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裏通りのお掃除屋さん、今日も死体のおかたづけ  作者: ニー太
第二章 恨みを買わずに生きることは出来るのか?
11/13

10 理不尽や不条理はどこからやってくる?

 理不尽や不条理はどこから派生していやがるのか? 実は一部の利己的なクソ野郎が発生源である事が多い。

 例えば――だ。恐怖の大王後援会のボスが岳都になる前は、ひでえブラックな職場だった。前代の糞ボスは、儲けのために仕事を次から次に取ってきて、俺達に過重労働させまくり、現場の状況も見ようとせず、下の意見も汲みあげず。


 しかしそんな利己主義糞野郎を生み出している側にも、責任はある。

 当然だが、治安の悪さは社会の悪さと連動している。物価が上がり、税金も増え、生活が苦しくなれば、犯罪に手を出す奴も連動して増える。当たり前のことだ。つまり社会全体の責任と言える。無能な政治家や官僚共の責任とも言えるが、無能政治家を選んでいるのも民衆だし、無能政治家の下じゃ役人も糞になる。


 じゃあ、こいつの場合は、誰に責任があるのか?


「僕はハズレだった」


 そいつとの戦いの際、追い詰められたそいつは、俺の前で泣きながら語り始めた。己の敗北と死を悟って、誰かにぶちまけたかったのだろう。


「生まれからしてハズレだった。不細工で馬鹿な親の元に生まれて、殴られながら育った。僕はそれでも頑張ったよ。でもハズレ遺伝子のせいで何も上手くいかないんだ。そんな僕が出来た唯一のことが、壊すことだ。人の命を終わらせることだ。そうだ。その権利だけは、神様が与えてくれた。これは神様が僕にそうしろと仕組んだことだ」


 ヒッキーブラウンと呼ばれる殺し屋が、静かに語りながら立ち上がる。失われていた闘志が戻りつつあるように、俺の目には映った。


「人を殺して、命を、人生を否定して、無理矢理終わらせて、最大のハズレを引かせてやったと意識すると、すごく気持ちいい。でも……」


 殺しの瞬間を思い出して陶酔した顔で語っていたと思ったら、ヒッキーブラウンの表情は悲痛なものへと劇的に変化した。


「その後に、いつも悲しくなる。僕は……何て悪い人間なんだと……」


 ヒッキーブラウンの言い分を俺は否定しない。こいつを闇雲に悪だと決めつけて、それで終わらせる気はない。正直同情している。俺だって他人をどうこう言えるような、立派な人生は送っていない。

 実際、社会の歪として、ハズレを引く奴は必ずいるんだ。そういう奴は必ず社会に現れる。誰かがその役を担う。社会はそういう風に出来ている。

 権力を持った利己主義野郎も社会の責任。殺人鬼も社会の責任。人間も自然の一部であり、そういう奴等が生み出されるものも自然の摂理だ。


 そして俺はくだらない疑問を抱く。当時のうちのボスのような、利己的なサイコパスが権力を持って合法的に人を苦しめるのと、ヒッキーブラウンのような、苦痛の果てに犯罪者となった奴が他人に害を成すのと、どっちが罪深い? 法的には、そして理屈では、ヒッキーブラウンのような犯罪者の方が、ずっと悪いってことになる。しかし俺の感情は――


「お前の言うことは何も間違っちゃいない。お前はただの外れだった。運が悪かっただけだ」


 俺はヒッキーブラウンを見据えて、静かな口調で告げる。


 ヒッキーブラウンの気配が変わった。戸惑い? 躊躇? そんなものが見受けられる。

 別に奴の心をかき乱したかったわけじゃない。俺は思ったことを口にしただけだ。


「助力を頼む」


 動物霊と低級霊を集め、力を与えたうえでお願いする。必ずしも聞き届けてくれるわけではなく、霊達の気分次第であるが、代価として俺の力も分け与えるから、大抵の霊はわりと聞き届けてくれる。加えて、数を集めるので、全ての霊が頼みを無視するというケースも無い。

 これは夢だと途中で気付く。しかも俺の能力が暴走して引き起こされる夢だ。サイコメトリーの能力が自身におかしな形で作用し、過去の記憶が鮮明に蘇っちまう。


 あの戦闘で、俺はヒッキーブラウンに勝利した。

 俺はヒッキーブラウンにとどめをさせなかった。殺せたのに、殺せなかった。絆されたのか? まあそうなんだろうな……


 そして俺が見逃したヒッキーブラウンが、また俺を殺しにきている。これで俺が殺されたらとんだ笑い話になるな。俺は馬鹿なのか? ああ、馬鹿なんだろうさ。


***


 何事もなく朝が訪れた。

 朝食を三人分作る。食器は足りているが、違和感が凄い。今までずっと二人分作っていたからな。


 ふと、今朝がいつもと違うことに気づいた。

 緑色ジャージのマラソン婆が来ない。いつもこの時間に外に現れるのにな。風邪でもひいたか?


