蜂は死なず
その船は傾いていた。危険なほど傾斜している。既に総員退艦後で大海原を漂っていた。
《 沈んでたまるか。見捨てて逃げた奴らに一泡吹かせたい 》 ブリッジがほざく
《 火災など気合いで鎮めてみせる 》 デッキブラシでこすりたい
《 気合いだ!気合いだ!!気合いだ~!!! 》 ボイラー達が燃えようと思う
《 気合いがあればなんでも出来る! 》 タービンがぶん回したいと思う
船の意思は頑張った。多少は下火になった気がした。気がしただけかもしれないが。
頑張った甲斐が有ったのか人がやってきた。
《 あれ、こいつら敵だよな。なんだ曳航準備をするのか。あいつらは諦めたぞ 》
敵航空攻撃を警戒して退避したためだが、見捨てられた船には関係なかった。
さすがに駆逐艦では曳航できないのか重巡洋艦がやってきた。
《 動いてる動いてる。良いぞそのままドックまで連れてってくれ 》
その船は、途中トラック島で応急を施した後に横須賀に向かう。
トラック島で応急をしていると
「おい、図面が出てきたぞ」
「応急用に積んであった奴か」
「よく捨てられなかったものだ」
「助かるな」
これで復旧がかなり早くなるだろう。ドックの盤木も用意しやすい。
横須賀港に入港したのは曳航開始から四ヶ月後、昭和十八年二月二十五日のことである。運の良いことに敵には見つからなかった。
ドック入りする前に艦内からは相当な機材が持ち出される。トラックで応急措置として排水作業を行っていても傾斜したままなので相当な苦労があった。根こそぎだ。艦内に残っていた弾薬・信管もだ。カタパルトは装備しているという噂があり念入りに調査されたがカタパルトは実際には撤去されていた。期待外れである。特に重要なレーダー関連機材と無線関連機材はトラックで持ち去れれていた。
「そういうことは相当な期間が掛かると」
「もちろんです。普通なら廃艦でしょう」
「側は立派だが」
「側だけで船体は火災の影響で歪みがあり、四ヶ月以上海水に浸かった機関は全部ダメと考えるべきです」
「もしほぼ元通りに修理すると期間はどのくらいになる」
「二年は欲しいです」
「二年は長いな」
「機関の製造が問題です。大型艦用大出力の機関は予約済みで新規製造だと後になります。機関室に収まるようにしないといけないので現状水面下では正確な寸法も分かりませんし」
「無理なのか」
「設備と人員に余裕がありません」
「フム、こちらでも考えてみよう。今日はご苦労だった」
「ハッ、失礼します」
ドック入りしたのは昭和十八年三月だった。
「舵は使えるな」
「スクリューも大丈夫そうだ」
「船体は相当に渡って外板の交換が必要だ」
「装甲板も割れているのか」
「継ぎ目ではないのか」
「どちらにしろ酷く歪みが出ているのは確かだ」
機関の問題は解決される。
「機関は缶と主機を5008号艦向けから転用する」
「よろしいのですか」
「構わない。機関室に収まるという話だが」
「図面上大丈夫なはずです。煙路を少し工夫しないといけない可能性があります」
「基本的には問題ないと」
「はい」
「ならばよろしい。やってくれ」
「ハッ」
図面が出てきたことと機関の目途が付いたことから、工程は大幅に短縮される。
機関は主機こそ大丈夫だったものの、缶で問題が出た。八缶を三個の缶室に振り分けだが、六缶は入るが二缶の居場所が無い。六缶になった。出力が単純に四分の三になる。十一万馬力で予想される速力は三十ノット強となった。
武装は弾薬の規格が違い装備されていたものが使えず、八九式十二.七センチ連装高角砲と九六式二十五ミリ機銃となった。
格納庫は一層のまままで火災で歪んだ部分を補修したに留まる。搭載機数は少ない。五十機前後だろう。しかし、格納庫の高さがあるので天井に予備機をぶら下げておくことが出来た。補用機が大変多くなる。組み立て時間の短縮が従来以上に求められる。しかしオイル漏れを減らさないと下の機体が汚れて機能的に拙かったり整備員達が予期しないオイル落下で汚れたりする。事故の原因にもなる。結局。発動機を外してぶら下げることになる。補用機の組み立て時間短縮は無理となった。
