4 パートナーは殺した妻の娘だとさ
組織本部を出る。俺につけられたパートナー――新人の蟻塚りえを伴って、早速仕事に赴いた。
安楽市絶好町繁華街のペデストリアンデッキの上を歩く。
「調べろとか言ってたけど、サイコメトリーでこの女の記憶を読み取る?」
カイが声をかけてくる。カイの視線は、俺の後ろを歩くりえに向けられている。
それは難しいな。俺の能力は、人そのものの記憶も掘り起こせるが、この能力は対象に直接触れないといけないし、結構集中しなくちゃいけない。十秒程度だが、発動に時間もかかる。例えばこいつが眠っている時でもないと、怪しまれちまうだろう。
「そっか。じゃあ地道に探りを入れていくしかないね」
あるいは、こいつの所持品が得られればな。そっちで探りを入れることも出来るさ。その方が難易度は低い。ただ、俺のサイコメトリーは、所持品とか物質への記憶の掘り起こしは、一つにつき一回の限定になっちまうんだが。
「おじさん、ちょっと寄っていこう」
カイが俺の服を引っ張る。アコーディオンの演奏が聞こえたのだ。
「ちょっと寄っていく」
りえに断りを入れ、演奏がする方へと向かう。今日も人だかりが出来ている。アコーディオン婆さんが演奏しているのだ。
俺達が来た所で、ちょうど曲が一つ終わった所だった。
「あら、カイちゃん、今日も来てくれたのねー」
アコーディオン婆さんがにっこりと笑う。ギャラリーの視線が俺の方に向く。
「あうあー、あーうーああうー」
アコーディオン婆さんが大好きで、アコーディオン婆さんが演奏を始めるとどこからともなくやってきて、演奏に合わせて踊っている知的障害の禿頭の子が、カイを指して声をあげている。どうもこの子にもカイが見えているようだ。
「見かけたから来ただけだよ」
と、カイ。
「そう。それでもわざわざ足を止めて聞いてくれるなんて嬉しいわー。今日はね、新曲があるのよー。子供の心を持つ絵本作家のお爺さんが、絵本の中に現れた魔法使いの子と出会う曲なの。皆聴いていってねー」
前置きをしてから演奏を始めるアコーディオン婆さん。
「あうーあうーあーうー」
テンポのいい曲に合わせて、知的障害の子は嬉しそうな笑顔で、テンポよく踊り続ける。
一曲聴き終えたので、俺達は立ち去ることにした。
「じゃあね、カイちゃん」
アコーディオン婆さんが手を振る。カイも手を振っている。
「あのお婆さんも裏通りの人ですよね? カイって名前は、鴉山さんの仇名か何かです?」
「んー……まあそうかもな。気にしなくていい」
りえの質問に対し、俺は適当にごまかす。あの婆さん、俺の名前を呼ばずにカイの名前だけ読んでいたから、そう誤解されるのも無理はない。
「お前、裏通りに入って何年だ?」
三年だと聞いているが、会話作りのために尋ねてみる。
「三年です。情報組織『鞭打ち症梟』にいましたけど、辞めました。その後はしばらくフリーでした」
「何でよりによってこんな組織に入った?」
「よりによって?」
俺の質問に対し、意味がわからないというトーンの声をあげるりえ。
「どんな仕事するかわかってるだろ。人間の負の部分を嫌というほど見ることになるぞ。特に死体の処理が多いんだぜ。しんどい仕事だ」
「ああ……そういうことですか」
りえが立ち止まった。
俺も立ち止まり、りえの方を向く
「さっき、お母さんの名前、言ってましたよね」
うつむき加減になって語りだすりえ。
「私はずっとお母さんのことを追っていました。そのために裏通りの住人になったんです。お母さんは色々と謎だらけでしたし。この組織にお母さんがいたと聞いて入りました。鴉山さん、お母さんのこと知っていますよね。よかったら、教えて頂けませんか?」
「色々と謎だらけな母親の何を知りたいんだよ」
「どうして裏通りに入ったのかとか、裏通りでのお母さんはどんな人だったかとか、一番知りたいことは――どうして死んだのか――ですね」
俺が殺したんだよ。うん、言えるわけがない。
「そんな理由だけで裏通りへ?」
「鴉山さん、そんな理由って何ですか? 私にとっては重要なんですっ」
俺の言葉に対し、あからさまにむっとした顔になるりえ。声音も刺々しくなる。
「言い方悪かったか。すまん。見くびっているわけじゃない。しかし動機としては俺には理解しがたい」
素直に謝罪する俺。
「小さい頃の私は、中々帰ってこない母を待ち続ける日々でした。お母さんはとても優しかったんです。お土産いっぱい持って帰ってきてくれて、色んな所に連れて行ってくれて。お母さんのこと、大好きでした。でも……私が七歳の時を最後に、お母さんは帰らなくなりました。十五歳になってから、色々と調べてみました。お母さん、裏通りの住人だったことや、結婚していたこと、死んだことを知りました」
「そうか」
気の利いた台詞が思い浮かばず、俺は短く相槌を打つ。
「この組織にいたんですよね? 鴉山さん、何か御存知ではないですか?」
りえの質問に押し黙る俺。
こいつ、全部知っていてかまをかけているのか? あるいは疑心を抱いて探りを入れているのか? それとも何も知らないのか?