 朝食をとった後、りえに食器の片付けと掃除をしてもらった。命令はしていない。あいつが自発的にやった。護ってもらっているのは俺だってのに、悪いね……


「りえ、今夜も泊まっていくの?」

「ええ、そのつもりよ。でも一度家に帰って着替え取りに行きたい」


 カイが尋ねると、りえが断りを入れた。


 その後三人で家を出て、組織の本部へと御出勤だ。


 ペデストリアンデッキを上り、歩いていく。この通りは、よくアコーディオン婆さんが演奏している場所だ。

 果たしてアコーディオン婆さんは今朝もいた。通勤時なので、立ち止まって演奏を聴く者は少ない。いつものあの禿頭の知的障害の子供は、演奏するアコーディオン婆さんの前で楽しそうに踊っている。


 りえがアコーディオン婆さんを睨んで身構えるが、俺が軽く手を上げて制した。


「りえ、別に緊張する必要は無いぞ。あっちにその気は無い」


 俺が静かな口調で制する。


「でも今が好機じゃないですか。一人しかいませんし」

「表通りのド真ん中だぞ。周りに人がいっぱいいる。そういう中でも抗争おっぱじめる馬鹿も裏通りの奴にはいるが、俺はそんなことする気はねーよ。それに、後始末組織である俺達の性質から考えても、派手な騒ぎは起こさない方がいいのさ」

「わかりました……」


 手出しをしない方がいい理由を説明すると、りえは不承不承、矛を収めた。


「あら、九郎ちゃんにカイちゃん、昨日ぶり~」


 アコーディオン婆さんが演奏しながら声をかけてきたが、俺もカイも挨拶は返さない。カイは手出しこそする気配無いが、敵意たっぷりにアコーディオン婆さんを睨んでいる。


「あらあら、二人共怖い顔しちゃって~。何かあったのかしら~?」


 いつもと同じ調子で声をかけてくるアコーディオン婆さん。流石の俺もイラっとする。カイとりえからも怒りの気が放たれているのがわかる。


「行くぞ」


 俺が促し、アコーディオン婆さんを無視して本部へと向かう。


「あらあら、三人揃ってご機嫌斜め? ま、そういう日もあるわね~。モキョエルちゃんにもそういう日があるしね~」


 アコーディオン婆さんはいつもの調子であったが、その口ぶりは、まるで俺達を揶揄するかのように感じられちまった。


***


 恐怖の大王後援会本部。ボスの小田岳都の部屋へと赴く。


「りえちゃんがボディーガードしてくれてるんだって? 家にまで行ったと聞いたけど、大丈夫だった~?」

「何が大丈夫なんだよ。俺はお前と違って見境いがあるんだよ」


 へらへら笑う岳都に、俺はきっぱりと言い放った。


「さて、仕事の依頼が入ったぞ。依頼者は『肉塊の尊厳』だ」


 岳都からその名を聞いて、俺は微かに眉を動かす。

 驚くことではない。俺が告発したせいで、仕事の妨害をされたうえに体面を潰された組織ではあるが、それでも後始末の仕事を要し、うちに仕事を依頼することは十分にありうる。何しろ恐怖の大王後援会は、裏通りの唯一無二のお掃除屋さんだからな。意外性は無い――が、引っかかる。


「依頼内容は人身売買の痕跡のもみ消しと明言しているぜ」


 おかしそうに告げる岳都に、俺は自然と微笑を浮かべた。こいつは実に舐めてくれる。挑発のつもりか? 罠か? それとも何も考えてねーのか?