格納庫の補修が思いの外短期間で終わり、同時に開放型格納庫とギャラリーデッキの効果を知った。開放型格納庫の効果から出た案で建造中空母や稼働中空母に何らかの対策が施されることになろう。ギャラリーデッキは飛行甲板の強度向上と損害極限に役立つが今からでは間に合わない。この艦の補修作業中にいろいろ参考になる部分が多く、空母以外でも建造中の艦に適用されることもあった。
特にレーダー装置でも表示装置として開発中だったPPIスコープの参考となり、何隻かにPPIスコープが装備された。
時間を稼ぐために完全復旧ではなくほとんどを応急で済ませ( この作業は鹵獲艦でもあり被弾使い捨て覚悟として決定された。乗組員はたまったものではない )た艦が鹵獲艦として正式に日本海軍籍へ編入されたのは、昭和十九年四月だった。艦名 雀蜂「じゃくほう」( スズメバチだが防諜を考え「じゃくほう」とした )
猛訓練を行っても慣れない造りの艦で訓練未了のまま第二航空戦隊(隼鷹・飛鷹・龍鳳)に編入された。一航戦への編入は練度と速力(二十八ノット)で無理だと思われたからだ。急ぐあまり船体外板の補修が完全ではなく抵抗が大きいせいで速力が計画通りに出ていない。直進も怪しく当て舵や左右スクリューの回転差が必要だった。
そして昭和十九年六月マリアナ沖で米軍と戦うことになった。
雀蜂の搭載機は練度不足により敵攻撃には参加せず、彩雲と艦攻による索敵の他は一航戦と二航戦の防空および対潜警戒にあたるものとされた。
搭載機は補用機を入れても六十八機。零戦五二型四十四機、九七艦攻八機、九九艦爆十二機、彩雲四機。
この運用は搭乗員達には不評であった。対艦攻撃こそ華だと。腕前はともかく意気だけは高かった。しかし、任務は任務である。不満を胸に抱きながら対潜警戒と上空直掩に励むのだった。
「太田二曹、不満はあろうが対潜警戒は大事だ。分かっているな」
「ハッ。敵潜水艦を一隻たりとも見逃しません」
「本当か」
「ハッ。考えてみれば敵潜水艦も敵艦です。味方艦を守って敵を沈める。良い任務です」
「ほう、ならば良い」
一航戦の周囲で対潜警戒にあたっている雀蜂に配置された九九艦爆ペアの一コマである。
そして
「太田、九時にチラッとだが影が見えた。左旋回だ」
「ハッ、左旋回します」
「見えんな」
「機長、何回回りますか」
「三回だ」
二回の旋回で見えた。明らかに潜水艦が。
「俺は信号弾を撃つ。貴様は絶対に見逃すな」
「ハッ、見逃しません」
「左舷信号弾。潜水艦発見の信号弾です」
「対潜警戒、厳となせ」
九九艦爆は狙いを定めるための機動をする。
「(フッフッフ。俺に撃たせろ)」
「何か言ったか」
「いえ、何でもありません。目標視認。行きます」
「良し」
「往生せいやー!!撃ッ」
九九艦爆が六番対潜弾二発を投下した。
「太田、見事だ。命中したぞ」
「ハッ、ありがとうございます」
「しかし、貴様うるさいな」
「ハッ、静かにしたく」
「左舷水柱。命中した模様」
大鳳の艦橋ではホッとしていた。なにしろ近い。四千もないくらいか。
その後、大量の重油が気泡と共に浮き上がり撃沈確実とされた。
ちなみに太田二曹の腕はいい。うるさいから敬遠されて雀蜂配備航空隊にいる。
雀蜂は優れたレーダーと無線を活用して迎撃任務をこなしていた。彩雲も敵機動部隊の所在を発見するなど活躍した。しかい、いかんせん多勢に無勢。日本海軍は一機艦の無理な攻撃隊運用もあり戦果をろくに上げることも出来ずマリアナ沖で敗退した。
マリアナ沖海戦
沈没
空母 大鳳
戦艦 榛名
油槽船 玄洋丸 清洋丸
損傷
空母 雀蜂 飛鷹 隼鷹 瑞鶴 龍鳳
巡洋艦 摩耶
油槽船 速吸
航空機損失
総計 436機
戦果
撃沈
潜水艦 1隻
撃破
戦艦 2隻
空母 2隻
巡洋艦 3隻
潜水艦 1隻
航空機撃墜破 328機
航空機撃墜破は戦果は自己申告であり実際の撃墜破数は半数以下と見積もられる。
マリアナ沖で日本海軍は何も出来ず大敗を喫した。
雀蜂はその後も応急修理と出撃を繰り返す。捷号作戦でも生き残り本土に帰還できた。ただその後は作戦行動用の油も手配できず、呉で被弾着底し終戦を迎える。
終戦後、雀蜂はアメリカ軍が接収し浮揚。
そして艦名【 CV-8ホーネット 】として帰国した。
艦名をCV-8ホーネットとしCV-8まで入れたのはエセックス級空母CV-12が既にホーネットを名乗っているからであった。




