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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第一章 裏通りのお掃除屋さんの日常に生じる不安
4/11

3 幽霊に生かされている

 組織本部を出た俺は、安楽市絶好町繁華街を歩いていた。

 安楽市――数十年前に東京西部の複数の市町村を併合して出来た巨大都市だ。俺含め、多くの裏通りの住人がこの巨大都市を根城にしている。


 この町のとある場所に、かつて俺を改造したマッドサイエンティストが住んでいる。今日はそいつの元に、定期診断に行く日だ。


 ペデストリアンデッキの上を歩いていると、人だかりが見受けられた。人だかりの方から、アコーディオンの音色が聴こえてくる。


「聴いていこうよ」


 カイが俺の手を引っ張る。

 俺は仕方なく人だかりの合間を抜け、人だかりの前方に向かう。


 赤、黄色、オレンジの三色に染め上げたパイナップルヘアー。ピンクと水色を基調とした派手な柄のワンピースを着た婆が、アコーディオンを弾いている。アコーディオン婆さんと呼ばれる、繁華街の人気者だ。

 アコーディオン婆さんが俺とカイに気づいて微笑む。俺達とは顔見知りだ。アコーディオン婆さんは、カイのことが見えている。


「あうあー、あうあうー」


 禿頭の知的障害の子供が、演奏するアコーディオン婆さんにしきりに何かを訴えている。アコーディオン婆さんの前でよく見かける子だ。


「はいっ、はいっはいっ」

「あうーっ、あうあうあーっ。あうーっ」


 アコーディオン婆さんが知的障害の子に向かって、笑顔で声をかける。アコーディオン婆さんのかけ声にあわせて、知的障害の子が嬉しそうに子をあげて、体を大きく揺らし続けた。

 以前この婆さんは言っていた。演奏によって、この子の世界を大きく動かせると。この子は知的障害だけではなく自閉症もあって、普段は反応が乏しく、ぼーっとしてばかりいるって話だ。


「あら、カイ君。いらっしゃーい」


 婆さんがカイを見上げて声をかける。ギャラリーの多くは、アコーディオン婆さんが誰に声をかけたか、わかっていない。まあ中には霊感の強い奴もいて、カイが見えているかもしれないが。


「アコーディオン婆さんの霊能力、かなり強いよね」


 俺の耳元でカイが囁く。


 曲が一つ終わり、拍手が巻き起こる。


「今の曲はね、アンジルちゃんの哀しみと喜びを表現した曲なの。アンジルちゃんはねえ、誰とも心を通わせずに独りぼっちで寂しかったけれど、迷子の天使のモキョエルさんと仲良くなって、ハッピーになるっていうストーリーを、曲で表しているのよん」


 嬉しそうに曲の解説をする婆さん。


「アンジルちゃんとモキョエルさんて、またお婆さんが創ったキャラ?」


 ギャラリーの中にいた女子小学生が尋ねる。


「そうねえ。私の創ったお話とも言えるし、本当にあったお話とも言えるわねえ。あの子はきっと私の演奏を聴きながら、アンジルちゃんとモキョエルさんの物語がわかったから、元気になっていたのよ」


 ニコニコ笑いながら、アコーディオン婆さんは曖昧な答えを返した。完全に否定しないのがこの婆さんらしいわ。


「言葉で説明しないお婆さんの物語を曲にしたからこそ、あの子に伝わったっていうの?」


 カイが知的障害の子を指して尋ねる。


「音楽は命の引き継ぎだからね。わかる子にはわかるのよ」


 アコーディオン婆さんの口にした言葉は、奇妙な暗喩に感じられた。そして俺がひねくれているせいか、命の引き継ぎなんて言われると、死の方を意識しちまう。


「九郎ちゃん、お待ち」


 立ち去ろうとする俺を、婆さんが呼び止めた。俺の名前、何故か知っているんだよな。そんな有名人でもない気がするが。


「靴の踵が微妙にすり減っているわよ。いざという時に致命的なことになりかねないわ」

「あ……」


 アコーディオン婆さんの注意を受け、俺は頭を掻く。


 以前からわかっていたが、このアコーディオン婆さん、明らかに裏通りの住人だ。そしてかなり荒事に長けている。近くに寄っただけで俺にはわかっちまう。婆さんの裏通りにおける顔と名は知らねーが、名の知れている手練れなんだろう。