「裏通りでもタブーである人身売買。その場面を告発した組織に同じ依頼をするなんて、喧嘩売ってると見ていいんじゃねーか? 露骨な挑発――いや、挑戦だ」

「うんうん。その一歩手前だろうさー。向こうの立場からすれば、ひどい裏切りにあったわけだったしー」


 俺が言うと、岳都はおどけた口調で言い、肩をすくめた。


「ところで九郎、お前は恐怖の大王後援会が受けている依頼、全部把握しているか?」

「してるわけねーだろ。毎日毎日依頼が何件も飛び込んで、構成員はてんてこまいしているのによ」


 岳都の問いに、俺は刺々しい口調で答える。


「俺は把握しているけどね~。何しろボスちゃんだし。つまりお前は知らないんだなー。うちらは人身売買の隠滅だって、これまで何度もやっているってことを。お前はタブーを見逃さず告発しちゃったけど、他の始末屋はちゃんと仕事を遂行していたんだよ」


 こいつは何の話をしているんだ? 岳都の意図を計りかねる。


「問題は、だ。俺達は過去に何度か肉塊の尊厳の依頼を受け、遂行しちまっていることさ。裏通りのタブーを犯して、始末屋としての仕事をきちんと果たしている。それを知らずに、お前はひっくり返しちまったけどなー」


 ああ、そういう話か。ここまで聞いて、岳都の言いたいことがわかった。


「ああ、それに関して、文句言うつもりは無いよーん。組織の連携が上手く取れていなかったせいもある。それはむしろ、ボスちゃんである俺の責任だーね」


 いや、岳都の責任とも言い難い。うちらの組織では、各構成員に判断を一任されている。組織は明確な線引きをしていない。掃除屋一人一人が判断するが故に、以前通じていたことが通じなくなり、時としてこうした歪も生み出してしまう。


「じゃあ――九郎さんの告発と依頼の反故は不問にするから、今後もよろしくやってくれと、肉塊の尊厳は、そういうニュアンスで依頼してきたわけですか?」


 りえが怒りを滲ませた口調で尋ねる。


「いやあ……向こうの意図は何もわかんないのよ、これが。ただ依頼してきただけだしねー」


 喋りながら煙草に火をつける岳都。俺の前でヤニはやめろと何度も言ってるのによ。畜生め。


「それとねー、もう一つ見過ごせない話があるんだ。実は昨日は、俺が直に情報組織に出向いて、有益な情報を仕入れてきたんだ。りえちゃんの古巣、『鞭打ち症梟』でね~」


 岳都の言葉を聞いて、りえが眉間にしわを寄せる。


「肉塊の尊厳はかなり昔に、『しみったれニヒリズム』に乗っ取られている。一度その支配かから逃れた時期もあったけど、今はまたしみったれニヒリズムの下部組織に収まっているって話さ。しみったれニヒリズムとうちは、古い因縁があるよなー?」


 岳都の口からしみったれニヒリズムの名が出た瞬間、りえの顔色が変わっていた。つくづくこいつは表情を隠せん奴だ。こんなんでよく何年も、裏通りでやってこれたもんだわ。


「点と線が繋がりそうなんじゃないかい?」

「早計だろう。可能性として考えるだけに留とくぜ」


 岳都の言葉に対し、俺は慎重な姿勢を示した。しかし正直、岳都の言う通りだと思う。点と線が繋がりつつある。

 肉塊の尊厳がうちに喧嘩を仕掛けようとしているというより、それを足掛かりにして、支配者組織に相当するしみったれニヒリズムが、再び食指を動かしているのではないか? そしてりえの前では口に出さないが、りえがしみったれニヒリズムのボスと接触していることも俺は知っている。岳都にも既に報告済みだ。


「依頼の日時と場所は?」

「場所は安楽市民健康ランドだ。時間は今日の午後二時半。多分そこで売買が行われる。取引の――人身売買の痕跡をお掃除して欲しいとさ」

「肉塊の尊厳の取引相手はわかっているのか?」

「ああ。国際的な老舗のカルト教団だ。子供の血を飲めば、神の力が得られるなんて考えているイカれた奴等だよ。実際にそれで力を得た奴もいるって噂だぜ。そういう奴等が教団の戦士になれるんだとよ」

「俺が告発した相手と、取引相手も同じってことじゃねーか。もうこれ100%罠だろ」

 随分とまあ舐めてくれる。そして煽ってくれる。糞が。闘志が湧いてきたわ。

「挑発込みの罠だね」


 カイが言った。


「その罠確定な仕事、引き受けるんですか?」


 りえが固い口調で尋ねる。


「うちらの組織はもう引き受けた。あとは九郎が乗るかどうかだ。俺は強制しないけど~。ま、九郎の答えは決まってるだろーね」


 岳都が俺を見てにやりと笑う。俺も自然と笑みを零していた。

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