1 仕事を放棄どころかぶち壊しにしてみた。
俺――鴉山九郎は、『恐怖の大王後援会』という組織に属する、しがない始末屋だ。掃除屋と言ってもいい。事実、これから本当に掃除しに行くからな。
恐怖の大王後援会は、どこかの誰かの尻ぬぐいをするのが仕事だ。その誰かってのは、わりとろくでもない奴が多い。ろくでもない奴の尻拭いをして、金を稼ぐ。裏通りの住人の中でも底辺に位置する職業。しかし必要不可欠な重要な仕事でもある。理屈じゃわかっているが、感情的に見て、素晴らしい仕事と見なす者は多くないだろう。
こんな自虐的な意識――ない方がいいってのはわかっている。同じ組織の掃除屋共は、きっと意識せず淡々と仕事こなしていやがるんだろうな。だが俺は違う。この仕事を続けてかなり長いってのに、俺はずーっとネガティブな意識を抱き続けている。俺は馬鹿なのか? ま、馬鹿なんだろうな。
まあ、後ろ向きな気持ちだけではない。俺には俺の、この仕事に対するやりがいを抱いている。だからこそこの仕事を続けていられる。
今日の依頼者は、裏通りの人間じゃなくて、表通りの人間だ。代議士の不祥事の揉み消しとのこと。ま、うちらの組織に依頼してくる時点で、表通りと言っても、完全にカタギとは言い難いな。
今回は時間指定有りの仕事だ。期限付き時間指定の条件は珍しくも無いが、何と開始時間まで指定されていやがる。場所はホテルの会議室。そこを綺麗に掃除して、何も無かったことにする仕事。
現在俺は、ホテルの中を清掃員の格好をして歩いている。実際にやることもお掃除だが、片付けるのは――死体を秘密裏に処理することだ。
正直、俺一人では時間内に終わらせられるかどうか不安だ。俺の組織は、大抵チームを組んで仕事をする。短時間でのお掃除は人手が要る。しかし俺に関してだけは、単独での仕事を命じられるケースが多い。
何を始末するかは聞いている。個数も聞いている。だが汚れが酷い場合は、一人で掃除しきれないかもしれねえ。ちゃんと写真撮って、掃除する場所を教えてくれりゃいいのにな。客側にそこまで要求しろと、俺は前々から、口を酸っぱくして上に言ってんだが……
「その時は俺もお掃除に協力するよ」
俺の後ろを飛んでいる子供の幽霊が、俺の心を読んで声をかけてきた。
この幽霊の名はカイ。十一年前から、俺と行動を共にしている間柄だ。勝手に俺を守護すると言い出して、ずっと力を貸してくれている。
カイは俺の頭の中を覗ける。考えていることは万事伝わってしまう。プライバシーもへったくれもないが、もう慣れたし、こいつ相手なら別にいいやと思っている。こいつと俺は運命共同体なんだしよ。
その時は頼むわ――と、声に出さずに頭の中で呼びかける俺。
俺は掃除用具一式をカートに詰めて転がしながら、指定された時間に合わせて、指定された場所へと訪れた。
会議室に近付いただけで、血の臭いがした。
「死の気配だ。死んでからそんなに時間が経っていない」
カイが言った。殺す前に後始末の依頼したうえで、殺したってことだな。珍しいケースでもない。
会議室の扉に近づいただけで、殺された者の姿が見えてしまった。幽霊が一人、扉の中から頭だけすり抜けて、不安そうな顔でこちらの様子を見ていやがる。
十一年前、マッドサイエンティストに肉体を改造された俺は、霊が見えるようになった。見えるだけではない。会話も出来るし、霊に力を与えることも出来る。物質霊や動物霊を使役することも出来る。
「おじさん……。あの子だよ。たった今殺されたんだ」
俺の後ろにいるカイが、神妙な声で言った。ああ、そうだろうな。このタイミングで現れる霊なんて、そうに決まっている。
子供の霊が消えた。
俺は陰鬱な気分になる。感情を殺しきれない。非情になりきれない。こういう場面においては、俺の悪い所と言える。感傷的になってしまう。
「裏通りの住人としては失格だね」
カイがからかうが、俺は黙殺する。
