずの俺は、いつの間にかどこかもわからない座敷の煎餅布団に寝かされていた。少年が主に俺の頭部をさすりながら様子をうかがっているが、ある一点に手が触れたとたん、激しい痛みが再び俺の右側頭部を襲う。
「痛いイタイイタイ!!」
「ああ、かなり大きなコブになっちゃってます……ちょっと手ぬぐい冷やしてきますね」
少年は慌てて部屋を出て行き、俺が一人残された。……正直、現状が良く把握できていない。俺は自分の部屋で寝たよなあ。酔っ払って外に出ちまったのか? それとも夢か? にしては頭イタイ。
痛む頭部に手をやると、少年の言うとおり見事なコブが出来ていた。二日酔いじゃなかったんだな、この頭痛。
突然、少年が出て行ったのとは反対側の襖がシパーンと勢いよく開く。飛び込んできた見知らぬ茶髪のおにーちゃんが俺に抱きついてきた。反射的に突き飛ばしてしまった俺は絶対悪くない。コロコロと三回転くらいして起き上がったそれでも彼はひたすら笑顔だった。
「トシぃ!! マジ死んだかと思ったんだぞ!! よかったよかった!! 斬り合いならまだしもただの喧嘩で死なれちゃあたまんねーからな!!」
誰だ。彼の顔をマジマジと見てみるが全く記憶に無い。そして彼もまた少年と同じく、着物姿だ。
「歳さん、手ぬぐい冷やしてきましたよ。あ、近藤さん」
少年は俺の傍らにいる近藤と呼ばれた男に手ぬぐいを渡すと、少し下がった位置に自分も座り込んだ。
「おう、気が利くな宗次! トシの具合はどうだ?」
「コブができている以外は特に大したこと無いみたいですよ? これに懲りて、もう岩を投げ付けるなんて真似はやめてくださいね。いくら歳さんでも流石に死んじゃいますから」
岩を投げ付けるて……何ちゅー恐ろしいことを。どうやら俺はこの兄ちゃんと喧嘩して、岩を投げ付けられて死にかけた模様である。全く覚えてないけど。
ようやく頭痛が少し治まってきたので、二人の顔をまじまじと見つめる。やっぱり記憶にはない。
「どうしたトシ、オレの美貌に見惚れたか!」
近藤という人が意味のわからないことを言っている。美貌っていうかむしろヒョロいだけのギャル男っぽいんだがこの人どうしてこうなった……ってそうじゃなくて、あれ?
「トシって誰ですか?」
俺の素朴な疑問に、二人の笑顔が凍りついた。そして、しばしの沈黙。
「どっ、どうしましょうやっぱり打ち所が悪かったんでしょうか……」
「いやいや待て! 落ち着くんだ宗、まだ打ち所が悪かったと決まったわけじゃあない!冷静に、冷静にだな!」
とりあえずアンタが落ち着け、と言わざるをえないけど何も言わない。というか、二人の勢いに圧されまくって何も言えない。
どう見ても完全にテンパっているギャル男近藤(仮)が俺の質問に質問で返してきた。
「あなたのお名前なんてーの!?」
「はぁ、成瀬拓って言いますけど」
ここは素直に答えとく。だから俺の質問にも早く答えてください。トシって誰? そしてココハドコ?
律儀に真面目に返した答えを聞いて、二人はまるでバケモノだか有り得ない物でも見るかのような眼差しで俺を凝視した。
「と、歳さんが歳さんじゃなくなっちゃったんでしょうか……」
「待て待て宗次! きっとあれだ、打ち所が悪かったんだ!」
結局打ち所が悪かったってことになった。もうそれは本当にどうでもいいですからココ何処ですか。
「お前の実家だよ」
限界まで混乱しているギャル男がようやく答えてくれた。が、だ。
築四十年を超えた俺の実家は、つい最近全面的にリフォームした。老後のためだとか言って、どこに資金を隠し持ってたのか知らないが全室バリアフリーのフローリングついでにオール電化住宅だ。
つまり、俺の実家に畳張りの部屋なんてものは存在しない。
じゃあここは、誰の実家なんだ?
「だからお前の実家だってばよ、歳」
さっきから気になっていたのだが、二人して俺のことをトシだの歳さんだのと呼んでいる。だから俺は成瀬家の拓ちゃんだってさっきから……
…………
…………
…………
……え?
「歳の目が覚めたってえのは本当かぁ!!」
考えがまとまらないうちに突然ふすまがシパーンと音を立てて勢いよく開く。そして、これまた落ち着きのない……えーと、オッサンと兄ちゃんの間くらいの年齢の男が俺に抱きついてきそうになったが辛うじてかわす。俺にそんな趣味はない。
「オレがわかるか!? オレだよオレオレ!!」
詐欺か。
「どちらさまでしょうか」
「バッカ野郎!テメーの兄貴だよそんなことも忘れちまったってのか!? オレはそんな育て方をした覚えはないぞ!!」
アナタに育てられた記憶など微塵もございません。俺は一人っ子です。
「あの、ちょっと、ほんと、マジでお尋ねしたいことがあるんですけど……」
テンションの異常に高い二人と年齢の割に妙に穏やかな一人を落ち着かせて、何とか話を聞くことができた。そしたら記憶喪失だと揃って泣かれた。むしろ俺の方が泣きたい。
とにかく、聞いた話はこうだ。
俺は、今は亡き土方義諄の六男、土方歳三。そしてここは、実家の土方家。地名で言うと、多摩石田村。
……どっかで聞いたことないですかね、これらの名前。俺はあるぞ、信じたくないけど。
「で、えーと。そこのにーさんと喧嘩して岩でぶん殴られて、卒倒してここに運び込まれた、と……」
「にーさんだなんて他人行儀な! いつものように勝っちゃんって呼んでくれよナ☆」
バチコーンとウインクするギャル男近藤(仮)は勝っちゃん……もしかしてもしかすると……後の新選組局長、近藤勇……
いや有り得ないから!! こんなヒョロい兄ちゃんが近藤勇とか、マジ有り得ないから!! あの後世に残されてる写真とか肖像のイカツい人は誰なんだよ!? つーかあれだ、何でそんな人が俺の目の前にいるんだ! 土方歳三とは縁もゆかりもなければ血も繋がってないっちゅーの! さらにそれ以前に、俺は現代人だっちゅーの!!