「おじさん、親切にされたら、ちゃんと御礼言わないと駄目だよ」


 そうだな、うっかり言いそびれちまった。でももう移動しちまった。


「心の中でもいいから、御礼言っておこう」


 心の中で言っても聞こえやしねーだろ。


「そんなことないよ。どこかで届くよ」


 どこか、ね。じゃあ祈っておくか。親切なあの奇天烈婆さんに幸あれ。


「いいね。きっとお婆さんに幸運が届くよ。おじさんの祈りのおかげでね」


 カイが笑顔で言い切った。ったく、ロマンチストなおこちゃまだわ。こいつの方が俺なんかよりずっとロマンチストだろうに。


***


 繁華街の一角にある、カンドービルという名のビルに入る。ビルの中は階層によってはショッピングセンターであったり、公共施設があったりするが、それは全て一階から上の話だ。一階はショッピングモールと直結している。

 このビルに、地下一階があることを知る者は限られている。俺の目的地は、その秘密の地下一階だ。


 人気のない非常階段の脇。周囲に人がいないことを確認して、俺は壁の中に隠された蓋を開き、旧式のテンキーにパスワードを入れる。すると壁に切れ目が入り、秘密の入り口が開く。入り口の先にあるのは、地下に降りる秘密の階段だ。俺はその階段を下りていく。


 十一年前、俺はどうしても力が必要だった。ヤバい奴に命を狙われていた。だからこそ、自分の命をチップにしてでも、いちかばちかの賭けで我が身を護る必要があった。

 そこで俺が目を付けたのが、裏通りでも有名なマッドサイエンティスト、雪岡純子の存在だ。このマッドサイエンティストに自身の人体改造の依頼を行うと、人智を超えた力を得られる可能性がある。その力で願いを叶えた者の逸話は多く伝わっている。

 ただし、雪岡純子の望みはあくまで人体実験。つまりは実験を兼ねたうえでの改造なので、化け物になったり障害が残ったり最悪死んだりと、そんなリスクもある。


 雪岡研究所と書かれた自動ドアの前に立つと、中から研究所の主が現れた。


「おいすー、鴉山さん、カイ君、お久しぶりー」


 弾んだ声と共に、神秘と魔性を同居させた真紅の瞳が煌めく。 


 出迎えた件のマッドサイエンティストは、猫を連想させる顔立ちをした、ショートヘアの美少女だった。ボーイッシュな服装の上に着た白衣が、マッドサイエンティストアピールしているんだろうな。

 最初に出会った時から十年以上経つってのに、見た目の年齢が全く変わっていない。十代半ばの少女のままだ。本人曰く千年以上生きているとのことだが……


「で、俺はあと何年生きられるんだ? いや、何ヵ月か? 何日か?」


 出会い頭に皮肉っぽく尋ねる俺。


「んー、もう大丈夫だと思うよー」


 頬を掻きながら純子が微苦笑を零す。


 俺が改造されたばかりの頃だった。改造した結果、肉体への負荷がひどく、二年くらいしか生きられないと純子に伝えられた。しかし俺は二年以上生きられた。そうしたらあと一年と言われた。その一年後には四年後と言われた。んでもって、結局十一年も生きている。


「おじさんのガッツで、寿命を伸ばしてる? おじさんは根性と執念深さは人一倍だからね」

「根性はともかく、執念深いとか言うなよ。別に執念深くねーよ」


 冗談めかすカイに、俺は肩をすくめる。


「えっとねー……。ああ、人工魔眼の解析機能はメンテ中だった。こっちの解析装置を使うかなー」


 純子が言うと、空中に大量のホログラフィー・ディスプレイが出現する。

 空中に投影されたディスプレイ。通常は指でタップし入力していくものだが、純子はそれをしていない。しかし全ての画面が高速で切り替わり、変化していく。これは――ブレイン・マシン・インターフェイスで操作しているのか。


