8 オイコラ警官最強
りえがヒッキーブラウンに迫り、念動力による斬撃を放つ。
不可視の斬撃だが、ヒッキーブラウンには見えているようであった。りえの動きに合わせて刀を振るい、りえの攻撃を受け止めたのだ。刀が一瞬大きくブレて軋んだが、りえの斬撃はヒッキーブラウンに届いていない。
ヒッキーブラウンが踏み込んで刀を振るったが、りえはバックステップを踏んで避ける。
「嘘……。私の攻撃、見えてる? しかも……刀で完全に防ぐなんて……」
自分の攻撃を見切ったヒッキーブラウンを、りえは脅威と感じて二の足を踏んでいる。
「嘘を許してしまえば、それでルピピは平和だったの。ルピピは平和な日々を過ごしたわ。お父さんと仲良く暮らしたわ。これはそんなルピピとお父さんの曲よ」
アコーディオン婆さんの台詞が、今度は俺の心を深くえぐった。
この婆、俺とアリサの過去を知っているのか? 知っていて、そんな話をして、俺を……
「おじさん、惑わされないでっ。アコーディオン婆さんの話は、おじさんの過去とたまたま似ているだけだよ。心を読む力とかは使っていない。そんな力使ってきたら、俺が察知できる」
カイが鋭い声を発する。俺の心を見抜いて、精神攻撃をかけているわけじゃないのか。
「あんたが俺を殺しにきたのか?」
アコーディオン婆さんを見て、問いかける。
「そうですよ~。まさか九郎ちゃんがターゲットになるとはねえ。しかも、こんなに念入りに何人も雇うとか、随分な念の入れようじゃない。九郎ちゃん、よっぽど恨まれてるのねえ」
にこにこ笑いながら、アコーディオン婆さんは肯定する。この婆さん、裏通りの住人だってことはわかっていたが、殺しもするのかよ。
「絶好町の駅前で演奏しているお婆さん……」
りえが横目でアコーディオン婆さんを見て呟く。おいおい、目の前にいるヒッキーブラウンから堂々と目逸らすなよ。
しかしヒッキーブラウンはその隙をついて攻撃するような真似はしなかった。きっと隙を見せて誘う罠だとでも思っているのだろう。でも多分違う。りえは本気で余所見している気がする。
銃声の数が少しずつ減ってきている。多分、真菜子と華子が襲撃者を減らしてくれているんだろう。あの二人はうちの組織にしては珍しく、腕がたつ方だ。
そして俺はアコーディオン婆さんと向かい合う格好となった。この婆さん、果たしてどんな戦い方をしてくるのやら。
つーか、俺がけしかけた霊を浄霊してくれたな……。そんな能力があるって、俺と相性最悪じゃないか? カイが見えるだけじゃなく、霊を祓う力なんて持っていやがるのかよ……。まあ、カイが見えた時点で、超常の力を有していると見ておくべきだったが。
何よりカイも危ないんじゃないか――と危惧したその時、アコーディオン婆さんがまたアコーディオンを奏で始めた。
「あうっ!?」
カイが地面に落下して、そのまま地面に突っ伏す。不可視の力で押しつぶされているような格好だ。アコーディオン婆さんの演奏が力になって、霊体を緊縛しているのか? そう思った矢先、変化は俺の体にも生じた。
急に全身がだるくなり、そして猛烈な気持ち悪さを感じる。眩暈がする。足元がふらつく。これは一体何なんだ? 仕舞いには吐血し、俺はその場に崩れ落ちた。
「鴉山さん!?」
倒れた俺を見てりえが叫び、俺の傍に駆けてくる。
「おやおや? これはどういうこと~? ああ……そういうことねー」
倒れた俺を見て不思議がっていたアコーディオン婆さんが、ぽんと手を叩く。
「九郎ちゃんはどうやら、カイちゃんの力で生かされているみたいだね」
アコーディオン婆さんの言葉を聞いた俺は、先日純子に言われたことを思い出した。俺の体は本来死んでもおかしくない状態だが、カイから生じ続ける余剰生命エネルギーが注がれることによって、正常な状態で維持されていると。
そして今、カイがアコーディオン婆さんに封じられたことによって、俺への生命エネルギーの供給も途絶えてしまった。だからこの有様ってことか……
身動きが取れなくなり、絶体絶命の俺の前に、りえが立ち塞がる。
俺に向けて銃が撃たれているようだが、りえが不可視の斬撃で銃弾を弾いている。そんなことも出来るのかよ。
りえの前にヒッキーブラウンが迫る。身動きできない俺を銃撃からかばいながら、こいつと戦うなんてまず無理だろ……
「俺はいい。もう……無理せず逃げろ……」
「お断りしますっ! まだ勝機はありますっ!」
掠れ声で訴える俺だが、りえは聞く耳もたない。馬鹿が。このままじゃ二人揃って死ぬだろうがよ。
一方で、銃声がやんだ。真菜子と華子が、他の雑魚達を片付けたようだ。
「糞っ!」
カイが叫び、立ち上がった。
俺の体も劇的に楽になる。カイが復帰したおかげか。俺も即座に立ち上がり、ヒッキーブラウンに向かって銃を撃つ。
銃弾がヒッキーブラウンの左手に当たり、マシンピストルが弾かれた。
「おやおや? カイちゃんも頑張るねえ。私の力をはねのけるなんて」
アコーディオン婆さんがカイを見てへらへらと笑う。
「え? 何あの子?」
「宙に浮かんでる……」
華子と真菜子が驚きの声を漏らしている。
「子供が……」
俺の前にいるりえも驚いていた。視線の先には、アコーディオン婆さんと対峙しているカイがいた。まさか……
「あらあら~? 私の力の影響で、ここにいる人達は、カイちゃんの姿が見えるようになったようよ。面白いことも起きるもんだねえ~」
