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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第一章 裏通りのお掃除屋さんの日常に生じる不安
3/11

2 幽霊の世話をしたり新人の世話をしたり

 俺達は荒事が仕事じゃない。掃除が仕事だ。後始末が仕事だ。有ったことを無かったことにする。隠滅が仕事だ。そんな仕事の性質からも、基本、荒事は避けて通る。

 しかし今回みたいに、どうしても荒事を避けて通れない状況に陥る事もある。俺はそういう仕事はお断り願いたいが、組織はそうした面倒な仕事をよく俺に回してくれやがる。何より超常絡みの仕事となれば、高確率で俺にお鉢が回ってきやがる。つまり俺は組織のエース様だ。恐怖の大王後援会の中でも珍しい、荒事に長けた構成員だ。いざという時は俺頼みってわけだ。いやはや、実にありがたくないことこのうえない。


 ただ、今回のドンパチは――完全に予期せぬ展開だった。ただのお掃除で終わるかと思ったのによ。あんなことになるとはね。


「たっだいまーっと」


 我が家に帰宅すると、カイが弾んだ声をあげて、俺の体をすり抜けていった。

 実体化して物理干渉もできる幽霊だが、完全に霊体化すれば物質に束縛されずに済む。便利な奴だぜ。


「さあ、お風呂お風呂」


 楽しそうに急かすカイ。ちなみに朝にも風呂に入っている。夜も入りたがる。一日に二回以上風呂に入りたがる神経が理解できんが、こいつは一日に二度風呂に入らないと気が済まないらしい。

 一人で入ればいいのに、風呂に入る時は絶対に俺も一緒に入れとうるさい。しかも俺に体を洗わせやがる。幽霊だから自分ではできないとか言っていやがるが、絶対に嘘だ。


 服を脱ぎ、風呂に入る前に鏡を見る。そろそろ髭を整える時期だ。今やるか。


「髭面似合わないから元に戻しなよ」

「人の顔のこととやかく言うな」


 昔は髭を全部剃っていた。一度鬚を剃るのを辞めると、ずっと剃らなくていいやって気分になっちまうとは聞いたが、本当にそうなっちまったな。しかし伸ばしっぱなしの無精髭は流石に無様なので、ちゃんと整える。


 カイと出会った十一年前は、髭を生やしてなかった。


 十一年前――妻を殺した年――俺はとあるマッドサイエンティストに改造された。その影響で、俺にはカイが見える。カイはずっと俺と一緒にいて、守護霊として俺を護っている。


 昔はともかく現代では、幽霊や超常の力は、さほど疑われる存在ではなくなってきている。今から十年前、アイザック・フリードマンという化学者が、幽霊と冥界と輪廻転生の存在を科学的に実証した。それ以来、世界の多くの国でそれらは実在するという事が、公式見解になったからだ。

 ま、各国政府が認知したと言っても、幽霊なんて見たことない奴や、見ることが出来ない奴の方が圧倒的に多いので、未だ疑っている奴もいることはいるが、十年前を皮切りに、超常の領域がかなり身近になった。裏通りにおいても、超常の能力者は珍しくない。


 裸になったカイを洗ってやる。


「あー、もうちょっと強くごしごしとー。もっと下だよ。あ、そこそこー」


 実体のある幽霊の餓鬼が、風呂で俺に体を洗わせて、なおかつあれこれ注文していやがる。


「もっと力いれてよー。物足りなーい」


 不満げな声でなおも要求するカイ。


「はあ……俺も今日は疲れてるんだがなー」

「痛い痛いっ。おじさんっ、力入れすぎーっ」


 ちょっとイラっとしたので、カイの背を強くこすってやった。


 宙に浮いたり、壁をすり抜けたり、他の奴に見えなかったりしなければ、とてもこいつが幽霊とは思えない。しっかりと生身の感触がある。


「おじさん、あれくらいで疲れたとか、歳だねえ」

「当たり前だ。俺が幾つだと思ってるんだ。ずっと歳とらないお前とは違うんだよ」


 からかうカイに、俺は溜息混じりに言った。


 カイと出会った十一年前。妻を殺した十一年前。自分の肉体を改造した十一年前。あの年に忌まわしき終わりと別れがあり、出会いと快い始まりがあった。

 あの時俺は、マッドサイエンティストに改造されたことで、様々な力を一度に得た。カイに実体を与えたのもその一つだ。というかカイは俺の近くにいるだけで、実体化しちまう。物理的に作用できちまう。何故か俺の心も覗かれちまう。ただし、実体化してなお、霊感の強い奴でないと、カイの姿は見えないし、声も聞こえないが。