扉を開くと、中には日本人ではない子供の死体が三人分あった。おそらく移民だろう。殺しても足がつきにくいから――か。三人は首を切断されて、頭部が無造作に床に転がっている。血が派手に床に飛び散っている。そのうちの一人は、今見たばかりの子供の霊と同じ顔だった。
宗教的な儀式をしたような痕跡があった。簡易的な祭壇と、床に描かれた五芒星。
子供の胸には血で紋様が描かれている。そして俺はこの紋様、見覚えがある。
子供の亡骸の一つに近づき、しゃがみこみ、人差し指を当てる。
能力を発動させる。物質に残った記憶を掘り起こす力――サイコメトリーを試みる。これも俺がマッドサイエンティストに改造されて得た力の一つだ。
掘り起こされた記憶は、子供達が殺される場面だった。体を固定された子供達の首に、大鉈が振り下ろされる。
身なりのいい年配の男女が笑いながら、子供たちの惨殺シーンを眺めている。
切断面から噴き出る血飛沫がワイングラスに注がれ、年配の男女達が飲む光景。
反吐が出る思いを堪え、俺は別の子供に対象を変えて、記憶を掘り起こした。
三人の子供達は拘束されている。目隠しをされ、猿轡をされ、鎖で繋がれて連れられている。そして連れてきた男が、別の男に引き渡す様子。
やっぱりそうか……。こいつら、人身売買で売られた子供達だ。
「つまり、俺と同じ死に方か」
後ろから聞こえたカイの声には、冷たい怒りが滲んでいた。
人身売買は非常に儲かるビジネスだ。犯罪ビジネスのトップ3に入る儲けとも言われている。しかし日本の裏通りでは、タブーとして厳しく禁じられている。日本だけではない。ある事件が理由で、昨今では海外の犯罪組織も、人身売買には手を出さない所が多いと聞く。
人身売買の対象の多くは子供だ。その子供達を買いとる客は超富裕層だ。その用途は? 性愛の対象という考えが真っ先に思い浮かぶ者もいるだろうし、実際そういう用途もある。だが最大の市場は違った。
セレブや権力者共が多く身を寄せる、西欧の大規模カルト集団。人身売買で子供を買い取る最大の買い手はそこだった。既存の神に逆らって新しい神から力を授かるため、穢れの無い子供達の生き血を飲むという教義が信じられ、そのために大量の子供達を買い続けているという話だ。
このカルト集団の存在が知れ渡った際、海外の犯罪組織の多くも、人身売買から遠ざかるようになったという。
そして子供達の体に血で描かれた紋様は、そのカルト集団のシンボルマークだ。
「おじさん、どうするつもり?」
その場で立ち尽くしている俺に、カイが声をかけてくる。
どうするか迷っている。後始末専門の組織として、ただ仕事を忠実にこなすなら、完璧な揉み消しを行わなければ、組織の立場が危うくなる。裏通りの禁忌を犯したことになり、裏通りの『中枢』から処罰される。少なくとも自分は完全に処罰対象だろう
裏通り『中枢』に告発するなら、それが無難だ。だがそれは、始末や組織としての仕事を放棄した事に繋がる。そしてこの件は裏通りで話題になるはずだ。恐怖の大王後援会は禁忌には手をつけないという事が、明確になる。そういった仕事の依頼はもう来なくなるだろうな。
こういう場合、他の掃除屋がどうしているか、俺は知らない。今まで俺は、禁忌に触れる仕事なんて扱ったことが無い。告発したケースも知らない。禁忌と知りつつ完璧に処理していたのか? 裏通りのルールに抵触する仕事も、今まで来ていたのか? それを皆ひっそりと処理していたのか? この稼業は長い俺だが、こんなケース初めてだ。
ふと、俺はカイを見る。
カイが昏い目をしている。たまにこいつはこうなる。ひどく昏い目をする。しかし今回はそうなるのも無理はないか? こんな光景を見たら――いや、理由はそれだけじゃない気がする。
俺はカイの目を見て、決意した。映像を収め、中枢に連絡する。告発に至る。
