9_夜の静寂、ふたりだけの誓い
彼の合図とともに、会場の光が一段と輝きを増しました。
わたしたちは、来賓たちの視線が注がれる壇上へとゆっくりと歩を進めました。
数千人の視線が、中心に立つわたしたち三人に注がれます。
それはかつてのわたしが恐れていた「品定め」の視線ではなく、ヴァルテンベルクという神聖な家族の誕生を言祝ぐ、熱烈な祝福の波でした。
披露宴の結びに、レインハルト様が会場の隅々にまで届く朗々とした声で、最後の挨拶を始めました。
「本日は、我らヴァルテンベルク家の門出を祝福していただき、心より感謝申し上げる。……今日、わたしは、人生において最も尊い真理を得た。わたしの妻、シャルロット。彼女がわたしの隣にいてくれることが、わたしの最大の光栄であり、生きる意味だ。……そして、このリオン。この小さな命が、我が家の、そして王国の未来を担っていくのだろう」
レインハルト様が、わたしとリオンを抱く腕に、さらに力を込めました。
わたしは彼に促されるように、リオンを抱いたまま一歩前へ出ました。
「……わたくしたちの歩みは、決して平坦なものではありませんでした。……けれど、レインハルト様がわたくしの手を取ってくださったあの日から、わたくしの世界は光に満たされました。……この子の温もりとともに、わたくしは次期公爵夫人として、そして一人の母として、皆様とともに歩んでいくことを誓います」
わたしの言葉が終わると同時に、会場中から、この日いちばんの拍手が沸き起こりました。
国王陛下が立ち上がり、高らかに杯を掲げます。
「ヴァルテンベルク公爵夫妻に、そしてリオン・ヴァルテンベルクに、永遠の栄光あれ!」
その瞬間、大聖堂の広場に配置された魔導師たちが、一斉に魔法の花火を夜空へと放ちました。
窓から見える、色とりどりの光。
わたしは、腕の中のリオンの温もりを感じ、隣に立つレインハルト様の熱い視線を受け止めながら、幸福という名の涙を零しました。
***
祝宴が終わり、公爵邸の寝室。
夜更けの静けさが、昼間の喧噪を嘘みたいに遠ざけていました。
窓の外では、王都の灯が宝石のように瞬き、重厚なカーテンの隙間から月明かりが淡く床を照らしています。
わたしは重いドレスを脱ぎ捨て、肩の凝りまでほどけるような薄いネグリジェに着替えました。
背中の編み上げを解いた瞬間、ようやく「花嫁」ではなく「わたし」に戻れた気がして、思わず小さく息を吐く。
――けれど、その安堵は次の瞬間、背後から伸びた腕にたやすく攫われました。
レインハルト様が、背中から強く抱きしめてきたのです。
息が詰まるほどの強さ。
けれど痛くはない。
むしろ、その圧が、今日一日わたしの身体に貼りついていた他人の視線を、ひとつずつ剥がしてくれるようでした。
「……ようやく、二人きりになれた」
耳元に落ちた声は低く、熱を含んでいました。
祝宴の間ずっと完璧な笑みで立っていた人とは思えないほど、むき出しの、飢えた男の声。
「ふふっ……、レインハルト様、お疲れ様でしたわ。……皆様、あんなに喜んでくださって」
「……あれほど多くの男たちの視線に君を晒すのは、僕にとっては拷問以外の何物でもなかったよ。……シャル。今夜は僕が今日浴びた他人の視線をすべて浄化させてもらうよ」
笑って返しながらも、胸の奥がじわりと甘く疼く。
あの場で誇らしかったのは本当です。
隣に立つ彼が、わたしの夫だということが。
わたしが、彼に選ばれたということが。
――けれど同時に、わたし自身も気づいていました。
拍手や祝福の中に混ざっていた、何本もの熱い視線の手触りを。
彼の指先が、わたしの薬指のイエローダイヤモンドをなぞりました。
月光を受けて、宝石が小さく息をするみたいに輝く。
そこに込められた彼の魔力が、指輪越しにわたしの鼓動と同調して、じん、と温かさを返してきました。
隣の部屋では、リオンが幸せそうな寝息を立てて眠っています。
わたしは振り返り、彼の胸元に両手を添えました。
厚い外套も、儀礼の飾りもない。
今の彼は、ただの夫でした。
目の前の黄金の瞳が、わたしだけを映して、逃げ場を塞ぐように細まる。
「……ええ、わたしも、貴方を……貴方の愛を、欲しておりますの」
言葉にした途端、胸の奥に閉じ込めていた熱が、静かに火を点けました。
肌から、あの甘い――あまりにも濃厚な蜜の香りが、夜の帳にじわりと溶け出していくのを、わたしはそれを自覚しきれないまま、ただ空気が甘く重く変わるのを感じていました。
彼の息が一瞬だけ詰まる。
レインハルト様の喉が鳴りました。
それは欲望の音ではなく、理性が揺らぐ寸前の――決壊の前触れ。
「……いい子だ、シャル」
囁きと同時に、彼はわたしを抱え直し、まるで「ここから先は誰にも見せない」とでも言うように、寝台へと導いていきました。
最強の魔導師による、世界で一番甘い「浄化」の夜。
わたしたち三人の、二度と引き返せないほど幸福な物語は、ここからまた、新しく、熱く、綴られていくのでした。