 俺の守護霊を名乗り上げたカイがまず何をしたかと言ったら、部屋の酒瓶を全て破壊して、煙草も全て引き裂いた。


『取り敢えず酒と煙草禁止ね。体に悪い。買ってきても俺が全ておじゃんにしてあげるよ。飲ませないし吸わせないから』


 当時、朗らかに告げるカイの台詞を聞いて、俺は思った。こいつは断じて守護霊ではない。健康的な悪霊に取り憑かれちまったと。


「おじさん、不安なの?」


 風呂を出て、バスタオル一枚巻いただけのカイが、宙を漂いながら声をかけてくる。わざわざ声に出して尋ねなくても、俺の気持ちなんて筒抜けなのにな。


「それはそうだけど、言葉のキャッチボールはしたいよ。不安なんだね。さっきの件」


 指摘するカイに、俺は小さく息を吐いた。


「やっちまったことだ。なるようにしかならねーよ」


 強がる俺だが、嫌な予感はしている。ジレンマに陥る事態なんて、今まで何度もあったが、今度の奴は特に大きそうだ。


***


 件の仕事を済ましてから四日間、俺は休暇を取った。


 休暇が明けてから、俺は恐怖の大王後援会の本部へと赴いた。もうこの組織に入って、二十年以上になる。


 恐怖の大王後援会の仕事内容は、お掃除だ。後始末だ。綺麗にしてくれと言われて、綺麗にする。何か有っても、何も無かったことにする。死体が転がっていたら死体を片付け、血の跡を拭きとる。銃痕を消してくれと言われたら、それらも無かったように見せかける。不祥事の証拠隠滅なんかもよくやる。ああ、それとたまに、生きている奴の始末もあるな。これはごくごく稀にだ。俺達は殺し屋じゃねーが、どうしても必要な時も出てくる。


 実は恐怖の大王後援会は、裏通りの住人達から非常にニーズが高く、重宝されている組織だ。昨夜の俺のように、表通りの住人からの依頼もわりとある。落ち葉や死骸や糞を分解する役割の生き物は、生態系の最底辺にいようと、極めて重要な存在だろう? つまりそういうこと。


「あ、鴉山さん。おはようございます」

「おはよう……ございます」

「よう」


 廊下を歩いていると、二十代の女性と十代半ばの少女が挨拶してきた。俺も挨拶し返す。組織の一員、檜原真菜子と檜原華子の姉妹だ。歳は若いが、二人ともベテランだ。


「パートナーがつくらしいですね」

「ああ」


 真菜子が言い、俺は――多分渋い顔になって――頷いた。その話は昨夜、ボスからのメールで伝えられた。俺は単独行動が多かったが、そんな奴は組織で俺くらいのものだ。しかもいい歳だし、そろそろ誰かと組んだ方がいいという事で、パートナーをつける流れになっちまった。


「新人の女の子だそうですね」

「私と同い年だそうです」


 真菜子と華子が言う。

 華子と同い年で新人――つまり、十八の小娘か。それはパートナーじゃなくて、新人の指導じゃねーのか? とはいえこの華子はベテランだけどな。


「裏通り歴は三年だそうですよ」


 と、真菜子。


「パートナーになる予定の俺より詳しいんだな」

「本人に会って話した人から聞いたんです」


 俺が皮肉っぽく言うと、真菜子が真顔で告げた。


 まあ、掃除屋としてはルーキーでも、裏通りで三年もやっていた奴ならマシか。これで裏通りもルーキーとか言われた日には、しんどいけどよ。


 ちなみに裏通りってのは、現代における裏社会の総称だ。俺達が生きる世界だ。

 もう三十年以上前になるか。日本の裏社会は大きく変化した。俺が餓鬼の頃はヤクザとかいたんだが、海外マフィアの侵攻によって、ほぼ絶滅しちまった。代わりに細分化された犯罪組織が日本中に乱立し、犯罪組織が半ば黙認される状態になった。それが裏通りと呼ばれる今の日本の裏社会だ。一般社会は表通りと呼ばれるようになった。

 警察がその気になれば簡単に裏通りを取り締まれるが、経済の活性化、他国の犯罪組織の侵入の抑制、犯罪者気質の者達の管理等の理由で、裏通りは黙認されているという話だ。もちろんやりすぎれば、警察にも目を付けられるし、それ以前に裏通りを取り仕切る『中枢』に処罰される。

 裏通りは『中枢』という巨大な機関によって統治されている。中枢は裏通りで生きる者達に様々なルールを課して、裏通りが暴走しないようにしている。御法度となっている商売も沢山ある。裏通りの多くの住人は、このルールに従っている。


 俺は檜原姉妹と別れ、ボスのいる部屋に向かう。


 ノックして扉を開けると、机の上に短く太い足を投げ出した男が、手の爪を切っていた。

 俺とは異なり、全く整えていない汚らしい無精髭。不摂生しまくりの肥満の中年男。こいつが恐怖の大王後援会の現在のボス、小田岳都だ。


 カイは部屋の中に入ってこない。こいつの部屋の中はとんでもなく煙草臭い。こいつの体臭もキツい。酒、煙草、合法ドラッグ、暴飲暴食、糖分過多の偏食、そして趣味はギャンブルと、全く持ってどうしょうもないダメ中年だ。


 ただ、こいつは決して無能というわけではない。それどころか有能だ。俺とは同期だが、俺と違って処世術が上手く、上司に取り入っていい役職貰って、気が付いたらこいつがボスになっていやがった。