カイに影響されただけではない。俺自身が気に食わなかったからってのもある。依頼者は糞野郎にも程がある。自分の欲望を満たすために、こんな子供を殺し、証拠隠滅の依頼をして、そして表通りでは国会議員様だと? ふざけんな。
その一方で、いちいち感情的になる俺には、この仕事は心底向いてないんじゃないかと、いつも思う。やめようと思ったことも何度もある。しかし俺はある理由から、この仕事を続けていた。
仕事を放棄し、部屋を出る。
時計は深夜零時をまわった。今日は誕生日か。糞ったれ。もう四十代半分かよ。早過ぎんだろ。三十代に入ってから時間の流れがやたら早くなったと感じたものだが、四十代ときたら、さらにとんでもなく早い。気が付いたらあっという間だ。光より早くすっ飛んでいく。
「おい待て!」
俺がホテルを出ようとした所で、呼び止められた。
依頼人の代議士と、そのボディーガードと思しき者達がやってくる。ああ、この代議士の顔、記憶の掘り起こし中にもあったな。子供達が殺される場面を見て楽しそうに笑っていやがった。しかし今はしかめっ面だ。
俺は袖口から素早くカプセルを取り出し、服用する。『コンセント』と呼ばれる、集中力を極限まで高める薬だ。
ボディーガードは数が多い。しかも手練れも何人かいるようだ。ドンパチになったらこいつはちっと厳しいか?
「なぜ仕事をしないっ!? 時間が無いぞ! あの会議室はもうすぐ使うんだ」
「あの餓鬼共は何だ? どこから仕入れた?」
代議士が狼狽気味に喚きたてる。一方で、俺は静かな口調で問う。
「人身売買で仕入れて、頭のおかしな儀式をやって殺した。そうだよな? 裏通りにもルールはある。あんたは裏通りの禁忌に抵触している。こんな仕事は引き受けられねーな。そして告発させてもらった。映像も、依頼者であるあんたの名前も、中枢に報告した。あんたはルール違反で裁かれる」
代議士が答えるより前に、俺は淡々と告げた。
「ふざけるな! お前達っ、こいつを殺せ!」
激昂した代議士の命令に反応して、取り巻きのボディーガード達が一斉に銃を抜いた。
馬鹿なのか? たとえ俺を殺しても、もうお前は終わりなんだよ。
銃撃戦になった瞬間、代議士の取り巻き二名が崩れ落ちた。
敵複数の銃撃を、俺は軽い動作で避けていく。銃弾より速く動いているわけではない。撃つタイミングと弾道を見切っている。
コンセントを服用しているおかげで、銃口の向きを正確に読み取り、銃の引き金を引くタイミングもばっちりと読み取れる。しかしそれは敵も同じことだ。裏通りの抗争において、コンセントの服用は常識だ。
殺した奴がもう霊体になって、俺のことを睨んでやがる。自分の死を受け入れ、自分が幽霊になったことも気づくには、そこそこ時間を要するが、わりと早い奴等もいる。
こういう光景――霊が見えるようになった当初は、非常に煩わしかったな。ま、今はもう慣れた。何も感じねえ。
敵の多さが仇となった。銃撃の一つを避けきれないと悟る。
殺気を胸部に感じる。銃弾は俺の胸を貫いていたかもしれない。一応防弾繊維を編み込んだ服を着ているが、防弾繊維が銃弾を防げるかどうかは五分五分だ。防げることもあるし、貫かれることもある。
だが俺は自身の生存を確信していた。カイがいるからな。
「おじさん、俺がいるからって油断しすぎ、隙見せすぎ。何より頼りすぎ」
俺の前で銃弾を素手でキャッチしたカイが、呆れ気味に指摘する。
いいんだよ。使えるものは使うんだよ。
心の中で言い返し、俺は今撃ってきた奴の胸を狙って、銃弾のお返しをしてやった。敵も当然防弾繊維を編み込んだ服を着ているだろうが、俺の銃弾は防弾繊維を貫き、そいつは崩れ落ちた。
「俺が守ってくれるとわかっていて、わざと隙見せて、相手の隙を誘ったのか。危ないことするなあ」
俺の狙いを見抜いたカイが、呆れ声をあげていた。
その後、俺は敵を全て始末して、増援が来る前に急ぎホテルを出た。