「知っていることもある。だが――答えにくい……。その……事情があってな……」
「答えにくい? 事情って何ですか? 知っているなら教えて欲しいです」
俺の答え方に、またりえは険のある声を発する。眉間にも皺が寄っている。
「そう言われても、これ以上は……今は俺の口からは言えない……」
自分でも驚くほど弱々しい声が、俺の喉から出た。その時、俺はどんな顔をしていたんだ? りえが俺の顔を見て、苛立ちから驚きの表情へと変わっている。
「おじさん、泣きそうな顔しているよ」
俺の心を読んだカイが指摘した。わざわざどーも……
「わかりました。すみません」
気まずそうに謝罪するりえ。俺の今の反応で、りえにもわかったはずだ。俺がアリサを直接知っていることを。アリサに抱く感情の一部も。
「その話はまた今度な。そろそろ行くぞ。あ、待った。香水を持っているか?」
りえから香水の匂いがしているので、持っているのはわかっているが、あえて尋ねる。
「え? ありますけど」
「仕事で使う。貸してくれ」
俺が手を差し出すと、りえはバッグから香水の瓶を取り出した。
「いいけど……何に使うんです?」
「秘密だ」
りえから、香水を受け取る俺。
ま、仕事に使うってのは嘘なんだけどな。欲しいのはこいつの所持品だ。俺は物品に残留している記憶を見ることが出来るから。
***
俺達が赴いたのは、絶好調繁華街にある『褥通り』と呼ばれる場所だった。
雑居ビル群の裏にある、文字通りの裏通り。入り組んだ迷路のような場所。ここは裏通りの住人しか立ち入らない。店舗もいくつかあるが、全て裏通りの住人向けの店だ。この通りで裏通りの住人同士の取引もよく行われるし、抗争もよく行われる。抗争で出た死体の処理は、いつも恐怖の大王後援会が行うので、俺もよくここに訪れる。
今回も死体の処分が仕事だ。死体を運ぶ車は予め近くに停めてある。車のドライバー席には、恐怖の大王後援会の構成員の運び屋がいる。車に詰め込むまでが俺達の仕事だ。
「一応、時間指定有りと考えた方がいいな」
「考えた方がいいって、どういうことです?」
俺の言葉を聞いて、りえが質問する。
今から抗争が始まる。その後始末を依頼されているが、死体になるのは中華系マフィアだ。裏通りのルールにも従わず、日本で好き放題しくさっているダニ共の始末ってわけだ。死体になるのはそのダニ共の方だろう。ま、ここまでの依頼内容はりえも事前に聞いて知っている。だが、その後の展開は察する領域だ。
「奴等はきっと援軍を呼ぶ。援軍の到着前に、死体の処理を終えて撤収しねーと、援軍と鉢合わせしちまうってことだよ」
「シビアな仕事じゃないですか……。二人で大丈夫なんですか? ていうか、先に教えてくださいよ」
「いつも俺一人でそんな仕事していたよ。昔からずーっと、危険を伴う仕事ばかり押し付けられている。お前はよりによって、そんな厄介な奴のパートナーに選ばれたってわけだ」
皮肉っぽい口調で言う俺。
「おじさんの嘘つき。俺もしょっちゅう手伝ってたじゃない。それに運び屋の人もいるから、おじさん一人とは言い難い」
カイが突っ込みを入れてきた。現場を片付ける掃除屋さんと、ゴミを運搬する運び屋を一緒にするなよ。少なくとも俺は別個と考えてるんだよ。
俺達は店舗の一つに入り、店の中から様子を伺うことにする。店員とは顔なじみなので、俺達が何故ここにいるのかもわかっている。つーか。この店も恐怖の大王後援会がよく世話しているから、場合によっては俺達の仕事の手助けもしてくれる。
やがて通りに四人の男達が現れる。四人揃って目つきが悪い、服装のセンスがとんでもなく悪くて、髪型のセンスも滅茶苦茶悪い。たまたま一人がダサいのならともかく、四人揃ってというのが何とも……。一目でわかる。中華系マフィアの構成員だ。少しはカモフラージュしろよ……。
