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追放された聖女の私は、彼女と趣味を満喫する……はずでしたが、真の悦びは勇者パーティにあると気が付きました  作者: 邑沢 迅


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第5話:福音

「がはっ……!」


 へし折られた大盾ごと吹き飛ばされ、俺は巨木に背中から激突した。

 肺から空気が搾り出され、血の味が口内に広がる。視界が明滅する中、俺は絶望的な光景をただ見上げるしかなかった。


「はぁっ、はぁっ……化け物め……!」


 勇者ゼインが、血まみれの剣を杖にして辛うじて立ち上がっている。だが、その足は生まれたての子鹿のように震え、剣先はもう敵に向いていなかった。


 魔法使いのダリアは魔力枯渇でとうに意識を失い、斥候のアクセルは腹を抉られて地面に伏している。


 俺たちの目の前にそびえ立つのは、四本の腕を持つ巨大な悪魔――魔王軍幹部「暴虐のザルグ」だった。


『どうした勇者共。もう終わりか? 』


 ザルグの鼓膜を破るような哄笑が森を震わせる。


 俺たちは、完全に実力を見誤っていた。こいつは、俺たち四人では到底敵う相手ではなかったのだ。回復役がいれば……いや、ミラがいたとしても、結果は同じどころか、あの優しい少女をこの凄惨な嬲り殺しに巻き込んでいただろう。


(……俺たちは、ここで死ぬ。だが……)


 俺は薄れゆく意識の中で、遠く離れた平和な教会を思い浮かべていた。

 せめて、あの汚れなき白百合のような少女だけは守り抜くことができた。俺たちがここで肉塊に変えられようとも、彼女が、あのおぞましい残虐な世界に触れることはないのだ。


 それだけが、俺の唯一の救いだった。


『さあ、まずは誰の四肢から引きちぎってやろうか』


 ザルグが巨大な爪を振り上げた、その瞬間だった。


「――皆様、大丈夫ですか」


 静謐な、あまりにも場違いで、穏やかな、そして聞き馴染みのある声が森に響いた。


「な……!?」


 俺は痛む首を無理やり動かし、声の方向を見た。

 ゼインも、絶望に染まっていた目を見開いている。


 そこに立っていたのは。


 純白だったはずの神官服を、頭から爪先まで『どす黒い赤』に染め上げた、――ミラだった。


「ミ、ラ……! お前、どうして……!」


 俺は声にならない悲鳴を上げた。

 彼女の服の汚れは、どう見ても返り血だ。一体、どれほどの魔物の群れを一人で強行突破してきたというのか。平和な教会にいるはずの彼女が、血に濡れた森を、傷だらけになりながら俺たちを追ってきてくれたのだ。


「遅くなりました、ドレイク様。ゼイン様も」


 ミラはふわりと、聖母のように優しく微笑んだ。

 そして、誰もいない虚空に向かって、愛おしそうに呟いた。


 俺は、胸が張り裂けそうな衝動に駆られた。

 彼女は、俺たちを救うために自らの手を血に染め、そして今も、この絶望的な悪魔を前にして、神へと必死に祈りを捧げているのだ。正気を保つために、虚空の神にすがるしかないほど、彼女の心は恐怖で限界を迎えているに違いない。


「逃げろ、ミラ……! そいつは、お前が敵う相手じゃないッ!」


 俺は血を吐きながら叫んだ。


「お前のその優しい魂を、こんな地獄で汚してはいけない! 俺たちはいい、逃げてくれぇッ!」


 俺の悲痛な叫びを聞いて、ミラは少しだけ困ったように小首を傾げた。


「逃げる? ……皆様を置いては、行けません。ドレイク様」


 ミラは静かに歩みを進める。

 巨大な魔王軍幹部を前にしても、その歩みには一切の躊躇いがなかった。彼女の背中が、俺たち四人を庇うように前に立つ。


『ほう? 癒し手の小娘が、この俺の前に立つか。その細腕で何ができる?』


 ザルグが嘲笑う。


「何もできません。ただ――」


ミラは神に祈るように、両手を胸の前で合わせる。

そして、優し気な、慈悲のあふれるような目で、ザルグの巨大な肉体を見上げた。


「私は、癒すことしか…」


 彼女から光が溢れ出す。

 俺たち四人の体を、これまでに感じたことのないほど強大で、暴力的なまでの回復魔法の光が包み込んだ。


「さあ、皆さん、立ってください」


血に染まった聖女は、神と手を繋ぐように虚空へ腕を伸ばし、最悪の悪魔に向かって、慈悲深い笑みを浮かべたのだった。


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