 二十一世紀後半の現代の科学技術において、理論上は実現可能な技術だ。脳の電脳化はともかくとして、脳波で直接機械に入力するBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)は、限られた領域のみにおいて実用化されている。だがこの技術は様々な理由で、厳しく制限されている。

 BMIに限った話ではない。二十一世紀半ばから、科学文明の発展は停滞しだした。それは一つの価値観の台頭だ。科学の発展を規制し、環境保護を推し進める思想の蔓延。そのおかげで新しい技術は中々出てこなくなった。出した所で精査に時間がかかる。あるいは精査以前に自主規制されてしまう。イノベーションも起こりづらくなった。昨今、全世界において、新しいものを作ることが悪という風潮だ。


「ああ、何となくそうじゃないかと思ったけど、やっぱりそうだった。鴉山さんが生き延びているのは、カイ君のおかげだよ」

「俺の?」


 純子の口から思いもよらぬ言葉が出て、カイが不思議そうに自分を指さした。


「うん、鴉山さんの力で、カイ君は幽霊でありながら実体化が可能なんだ。でもカイ君も実体化したことで、余剰生命エネルギーを鴉山さんに与えている。それによって、鴉山さんの肉体は健全に維持されているの」

「へー、そうだったんだー。俺とおじさんの間で力が循環しているってことか」


 純子の話を聞いて感心するカイ。


「俺の力でこいつは実体化しているのに、その実体化したこいつの力で俺が生かされているとか、変な話だな」


 変な話とか言って茶化したものの、俺はかなりの衝撃を受けていた。俺はずっとこのがきんちょ幽霊に、守護されてきた。それは戦闘の時だけかと思ったら、そうじゃなかったとか言われて、衝撃受けなかったらおかしい……。俺の命そのものを直接的に維持しているなんて言われたんだぜ。


「カイ君の実体化は、鴉山さんの力が起点ではあるけど、鴉山さんの力だけを動力にしているわけじゃないみたいだから。他からも力を取り入れているみたいだよ」


 純子が解説する。その動力源が、飯と風呂ってことかよ。


「俺に感謝してね、おじさん」


 やたら嬉しそうににやにやするカイ。


「俺が実体化しているのって、おじさんの力だけじゃないんだよ。ご飯を食べて栄養を得て、お風呂に入っているおかげなんだからさ。だからこれからも美味しいものいっぱい食べさせて、綺麗に洗ってくれれば、おじさんはますます健康体でいられるってことだね」


 俺の心を読み取って、カイが要求する。飯はまだわかるが、風呂はどういう理屈だ?


***


 翌朝。俺は恐怖の大王後援会の本部に赴いた。今日は新しいパートナーとやらと御対面する日だ。そしてすぐにそいつと一緒に仕事だと。

 岳都は俺の負担を和らげるためのサポートだなんて言っていやがったが、新人研修やらせるつもりだろうと、俺は頭から信じて疑っていなかった。だが――岳都の真意は全く別にあったと、知ることになる。


「新人さんて若いんでしょ?」


 カイが伺う。華子が同い年って言ってたから十八だな。ま、裏通りは十代の奴も珍しくねーし。若いと言って、気になる年齢でもない。


 エントランスで、新人が来るのを待つ。初仕事でいきなり先輩を待たすとはいい度胸だ。


「遅れてすみませんっ。そちらで待っていたとは思いませんでした」


 駆けてくる音と、慌て気味の少女の声。

 あれ? 待ち合わせ場所、もしかしたら俺が間違っていたか?