さらに三人の男が現れる。こちらは若いが、やはりダサい髪型に、輪をかけてひどい服装で、糞雑魚チンピラ感丸出しだ。目つきも悪い。こっちも中華系だが、おそらくはマフィアにすら所属していない下っ端のチンピラと見た。こいつらのこのセンス最悪のファッションは、こいつらの制服なのかと、疑ってしまう。
三人の若い男が封筒を渡す。中身は当然現金だ。そして四人のマフィアうちの一人が布袋を渡した。中には何かがぎっしりと詰まっている。ま、違法ドラッグだろうな。つまり若い三人のチンピラは、違法ドラッグの売人なのだ。
ドラッグには違法と合法の指定がある。合法ドラッグと言っても、実際に合法なわけではない。裏通りで合法判定されているだけだ。依存性、人体への悪影響、価格、効果などを鑑みて、中枢より認可されたものをこう呼ぶ。そして中枢から違法と指定され、取り扱いを禁じられているものが、違法トラッグと呼ばれる。
ふと、殺気を感じる俺。正確には殺意の電磁波と言うべきか。殺気は実在する。殺意を伴う電磁波こそが、殺気の正体だ。
しかしこの殺意は、俺達に向けられたものではない。
複数の銃声が鳴り響く。
通りにいた男達が倒れていく。
たちまち七人が銃殺された。殺した奴等は――詮索してもしゃーないが、大体わかる。違法ドラッグの取引情報を聞きつけ、現場を押さえて殺害したのだ。合法ドラッグを取り扱う組織か、あるいは中枢といったところだろう。
「一方的ですね。仲間を呼んだ暇もないのでは?」
七人の中華系マフィアと売人が銃殺された光景を見て、りえが言った。
「いいや、呼んださ。あれを見ろ」
俺が通りの先を指す。ダサい服と髪型の男が一人、逃げている様が見えたが、さらに銃声が響き、その男も穴だらけになって崩れ落ちた。
「見届け役ですか」
りえが呟く。取引現場とは少し離れた場所で、見届け役が待機し、様子をチェックしていたのだ。そしてこいつは殺される前に、取引を潰されたことを仲間に連絡したに違いない。それだけの時間はあった。その猶予を許したことが間抜けだ。さっさと殺せばよかったのにな。
基本的に海外マフィアってのは、裏通りにとって敵だ。ルールを守らない縄張り荒らしだ。取引の場を襲って皆殺しにしてやれば、マフィアの面子も潰せるし、裏通りの住人の溜飲も下がる。
「殺した奴もチェックされて、連絡されちまっただろうな。さて、出番だ」
俺は店の外へと出る。
「死体の処分を依頼したのは、殺した側ですよね? 疑問なんですが、わざわざ死体の始末をする必要ってあるんですか? 彼等の仲間にやらせればいいのでは?」
りえが口にした疑問に、俺は呆れてしまう。
「お前は裏通りで三年もやってきて、この世界の暗黙の了解を知らないのか? 抗争で出た死体は、きちんと責任もって始末するもんだ。そいつをしない奴等は中枢に目をつけられるぞ」
死体の処理にかかりながら、俺が言った。
そして自分達で死体の処理をする奴なんて、裏通りにはあまりいない。死体の始末は大抵が、恐怖の大王後援会に任せられる。おかげでうちらは裏通りで重用されているし、毎日忙しい。
「そうだったんですか……。抗争後の後始末のことまで知りませんでした」
りえも死体の処理にかかる。初仕事だろうが、ちゃんと事前に訓練は積んでいるはずだ。掃除には掃除のスキルってもんがある。
死体を袋詰めにして、組織の運び屋のトラックの荷台へと運び入れる。
「私が一体運ぶ間に、三体運ぶなんて……」
てきぱきと死体を片付ける俺を見て、感心するりえ。
「お前は一番遠いゴミを選んだせいもある。しかもそいつ、一番重そうだ。見栄張らずに軽い奴にしとけばよかったのによ」
「いやいやいや、そういうわけではなかったのですが……」
などと会話を交わしつつ、全て片付けた所で、複数の駆け足の音が聞こえた。援軍だ。