「僕も現代人ですよ?」
笑顔の少年に諭された。ああそうだね、昔っつったって今は今で今が現代でってああもう頭混乱してきた。
「今、何年ですか?」
気持ちを落ち着かせようとして聞いたのだが、思い切り逆効果になった。
「文久元年だ!」
文久って何年だよ俺を今すぐ二十一世紀の平成に戻してください神様オネガイシマス。
そして俺はほどなく、地獄を見ることになる。
マジで地獄だった。
俺は実家に、むしろ未来に帰らせていただきますっつってんのに、怪我が治り次第、下宿していた日野宿に引きずり戻された。ちなみにそれは、文久二年のこと。だからそれ何年なんだっつーの。
俺の外の人、土方歳三はそりゃあもう悪ガキ……バラガキだっけか? だったらしい。
俺が外を歩く→「農民のくせになまいきだ!」→集団リンチ→近所の家に駆け込んで助けを請う→目の前で戸を閉められる→「ドラ○もーん!」とばかりに逃げ帰る→「雑魚に負けてんなよm9(^Д^)プギャー」→家(道場)でもフルボッコ
毎日がこれのリピートである。しかもだ、俺が下宿していたのは天然理心流という道場なのだが、この天然理心流、竹刀の代わりに木刀を使用する。必然、俺は木刀でフルボッコ。軽く数回は死に掛けた。
といった感じで毎日否が応にも鍛えられたおかげといっちゃなんだが、俺は得物さえあればその辺の奴らに負けるようなことはなくなってしまった。とはいえ近藤さんだの宗次だの、食客の山南さんだの、絶対に戦いたくない相手は山ほどいるんだけどさ。勝てる気が微塵もしねえよあの人ら。
とにかくだ。俺はあの日から全てを記憶喪失で押し通して、一から剣術を学んでいった。つーか、学ばないと絶対死ぬ。
今まで武術なんてやったことがなかったせいなのか、変な癖がついてなくて素晴らしいとか言われたりもした。でも、筋がいいと褒められたのは、俺というより外の人(元の土方歳三)のおかげだろう。随分と鍛えられてたこの体。百パーセントインドア派だった俺の、骨皮脂肪オンリーの体とは大違いだ。
それにしても、俺は今ここにいるけれど、俺の外の人(元の土方歳三の中の人)はどこに行っちまったんだろうな。元の俺の体に入ってたりしたらウケるな。幕末の人間が突然平成に飛ばされたら、多分発狂するだろ。
一応俺、未来人。でも戻れるかどうかワカラナイ。
なので紙と筆を貰って、俺が覚えている限りの今後の大事件とか、その年号……まではさすがに覚えてないので西暦でだけど、前もってこまごまと書き記しておくことにした。
紙ないかなあって山南さんに相談したら笑顔で大量にわけてくれた。間違いないこの人イイヒトだ。
『文武両道、おおいに結構なことです』って言われたが……ごめん俺、そんなつもりは微塵もない。だってこのままだと絶対近々死ぬから、そうならないように何とか生き延びたいだけなんだもんよ。
そんなわけで俺は年表みたいなもんを作成し、随時携帯しておくことにした。万が一人に見られたらヤバいしな。
字が汚いのは、単に筆になれてないだけだと思う。そう信じたい。ええがな! 俺が読めりゃそれでええがな!!
そんなこんなしているうちに、いつの間にか土方君だのトシだのと呼ばれるのにも慣れていった。最初は呼ばれても俺のことだと気付かなくてスルーしまくってたけど、案外簡単に慣れるもんなんだねえ。
こんなある意味平和、でもって、ある意味戦場な毎日は何事もなく過ぎ去っていったのだが……突然ある日、近藤さんが盛大にトチ狂った。
「よーし、上洛しちゃうぞー!」
マジで殺そうかと思った。
しかも俺まで、問答無用で江戸まで拉致された。嫌だっつってんのにスルーされた。宗次の野郎、可愛い顔して馬鹿力だなオイ。
そんで勝手に浪士組に組み入れられたわけですが。
顔合わせだのなんだの言って、他の浪士の面々も含めて無礼講の宴会にも拉致られたわけですが。
無礼講っつってんだし、酒がタダなら飲め飲め! と飲みまくっていたら芹沢っつーオッサンに話しかけられたので、折角なんで『今時攘夷とか流行りませんって! 時代は洋式! 外国のいいトコ取りしておいしい思いするのがアッタマいい奴のやり方っスよ!』とか調子こいたら鉄扇でぶん殴られて気絶した。山南さんが介抱してくれた。アンタ本当いい人や……。
えー、というわけで。
近藤さんの上洛に無理矢理付き合わされて、現在は中山道を京に向かう道中です。第一の関門だった『浪士組に入らない』という目標は、思いっきり失敗に終わってしまったとです……。
こんな状態で俺、本当に動乱の幕末京都を生き延びられるんでしょうか。逃げ出しちゃダメかなあ?
現在、文久三年。西暦だと確か一八六三年。