6_宣誓、そして禁忌の余韻
窓の外には、雲一つない抜けるような青空が広がっていました。
レインハルト様と約束したこの日。
王都にある聖グランベル大聖堂の鐘の音が、高らかに、そしてどこまでも清々しく鳴り響いています。
鏡の中に映る自分を、わたしはまるで他人を見るような心地で見つめていました。
純白のシルクに、最高級のレースと数千個もの真珠が縫い込まれたウェディングドレス。
それはヴァルテンベルク公爵家の富と権威の象徴であると同時に、レインハルト様がわたしに贈ってくださった「世界で一番美しい牢獄」の鍵のようでもありました。
「……綺麗ですわ、シャルロット様。まるで女神が地上に舞い降りたようです」
侍女たちの感嘆の声。
けれど、わたしの胸を一番熱くしたのは、左手の薬指で密かに輝く結婚指輪でした。
レインハルト様が自らの魔力と鉱石とを練り上げ、錬成してくださった特別な宝石。
それがわたしの肌に触れているだけで、彼の温かな魔力に全身を包まれているような、不思議な安心感がありました。
かつてのわたしは社交界の隅でひっそりと息を潜め、誰の目にも留まらない「日陰の令嬢」でした。
冷淡に避けられ、孤独に震えていた日々。
まさか、そんなわたしが筆頭公爵家の夫人として、その名を刻む日が来るなんて。
大聖堂の重厚な扉が開かれた瞬間、光の奔流とともに、数千人の視線がわたしを射抜きました。
王国中の貴族、国外からの使節団、そして中央の最前列には、国王夫妻のお姿までも。
これほどまでに豪華で、圧倒的な規模の結婚式がかつてあったでしょうか。
「……っ」
一瞬、足がすくみそうになったわたしの手を、隣に立つ父、ハリス・エリュシオンが力強く握ってくれました。
父の瞳には、友人の息子に娘を奪われた寂しさと、それ以上の誇らしさが滲んでいました。
石畳のバージンロードを歩むたび、参列者たちのどよめきが、波紋のように広がっていくのが分かりました。
「あれが……ヴァルテンベルクの花嫁、シャルロット様か……」
「なんて美しいんだ。伝説の傾国の美女ですら、ここまでではなかっただろう」
「あの気品、あの輝き……国内外にその名が知れ渡るのも時間の問題ではないか?」
囁き声は、もはや驚愕に近い称賛となって大聖堂の天井を揺らしていました。
わたしの肌からは、あの不浄な「蜜の香り」は一切漂っていません。
指輪の効果と、レインハルト様が注ぎ続けてくださった膨大な魔力によって、わたしの淫魔としての血は、今やもっと神聖で高貴な輝きへと昇華されていたのです。
そして祭壇の前で待つ一人の男性の姿が、わたしの視界のすべてを占めました。
黒の礼装に身を包み、黄金の瞳を真っ直ぐにわたしへと向けているレインハルト様。
彼はわたしの姿を捉えた瞬間、わずかに目を見開き、それから……世界で一番慈しみに満ちた、そして独占欲を隠そうともしない微笑みを浮かべました。
父からわたしの手が、レインハルト様の大きな手へと引き継がれます。
触れ合った瞬間の熱。
その確かな質量に、わたしの心は完全に彼に支配されていることを、改めて自覚するのでした。
大司教による厳かな祝福の言葉が響き渡ります。
けれど、わたしの耳にはレインハルト様の静かな鼓動の音だけが届いていました。
「……我、レインハルト・イル・ヴァルテンベルクは、シャルロット・エリュシオンを唯一無二の伴侶とし、その光も、その影も、すべてを愛し抜くことを誓う」
レインハルト様の声は、大聖堂の隅々にまで魔法のように染み渡りました。
「光も影も」――その言葉に込められた真意を、わたしだけが知っています。
わたしの魔物としての業、あのドロリとした甘い熱、他の誰にも見せてはならないわたしの醜い本能すらも、すべてを飲み込んで守り抜くという、彼なりの支配の誓い。
「……わたくし、シャルロット・エリュシオンは、レインハルト・イル・ヴァルテンベルク様を生涯の主君とし、その身も、その魂も、すべてを捧げることを誓います」
わたしの宣誓に、レインハルト様の指先に微かに力が籠もりました。
「主君」という言葉。
それは、わたしが永遠に彼の支配下にあり、彼の愛の虜であることを公に宣言した瞬間でした。
「では、誓いの接吻を」
大司教の合図とともに、レインハルト様がわたしのベールをゆっくりと持ち上げました。
露わになったわたしの顔を見つめる彼の瞳は、もはや理知的な魔導師のものではありませんでした。
「……シャル。綺麗だ。君をこのまま、誰の目にも触れない場所へ連れ去ってしまいたいほどに」
耳元で囁かれた、欲望に満ちた掠れ声。
次の瞬間、熱い唇がわたしの唇を塞ぎました。
それは、大聖堂という神聖な場所には不釣り合いなほどに深く、熱く、そして長い接吻でした。
参列者たちのどよめきが聞こえますが、わたしはただ、その感触に思考を溶かされていました。
唇が離れた時、わたしの瞳は熱っぽく潤み、レインハルト様の黄金の瞳は、満足げな、けれどさらなる飢餓感を湛えてぎらついていました。
鐘の音は祝福のはずなのに、わたしには――鍵が回る音に聞こえたのでした。
次回、披露宴へ。
懐かしい顔ぶれが祝福してくれます。