アコーディオン婆さんが衝撃的な発言を口にする。そんなことあるのかよ。
「オイコラー! お前らそこで何してるーっ!?」
その時、複数の警察官が走ってやってきた。
「あら、いけない。ヒッキーちゃん、ズラかるわよーん」
「うん、わかった」
アコーディオン婆さんとヒッキーブラウンが一目散に逃げる。俺は胸を撫で下ろす。警察相手にしてまで抗争続けるような馬鹿は、裏通りにはいない。いや、たまにいるけど、そうした馬鹿は、警察から苛烈な報いを受けることになるからな。
***
俺達は警察官達に釈明を行ってから、組織の本部へと帰路に就いた。
アコーディオン婆さんの力が作用したせいで、りえ、真菜子、華子の三人には、カイの姿が見え、声も聞こえるようになっている。
「カイ君、ずっと鴉山さんのことを護ってきたんですね」
さっきから真菜子が興味津々にカイを見て、しきりに話しかけてやがる。よほどカイのことがツボにハマったらしい。
「うん、おじさんは俺がついてないとダメダメだからね。おじさんは俺のおかげで、今日まで生きてこられたんだ」
「言ってろ」
カイが得意げに言い、俺は吐き捨てた。
「お、お菓子食べます?」
「食べるっ。甘いもの大好き」
華子もカイが気に入ったようで、おずおずとお菓子をカイに差し出している。カイは喜んでお菓子を受け取り、食べ始める。
一方でりえは、露骨にカイと距離を取っていた。そしてこれまた露骨に、胡散臭そうな視線でカイを見ている。
「何か気に入らないのか? 幽霊は初めて見るのか?」
俺がりえの傍に寄り、声をかける。
「私も超常の力を持っているし、裏通りでは超常の能力者だの、幽霊だの、妖怪だの、宇宙人だの、そんなのは珍しくないのですが……」
「いや、流石に宇宙人は見たことないわ……」
「実体化できる幽霊って何? って話ですよ。しかも実体化しておきながら、鴉山さん以外には見えないってどういう理屈? あの子が捕まった時、鴉山さんまで死にそうになってたのも謎ですし」
「それは私も気になりました」
りえが疑問を口にすると、真菜子も口を挟んだ。
「俺も最近知った。俺は十一年前、マッドサイエンティスト雪岡純子に改造されて、色んな力を手に入れた」
「純子ちゃんに?」
華子が目を丸くする。ちゃん付けの時点で、知り合いってことか。
「しかし代償もあった。純子に言われたよ。二年くらいしか生きられない体になったとな。その後何度も長くないと言われたが、俺はこの通り生きている。その理由がカイだとさ。カイは俺の力によって、実体を持つ幽霊だ。だが俺の力だけを源にしているんじゃない。他からも力を取り入れている。そんなカイから生じる余剰エネルギーが、俺を生かしている」
「御飯とお風呂ね。きっと美味しいものいっぱい食べればもっとパワーアップする」
にやりと笑うカイ。
「カイ君が色んな意味で命綱になってるんだ……」
俺が解説すると、りえは胡散臭そうにカイを見やる。
「何か文句あるの?」
不機嫌そうにりえを見返すカイ。
「あるかな。カイ君から嫌な視線を感じる。敵意に似た視線」
「おいおい……」
カイ、そんな目でりえのことを見ていたのか? しかもりえに気づかれているしよ。
「鴉山さん、あの茶色い変なのと、知り合いだったようですけど」
りえが話題を変える。
「ヒッキーブラウンか。昔俺を殺しに来た殺し屋だ」
それから俺は、ヒッキーブラウンに関して語った。
ヒッキーブラウンが現役時代、評判は最悪だった。何しろ余計な殺しをよく行うらしいのだ。その場に居合わせた無関係な者も戯れに殺すという噂だ。カッとして味方を殺すことも多々あったという。仕事以外でも趣味で殺しを行うなんて話も聞いたことがある。
その噂はわりと尾ひれがついているようにも感じたが、ヒッキーブラウンは確かに殺人そのものを楽しんでいた。殺し屋としては、最低最悪の部類だな。
『人を殺した時ってさ、命を、人生を否定し、無理矢理終わらせ、最大のハズレを引かせてやったと意識できるから、すごく楽しいんだよ』
そんな台詞を、かつてヒッキーブラウンは俺の前で言っていた。
そしてヒッキーブラウンもマッドサイエンティスト雪岡純子によって、改造されている。超常の力を身に着けているわけではないが、純粋な肉体強化によって、人間の限界を超えた身体能力を備えている。だからこそ俺も、あいつに対抗するために、同じ手段を取った。
「そんな奴に狙われているなんて……」
りえが呻く。
「そいつだけならともかく、カイを圧倒したアコーディオン婆さんが曲者だ」
「今度は負けないっ」
勝算あるのかよ。一方的にやられてただろ」
意気込むカイを見て、溜息をつく俺。
その後、俺達が組織本部に戻ると、岳都は不在だった。メールしても無反応。
幹部の一人に岳都はどこかと問うたら、外出中で戻ってこないし、明日まで戻らないらしいと言われた。
「岳都に――ボスにメールを送っておいてくれ。今日の報告な」
俺がりえに命じる。
「私がするんです?」
「知らねーのか? 面倒なことは新米にやらせるってのが、この宇宙の法則だ」
不満な顔になるりえに、俺がぴしゃりと告げた。つーか、本当にこいつはいちいち反抗的だな。今までずっとこんな態度で、世の中渡り歩いてきたのか?
「あ、あの……私がやっておきましょうか?」
「俺はりえに命じたんだ。甘やかさなくていい」
おずおずと申し出る華子に、俺はすげなく言った。