 そして岳都は現場組からのウケがよく、話のわかるボスとして信頼されている。俺も岳都がボスになってよかったと、心底思っている。前のボスは酷かった。同期のこいつがボスになってから、この組織は格段に良くなった。


「相変わらず嫌な臭いがぷんぷんしやがる」


 俺が悪態をつく。俺もこいつの臭いにはうんざりだ。


「禁煙の意思がくじけちゃいそうかい? かつてのヘビースモーカーの大酒飲みが、ぴたりとやめちゃってさあ」


 岳都がからかう。誰かさんがうるさくてな――と思いつつ、振り返り、部屋の外で浮遊するカイの霊を見る、カイは悪戯っぽく微笑んでいる。もちろん岳都にはカイは見えない。

 煙草は前から止めようと思っていたところだから、まだいいとして、せめて酒くらいは飲みたいけどな。つーか、俺が気にしている臭いは、煙草の臭いに混じってもなお強烈な、こいつの体臭なんだがな。


「酒も駄目だよ」


 俺の気持ちを読んで、カイが部屋の外から釘をさしてくる。


 何でそんなに酒を嫌うか聞いたことはある。こいつの父親が原因らしい。酒に溺れたあげく自殺したそうだ。だからって俺の飲酒まで禁止されてもな……。

 つまりまあ、こいつを心配させたくなくて、俺は酒も煙草もやめちまったってわけだ。


「いやあ、この前の仕事は大変だったなあ~、九郎」


 あ、やっぱりその話になるよな。むしろそのために呼んだんだろうが。


「恐怖の大王後援会の始末屋としての仕事を貫くか、裏通りのルールに従うか、大変な決断だ。俺だったら前者を遂行しただろうなー」

「中枢にバレた時のリスクを考えずにか?」


 岳都の台詞を聞いて、俺は微かに苛立ちを覚えながら問うた。


「バレたら言い逃れするさ~。恐怖の大王後援会は裏通り全体で重宝されている組織だ。事情を離せば大目に見てもらえると期待するよ」


 爪切りをテーブルの上に置き、肩をすくめる岳都。


「依頼者と取引していた人身売買組織の名も判明したぞ。『肉塊の尊厳』だ」


 あの悪名高い人身売買組織か……。安楽警察署裏通り課と正面切って戦争したという、イカれた奴等だ。

 まあ、結果は派手に負けて、組織は大幅に弱体化したって話だが。当たり前だ。警察相手に喧嘩売ればそうなるわ。泣く子も引き付け起こしてショック死すると恐れられる、安楽警察署裏通り課に盾突こうなんて、正気じゃねえ。警察は裏通りを抑える戦力を備えている。確かその時の後始末でも、恐怖の大王後援会が駆り出されまくったな。


 正直、今の肉塊の尊厳なんかに敵視されても、あまり怖くはない。警察相手に戦争ふっかけた時のボスは死んでいるし、その後は大人しいもんだ。他の組織と正面切って戦争する度胸や余力は無いと思える。


「九郎さあ、お前の選択をとやかく言うつもりはないけどー、それでも確認しておきたいことがあるんだよね~」

「その時点でとやかく言うつもり満々だろ」

「九郎の選択は、感情によるものか? それとも計算か?」

「感情ってどんな感情だよ?」

「正義感とか~?」


 逆に問い返す俺に、岳都は思ってもみない答えを返してきた。


「ふざけてるのか?」

「全然真面目だよう? 九郎って昔から情に流される所あったし、今でもありそうじゃん」


 さらに苛立つ俺に、岳都はへらへらと笑いながら言ってのける。


「九郎は考えが若いままだよなあ。擦れてないっていうかさー。ロマンチストな所あるし」

「それは同意」


 岳都の台詞を聞いて、カイが部屋の外で微笑んで頷いていた。


 歳を経ると、その分嫌な物をいっぱい見る。辛酸を舐める事も多々ある。心が擦れていく。無邪気なガキンチョはいつしか薄汚い大人になっちまう。同年代の奴等を見てもそれは感じる。特に一緒にやってきた岳都を見ると如実に感じる。

 俺も自分はそうなっていったと思っていた。しかし岳都に言わせると違うらしい。他の連中も指摘する。俺は気持ちや考えが若いままだと。あまり擦れていないと。ロマンチストだと。どこらへんがだ? 自分じゃわからねえよ。詩を書く趣味のせいか? それくらいでロマンチスト扱いは違うだろー。


「ま、俺はこの件でお前を責めない。ただ、何かあったら、尻拭いは九郎にしてもらうからね。その辺はよろしくっと」

「ふん」


 軽い口調で告げる岳都に、俺は忌々しげに鼻を鳴らす。


「それと、昨夜通達した通り、お前にパートナーつけるからね~。お前の負担軽減のためにな。有望な新人だから、育ててくれよ」

「ふざけんなよ。何が負担軽減だよ。そりゃただの新人の面倒だろうがよ」


 毒づく俺。ただでさえ日頃から面倒な仕事ばかり押し付けてきてくれるのに、また新たな面倒を押し付けてきやがって。


 俺は岳都の部屋を出た。今日はこの後も用事がある。

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