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3_君の血の秘密



 カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝日が、寝室の静かな空気を白く染めていました。


 夜の名残を吸い込んだシルクのシーツはまだ体温を抱いたままで、枕元の水差しには光がきらりと反射し、床に小さな波紋を落とす。

 遠くの回廊からは、早番の侍女が歩くかすかな足音と、どこかで鳥の鳴く声が、薄いレース越しにやさしく滲んで届いていました。


 昨夜、あれほど深く、切実にわたしを抱いたレインハルト様は、今やいつもの冷静で理知的な表情を取り戻し、ベッドの背もたれに身を預けていらっしゃいました。


 わたしの髪を指先で弄りながら、レインハルト様はふと、魔導師として真理を探求する時のような、どこか学術的な響きを帯びた声で独り言を呟きました。


「やはり君の肉体は、まだまだ未解明の部分が多い。精気で満たされている時は、それ以上近づいてもエネルギーを吸われることは無いし、なによりそれを糧としなければならない以上、妊娠しづらいかと思っていたけれど……。リオンが思いのほかすぐに授かったのもあり、いろいろまだ確かめなければならないな」


 朝の光を受ける彼の横顔は、まるで彫刻のように整っていて、その唇からこぼれる言葉は淡々としているのに、指先だけは優しくわたしの髪を梳いてくださる。

 レインハルト様の黄金の瞳には、甘い余韻とともに、稀代の魔導師としての深い思考が宿っていました。

 わたしを抱くことが「浄化」という義務であった頃から、彼はわたしの身体の謎を一つ一つ、丹念に解析してくださっていたのです。


「ああ……、なるほど。そう思われてたからこそ、わたしが妊娠した時にあんなに驚かれてたんですね、……ふふっ」


 わたしの言葉に、レインハルト様は微かに頬を染め、視線を泳がせました。

 あの時の、最強の魔導師である彼が言葉を失い、石像のように固まっていたお姿を思い出し、わたしは思わず口元を綻ばせました。


(こんなに完璧な方でも、取り乱すのね)


 そう思うと、こそばゆくて、嬉しくて、でも少しだけ怖い。

 わたしの存在が、彼の規則正しい人生の軌道を変えてしまったことを――無邪気に喜んでいいのか、まだ答えが出ないから。


「婚約から1年半ほどでこういう形になってしまったことに関しては……かなり父上にも叱責されたよ」

「まあ……、そうだったんですね。わたしは嬉しかったですのに」


 苦笑しながらこぼしたレインハルト様の言葉に、わたしは少し驚きつつも、胸の奥が温かくなるのを感じました。

 高潔そのもののヴァルテンベルク公爵閣下にとって、婚姻前の懐妊は、たとえ相手が正式な婚約者であっても、容認しがたい「不祥事」だったのでしょう。


 それでもレインハルト様は、その非難を真正面から引き受けてくれたのです。

 わたしに矛先が向かないように、誰よりも前に立って――わたしとリオンを守る盾になってくださった。


(どれほどの覚悟で……わたしの「業」ごと抱えてくださったのかしら)


 思えば、彼はいつだってそうでした。

 わたしが泣いた夜も、怯えた朝も、誰にも見えないところで先に傷つき、先に疲れ、先に耐えてくれていた。

 改めてその愛の深さを思い知らされるようでした。


「シャルロット……」


 わたしの慈しむような視線に気づいたのか、レインハルト様は低く、甘い声でわたしの名を呼びました。

 その響きだけで、胸の奥がほどけます。

 そして、彼はわたしの乱れた薄紫の髪を、まるで壊れ物を扱うように繊細な指使いで整えてくださいました。

 先ほどの学術的な冷静さとは打って変わって、一人の男としての、深くて静かな執着が、視線の奥に沈んでいます。


「君が嬉しいと言ってくれるなら、父上の叱責など、痛くも痒くもない。……ただ、君を危険に晒したくない。それだけだ。だから……、何があっても、君の血の秘密は僕以外に知られてはいけないよ。……分かったね?」


 そう言って、レインハルト様はわたしの額に、そしてまぶたに、最後に唇へと、そっと口づけを落としました。

 強引さの欠片もない、けれど逃げ場のない優しさ。

 息を吸うだけで、彼の魔力が胸の奥まで満ちていくようで、わたしは思わず目を閉じてしまいます。


「はい……。あなたが……そう言うなら……決して誰にも明かしません。ヴァルテンベルク公にも、わたしの両親、兄弟たちにさえ、決して……」


 昨夜の名残が残る身体に、レインハルト様の清らかな魔力が、朝の光と一緒に静かに溶け込んでいく。

 淫魔の末裔としての血、魔導師としての宿命、そして親としての責任。

 それらすべてを飲み込んで、わたしたちの朝は、どこまでも澄み渡るような幸福感に包まれていくのでした。



 ――そして、その日の昼過ぎ。

 公爵家の紋章で封蝋された書簡が、銀盆に載せられて届けられました。

 開封すると、端正な筆跡で、こう記されていたのです。


 レインハルト様の父――ライオネル・イル・ヴァルテンベルク閣下が、辺境での務めを終え、近く王都へ帰還する、と。


 その一文を目で追っただけで、部屋の空気がほんの少し変わった気がしました。

 朝の光は相変わらず穏やかなのに、わたしの胸の奥には、小さな緊張が芽を出し始めていて――わたしは、無意識にレインハルト様の指先を探してしまったのでした。


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