 そんな疑いを抱きつつ、声がした方を向いた俺は、現れた新人の容姿を見て、固まってしまった。


 エキゾチックな雰囲気を漂わせる顔つき。目つきが鋭く、野性味を感じさせると同時に、凛とした美貌。そして浅黒い肌。

 かつて俺は、全く同じ特徴を持った女に溺れたことがある。そして、その女は俺の手で殺した。


 アリサ……。

 心の中で女の名を呼ぶ。


「おじさんっ」


 呆気に取られている俺を見かねて、カイが鋭い声をあげた。


 いや、違う。髪型は違うし、若いし、身長も異なる。服のセンスも違う。色々差異はあるが、顔立ちは、そして雰囲気は、あまりにもアリサに酷似している。


 あいつそっくりの少女は、俺の反応に少し戸惑っていたようだが、深々と頭を下げる。


「初めまして。今日から一緒に仕事をさせていただく蟻塚りえです」


 自己紹介した少女の姓を聞き、俺はまたしても衝撃を受けた。


 蟻塚……。あいつのフルネームは蟻塚アリサだった。苗字同じで顔がそっくり。つまりこいつは妹? あるいは親戚か?


「蟻塚アリサの――」

「お母さんのこと知っているんです?」


 俺がアリサの名を口にすると、りえは驚いた表情になって、とんでもない台詞を口にした。


 お、お母さん?

 こいつは十八歳だと聞いた。俺とアリサが結婚したのは十三年前。

 あの時、すでにアリサは子供がいたと。しかもアリサが死んだ時点で七歳……。


 数秒間、俺の思考が停止する。


 嗚呼……俺はつくづく間抜けなピエロだ。哀れな道化だ。あいつはつくづく俺を騙していやがった。まさか子持ちで、それを隠して俺と結婚までして……俺に夢中な素振りを見せて、俺をうまいことたらしこんで、俺はあいつに夢中になって……


「あの……滅茶苦茶顔色悪いようですけど、どうしました?」


 りえが心配げに声をかける。しかし俺は動揺――いや、混乱したままだ。


 混乱する俺の頭が、突然強く抱かれた。カイだ。


「おじさん、落ち着いてよ」


 俺の頭を抱きしめて、柔らかい声で囁く。


 これが落ち着けるか――と思ったが、このがきんちょ幽霊に抱かれて、俺は心底落ち着いてしまっていた。幽霊なのに実体化できるから、肌の感触も体温も確かに感じられる。つーか子供だから体温高めなのか? 妙に熱く感じられる。


「鴉山九郎だ。ちょっと確認することがある。そこで待っていろ」


 短く自己紹介すると、俺はりえとは距離を置くために通路に入り、電話をかける。相手は岳都だ。


「どういうつもりだよ、てめえ。アリサの娘だと?」

『うん。俺も驚いたよー。たははは』


 岳都はあっけらかんと笑っていた。畜生、一発殴りてえ。


『何の目論見があってうちに来たのか、わからないからね。ただの偶然かもしれないけど。面倒見るだけじゃなくて、こっそりとその娘の調査もやっといて。彼女の真意を探るんだ。油断するなよ~』

「偶然なわけあるか。母親関連で何かありそうだと考えるのが普通だろ」


 アリサの娘――何かしらアリサ関連で目的があって潜入してきたんだろう。そしてだからこそ、岳都は受け入れた。りえの真意を探るために。


「ふざけやがって……」

『まあまあ、九郎がどうしても嫌っていうんなら、他の奴にやらせるよ。でも九郎が適任だと思うけどな~』

「ああ、そうだろうさっ」


 苛立ち紛れに吐き捨て、電話を切る。


『大事なものを作るのは怖い。でもね、それはとても素晴らしいことでもあるの』


 アリサが俺に、結婚を迫った時に口にした台詞を思い出す。アリサはまるで知っているかのように、そう語った。それはこいつのことか? 娘を生んだことか?


 そのうえで、それを隠したうえで、俺と結ばれて、俺を騙して……いやはや、まったくもって女って奴は恐ろしいもんだ。そしておぞましいもんだ。

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